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最終話 これで終わりじゃない……

 ガラス窓が吹っ飛んだ司令室は海からの風に煽られて肌寒かった。

 室内は散乱したガラス片や銃弾を食らった跡が生々しい。窓際ではスティンガーを抱えた愛美がVサインをしている。涼と葵も続いて司令室に戻ってきた。

 四人の顔を確認して労をねぎらう。

「皆とりあえずお疲れ。見事な連携プレーだったよ」

 それを聞いて愛美が潤んだ目で首を振る。

「ううん。あなたが居なかったらこうはいかなかったよ」

「そうだな。MVPはアンタだよ。文句なし!」

 そういって涼はバンと肩を叩いてきた。

「いってぇ! あ、足に響く!」

 そこに葵が救急箱を手に駆け寄ってきた。

「さあ、手当いたしますわよ」

 やれやれと思ってソファに腰かけた。葵が跪いて傷口を消毒してくれた。

(ちょっ、この角度は何気に……)

 どうしても着物の胸元に目が行ってしまう。この角度からは真っ白な肌が微かに膨らみを形どる箇所がはっきりと見えるのだ。

(いかん。いかん。このままでは……)

 エロスから意識を逸らさないと不味いことになってしまう。万が一、おっきなどしてしまったら葵に何をされるか分からない。そう思って話題を振る。

「なあ皆、これからどうするんだい? こんなことになった以上、ここでの任務継続は不可能だろ?」

 それはごく普通の感想だった。そもそも国土問題という厄介な代物を若い女の子四人に託すこと事態、無理がある話なのだ。敵国が本気で攻めてきた今となっては自衛隊が常駐するぐらいでないと、とても対応できるものではない。

 葵の包帯を巻く手が止まった。

「……なぜ、そんなことおっしゃるの?」

 その言葉は、幾分、涙声のように聞こえた。

「いや、だって一歩間違えれば戦争だぜ? 君達で何とかなる問題じゃない」

「そんなの嫌よ!」と、愛美が大きな声を出した。

「ウン。あたしも困るヨ……」と、亜紀は俯く。

「そんなもん絶対に拒否るよ! ここを守るのはウチらの生きがいなんだ」

 涼はそう言ってドンとテーブルを叩いた。

「おいおい。てか……だいたい、君達はどうしてこんな所に拘るんだ? 前から思ってたんだけどさ。普通に高校生やってりゃいいものを、何を好き好んでこんな……」

「お黙りになって!」と、葵が立ち上がった。彼女は何時にも増して厳しい目つきだ。

「ご、ごめん」

「みなさん事情がおありなんですことよ! 貴方に何が分かるんですの!」

「あ、ああ、そうなんだ……」

 愛美が頬の横で髪を弄りながら呟く。

「アタシはね。ぶっちゃけ、お金が必要なの」

「お金? なんでまた?」

「親の借金。負債を帳消しにして貰う代わりに、ここで働いてるの」

「……そんな事情があったのか」

「家族みんなで働いてもどうにかなる額じゃないのよね。お父さんが自己破産すれば良いのかもしれないけど……ミカン畑は絶対に手放したくないんだって」

 愛美は寂しそうな笑顔を浮かべて続ける。

「私も畑を売るのは反対。だって生まれて時からずっとミカンに囲まれていたんだもん。故郷なんだよ。私たち家族の。それに親戚みんなの仕事が無くなっちゃう……でもバカみたいでしょ? 今時、借金の為に私みたいな小娘が犠牲になるなんてね」

 愛美の告白に胸が締め付けられた。てっきり彼女は郷土愛が故にここに留まっているものだと思っていた。

(そんな深刻な事情があったなんて……)

 他の三人は愛美の事情を知っていたのだろうか? 皆、やるせない表情でそれぞれ頷いている。

「ウチは自分を鍛える為なんだ」

 次に口を開いたのは涼だった。

「ウチは実家が闘犬で生計を立ててるんだけどさ。後継者がウチしか居ないんだ。ウチは一人っ子だし、自分が継ぐしかないと思って頑張ってきたんだけどさ。親父が認めてくれないんだよ。闘犬は男の世界だからね。周りの目も厳しいんだ。女に何ができるって。ウチはお袋を早くに亡くしててね。家では親父と二人っきりさ。けどね。どうにもギクシャクしちゃってさ。だから家を出たかった。で、一人前の仕事をして親父や他の男達に認めさせたかったんだよ。ここの仕事をやり遂げてさ。女の自分でも大きな仕事ができるんだって」

