神話説明回
101
翌朝。普段通りのリースはフラウに抱きしめられたまま、頭を撫でられている。お互い昨夜の事はなにも言い出さず、静かにアリエル達が来るまで過ごしていた。
そこへリザ達が唐突に現れた。
キャスははじめから泣いていて、リザも悔しげに俯いている。リースはテーブルの上に置いてあった小さな服を取ると、二人へ差し出した。
キャスにはふわふわした彩り鮮やかな緑のドレスに、艶のある木の実の皮が肩に掛かっている。
リザには袖無しの落ち着いた色をした青ドレスに、左肩から背中へ半透明の長い羽が妖しく揺れている。
「これを着てもう一度行ってきたら?」
「…ムダよ。服のせいじゃないんだから…私達が妖魔だから除け者にされるのよ」
「うわーん!あーん!」
一応受け取りはしたがキャスは泣き続け、リザは拳を握って涙を堪えている。
「私が渡した腰紐はどうした?」
リザはハッとしてランタンに飛んで行くと、普段着に着けたままの白い紐――フラウの髪――を取ってくる。
フラウが指先でキャスの小さな頭をポンポン叩くと泣き止み、リザに手伝われて着替えた。
「フェアリー達も自然の生き物だ。嫌なところもあればいいところもある。お前達も素直に向き合え」
リザは頷くとリースに向き直り、小さな声で短くお礼を言うと消えていく。キャスはじっと見つめた後そのまま消えていった。
「フェアリー達に認められると何かあるのですか?」
「フェアリーが集まる社交界で認められれば、その地域で受け入れられ生活できる。何よりキャスの成長に欠かせないあるものが手に入るだろうな」
「え?リザ達はここに住むつもりなんですか?それにあるものって?」
フラウが答えようとしたところへ、カーマイン達が現れ挨拶をする。アリエルは丁寧な挨拶をすると窓を開けて、朝露の香りがする新鮮な空気を入れた。
窓の外には聞き耳を立てていたらしい、ぬいぐるみにしか見えないオウム鳥と、小さな手鏡を持った少女がいて、中へ倒れ込んだ。
カーマインは朝から寄り添うフラウ達を見て、リースにだけ挨拶をして座った。するとぬいぐるみ鳥が飛んできて、髪の毛を啄み始めた。
「くっ!やめろ!なんなんだ!」
「聖霊様に挨拶しろ。失礼だぞ」
「アリエルさん。その子は誰ですか?」
倒れ込んだ少女を受け止めていたアリエルが手を離すと、ふわふわと浮いて見せた。
「手鏡に宿る妖精のライヴだ。割れてしまうと死んでしまうとても弱い妖精だよ」
「スー…スー…」
鏡を抱えた少女は何か言っているようだが、リースにはよくわからなかった。
部屋にあった水を使い軽く顔を洗うと、昨夜と同じく女エルフ達が朝食を運んできた。
一番最後にハイエルフのケイエスが現れ挨拶を済ますと、朝食後鈴の音が二度鳴ったら出発と言い、金色の小さな鈴を置いていった。
(何人?いるんだろう…毎朝やれって言われたら、私なら逃げ出しただろうな…)
リースが見つめる窓の外には、様々な妖精達とアリエルが言うには精霊達も来ていて、朝食を小さな果実一つで済ましたフラウが、残りを一つずつ与えていく。
実体がしっかりと見える葉に包まれた小人は、与えられたものを大切に抱えて持ち帰っていき、姿が透けて見える半身が羽根の女性は受け取った直後、光となって消えてしまった。
その様子をボーッと眺めていると、列を成していた妖精達が急に左右へ分かれ場所を開けた。そこから一際違う気配を放つ存在が入ってくる。
目には瞳がなく鼻や口もない仮面のような顔をしているが、不思議と惹き付けられる女性体だ。風はそれほどないのに輝く髪を常に靡かせ、透けて見える身体はスラリと細く、氷の精霊より神々しさがあった。
その相手には食べ物でなく手を差し出し口付けをさせる。すると喜んでいる様子の女性体は一礼し、窓から風のように飛んで出ていった。
隣にいたアリエルを見ると、彼女は首に掛けていたペンダントを両手で持ち、祈るように目を閉じている。
「今のは?」
「呼び方は色々あるが…明の精霊ライフ様だ。滅多にお目にかかれない上位の精霊様だよ。私達エルフは神を信仰する人種と違い、精霊を信仰しているんだ。」
「明?え~と風とかと?」
「四大元素を司る精霊達とは違う。もっと上の、生と死、朝と夜など多くの事柄を司る精霊様だ。格が違う」
「精霊達には意思を伝える術もない下級から姿を顕す上級。司る事柄が増えて上位に上がった精霊など、色々細かい決まり事がある…私が決めた事じゃないけど」
