出ました黒パン
9
夜の帳がおり、月明かりもない闇が迷宮区を覆う。
迷宮都市の東に位置する第七迷宮区は中央に大樹迷宮があり、周辺には出店の屋台と貸倉庫、経済的に苦しい者が寝起きをする粗末な家屋が点在している。
夜間の光源は空の月か星だけで出歩く者は少ない。
日が昇ると目覚め、日が沈むと眠るのだ。
小さな燭台が一つあるだけの薄暗い居間には二つの人影があった。
燭台の火をぼ~っと眺めるフラウ。
レイジは慣れない場所に来たためか、腕組みをしたまま椅子の背もたれに寄りかかり、うとうとと船を漕ぎ出していた。
(この男…何か思い出せそうで、思い出せないな)
二階から人が降りてくる気配を感じる。
顔を覗かせたのはルーティとロサナ、着替えたリースだ。パジャマなのだろうか、藍色の可愛らしい服を着ていたが、やはりサイズが合っていないように見えた。
「お待たせってレイジは寝たの?」
「寝たようだ」
「起きろっ食いっぱぐれるぞっ」
「うっ!ぐぉぉ…」
ルーティのデコピンがレイジの額にヒットし呻く。
少し赤い顔したリースがフラウの横に座り、ロサナが奥の炊事場に向かった。
「いてぇ…」
「夕食ですよ、と言っても冷めてしまっててごめんなさい」
ロサナが黒っぽい丸パンと鍋を持ってくる。
「あっ!腹減ってたんすよー。いただきま~す♪」
「いけない。魔石切れてたんだっけ?」
冷たい鍋には何かの野菜と肉のスープが入っている。
通常なら屑魔石を使った魔法の調理器具で温めるか火を起こすのだが、夕方に使い切りそのままリースの捜索に出掛けたので買い忘れていた。
ロサナがスープを分けようとすると、フラウが手で制して燭台の火を見つめる。
「…あー、フラウ?この燭台の火じゃ無理…よ…!?」
ルーティが察して言うが早いか、テーブル上の鍋が徐々にふつふつと煮立ちはじめた。
「え!?どうして!?」
「おぉ!?まっ魔法かっ!?」
驚くロサナと眠気も吹き飛んだレイジは、湯気が立ち始めた鍋を必死に見ている。しかし鍋の周囲に目立った変化はない。
「…なにこれ?どうなってるの?」
「わぁ♪あったかそう♪」
フラウは何事もなかったように頷き、ロサナは困惑しながらも温かなスープを分けていく。
全員に行き渡るとレイジ1人が「いただきますっ!」っと手を合わせ、皆が不思議そうに見ている中、食べ始めた。
黒っぽい丸パンはだいぶ堅いが、みんなスープに付けて食べている。スープは薄味だが野菜と肉はよく煮込まれていて柔らかかった。
フラウはパンを半分そのまま食べ始め、スープは一口飲んだだけであとは口をつけない。リース達はフラウがその細い顎、小さな口で堅いパンをバリバリ食べ始めたのを口を半開きにして見ていた。
「フラウさん?野菜やお肉は嫌いですか?」
「もう十分だ」
「え?もう?」
「フラウ~残さないの!」
「ま、まぁまぁ」
残った分はレイジが食べきっていたが、それでも物足りなさそうにしていた。
「リースは寝かせたわ。本当は言いたいこともあるけど、だいぶ疲れているようだったから」
「…身体の小さな生き物は相応に弱いものだ」
燭台の火に群がる小さな精霊達は、一瞬勢いが増すと消え、また火元から現れる事を繰り返していた。
「…フラウ、今日はありがとう。入口の左の部屋は空いてるからあなたも休んで」
「わかった」
フラウが静かに立ち上がると、戻ってきたロサナが深々と頭を下げる。
「ルーティから聞きました。リースを助けて頂いて…本当にありがとうございます」
「私が望んだことだ。お礼はいらないしリースから既にもらった」
そう言って歩き出したフラウは、階段横で二階を見上げた後、部屋へ入って行った。
「レイジは…このままでいっか」
「かわいそうですよ…」
「って言ってもねぇ…部屋ないよ?ロサナが一緒に寝る?」
「っ!…よく寝ています。このまま寝かせてあげましょう」
ルーティ達はクスクスと笑いながら居間の奥の部屋に入る。レイジは夕食後、再びうとうとし始めそのまま寝てしまっていた。
あてがわれた部屋を見渡すと、左手に木製の棚があり右手に簡素なベッドがある。庭に面した窓には厚手のカーテンがしてあり、明かりはない。
ベッドに腰掛けたフラウが各装備を一瞥すると一瞬で消えてきい、左手首に蒼い宝石の腕輪が残るだけの白いローブ姿となる。
横になり瞼を閉じれば、フラウにとって眠るという初めての行為だった。
しかしフラウは自身の身体を抱きしめ、リースと触れあった際の温もりを恋しく思っていた。