 涼は自らの言葉を噛みしめているように見えた。

 闘犬の世界というのはよく知らないが、彼女は男尊女卑の環境で長く苦しんでいたのだろう。もしかしたら涼の男言葉や男っぽい振る舞いは、それに関係しているのかもしれないと思った。

 葵が「ふう」と、ため息をついて首を振る。

「家族関係は本当に厄介なものですわね。その深刻さは本人にしか分かりませんもの。わたくしも似たようなものですわ」

 葵はしばし考える素振りを見せてから話し始める。

「わたくしの生まれた阿南家は、それこそ時代錯誤な家ですの。それが嫌でわたくしは、ここの仕事を希望しましたの」

 涼が葵に向かって気の毒そうに言う。

「阿南家は超名門だもんな。聞いたことあるぜ。ガッチガチの保守なんだって?」

「ええ。でも、そんなことは良いのです。阿南家に生まれたからには受け入れざるを得ませんから。ですけど、たったひとつ我慢できないことがあるのですわ」

「それは何?」と、愛美が葵に尋ねる。

 すると葵は頬を赤らめながら答える。

「許嫁、ですわ。お恥ずかしい限りですけど」

「イイナズケ~ 凄いネ」と、亜紀は目を丸くする。

「阿南家では、おばあ様がすべての物事を決定なさるのですわ。ですから跡取りのわたくしの結婚相手も当然のように、おばあ様が……」

「分かった。それが嫌なんだね」と、愛美は興味深そうだ。

「ありていに申し上げますと、そういうことですわね。年齢は二十も上の殿方なんですけれど、下品で不潔なんですの。性格もちょっと……ですから逃げてきたんですの」

 そう言って葵は身震いした。その様子からは本気で身の危険を感じているみたいだ。

(そんなに嫌な許嫁なのかよ……)

 そこで亜紀が口を挟む。

「でも、おばあ様が良く許してくれたネ。ここで働くことを」

「渋々ですわ。何よりも面子を重んじる方ですもの。それに徳島県を代表して県の権益を守るお仕事ということで、県のお偉い方達にも恩を売ることが出来るという計算もあったのでしょうね」 

 そういう話を聞いているとセレブも大変なんだなと思う。葵も好きでここに居る訳ではないのだ。

 三人がそれぞれ自らの心情を吐露したところで亜紀が残された。そのことに気付いたようで彼女は皆の顔をチラチラ見ながら小さな声で話し出した。

「わたしは誰にも必要とされてないから、ここに居るンだヨ……」

 その言葉に、はっとした。

「わたしって影が薄いからネ。ホラ、お化けみたいでしょ? だからいつも無視されちゃうんだよネ……」

「それってイジメか?」と、涼が眉を寄せる。

「分かんない。でも、誰にも相手にされないのってホント辛いんだヨ」

 確かに亜紀の存在は、本人が自虐的に『ステルス』と称するように察知されにくい。

 亜紀は大きな目を潤ませて訴える。

「いつも気付かれないのはネ。寂しいヨ……誰にも必要とされていないみたいで」

 そんな風に落ち込む亜紀を愛美が慰める。

「みんな悪気があって無視するわけじゃないんだよ。亜紀ちゃんはいい子だもん」

「そうですわ。気になさらないことですわ」

「そうだそうだ。ウチらは亜紀のこと認めてるぜ!」

 しかし、亜紀は首を振る。

「でもネ。学校に行けなくなっちゃったの。何とか恐怖症で。なんていったっけなア?」

 亜紀が病名を思い出せないようなので代わって答えてやる。

「対人恐怖症」

「ああ、それだヨ。それ」と、亜紀は少し笑った。が、場の空気は淀んだままだ。

「そうでしたの。そんな病気だなんて……お気の毒に」

 葵は心配そうに亜紀の顔を覗き込む。

「へへ。でもネ。わたし、ここの仕事好きだヨ。ここに居ることが誰かの為になってるって考えたら元気になるんだ」

 人は自分が誰にも必要とされていないと感じた時に最も死にたくなるという。亜紀にとってはこの場所で活躍することが自らの存在意義を確認する手段なのだろう。

「だから……まだここに居たいヨ」

 亜紀は消え入りそうな声でそう訴えた。彼女の大きな目から零れる涙を見てこっちまで泣きたくなってきた。

「そっか。皆、大変なんだ」

 自分の一言でしんみりしてしまった。正直、こんなに重い空気になってしまうとは予想していなかった。

(理由なんて尋ねるべきではなかったのかもしれないな……)

