魔獣侵攻
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「あなたには~赤の聖霊の因子があるのよ~」
「え~と…よくわかりません」
緑髪の少女はあれ?みないな顔して人差し指を顎に当てる。確かに聞き取れはしたものの、自身に赤の聖霊の因子があると言われても実感が湧かなかった。
「うーん…おかしいなぁ」
「あの…魔素儀式ってどういう儀式ですか?」
「え?あぁ儀式って言っても人それぞれよ?お外で深呼吸していればいい人もいるし、あなたのように中へ入りお話をする人もいるわ~」
緑髪の少女からはどこか見た目と違う印象を受け、リースは困惑する。そのままよくわからない話を途切れ途切れにしていた少女は急に真面目な顔を見せた。
「いい?これから先、聖霊様には大変なお仕事が待っているの。あなたにはそのお手伝いをお願いするわ〜」
「フラウさんが?…私に出来る事があればいいですけど」
「聖霊様と一緒に過ごす事で、あなたの中に眠る力は目覚めていくわ。それは自分の過去と向き合う事にもなるわ〜」
「私の過去…」
その後、少女はウンウン唸っていたかと思うと急に余所見をして、用は済んだとリースを立たせ、部屋から追い出した。
蔦の道まで戻るがエルフの姿はなく、泣く泣くリースは一人で降りた。
「リースさん!どうでしたか?」
「どうって…あれ?よく思い出せないわ」
「え?私は一晩中、花に水をやっていました」
「花?一晩中?」
根の道まで戻るとパメラが待っていて、お互いに受けた儀式について話した。
パメラが蔦の道に入ると、その先には太陽の光が差す花園があり、不思議なお姉さんから如雨露を持たされて、急速に乾いていく花々へ一晩中水をやり続けていたという。過酷な試練を乗り越え外に出てみれば、入る前と同じくエルフの案内人がいたそうだ。
「いたんだ…じゃなくって一晩中?何かの間違えでしょ?」
「う〜ん…そうなんですかねぇ?」
そこへエルフの案内人に連れられてシャルロットも加わる。三日も狭い部屋に閉じ込められていたと言い、少しやつれた顔をして肩を落とした。
「さすがに堪えました。彼女が強情なばかりに…」
「え?なんですか?」
「いっいえ!なんでもありません…ルヴァル君はどちらに?」
ルヴァルだけいない事に首を傾げていると、エルフの案内人が世界樹の裏側へ続く道を案内してくれた。
ぐるりと大きな世界樹を回り込むと、扇状に広がった野外劇場のような開けた場所に出た。
そこには十数人のエルフ達に見守られたルヴァルがいて、顔を真っ赤にしながら深呼吸を繰り返していた。
「ほんとにやってる…」
「え?何か言いました?」
「ううん?言ってないよ。まだ終わらないみたいだね」
「お邪魔になってしまいますね。戻りましょうか?」
恥ずかしさからか睨んできたルヴァルを置いて、そのまま来た道を戻る。その途中でパメラは左目の青い痣を押さえて立ち止まった。
「――!?あぁ!」
「パメラ?どうしたの!?」
「エルフさんが!?あっ!そんな!?」
パメラの異変にルヴァルや付き添いのエルフ達も、怪訝な顔をして振り返る。案内人のエルフのが戻って来ると、パメラはしがみついて叫び出した。
「砦が!北の砦が襲われています!」
「――なに!?なっなぜわかる?」
そこへ小さな少女が現れて、案内人に手鏡を見せた。
すると慌てた様子で指笛を吹き、その場に居合わせたエルフ達が一斉に動き出す。ルヴァルやリース達の腕を引き、世界樹の南側へ誘導される。
「なにがあったんですか?」
「北の砦が襲われています!今は避難を!」
「リースさん!沢山の魔獣が北から押し寄せて――!」
エルフらに押されて先行するパメラの声が遠退くと、北の空に黒煙が見えた。その発生源では木々が激しく揺れている。
「フラウさんが!?フラウさんはまだ世界樹に!」
「大丈夫。聖霊様は今一番安全な場所におります」
エルフ達と共に南へ回り込むと、エルフガーデンに集まっていた小妖精や幻獣達が散り散りになっていくのが見えた。代わりにエルフ戦士団が根の道を飛ぶように駆けていく。
「リース!無事か!?」