なぜか不満そうに話すフラウにリース達は苦笑いした。
「そう言えば、氷の精霊を最近見ませんね」
「彼女は精霊力を失っていて今は休んでいる。直に会えるよ」
皆が朝食を食べ終えても終わりの見えない妖精達の挨拶を振り切り、集合場所へ向かう。
シャルロット達はいつもの学生服に小さな箱を持っている。
ミリアン達も鎧姿でなく礼装で待っていた。
「ではご案内致します。聖霊様、色々寄って来ると思いますが相手になさらないでください」
ケイエスはチラチラ進む先を見ながらそう伝えると、戦士団に出発を命じる。
馬車は村に置いていく様で、フラウに手を引かれたリースは、エルフ達に囲まれて進む。
まるで魔物魔獣の襲撃でもあるかのような厳戒体制に怯えるリース達は、進む先でエルフが慌てて何かを押さえ付けている姿を見た。
「聖霊様~!どうか手を!」
「落ち着きなさいっ。聖霊様は皆の為に来てくださったのだ!後で会えるから――」
「聖霊様~!聖霊様お願いします!私の話を!」
「あぁ!?だめですよ!勝手に近づいては!」
エルフ戦士団の壁の先では朝見た妖精達とは違う姿もある。
ナナフシのような姿をした虫や一瞬魔獣かと思うような大きなてんとう虫。様々な小人達は種類が多過ぎて判別できない。
ふわふわ浮く目玉の付いた綿の塊や、透けて見える少年少女は周りに押されて遠退き、うねうね動く植物は近づいてこないが、蔓に巻かれたエルフはどこかへ飛んでいった。
様々な者達が手を伸ばして来る姿に、震える子供達や伯爵家の者達。それとは対照的にアリエルやミリアン、西風の者達は動じる様子はなく、カーマインに至っては微妙な顔して周りを見ていた。
「真実を知らないってのは怖いな」
「カーマインいい加減にしろっ。この数を相手にしたら痛いじゃ済まなくなるぞ」
時々上位の存在だろう光を纏った者が現れると、エルフを押し退けフラウの前で膝をついたり、身体を縮めて挨拶をする。
その度にケイエスが戻って来て退かして進んだ。
ある地点まで来たリース達は口を大きく開けて驚いた。
開けた場所に出ると、急に山の麓の様な大樹の根が現れた。
蔦の絡む幹は太く、集まった妖精や幻獣の姿で全貌は見えない。
上は樹木の枝葉で分からないが、空にまで達していても不思議ではなかった。
「お、大きい…」
「見てください!あれ千年鶴ですか!?あっちには嵐王鼬が!?」
「あそこの枝にいるのは賢者梟?…ほんとうに真っ白なんですね」
シャルロット達は本で知り得た幻獣達の姿に感動している。
デリックや西風の者も興味はあるようだが、山と並んだ存在がどれも襲いかかってきたら怖い存在だとわかり、身を固くしていた。
アーシェは外套の端を握ってついてくる、髪と髭で顔がわからない小人に怯え、ジェスターは浮遊する美しい女性と指と指を触れあわせ、指先が白く凍り始めるとびっくりして慌てふためく。
正面には大勢のエルフ達とケイエスと同じ白金の髪をしたハイエルフが三人待っていた。
「聖霊様。ようこそエルフガーデンへ。私が長のコーラストス・ユグドラシル・トライアーチと申します」
「フラウだ。彼女がリースで後ろの者達が学園の生徒だ。魔素儀式を受けに来た」
長がフラウに挨拶したのでフラウが返したが、事情を知らないルヴァルや伯爵家は、公爵家のシャルロットと共に略して紹介された事に戸惑っている。しかしその場の雰囲気が言い出せるものではなく、後ろの方で黙って聞いていた。
「話はウィンディア様から伺っております。すでに準備は出来ておりますのでご心配なく」
コーラストスが側にいたエルフ達に視線を向けると、左右に分かれていき、先には大樹の大きな根の道が絡み合いながら続いている。
「では聖霊様はこちらへ。子供達は彼女達がご案内致します」
「また後で」
「はい。フラウさん…」
「心配ない。すぐ終わるよ」
フラウはコーラストス他ハイエルフ達に連れられ、根の道を進む。シャルロットやルヴァルは学園で聞いていた予定と違う流れに戸惑い、離れていく長に慌ててついていこうとして、他のエルフに遮られた。
「老者からの品は私が受け取ろう」
背の高いエルフは有無も言わさぬ感じにそう言い、二人は持っていた箱を恐る恐る渡した。リースは中身が気になり覗き込むと、魔素儀式の許可書とエルフ達への贈り物が入っていたようだ。
「落ちないようにな。中にはいるんだ」