 ちょっと後悔した。よくよく考えれば、年頃の女の子達がこんな辺鄙な場所でこんな危険な任務を負っているなんて、よっぽどの理由があるに違いなかったのだ。

 そんな雰囲気を変えようとしたのか、亜紀が無理に作った笑顔でこちらに向き直った。

「でも良かったネ。犠牲にならなくて!」

 その言葉に何となく違和感を抱いた。

(そっか……お偉いさんの連中にとっちゃ俺が犠牲になった方が良かったのか)

 確かに自分が殺された方が命がけでここを守ったという手柄になる。それで四国四県にどんな恩恵があるのかは分からない。だが、何のとりえもない自分が選ばれ、ここに連れてこられたということは、それぐらいしか利用価値が無い。

 少し覚めた口調で尋ねる。

「それはお偉いさんの狙いとは違う結果ってことか?」

 そこで葵がはっと顔を上げる。愛美が亜紀を見て顔を顰める。涼は、アララやっちゃったよといったリアクションをみせる。そしてようやく亜紀が(しまった!)という風に口を押えた。

 やはり図星だったか。それを確信しつつ彼女達のオーバーな反応に戸惑う。

「え? 何か変なこと言った?」

「ご、ゴメン! アタシってば……」

 と、半べその亜紀を制して葵が口を開く。

「いいえ。亜紀さんのせいではありませんわ」

 彼女の改まった口調に嫌な予感がした。

「ちょ、何だよ。急に……」

「わたくし達は皆、貴方に謝罪しなければなりませんの。いえ……謝って済むことではありませんわね」

 それは葵らしくない態度だった。

「ど、どうしたんだよ?」

 わざと明るく振る舞おうとするが声が上ずってしまった。

 葵が姿勢を正しながら真面目な顔をみせる。

「貴方がここに来た本当の理由を、わたくしは知ってしまったのですわ。それなのに、わたくしは貴方に真実を打ち明けませんでした。それは非人道的なことですのに」

 涼が葵の告白に口を挟む。

「葵。それは違うぜ。ウチらも同罪だって」

 亜紀も首を振る。

「そうだヨ。アタシだって黙ってたンだもん」

 愛美も申し訳なさそうに口を開く。

「葵ちゃんだけのせいじゃないよ。結局、誰もホントのこと言えなかったんだから同罪だよ。それに賢人会の指示だったからね」

 愛美の口からやはり賢人会という言葉が出てきた。自分をここに拉致してきた連中だ。

 次の言葉が見つからないのか彼女達は一様に口をつぐんで泣きそうな顔をしている。それを見ていると胸が痛んだ。

「俺は保険なんだろ?」

 自分の一言で四人が同時に顔を上げる。

「俺みたいな人間が一人いなくなったところで誰も困らないもんな。つまり、そういうことなんだろ?」

 その質問には葵が答えた。

「ええ、一言で申し上げますと人身御供、ですわ」

(人身御供ね……やっぱりそうか)

 胸が重くなった。彼女達の表情も一層、陰気になってしまった。ここで雰囲気を変えなくては、と思った。

「オッス! オラ、ヒトミゴクウ……」

 無理にボケてみたけど誰も笑わない。しらっとした空気。居心地の悪い間があいた。

 涼が大きくため息をつく。

「実はな。賢人会のオッサン達は万が一、アンタが犠牲になったら命がけでここを守ったっていう既成事実が出来るって考えてたんだ。つまりスケープゴートだって言ってたな」

 愛美が俯きながら呟く。

「愛媛の代表は生贄って言葉を使ってた。ひと一人の命が失われたら、さすがに国も黙ってはいないって……それに四国に関係ない人間ならどの県も損はしないんだって。」

 四国四県のお偉いさんが集まった賢人会としては自分の県から損失は出したくないのだ。それに誰かが死んだ時、その英雄を輩出した県が有利になるとでも考えているのかもしれない。おそらくそれぞれの県のお偉いさんからは自分を犠牲にしろという指示が出ていたのだろう。

