世界樹の森
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ポツポツと雲はあるが雨が降るほどではない空模様。
大陸南部は春に雨が多いが、それ以外の季節にはあまり降らない。
特に自由民国がある南東寄りは、乾いた大地が続き、魔物魔獣も少ない地域となっていた。
世界樹前に着いたリース達は、数十人が整列したエルフ戦士団に迎えられていた。
白銀の軽鎧は草花の装飾が綺麗で、明るい若草色の外套と弓を背負っている。先頭に一人飛び出した者は、白金の髪をした若いハイエルフだった。
「お待ちしておりました、聖霊様。ようこそ世界樹の森へ」
「ケイエス様!お出迎え頂きありがとうございます!」
馬車から降りたフラウ達は戦士団長の役目を担うケイエスと挨拶を交わす。
アリエルやリースは畏まって頭を下げたが、フラウやカーマインは適当だった。
フラウなどは三十メートルを越える、壁のような森林を見上げていた。
「参りましょう。今日は世界樹の周回村、四葉村にお泊まり頂いて翌朝、世界樹へお連れ致します」
ケイエスは戦士団に指示を出し、馬車を囲むと世界樹の森へ進む。フラウ達は馬車に戻り、カーマインがその様子に質問をする。
「何かあったか?」
「魔の森からは度々魔獣が南下してくる。常に警戒しているのだ」
失礼な問い方をするカーマインに対し慌てた様子のアリエルが代わりに答える。気付かなかったケイエスは森の入口で何かを呟き、光の輪が現れた。
「妖精の抜け道を使うようだ」
「なに?私の時は半日掛けて村まで歩いたが…」
「聖霊様を歩かせる訳ないだろ」
アリエルの呆れ顔に、逆に呆れ顔を返すカーマイン。
光の輪を潜ると黄金色の森の中へ入った。
馬車内ではリースが窓から外を覗く。
木々は輝き、光の粒が降り注ぐ。
その美しい華やかな森に見とれて溜め息を繰り返した。
「わぁ…綺麗ですね。フラウさん!」
「そうだな…でも妖精以外の者がこの世界に踏み入ると、自力では帰って来れなくなる。遠くを見れば今もさ迷い続けている者がいるよ」
「…あ」
木々の間のその奥に、トボトボと歩いている森狼が見える。
痩せ細り骨が浮く姿は、さ迷い続けてもうだいぶ経つようだった。
「この世界にリザ達は来てたの?」
「…そっそうよ。悪い?」
リースの問いにいつものように返そうとするが、フラウに見つめられ、しぶしぶ答えるリザ。
艶のある黄色いドレスを着たキャスは、なぜか髪を何度も撫で付け、服に乱れがないか確認している。
リザもキャスのリボンの傾きを直してやりながら、どこから調達してきたのか、小さな蒼い靴を履いていた。
「…どこかいくの?」
「うるさいなぁ!今忙しいの!」
「夜には戻るわよ」
そう言うと二人揃って姿が見えなくなり、気が付くと馬車の外を飛んで行ってしまった。
(じ、自由に出入りできるのはわかってたけど…この捕獲のランタン壊れてる?)
