光の奇妙な仕事
友達は選べ、とは言うけど、その通りにして損をする人は多いんじゃないかと思う。第一印象があまり良くなくても、人となりをよく知れば、っていうのはドラマや漫画でもよく見かけるし、何より、光がいい例だ。
「ミツ、帰ろ」
私が前の席に座る光に声をかけると、彼女は黙って振り向いた。
ぎょろっとした目はこっちを睨んでもいるように見えるが、これがこの子の普通だ。光は目付きと無口のせいでいろんな人から怖がられている。光みたいな目を三白眼って言うらしいけど、私にはもう見慣れたものだ。これで髪が長かったら、もっと怖く見えるとは思う。
光は黙って私を見上げ、ほんの少し顎を引いた。これが彼女の「はい」だ。
「今日どこ寄ろっか?」
私はわざと、「はい」や「いいえ」で答えられない質問をした。この子になるべく、自分から喋るようになって欲しいからだ。
光は眉根を寄せた後(こういう不満げな表情は露骨に表す)、黙って鞄に手を突っ込んだ。中身を探った後、彼女は一枚の紙を取り出した。『青野探偵事務所』のチラシだ。
「またそこ行くの?」
光はまたも顎を引いた。ちなみに光は、探偵に相談するような問題は抱えていない。と思う。どうも彼女は、その探偵事務所の所長に気に入られているらしいのだ。
「……ま、いいか。付き合うよ」
光はまた顎を引いた。
青野探偵事務所は、駅前の大通りから少し外れた路地に位置する雑居ビルの二階にある。健全な高校生としては近寄りたくない場所だけど、光が向こうから呼ばれたとあっては行かない訳にもいかない。一階に降りたシャッターのすぐ横にある階段を登れば、すぐに入口だ。
私と光は、ガラスの引き戸越しに室内を覗き込んだ。部屋の蛍光灯は点いており、ベージュ色のリノリウムの床や重い色の来客用の机と椅子が見える。黒い合皮の張られたその椅子は豪華だけど、古臭いものだ。
更にその向こうには所長用の机があり、壁にはどういう訳か『捲土重来』と書かれた掛け軸がかかっていた。
「誰もいないね」
私が光に言うと、彼女も黙って頷いた。蛍光灯があってもなお薄暗い狭い階段にいると、光の顔に陰がかかってさらに怖く見える。
ともあれ、入り口でじっとしてても意味がないので、私は事務所に入室した。鍵はかかっていない。入ると、すぐに煙草の臭いが私達を出迎えた。むっ、と来るこの臭いは、どうも壁紙に染みてるものらしい。
部屋に入ればすぐに事務所の中を一望できた。キッチンや寝床用のソファ、書類が詰まっているらしい灰色の金属棚の上に並んだポットやインスタント食品の大行列。角にある小部屋は、多分ユニットバスだ。
小さいからとはいえ、生活感に満ち過ぎている。こんな部屋じゃ、依頼人もすぐに帰るんじゃないかな。
「うーわ、キッチン汚いなぁ」
私は食器の詰まった流し台を見て正直な感想を漏らした。光はと言うと、いつもよりも鋭い目つきになって室内を見回している。
「誰もいないと思うよ」
私は光にそう言ったが、光は黙って部屋の奥に入っていった。そのまま光は部屋の奥まで入っていき、ブラインドのかかった窓の前に立つ。そして、窓枠からぶら下がっている紐を引き、ブラインドを上げた。
いた。
「あーりゃりゃ、見つかったかー」
そう言ったのは、両手足を窓枠に突っ張らせて窓に張り付いている不審者だった。いい歳した男がガラス一枚向こうでそんな恰好なのだから、善良な市民として通報するべきだろうと思う。ただ困った事に、知ってる顔だ。
光は動じた様子も見せず、黙ってその窓を開けた。男は足から部屋に転がり込み、光の前に立った。
「よく分かったねー」
感心する男に、光は男の手にあるものを指差した。彼の手には分厚いガラスの灰皿が握られている。うず高く積まれた煙草の吸殻からは、煙の線が立ち昇っていた。
そういえば部屋になかったね、灰皿。臭うのに。
「む、気付いてたか。やはり君は筋がいい」
好ましい目で光を見るこの人は、この事務所の所長だ。三十路半ばのスポーツマンといった風体だけど、細目でやつれているせいか精悍さはない。ただ、無害そうに見えるのも事実だ。
