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第7話 迎撃作戦!

 手元端末にリアルタイムで敵の動きが転送されてくる。

 レーダー画像には少しずつ接近する六つの記号がしっかりと映っている。それを見守りながら身震いした。

(これは紛れもなく本物の戦争なんだ……)

 こんな形でリアルに充実を感じるとは思ってなかった。が、彼女達の頑張る顔をひとりひとり思い出して自らを奮い立たせる。

(専守防衛なんかクソ食らえ! 国際問題? 何それ美味しいの?)

 レーダー画像は下に居るゴンドラの二人も見ているはずだ。間もなく敵の一団が1キロ圏を示すラインを越えてくるだろう。

 愛美はスケッチブック片手に複数のモニタを見比べながら射撃角の計算に余念がない。

「涼ちゃん、角度をもう少し下げて! 葵ちゃん、風はどう?」

『七時の方向から六.五ですわ』

「了解……ちょと待ってね。うん。涼ちゃん左周りに12度よ」

『あいよ! よいしょっと。OKだぜよ!』

「亜紀ちゃん、ラジコンの映像、もっと寄れない?」

 亜紀は屋上でクレーンの操作と同時にカメラを搭載したラジコンヘリを敵の来る海域に飛ばしている。

『アウゥ……風が強くって! でも頑張るヨ』

「お願いね! 涼ちゃん、準備はいい?」

『おうよ! いつでもいけるぜ』

 敵の陣形は先頭の三隻が100メートルほどの距離をとって三角形に配置されている。その200メートル後方に残りの三隻が横に広がっている。

「映像来たわね」

 そういって愛美が四番モニタに目を遣った。そこには不鮮明ながら海面を疾走する小型艇を見下ろす映像が映し出されていた。ちょうど取材ヘリが警察車両の動きを中継するときのように。

「いいわよ亜紀ちゃん、そのままの映像をキープできる?」

『ウン、やってみるヨ』

 亜紀の応答の直後に一瞬、映像が乱れる。が、すぐに戻った。

(やっぱり上陸艇か……)

 箱形の船の前面は受け口のロボットを連想させる。そして船上には兵士らしき男たちが六人確認できる。

「やっぱり強制的に上陸するつもりか……」

 そうこうしている間にも敵船の先頭集団が1キロラインに差し掛かった。

「どうする?」と、愛美が真剣な眼差しを向けてきた。

 無論、答えはひとつ!

「撃て!」

 それを聞いた愛美の口角が上がったように見えた。

「涼ちゃん! 撃って! 三連荘よ!」

『ラジャー!』 

 涼の返答とほぼ同時に『シュボッ!』と、空気が引き裂かれる音がインカム越しに聞こえてきた。続いて『ガッシャン、ガチャガチャ』と、金属音が流れてくる。そして再び空気の破裂音。それを聞きながら四番モニタを見る。

「あれがそうなのか?」

 ラジコンヘリからの映像で海中を突き進む白い筋が確認できた。それは一直線に敵小型艇に向かっている。

(当たれっ!)

 そう願った矢先に先頭の小型艇が跳ねた! と同時に見事な水柱が天を衝く。まるで走行中のトラックから荷物が転がり落ちるみたいに小型艇が引っくり返りながら後方へ遠ざかっていく。

「やったぞ!」

「やったよ涼ちゃん!」

 なんという爽快感! まるで脳が脳内麻薬のシャワーを浴びたみたいに快感が広がっていく。

「いやん! 惜しい!」と、愛美が色っぽい声をあげる。

 残念ながら二発目の魚雷は外れてしまった。四番モニタに三発目の白い軌跡が過る。

(頼む! もう一丁!)

 だが三発目は敵船の手前で爆発。水柱が上がったところに敵小形艇が突っ込む。

「転覆しろっ!」 

 願いがかなって小型艇はくるっと引っくり返る。しかも勢いがついているので海面を転がった。

「やった! ザマアみろ!」

「やだ。一隻逃しちゃったわ!」

 映像を見ると先頭の三隻のうち生き延びた一隻が蛇行を始めた。おそらく敵は思わぬ攻撃を受けて戸惑っているはずだ。先制攻撃としては上出来だ。

「仕方ない。あれは自分と亜紀で何とかするから、引き続き後ろからくる奴を魚雷で狙ってくれ」

 インカムから涼の声が響く。

『愛美、次の指示を!』

「分かったわ! じゃあ、涼ちゃん。左に八.四度、上に三度砲身を動かして!」

 その間に目視で逃してしまった小型艇を確認する。が、ここから狙撃するのは難しいと判断してこの場は愛美に任せることにした。

(仕方ない。狙撃で潰す! 必ずぶち殺す!)