「ピクシーは妖魔だが小妖精達と元は同じだ。付き合いもあるのだろう」
フラウに引っ張られ膝の上に座らされる。しばらく髪を弄られていると、カーマイン達の話し声が聞こえてきた。
「北の守りはどんな様子なんだ?」
「詳しくは話せないが…魔の森との境に結界と砦には常に百名の戦士団が詰めている。翼持ちの通過は度々あるが対策済みだ」
「百名の戦士か…世界樹周辺には妖精も精霊も沢山いたな。アレはまだいるのか?」
「アレ…あぁいるぞ。何だか知らないが大精霊様が問題ないと言っているから皆気にしていない」
頭を撫でられ眠くなり始めたリースは、緩まった腕から逃れ振り返る。フラウがウトウトしているのを初めて見たと思いつつ、御者席の窓から顔を出す。
「妖精や精霊は私にも見えますか?」
「ん…精霊はわからないな。妖精は半数は見えるはずだ。中には悪戯好きもいるから気を付けてな」
と、先の方に再び光の輪が見え始め抜けると、少し薄暗い森の中に出た。
辺りには背の高い木々が生い茂り、先には集落が見える。地上には四、五軒の大きな建物があり、太く背の高い樹木には小さな半円の家が付いていた。
三台の馬車が村の入口に着き、皆が集まると村の代表で四葉村村長が挨拶する。
「聖霊様!ようこそおいでくださいました。私が四葉村の長をしておりますヨラフと申します。織物しかない村ですが、どうぞごゆっくりお休みください」
「織物か…リースに後で見せてもらえないか?」
「フラウさん?」
「もちろん構いません。いつでもご案内致します」
村長の隣の女エルフに案内されリース、シャルロット、ルヴァルの各組みは、樹の周囲を回りながら掛かる階段を上がり、家の中に入る。
中は思いの外広く、木のベッドやテーブル等揃っていた。
窓は大きく開き、森林の景色はなかなかに清々しい。
二人部屋にリースとフラウが一緒になり、カーマイン達は一つ上の部屋に行く。
「私は少し休ませてもらうよ」
「あっはい。お休みなさい、フラウさん」
「エルフの文化に触れてみるのもいいだろう」
「はい。行ってきますね」
降りてきたアリエルと話し、階段へ出ると向かいの家からもシャルロット達が出てきていた。
下ではルヴァルとデリックが戦士団の者と話をしていて、そのまま村から出掛けていった。
「さっき話し声が聞こえたが、デリックの武器を直せる場所がないか聞いていたようだ」
(へぇ…ルヴァル君は面倒見がいいのね)
「カーマインさんも行きますか?織物を見に」
「私はいい。以前にも見たしな…少し村の周りを見て回るよ」
階段を下りシャルロット達と合流すると、エルフに道を聞きながら、織物をしている建物へ向かう。
途中、西風の者達が騒いでいて、アーシェというハーフエルフが泣きながら変な踊りを踊っていた。
目の前を光の玉がよぎり、視線で追えば綺麗な羽をした小さな人が飛んで行く。
「リースさん!フェアリー!フェアリーですよ!?」
「パメラ落ち着いて。妖精さん達が怖がるわ」
「フェアリー…あぁ、やっぱり綺麗で可愛いなぁ。ピクシーとちがブッ!」
話の途中で頬に何かが当たり吹いてしまう。
捕まえて見ると出掛けていったはずのキャスだった。
「いった!?何すんのよ!」
「うるせ~!フェアリーなんか可愛いもんか!陰湿で汚ない奴等だ!」
「キャス!やめなって」
リザが後から出てきてキャスを取り返していく。
よく見ると二人共出掛けた時と違って汚れていた。
キャスは黄色いドレスが青黒いドロドロで汚れていて、リースは慌てて頬を拭うと、手の甲はべっとりしていた。
リザは靴が片方無いようで、見られないように隠して飛んでいる。
「何かあったの?」
「…あんたに関係ないでしょ。行くよキャス」
キャスはブーブー言いながらフラウのいる部屋へ飛んで行く。
シャルロット達も困惑しながら見送り、リースは近くの井戸に向かい水を貰う。
「――すみません。ありがとうございます…もぅキャスの奴…?えぇ!?」
井戸の奥には動く大きな毛玉があり、周り込んで見てみると狸の様な生き物だった。
隣の建物と同じくらいあり、六メートルはありそうだ。
シャルロット達も近寄ってきて同じく驚くと、井戸にいた男エルフに、その幻獣は寝ているから静かにするよう言われた。