「トシさん、またそれ?光は探偵に興味なんか……」
「シャラップ保護者。それと私は、ブルース・リーだ」
トシさんお決まりのジョークだ。名前が青野利だからってブルース・リーって言い張るのは強引だと思う。あと、誰が保護者だ。
「さて、ミツ君には頼みたい事がある」
改まった口調でトシさんが言うと、光は眉根にしわを寄せた。またか、と言いたげな顔だ。
「そんな顔はしないで欲しいな。君にしか頼めないんだ」
トシさんが光にこう言うのは、初めてではない。
「高校生に仕事手伝わせるって、どうかと思うんですけど」
私が嫌味っぽく言うと、トシさんは間髪入れず光に言った。
「バイト代弾むよ」
光がトシさんの肩を掴んだ。あ、やる気だこの子。目がアレだ。
「そう、その目だよ。じゃあ、ミツ君借りるね」
何で私に言うんだか。
視線で光に聞くと、光は鋭い目で私を見て頷いた。『頑張る』と言いたいらしい。
私は「頑張ってね」と言う他なかった。……まあ、心配はしてないけど。
翌朝の新聞のローカル記事で、私は光のした事を知った。
『ストーカー御用 霊に追われた?』
そんな見出しで始まる小さな欄の中には、私の知らない誰かが、夜中に交番に駆け込んだ事が書かれていた。霊に追われたと言って錯乱しているその誰かは、別の誰かのストーカーだったらしい。被害者からの証言もあり、あえなく御用となったともある。まあ、私には見慣れた記事だ。
私は朝刊を事務所のポストに差し戻し、階段を登ってガラス戸を開けた。
早朝という事もあってか、二人はまだ眠っている。トシさんは自分のソファで、光は来客用の黒いソファで横になっていた。
光の恰好はすごいものだ。
ウィッグの長髪は床に垂れ下がって渦巻いてるし、着ている白いワンピースには所々赤いものがついていた。スカートを半分以上染めているそれは、どう見ても飛び散った血にしかみえない。ご丁寧に、両手足もべっとりと血に似たものにまみれていた。すぐそばの机には、血糊にまみれた包丁が乗っている。
見た感じ、確実に一人は殺った後の姿だ。これなら件のストーカーが逃げ出すのも分かる。
「んー……」
光が寝苦しそうに呻く。その寝顔はまどろんだ猫のようで、正直可愛い。恰好さえ気にしなければ。
その時、離れたソファからトシさんがもぞもぞと身を起こした。
「んぐぅ……、お?おお、保護者君おはよう」
「もっとまともな事しましょうよ」
「早朝からずいぶんだね」
「ずいぶんも何も……」
「これがウチの仕事さ。ストーカーの被害者から頼まれてやった事だし、問題ないだろ?」
「こんなの探偵の仕事じゃないし。それに、この子の顔をそういう風に使うのってどうかと思うんですけど」
光は文句を言わないから、私が言っとかないとトシさんが味を占めかねない。
トシさんが光にさせた事は、探偵というよりむしろ、お化け屋敷のバイトだ。トシさんがストーカーの出そうな場所に張り込み、ミツにそいつを驚かせるというやり口である。もっぱらストーカー絡みの依頼が多く来る上、ストーカーが夜に出るのが分かっていたからこそ、光が必要だったんだと思う。こんな姿のミツを夜中に見たら、流石に私でも怖い。
「光も嫌だって言わないと駄目だよー」
聞こえていないとは思うけど、私は光に小声で言った。もちろんトシさんへのあてつけだ。
光は身じろぎし、うなされるように何かぼそぼそ呟いた。何だろうと思い、私は光に耳を近づける。
多分、寝言とは思う。けど光は、確かにこう言っていた。
「もっとかっこういいのがよかった……」
私は何だかおかしくなって、光の頭に手を乗せた。すると光は目を閉じたまま、口元をほころばせた。
数年前に参加させていただいた企画用に書いた短編の没作品です。
企画の規定に沿わなかったので、今になって手直し、お蔵出しする事にしました。
見せると言っておきながら何年も待たせてしまって本当にすいませんでした>私信