 そして自分は屋上へ向かうことにした。


 インカムで愛美と涼のやりとりに注意しながら亜紀のいる屋上へ走った。久々に全力疾走したので膝が悲鳴をあげる。なんとか階段を上りきって屋上庭園を突っ切る。

「亜紀! 敵は?」

「もう少しで射程に入るヨ!」

 自分の愛銃を抱えて彼女の横に並ぶ。

「君はヘリの操縦に集中してくれ。で、もし俺が外した時はフォローを頼む」

「大丈夫だヨ! ゼッタイ命中するヨ。あんなに練習したんだもん」

「だといいけど……」

 一瞬、弱気な虫に凹まされそうになる。が、大きく息を吸い込み、邪念を追い払った。

(逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ)

 銃を構えてスコープを覗く。目標物は後ろに白い航跡を吐き捨てながら蛇行気味にこちらに向かってくる。箱の中には姿勢を低くした兵士が六人。距離は400。弾はハバネロ。狙うは二列目の兵士。ヘルメットにロック・オン!

「うりゃ!」『プシュッ!』 

 緊張感と共に空気が放出される。だが、スコープから目は離さない。

「よしっ!」

 命中を確認した! 悪魔の霧がぱっと広がり、一瞬で消えた。そして地獄絵図。顔面を掻き毟る兵士たちを見てテンションが上がった。

(やったった! 練習してて良かった!) 

 と、そこへ『プシュッ!』『プシュッ!』という音が二回。

「え?」と、思って亜紀を見る。

「何を撃ったんだ?」

 すると彼女は今まで見たことのない冷たい表情で答える。

「ぷーさん弾。止めだヨ」

 それを聞いて再度スコープを覗きこむ。すると敵の小型艇はコントロールを失って全然関係ない方向に進んでいくのがわかった。船上の兵士は発狂したように暴れる者、嘔吐する者、海に飛び込む者とメチャメチャな状態だ。

(ハバネロに熊エキスの追い討ちとか……悪魔かよ)

 敵ながら気の毒になった。あの様子では戦闘どころではないだろう。半ば呆然としているとインカムから愛美の声が聞こえてきた。

『駄目っ! 二隻、突破されちゃったわ!』

「マジか! 仕方ない。こっちで応戦する。亜紀、至急、ゴンドラを上げてくれ!」

「ウン! 分かった!」

「涼と葵は上がったら迎撃態勢を取ってくれ!」

『了解だぜ!』

『了解ですわ!』

「愛美、敵の来る方向は?」

『二手に分かれてるわ。十時と二時の方向よ!』

「しまった!」

 亜紀はクレーンの操作中だ。いっぺんに迎撃することはできない。

「亜紀、ゴンドラを上げたら二時の方向を頼む! 急げ!」

「う、ウン!」

 焦る気持ちを抑えながら十時の方向に移動する。

 

 狙撃ポイントに到着すると同時に敵小型艇の姿が視界に入る。

「あれか!」

 肉眼で大体の距離を測る。さっきよりも近い。距離は300ちょいといったところか。

(クソッ! 時間がねえ!)

 すぐに銃を構えて狙いを定める。

(なにっ?)

 スコープの向こうで火花が散る。銃声が風に乗ってくる。

(撃ってきやがった!)

 船上の兵士がこちらに向けて発砲している。それを見て今更ながら恐怖を感じた。

(奴らどこを狙って……まずい!)

 ゴンドラがまだ上がりきっていない! このままでは葵と涼が危ない!

「涼! 葵! 大丈夫か?」

『大丈夫じゃねえ! なんなんだよ、あいつら!』

『伏せていれば大丈夫ですわ、でもこれは正直きついですわね』

「亜紀! まだか?」

『ウウ……もうちょい』

「野郎! させるかよ!」

 怒りを抑えながら狙撃銃を構える。無我夢中でハバネロ弾を撃ち込む。が、すべて外してしまった。

(駄目だ……落ち着け!)

 とにかく、おっつけで照準を合わせる。風を考慮する。当てることに集中して……発射!

『プシュッ!』

(いっけぇえ!)

 今度は当たった!

「よっし!」

 銃を構えていた兵士の顔面付近で真っ赤な霧が広がった。

 そして阿鼻叫喚のハバネロ・タイム!