「カーマインさん!」
遅れてカーマインやミリアン達、伯爵家のデリックが根の道を上がって来る。お互いの無事を確かめ合うと、村まで避難しているように言われた。
「カーマインさんは?」
「私達も加勢にいく。魔獣は百を超える大群だそうだ。何かあれば南へ逃げろ。いいな!」
「そんな!?フラウさんが…私も――」
腰のマジックバックに触れるが、カーマインに頬を叩かれる。
「リース!今は一大事なんだ!お前は彼女達といろ!いいな!?」
そのままアリエル達の背を追いかけていくカーマイン。呆然とするリースの背後では、痣を手で押さえて震えていたパメラが急に倒れ、シャルロットが呼びかけている。
「シャルロット様!こちらです!」
「え?ササネ?」
遅れて現れたササネがシャルロットを手招きする。急な違和感を覚えたリースは、離れていくシャルロットの姿にハッとして肩を掴んだ。
「ッ!?なにを――!?」
「――ぐぅ!」
シャルロットを引き倒した直後、ササネから飛んで来た木の破片が右肩に刺さる。リースはその衝撃で転がり落ちそうになり、根の道の縁に左手で掴まった。
「リースさん!?」
「離れなさい!早く!」
シャルロットが振り返れば、案内人のエルフ達がササネと対峙していた。
手招きしていた腕に蜘蛛糸を下げたササネだった者は、今や背中から複数の脚を生やして頭が剥げ上がった化け物に変貌した。
「モウスコシダッタモノヲ…ジャマヲシオッテ!」
「ひっ!?ア、アンダーロザリウム!?」
「逃げて…逃げてシャルロット!」
「で、でも!」
案内役だった為に武装していなかったエルフらは、シャルロットへ飛び掛かろうとした蜘蛛魔人の顔を蹴りつけて距離を取る。振り向きざまに吐き出した蜘蛛魔人の糸は、エルフの足元に当たり、焼けたように煙を上げた。
もう一人のエルフが風の精霊を呼び出して風の刃を繰り出すと、蜘蛛魔人は前脚を器用に使って糸を広げ、風の刃を逸らしてみせた。
そのまま蜘蛛の巣を振り回して投げ付け、小さなナイフを取り出していたエルフを根の谷へ落とす。そして八本の脚で根の道を蹴って飛び上がると、最後の一人へ覆い被さった。
「きゃー!」
「シャルロット!?」
根の谷へ落ちかけているリースには何もできず、青い顔して倒れているパメラの横顔が見えるだけだった。
木片が刺さった右腕は動かせそうになく、左手が震え始めた頃、誰かに左腕を掴まれる。
「遅くなってごめんなさい」
「ササネ…さん?」
そこへさらに大きな影が降ってきて、リースを掴んで引き上げた。
「ひゃあ!?」
「彼は賢猿と呼ばれる幻獣です。私をここまで運んできてくれました」
青い顔したシャルロットはパメラを抱き起こして、頭を潰されてしまったエルフから離れる。覆い被さっていた蜘蛛魔人は全身がバラバラになっていた。
「怪我をしていますね。もう少しの辛抱を――」
ササネが話している間も猿の幻獣は東の空を睨みつけ、翼を持った魔獣が迫って来ているのがリースにも見えた。
「逃げます!パメラさんは私が!離れずついてきてください!」
賢猿は軽々跳躍すると東の森へ飛び込み、間もなく黒い影が急降下して争う音が聞こえてくる。南の村へ急ぐリース達の元に、森からも魔獣が飛び出してきて、最後尾のシャルロットへ鋭い鍵爪が迫る。
「シャルロット!」
リースはひどく痛む肩の傷に顔を顰めながらも、魔爪杖から火球を放つ。翼を広げた大きな人面鳥に当たると火だるまになって転がる。
「あっ…あ…うぅっ」
激しく燃え上がった魔獣を前に、震える左腕を抱える。背後を見れば次々と魔獣が飛来してきていた。
「リース!伏せなさい!」
今までにない強い声を発したシャルロットに驚いて反射的に伏せると、何かが頭上を通過する。迫っていた魔獣三匹は糸が切れた人形のように地面へ落ちて、リースの目の前まで滑ってきて止まった。
「え?倒したの?」
「早くこちらへ!」
ササネに呼ばれて這うように村へ向かうと、村の中心には巨大な大根が現れていた。
―――アッ…―――
と気の抜けたような声を発した大根。直後に魔獣がバタバタと落下してくる。
(声で!?音で即死させてる!)