「酷いよネ」と亜紀は涙ぐむ。

 彼女達を見ていると何だか可哀想になってきた。その様子から彼女達も良心の呵責に苦しんできたのだろう。

 やれやれと思って首を振った。自然と言葉が漏れる。

「……知ってた」

 その言葉に彼女達の視線が集まった。

「……どういうことですの?」

「ごめん。偶然、聞いちゃったんだ。前に氷を取りに行ったときに」

 葵がはっとしたような顔をみせる。そして少し咳き込む。

「そ、そうでしたのね」

 涼が不思議そうに言う。

「そ、そんな……アンタ、それを知っててウチらと一緒に戦ってくれたのか?」

「うん。まあ」

「どうして……」と、愛美が見つめてくる。

「どうしてって、まあ、男は自分だけだし。何とかしなきゃって」

 ここで一発、キリッと決めればカッコいいのだろうが、そういうのは『但しイケメンに限る』というのが相場だ。

(思い残すことは沢山あるけど……ここは撤退か解散だな)

 これで最後だと思って社交辞令でいってみる。

「どうせなら四国を回って見たかったな」

「え? ホントに?」と、亜紀が嬉しそうにいう。

「おう、高知に来るなら歓迎するぜよ」

「徳島にいらっしゃるのでしたら阿波踊りの時期が最高ですわよ」

「愛媛はいいよ~。のんびりしてて食べ物もおいしいし」

「ああ。できれば君達に案内してもらいたかったな。それとお遍路さんだっけ? 四国四十八か所」

「八十八だって!」

 四人同時に発せられた突っ込みが重なった。そして思わず顔を見合わせる。何とも言えない間が空いて自然と笑みがこぼれる。ほんの少しだけ明るい気分になれた。

 その時、警告音が鳴り響いた。

(マジかよ? まだ何か……)

 その警告音はいつものとはちょっと違った。

 愛美が怪訝な顔つきでレーダーに向かう。そして「うそ……」と、絶句する。

「どうかしましたの? 愛美さん」

「これって火器管制用レーダーだよ!」

 それを聞いて涼が首を捻る。

「なんだよ、それ?」

 愛美の代わりに亜紀が答える。

「それが照射されてるってことはロック・オンされてるってことだヨ」

 涼が目をパチクリさせる。

「は? ロック・オンって……おい!」

 涼が慌てて確認に向かう。その間も警告音は鳴りやまない。

 葵と亜紀は不安そうに愛美と涼の動きを見守っている。

「どういうことですの……この期に及んでまだ何か」

 やがて涼が機器を睨みつけながら叫んだ。

「分かったぜよ! こいつだ! 愛美、五番モニタを見ろ」

「了解! ん! この船からの照射で間違いないわ」

 愛美はレーダー機器やPCをせわしなく操作し続ける。

「愛美、望遠カメラの映像を出せるか?」と、涼が尋ねる。

「ちょっと待って! 画像を調整するから……これでどうかな。三番に出すよ!」

「うぉっ! マジかよ!」

 二人のやりとりを聞きながら鼓動が高まるのを感じていた。

 亜紀と葵を連れて恐る恐る三番モニタに近づく。そして問題の映像を見る。

「なにこれ。あり得なくない?」と、愛美が操作の手を止めて呆然としている。

 そして涼が苦々しげに断言する。

「あれは……巡洋艦だ!」

「ちょっ! 巡洋艦だって?」と、声が上ずってしまった。

 三番モニタに映るそれは水平線にちょこんと鎮座している。それは外国の闇市で買ったいわくつきの文鎮のように見えた。

 葵が悲痛な声をあげる。

「そ、それが事実だとしたら、とんでもないことですわ!」

「このままじゃ戦争になっちゃうヨ」と、亜紀はうつむく。

 亜紀の言うとおりだ。幾らここが正式に認められた国土ではないとはいえ、他国の軍艦が居ていい海域ではない。それを承知で領海侵犯しているということは確信犯といえる。まさか奴らは本当に戦争するつもりなのか?