「ハバキリと言う幻獣だよ。全身の毛はミスリルの刃の様で、雷を纏うから怒らせない方がいい」
「幻獣までいるんですね」
「この村にはハバキリだけだけど、世界樹の麓にはもっといるよ。皆静かな場所を好む者達だから、静かにね」
お礼を伝えてその場を離れると、織物仕事をしているという建物前に来た。
自然の色合いが落ち着いた雰囲気を醸す建物は、少し大きめの木造平屋で、入口からは女エルフが顔を出し招き入れてくれた。
「村長から話は聞いてるわ。うちはエルフが着る服ならほとんど作ってるの。材料は全て森で採れるものよ」
女性に案内され作業場を見て回る。入口すぐは休憩所で椅子が並び、左手奥に材料になる植物繊維の山があった。
右手奥には見慣れない木組みのものがある。
「わ~…あれはなんですか?」
「織機よ。あれで糸を編んでいくの。複数の材料を織り合わせると、生地は魔力を持たなくても同等の効果を持つわ。エルフの外套は軽いのはもちろん、通気性が良く、それでいて雨水を弾くのよ」
作業をしている女性を見学し隣の部屋へ入ると、テーブルには刺繍をしている女性達がいた。
「ここで出来上がった生地を仕立てていくのよ。今は様々な絵柄を刺繍しているわ」
「あなた達もやってみる?」
そう誘われてリース達も挑戦してみる。
生地はとても肌触りが良く、女性達の手の動かし方を手本に縫い始めた。
しかし思ったようにはいかず、赤い糸を使い翼を広げた鳥を刺繍したつもりのリースだったが、両手首を合わせて指を開いたような不気味な絵柄になってしまった。
シャルロットは無難に四葉の絵柄を上手に並べて縫い、フェアリーの姿を刺繍したパメラは一人、女性達と同等の出来映えだった。
「あら!すごいじゃない。あなたならいつでも歓迎するわ!」
「ありがとうございます♪」
(くっ…フラウさんのウエストポーチ作りは上手く出来たのに!これ、なんか禍々しいわ…)
女性達にお礼を言って作業場を出る。
辺りは暗くなり始め、夕食の時間が近くなってきたようだ。
「もう戻りましょう。リースさんまた明日」
「おやすみなさい」
シャルロット達は向かいの大樹に駆けていき、リースが見送っていると頭に何かが落ちてきた。
「…羽?――あっ!?」
手に取った半透明の長い羽を見ていると、頭上をゆっくり飛んで行く存在に気付く。
その姿は半透明の長い羽を幾重にも重ねたもので、顔や身体は見えない。くるくると旋回しながらゆっくり進むそれは、スゥっと空に解けて消えてしまった。
「精霊?妖精かなぁ?」
「――どうした?もうそろそろ夕食の時間だぞ?」
「これが頭の上に落ちてきました」
丁度戻ってきたカーマインに、長い羽を見せるがわからないと言われ、階段を上がる。
階下から声がして見ればルヴァル達が帰って来ていて、デリックは真新しい斧槍を担いでいた。
刃の部分は少し小振りで柄も細いが、その分取り回しが良さそうだ。
「エルフの村にもこれがあるとは意外です」
「たしかに。あの細腕で振り回す姿は無駄があるような気もするな…まぁ買えてよかったな」
「ありがとうございます」
二人はそのままロランが出迎える奥の大樹に向かっていく。
するとその樹上の家では執事とビンスが何やら言い争っていて、リースに気付くとそそくさと別れていった。
「妖精のフェザーラルだな。羽を落とすとは珍しい事だ。とても貴重なものだから大事にするといい」
夕食の時間になると、女エルフが野菜満載な食事を運んできた。
フラウが起きるまで側に控えていたアリエルは、リースが持つ半透明の長羽を見てそう答えた。
「あとハバキリって幻獣を見ました。とても大きかったです」
「あぁ、あれには気を付けなさい。見た目は柔らかそうな毛並みだが、迂闊に触ると手を切るからな」
「フラウさんの鎧みたいでした」
「ん、同じものかもしれないな…剥いでみるか?」
「「えー!?」」
「冗談だ。ふふふ」
フラウだけが笑う部屋に唐突に小人が入ってきた。
リースの膝くらいまでしかない小人は、全身緑で統一した服を着ていて、耳が幾分か大きい。その姿にリースは小人里のミニマムを思い出した。
「トゥマッチ。ほら、これをやろう」
「あり~あり~」