飛来する魔獣を粗方撃墜した大根は、短い両腕を使って地面に埋まった半身を持ち上げる。ゆっくりと東の方角へ向き直るが、別の方角からも魔獣が姿を現すと、巨大な身体を左右に捻りながら悩んでいる様子を見せた。
その大根の根元まで逃れたリース達は、反対側から三体の魔人が向かって来ている事に気付く。
「ハヤクコロセッ!リリーノムスメヲコロセバ、オオコクハアレルゾ!ハッハッハッ!」
「ホカクハムリカ…ナラバ!」
すると先程まで緩慢な動きをしていた大根が、予想外の早さで魔人へ向き直る。ヒュっという吸い込むような音を立てて、魔人の一人が突然消えた。
「ナッナンダ!?――カクレロ!」
顔の様な窪みの口に当たる辺りに仲間の脚を見つけた魔人は、慌てて東の森へ逃げて行く。
顔面蒼白のシャルロットと気を失っているパメラを背に、ササネは迫る魔獣を前に焦りを見せる。その背後へ回り込む二匹の魔獣をリースは見逃さなかった。
(だめだ!大根さんの助けは間に合わない!私…私だって!もう失いたくない!)
魔爪杖を握る手に力が入る。満足に動かせない右腕の痛みを堪え、必死に今までの事を思い出そうとする。すると霞の先から綺麗な黒髪の女性が現れた気がした。
その瞬間、魔爪杖の三本爪は瞬く間に伸縮し、その爪にはドクドクと脈打つ心臓が掴まれていた。
驚くリースが前を見ると、胸から赤い血を流す人面鳥の姿があった。
(できた!?真名は――かわらないけどできた!)
真名を使えた高揚感から、迫った魔獣の爪に恐れを感じず、転ぶようにして避ける。再び魔爪杖を向ける頃には体の一部に感じられ、イメージした通りに爪が伸びていき人面鳥の脚をもぎ取った。
手負いでも勢い衰えない人面鳥を目で追うと、西の空からも複数の影が見える。
「――ッ!!」
リースは魔爪杖を空に向けて構えると叫び、炎を纏う爪が伸びて人面鳥を鷲掴みにすると握り潰した。
「リースさん!?」
「ッァァアアッ!!」
手を上げて何かをしようとしたシャルロットをササネが止める。二人の目の前で、リースは全身から炎を巻き上げ包まれると、空高くへ跳躍した。
迫る魔獣の群れに対し、リースを包む炎は大きな翼を広げ、炎の鳥となって魔獣の群れに突撃していく。
――ゴオオォォォ!!――
「ギャギャギィー!?」
触れる前から次々と炎に包まれて、あっという間に炭化していく魔獣達。火の鳥はそのまま旋回し、森に隠れていた魔人に燃え盛る羽の雨を降らした。
木々の影に隠れていた蟹の魔人は、炎の雨に打たれると燃え上がり、触手を生やした異形の魔人は、炎の鉤爪が伸びてきて引き裂かれた。瞬く間に魔人を炭化させた炎は木々や建物をそのままに消えていく。
そこへ突如渦巻く風が起こり、風の精霊を連れたフラウが現れる。フェニックスとなったリースの頬に手を添えると火勢が弱まった。
二人がゆっくり降り立つと、炎は消えて無傷のリースが現れる。フラウはササネ達に向き直ると頷き、北へ向けて飛び立った。
「リースさん!…え?肩の傷が治ってる!?」
「…大丈夫。私はもう恐れない!あいつも必ず燃やしてやるっ!」
「――ッ!」
目を開けたリースの怒りと憎しみを秘めた赤い瞳に、シャルロットもササネも息を呑んだ。