「大丈夫ですよ。行ってきます」
カーマイン達は世界樹周辺の、扇状に広がるエルフの村で待つようだった。
妖精達の姿に埋まっていて気付かなかったが、建物はどれも草花のような形をして、緑の半透明の外観をしていた。
シャルロットとパメラに続いて樹の根を進む間、リースはどこかで見た気がするその村の風景に見入り、滑り落ちそうになる。
直後下から風を受けて助かると、目の前には実体化して笑う精霊の姿があり、その先には怒った様子のカーマインが拳を振り上げていた。
アリエルや妖精達にも笑われ、リースは顔を真っ赤にして先を急いだ。
「たっ高い…高いです。無理…」
「大丈夫だ人の子よ。今までに落ちた者はいない」
下を見れば根の間は暗く谷のようで、背後の村は遠く小さい。
根の道は緩やかに登り坂になり、世界樹の幹に着く頃にはかなりの高さになっていた。
幹にへばりついて動けなくなったリースは、付き添うエルフ達に説得されながら手を引かれて上がって行く。
途中から別の道を行った三人を探せば、既に幹に絡まる蔦を登り始めたシャルロット達が見え、ルヴァルも強ばった表情をしながらも進んでいた。
暫くして絡む蔦の間に入り口がある場所まで来た。
「ここからは一人で行きなさい。大丈夫、迷わないし落ちない」
エルフ達と分かれ、暗い蔦の間を進むと明かりが見えてきた。
その先には広い空間があり、天井から壁や床に至るまで、蔦の絡まった部屋には緑の少女が座っていた。
「おいで~」
「え?」
緑の髪に緑の瞳。白い肌は人形のようで、どこかで見た姿をしている少女がリースを手招きしている。目の前の木のテーブルを挟んで向かいに座ると、少女はじっと見つめてきた。
「む~」
「あの…なにか?」
「あなたが…どう話そうかなぁ~」
少女は顎に手を当て唸っている。
落ち着きなくそわそわするリースを時々観察しては唸る。
「む~時間掛かると思うけど、詰め込み型でいくわよ~」
「え?何を?魔素――」
「しー!黙って聞くの~。魔素儀式は始まってるの。これから話す事をあなたはここから出たら思い出せなくなるけど、いずれ格を積み上げていけば思い出せるようになるわ~」
そう前置きしてから少女は語る。
世界の始まりを――
この世界は最初、数多ある世界の隙間に出来た小さな空間だった。
そこへ五人の創造主が箱船に乗って現れ、新たな世界を作り始める。
まず始めに創造主は五色聖霊という自身の分身を生み出し、手伝いをさせた。
なにもない世界を船の力を使い最適化し、優れた種を各世界から選び移した。
古代種と呼ばれる神とよく似た姿をした古代人が移り、精霊や妖精を招き、性質の穏やかな獣達を放った。
複数ある完成された世界からいいとこ取りをした世界は、今までにない程の発展を成し遂げ、五色聖霊に迫る種も現れ始めていた。
ある時。異世界から迷い込む者が現れる。
古代種によく似た姿の彼らは、異形の姿をした者達に住む世界を追われた者達だった。
五色聖霊の管理の元、受け入れる方針をした五柱神は異形の正体を掴みに旅立っていった。
異世界の者達は移住を許され喜んだものの、完成されたこの世界に時間をもてあまし、不満を覚え、よく争いを起こすようになる。
封じられる者も現れ、荒れ始めた世界は五柱神の帰還を願っていた。
だが中にはおかしな考えを持つ者達が増えていき、終いにはこの世界の柱とも言える創世樹を破壊し、異世界と繋がる門を開く者まで現れた。
門からは彼らの世界を破壊し奪った者達が現れた。
龍種や巨人種、妖魔種に獣人種を呼び込み、偽りの神格を持つ魔神は魔族を生み出し、古代種や五色聖霊に明確な敵意を持って襲いかかってきた。
彼らは皆狂ったように笑い、暴れ、殺し、奪い、五色聖霊はやむなくこの世界に元からいた在来種を連れて世界の裏側へ避難し、五柱神の帰りを待つことにした。
しかし赤の聖霊は反対し、侵略者と戦い世界の一部を巻き込み多くを灰に還した。
世界が欠ける程の戦いは、箱船の帰還と共に放たれた力によって終わりに向かう。欠けた世界は緑の聖霊により繋ぎ合わされた。
赤の聖霊の力と魂は最も弱い立場だった人に流れ込み、流れた神格は服従を誓った異世界の者達が引き継ぎ、五色聖霊と共に世界を管理したが、中には再び裏切る者もいた。
「と、あなたには赤の聖霊の因子が宿ってます!」
「………へ?」
急な話にボーッとしていたリースは、間抜けな顔して聞いていた。