 葵が賢人会との通信を開始しようとした時だった。『ガゴーン!』という凄まじい爆音と振動で身体が前方に投げ出された。

「きゃー!」

「ヒャン!」

「うおっ!」

「あれえー!」

 あまりの衝撃に、それがどこからもたらされたものか理解できない。

 埃と煙で視界が塞がれる中、皆の安否を確認する。

「葵! 大丈夫か?」

「ええ……なんとか平気ですわ」

「愛美は?」

「いったぁい。もう、なんなのよぉ!」

「亜紀はどこだ?」

「ここに居るヨ。びっくりしたナ」

「涼はどうだ?」

「生きてるぜ。畜生! どうなってやがんだ!」

 その直後に爆発のあった個所が判明した。応接セットのあった部分が焼けている。そして壁に大穴、というより部屋の角の部分がぽっかりと失われている。そこから外の青い光景がまる見えの状態だ。

 愛美が信じられないといった表情で首を振る。

「ミサイル攻撃? それとも砲撃?」

 葵が「とにかく消火が先ですわ!」と応接スペースへ走る。

「やっべ! 早く消さんといかんぜよ!」と涼がそれに続く。

「亜紀ちゃん、消火器をアタシに頂戴!」と愛美が叫ぶ。

 皆で協力して消火作業にあたる。大騒ぎしながら全員でやっと消し止めたものの、その惨状は完全に我々を沈黙させた。引っくり返ったソファの表面は燃え尽きてボロボロになっている。それはまるで暴動の犠牲となった自動車のように見えた。壁はコンクリが剥き出しになっていて下三分の一を残して崩れてしまった。これではまるで内戦が続く市街地だ。大穴の向こうは海……。

「奴ら本気でここを潰す気か?」

 自分の言葉で四人が同時に息を飲むのが分かった。

 愛美が唇を震わせる。

「もうやだ……」

 今更ながら恐怖が襲ってくる。今の攻撃で敵の本気を思い知らされてしまった。奴らにとって国際世論なんぞ屁でもないのだ。上陸作戦が失敗したのでおそらくはここを破壊することにしたのだろう。こんな攻撃があと数回続いたら、この基地そのものが完全に破壊されてしまう。その前に倒壊ということもあり得る。

(まさか軍艦を持ち出してくるなんて……)

 これはもう自作の武器で対抗できるレベルではない。それにこんな大海原の真ん中では逃げ場が無い。チェックメイトの声を聞いたような気分になってしまった。

(詰み、か……今までの戦いは何だったんだ?)

 振り返ると、あの涼がすっかり覇気を失って膝を抱えている。

「チクショウ。こんなので終わりだなんて……」

 愛美がうつろな目で呟く。

「ああ……死ぬ前にもう一回おしゃれして銀天街を歩きたかったな」

 その台詞はいかにもおしゃれ好きな愛美らしい。

 涼が力なく言う。

「死ぬなんて縁起でもねえこと言うなよ……」

 愛美は引きつった笑みを浮かべながら嘆く。

「もっとお買い物もしたかったなぁ。ラフォーレとかタカシマヤとか三越とか……松山にはいっぱい服を売ってるお店があるから。他の県と違って」

 最後の部分で他の三人がピクリと反応した。

「それはどういう意味ですの! 徳島にだって、そごうがありますことよ!」

 葵がちゃっかり反論する。

「高知だって大丸があるぜよ」と涼も憤慨する。

 愛美が鼻で笑う。

「プ。デパートが県内にひとつしかないなんて」

 亜紀がそれを聞いて鼻の穴を膨らませる。

「か、香川は三越と天満屋のふたつがあるヨ!」

 そこで葵が首を振る。

「天満屋は閉店したでしょうに」

「ア、そうだった……」

 葵に指摘されてしょんぼりする亜紀。亜紀の喜怒哀楽は実に分かり易い。

 会話が途切れたところで葵がため息交じりに呟く。

「こんなことなら徳島ヴォルティスの試合をナマで見ておくべきでしたわ」

 愛美が意外そうな顔をする。

「あれ。葵ちゃんってサッカー好きだったけ?」

「少したしなむ程度ですけど。なにしろ四国でJ1に上がったことがあるチームは徳島だけですから」

 その言葉に他の三人がむっとする。

 愛美が口を尖らせる。

「まぐれでしょ。レベル的には愛媛FCと変わらないじゃん」

「な、なんて失礼な! 嫉妬は見苦しいですわよ!」

「カマタマーレ讃岐もJ2の仲間だヨ」

「一緒にしないで頂きたいわ! まあ、チームそのものが無いよりはマシかもしれませんけれど……」

 そう言って葵は涼の方をチラ見した。それに気づいて涼が「ムムッ」と、呻く。そしてすっくと立ち上がった。

「ケッ! サッカーチームが無くても高知は高校野球が強いんだぜ」

「それをいうなら愛媛でしょ! 松商がバンバン優勝してるし」

「高校野球でしたら池田ですわ。ヤマビコ打線は伝説ですもの」

「いつの話だよ? 高知と違って最近の徳島代表はなぁ。ププ」

 葵がバンと台を叩いて涼を睨む。

「確かに最後に優勝したのは三十年以上前ですけど香川よりはマシですわ」

「え? 香川だって優勝校出してるヨ」

「高松商業なんて戦前じゃありませんこと?」

「違うヨ。九十五年の夏に観音寺中央が優勝してるンだけど……」

 か細い声で亜紀が反論するが他の三人が「知らない~」と声を揃える。

(この期に及んでお国自慢とは……ホント好きだね。この子達は)

