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恋のはじまり

夕飯時、母から突然発せられたその言葉は高校生になる由紀の幼い恋心を締め付ける結果となった。


「航君、近々自衛隊に入隊するみたいよ。」

「…え?」

由紀は母の目をじっと見つめ、大好物の唐揚げをつまむ箸を止めた。


隣の家に住む幼馴染の航は由紀より3歳年上のお兄さんで、由紀の初恋の相手である。昔から運動しか能のない由紀に勉強を一から十まで教え、まるで本当の妹のように可愛がってくれる航に恋心が芽生えたのは近頃のことではない。今日も休日だったこともあり、ちょうど春休みに入った航に勉強を教えてもらったところだった。


行くなら行くって言ってくれてもいいのに…


だが由紀が今までその話を全くもって聞いたことがない、というわけでもなかった。



2011年3月11日

この日発生した大地震は日本に壊滅的な被害を与え、それにより発生した津波で多くの尊い命が奪われた。

その状況は主にメディアによって伝えられ、テレビではニュース番組で被害の甚大さを物語る映像や、今後も注意をするように呼びかけるアナウンサーの声とが交互に発せられていたのを鮮明に思い出す。


当時小学生だった由紀は母が仕事で家に居らず、帰ってくるまで航の家に預かってもらうことになった。夕方頃になって帰ってきた航にテレビを観るように伝え、その衝撃的な映像を観る中で映ったもの…それは懸命に頑張る自衛隊の姿だった。

「俺、人の助けになるような人になりたい…」

それが航の真面目な言葉で堅い決意であるのは、まだ幼かった由紀にも理解できた。



由紀は夕飯を食べ終わるとすぐに自室に戻り、航にメールを飛ばした。

『今外に出てこれる?聞きたいことがあるんだけど』

時刻は夜8時、まだ寝るにも早い時間なのですぐに返信が来た。

『すぐ行くから待ってて』


3月の夜はまだ寒いだろうと由紀は灰色のパーカーを羽織り、急いで階段を駆け下りた。母にちょっと外に出てくると伝え勢いよく外に飛び出ると、そこには見慣れた微笑みを浮かべる航の姿があった。


「さっきぶり」

「…うん」

「聞きたいことって?数学の問題?」

「…違う」

航はいかにもハテナがつきそうな表情を浮かべた。由紀は少し上がった心拍数を下げようと小さく深呼吸をして告げた。

「自衛隊に入るって本当?」

航の目は見開かれ、いかにもバツが悪そうな顔をした。だが、少し泣きそうな表情を浮かべた由紀を見て落ち着かせるような声色で言った。

「うん、本当。お母さんから聞いたの?」

「そう、あたしいきなりそんなこと聞いたから驚いちゃって…でも今日会った時航君何も言わなかったから本当かどうかも分からなくて」

「ごめんね、いつかは言おうと思ってたんだけど、言えなくて…心配させたね」

「でもずっと入りたかったのは知ってたから、あたしそれ聞いて嬉しかったよ」


嘘つけ、本当は近くにいて欲しいくせに


「ありがとう。俺やっぱり人の助けになる仕事につくのが夢だったから叶えられて嬉しかったんだ、でもやっぱり由紀にあまり会えなくなっちゃうのは寂しいかなぁ」

「あたしも…」

由紀は泣きそうな顔を見られないように下を向いた。それに気づいた航は自分の右手を由紀の頭に乗せ、頭を撫でながらこう告げた。

「由紀、俺は厚木に行くことになるからしばらくは帰れない。だから由紀がもう少し大人になってからこっちに遊びにおいで。少しなら案内できるから、それに…」


その時にやっと俺は由紀を幼馴染として見れなくなるかもしれないから


その言葉は航の喉の奥に留められた。


「?」

「ううん、なんでもない。だから由紀、しばらくは勉強1人で頑張ってね」

「ダメ元だけど頑張る」

「努力すれば必ず報われるからね、分からないところはそのままじゃダメだよ」

「はいはい分かったよおかーさん」

航はくしゃっと微笑むと由紀もつられて笑った。

「やっと笑ったね」

航はそう言うと、頭を撫でていた右手を下ろし由紀を抱き締めた。

「待ってるから」

「…うん」


寒空の中、由紀はやっぱりパーカーは暑かったかなと小さくつぶやいた

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