アリエルが放る紫葡萄の房を器用に受け取ると、リースに近づき手を差し出してくる。
「ふふふ…リース受け取ってやれ」
「え?」
リースが手のひらを上にすると、小人の手からは大量の木の実が溢れだし、両手を使っても次々に床へ溢れた。
「もういいです!もういっぱいですよ!?」
「あはははっ!リースも引っ掛かったか」
「――!?」
床に落ちた木の実は消えてなくなり、小人は笑いながら出ていった。
リースの手には赤や黄色等の木の実が数個あり、ムスッとしながらアリエル達を睨む。
「怒るな怒るな。ここに来た者は皆受ける可愛い悪戯だよ――」
とアリエルが話していると、向かいの家からパメラの驚く声と、ミリアンの笑う声がした。
「うぅ~」
「リースは慌てる姿も可愛いな」
「いちいち発言が――」
カーマインは何か言おうとするが、痛そうな顔してアリエルを睨む。その背後の窓にはいつの間にか沢山の妖精達がいて、フラウを見ていた。
毛玉に小さな目玉がある者や、小さな鏡を持つ少女、ぬいぐるみにしか見えない鳥や、まさに花としか言えない者達だ。
中には近づこうとして他の者に引っ張られ、落ちていく者もいる。
「そうだ。その羽と木の実でピクシー達の服を作ってやろう」
「え?こんなんでいいのですか?」
「こんなとは酷いな。長羽は滅多に手に入らない不可視化の羽で、木の実は魔法薬の素材だぞ?黄色いのは一時的に魔素の吸収効率を高めてくれる」
アリエルは腰の袋から小さな紙包みを出すと、黄色い粉を見せてくれた。
「では、お願いしますフラウさん」
フラウは受け取ると一度マジックボックスになっている蒼い宝石にしまい、すぐにも取り出す。
するとすでに二着の小さな服になっていて、リースに渡すとしまうように言った。
窓では数人のフェアリーが覗き込もうとして、花の妖精の蔓に捕まっていた。
「ありがとうございます!」
「フェアリーやピクシー達は服装で相手を推し量るからな。それなら大丈夫だろう」
ランタンにはリザ達はおらず、また妖精界に行っているようだった。
食事が終わりもう寝る時間になると、フラウはリースと向き合い静かに話す。
「――よし…今からリースの辛い記憶に触れる。一緒に乗り越えよう?」
「……はい」
不安な顔を必死に抑え、目を閉じる。
リースは戦う術を得るために、フラウに己のトラウマの克服をしたいと相談したのだ。
そしてフラウは過去と向き合う事を諭し、精神感応をする事になった。
フラウとリースは手を取り合い、おでこ同士を合わせると、下へ落ちていくような感覚を覚る。
次の瞬間にはリースは狭い暖炉の中、隠し戸の裏にいて、目の前では義理の父ダンテが大男に首を絞め上げられていた。
「前から試したかったんですよ~。いや~すみませんねぇ、ご協力感謝します」
「ぐっううぅぅ!」
大男の隣にはまだ十にも満たない少年が、笑いながら鋭く尖った短剣をチラつかせている。
「これはですね?魂を抉る禁忌の魔剣って呼ばれてまして、これで刺されるとゆっくり時間を掛けて魂が漏れ出すそうですよ。けど使った事ないので信じられないですよね~」
「き、貴様らは、いつか、いつか必ず――!」
ダンテの言葉を最後まで聞かず、少年は下から抉るようにその針のような短剣を突き立てた。
ビクッとするダンテは、しかし叫ぶ事もなく不思議そうな顔をする。
大男が手を話すと、宙吊りだったダンテは床へ倒れた。
「…?…!?」
不思議そうな顔がゆっくり驚愕に変わると、ガクガクと震えだし、少年は嬉々として一瞬も見逃さないよう目を見開く。
「……寒いですかぁ?――雪も降り始めたようです。火を起こしてあげますよ」
この時リースは間違いなく少年と目が合った。
少年が何かを持って暖炉に歩み出すと、異常なほど震え始めていたダンテは、それでも少年の足に掴みかかり歩みを止める。
「…そうですね。火元に近い方が暖まりますよねぇ」
ダンテの上に何かの液体を振りかけ、大男と共に出口へ向かう。そして去り際、手のひらに小さな火を生み出した。
「メリークリスマ~ス♪」
火がダンテに飛び激しく燃え上がらせる。
しかしダンテは一切なにも感じていないようで、炎が全身を包むまで震えながらリースを見ていた。
そして誰かを呪う叫び声を耳にして意識が途絶えた。