 半ばあきれている内に県自慢は収まった。だが、静かになってしまうとしんみりしてしまう。そんな中で亜紀のお腹が鳴った。

「おうどん食べたいナ。まだまだ行きたい店が一杯あるンだけど……」

 涼が呆れたように言い放つ。

「うどんなんてカップ麺で十分じゃねえか」

「そんなことないヨ! おいしいうどんはネ!」

「あーあー分かってるよ! 亜紀のうどん談議は聞き飽きた。けど、ウチの身にもなってくれよ。新鮮な『さわち料理』は高知に帰らないと食えないんだぜ」

「しょせんカツオでしょ。愛媛の鯛めしの方が百倍おいしいんだから」

 愛美の挑発に涼が激高する。

「なんだと! カツオをバカにする気か?」

「愛媛はね。ハマチも鯛も養殖が盛んなの。分かる? バリエーションが違うの」

「香川も魚が美味しいヨ」

「だったら牛肉はどうだよ? 高知はプロ野球のキャンプ地だぜ? 肉がうまいからな」

 愛美がふくれっ面で涼の視線から顔を背ける。

「高知なんかより牛肉が有名なトコなんて一杯あるでしょ」

「なんだと!」

 愛美に掴みかかろうとした涼を葵が制する。

「おやめなさいな! お二人とも!」

 葵は大きく深呼吸すると静かに切り出した。

「いよいよ覚悟を決めなくてはなりませんわね。みなさん。今のうちに遺書を書いておきませんこと?」

葵の提案に皆がぎょっとする。

「冗談でしょ……」と、愛美が顔を引きつらせる。

「いや。書いといたほうがいいかもな」と、涼は呟く。

「ヤダ……遺書なんて書きたくないナ」と、珍しく亜紀が自分の意思を表す。

「アタシが死んだら保険金出るかな……」

 そう呟いた愛美の目は完全に力を失っていた。

「そんなこと言うべきではありませんわ」と、葵が否定するがその言葉は弱々しい。

「だって……もう無理だよ。アタシはもう諦めた」

 愛美の投げやりな態度に葵が憤慨する。

「わたくしだって! わたくしだって受け入れられませんわ! こんなこと。こんなこと許しがたいことですわ! 阿南家がわたくしの代で終わってしまうなんて」

葵の言葉。最後の方は声が震えていた。

 彼女達のやりとりをぼんやりと聞きながら考えた。

(なんでだろ? 不思議と死ぬことに対する恐怖心は無いな)

 むしろ彼女達を守ってやれない不甲斐なさに腹が立った。彼女達はまだ若い。若すぎる。あんなに可愛い子達がこんなところで海の藻屑になるなんて。

(貴重なマ……止めとこう)

 空気が重い。崩された一角から海風が容赦なく吹き込んでくる。そのくせ嫌な焦げ臭さはまとわりついて離れない。次の攻撃がいつ来るのかはまるで分からない。まるで死刑宣告を待っているようだ。

(このままなぶり殺しされるのを待つしかないのか?)

 いっそのことミサイル連発で一気に楽にしてくれた方がマシだ。

「ひゃっ!」と、愛美が突然、椅子の上で飛び上がった。

 皆の注目が愛美に集まる。

「レ、レーダーが反応してる!」

 興奮気味の彼女の台詞に身震いした。

(まさか敵の増援か?)

 だとしたら益々勝ち目はない。

 だが、愛美は息を吹き返したような顔つきでレーダーを操作する。

「四時の方向から猛スピードで接近中! それも四つ! これって……航空機?」

 皆が駆け寄って愛美の手元を覗きこむ。

 確かに青い三角形が四つ。かなりの速度でこちらに向かってくる。

 何かに気付いた涼が他の機械を操作してまくし立てる。

「F15だ! この反応、この機体。自衛隊か米軍ぜよ!」

 愛美が涙目になる。

「どっちでもいいわよ! 来てくれたんだ」

 亜紀と葵が窓際に駆け寄る。自分も割れた窓から四時の方向を見上げる。すると、しばらくして海風に混じって航空機が低空飛行する音がはっきりと聞こえた。それは尾を引くように我々の頭上を通り過ぎ、敵の艦船に向かっていった。戦闘機をこんな間近で見たのは初めてのことだ。

「敵が逃げるわ!」と、愛美が告げる。

「やったぜ! ザマアミロ!」と、涼が泣き顔でガッツポーズをする。

 葵と亜紀は抱き合って大泣きしている。

(助かった……)

 それにしてもヘタレの賢人会がよく動けたなと思った。どういう手を使ったのかは知らないが、ギリギリ間に合ってくれたことに感謝する。


 F15による威嚇で敵の巡洋艦は猛スピードで逃げて行った。それから遅れること一時間、今度は海上自衛隊、続いて海上保安庁の船団がそれぞれ当海域に集結した。

 海上を漂流する敵の兵士達は海上保安庁が回収し、この建屋の防水扉に閉じ込められた連中は海上自衛隊によって拘束された。もっとも熊エキスをたっぷり吸い込んだ兵士達の症状は重く、意識のあるものは皆無だった。また、ガスマスクを装備した隊員ですら躊躇われるような悪臭のせいで彼等は艦内に収容できず、甲板で医療措置を取られることになってしまったそうだ。我々が監禁していた不審船の男二人に少年も海上保安庁ではなく自衛隊が引き取った。ぽにょに局部を噛み千切られた太っちょは出血は激しかったものの命に別状は無いとのことだった。

 あれほど何も無かった海域に幾つもの船が集まって後始末をする様は、まるでハリウッド映画のエンディングのように見えた。


   *   *   *


 あれから一ヶ月が経過した。

 結局、政治的な処理がどうなったのかは良く分からない。相変わらずここでは情報が遮断されているからだ。おそらくは水面下の外交で何らかのやりとりがあったに違いない。そうでなければ戦争になっているはずだ。それにしてもあの事件前後で何ら環境が変わっていないというのは解せない。やはり所詮は日本外交の弱さといったところか。

 一方、驚いたことに彼女達は誰一人としてここを離れようとしなかった。あれだけのことがあったのだから四国に里帰りすれば良いのに、四人ともそれを断ったという。そして外壁の修理や熊エキスの洗浄が終わるまでは勿論、その後も今までどおりの任務を淡々とこなしている。

 亜紀は相変わらず朝・昼・晩と讃岐うどんを茹でながら武器いじりに熱中している。どうやら今回の実戦データを基に色々と改良に励んでいるようだ。その分、手入れがさぼりがちになっている玄関の盆栽は何年も美容院に行っていないおばさんの天然パーマみたいになっている。

 涼は自分の格闘技が敵に通じなかったのがよっぽど悔しかったらしく、軍隊向けの格闘プログラムの通信講座に取り組んでいる。なお、愛犬のぽにょは相変わらず神出鬼没で驚かせてくれる。おかけで奴に遭遇する度に股間がすっとするのが癖になってしまった。

 愛美は県知事からご褒美に贈られた一六タルト一年分を食べ過ぎたとのことでダイエットに励んでいる。最近のお気に入りは身体を動かすゲームで運動することのようだ。勿論、ファッション雑誌のチェックに余念がなく、あれが欲しいこれが欲しいとよく騒いでいる。

 葵は賢人会のお偉いさんに対してズバズバとモノを言うようになった。その反面、以前のツンケンしたところが和らいで随分と人あたりが良くなった気がする。趣味の茶道と生け花に励みながら相変わらず金ちゃんヌードルをこっそり茶室で楽しんでいるみたいだ。

 自分はというと……なぜかここに居候を続けている。帰るきっかけを失ってしまった。というよりも、帰るだけの正当な理由が見当たらないというのが正直なところだ。それに男としての野望もまだ捨てていない。

(いつかきっとハーレムを!)

 それが実現するまでにどれぐらいかかるかはまるで分からないが……。


 いつまでこんな状況が続くのかは誰にも分からない。だが、それも悪くない。もうしばらくは、ここに居る理由が皆にあるから。

 高知県の室戸岬から南に350キロ。彼女達は四国を代表して今日も日本の領土を密かに守っている。


終わり

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