「ザマあみろ!」

 ほっとしたのも束の間。インカムで愛美が声を張り上げる。

『やだ! 二時の方向から敵接近中! 距離200を切ったわ!』

「くそ! そっちは止められなかったか!」

『ごめん。近すぎてスティンガー撃てなかった……』と、愛美が謝る。

「気にすんな! それよか第二次迎撃態勢に入るぞ」

 皆に指示を出しながらも念のために追い討ちでハバネロ弾を何発も撃ち込んでやった。だが小型艇は真っ直ぐにこっちに向かってくる。

(しつこい野郎だ。けど、深追いは禁物……)

『OK! ゴンドラから下りたぜ!』

『酷い目にあいましたわ!』

 どうやら涼と葵はゴンドラを降りて無事に建物内に入れたようだ。

「よし! ここからは白兵戦だ。皆、気を引き締めていけよ!」


 亜紀と一緒に最下層に下りると先に到着していた涼と葵が螺旋階段の下を覗きこんでいた。涼はハンドガン、葵は自動小銃を装備している。勿論、どちらも四国のエジソン製だ。

「魚雷攻撃ごくろうさん」

 二人に声を掛けてから自分も銃口を下に向け、吹き抜けを見下ろしながら敵の侵入を待つ。岩場に設けられた入口はわざと開放してある。

 しばらくして愛美から報告が入った。

『上陸してきたわ! 敵はひぃふぅ……七人よ!』

 にわかに緊張が高まる。銃を握る手が湿って何度も衣類で手を拭う。

「……なかなか来ませんわね」

 葵の声も心なしか上ずっているように聞こえた。

「上がってこねえぞ。びびってやがんのか」と、涼が吐き捨てる。

(おかしいな。そろそろ動きがあってもいい頃なのに)

 確かに敵が侵入してくる気配が無い。

「慎重になってるんだヨ。たぶん突入準備を整えてるんだと思う」

 亜紀の言葉を聞いて映画のワンシーンを思い出した。

「あれかな。煙幕弾を放り込んでから突入って感じか?」

「たぶんネ」

 自分が敵の立場だったらどうする? 無防備に開放された入口に躊躇なく突入するだろうか? 

(やはり内部に誘い込むにはリスクが必要か……仕方ない)

 ひとつ大きく息をついて銃を持ち直す。少し考えて狙撃銃よりも自動小銃の方が良いと思った。

「葵、そっちの銃と交換してくれ」

「え? 構いませんけれど……」

 葵と銃を交換して撃ち方をチェックする。

「ちょっと下りてくる」

 そう言って階段を降りようとすると亜紀がシャツの脇腹辺りを引っ張ってきた。

「な、なに?」

「ダメだヨ」

 亜紀は叱られた子猫みたいな上目づかいで呟く。

「あっちは実弾なんだヨ。仮に当たらなかったとしても跳弾が怖いヨ」

「チョウダンって何ですの?」

 葵の質問に亜紀が答える。

「跳弾っていうのはネ。弾が壁に当たって跳ね回るの。変な方向から飛んでくるから厄介なんだヨ」

 しかし、こうしてずっと待っているわけにはいかない。敵の増援があるかもしれないのだ。それに敵が二手に分かれてしまっては、あの作戦の効果が半減してしまう。こちらの狙いは一網打尽なのだ。

「やっぱり警戒されてるみたいだな。このままじゃ埒が明かない」

 もう一度階段を下りようとすると亜紀と葵が同時に何か言いかけた。そして二人は互いの顔を見て同じように言葉を飲み込んだ。何か気まずそうに。

「ん? どうかした?」と、訊ねる。

 が、二人は何でもないといった風に同じタイミングで首を振った。ますます妙な気がして涼の方に目を向けると、涼はぎこちなく目を逸らした。まるで三人が隠し事をしているような気がした。だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。とにかく敵を内部に引きずり込む為には自分が囮になるしかない。

「ちょっと煽ってくるから援護よろしく!」

 半ば強引に動き出すと今度は誰も止めなかった。

 亜紀の浮かない顔と葵の不安そうな表情が気になったが、螺旋階段を三分の二ほど一気に駆け下りた。

いったんそこで止まって下の様子を伺う。が、やはり敵が突入してくる気配はない。

(あいつら本当にビビッてやがるのか? それとも命令待ちなのか?)

 そこで試しに自動小銃で入口付近の壁を撃ってみた。『ポシュ、ポシュ、ポシュッ』という発射音、そして『カンカンカン』という金属を打つ音が下の方から聞こえてくる。

「……反応なしか」

 三秒ごとに一呼吸を挟んで五回それを繰り返した。するとようやく入口の左右から体を半分だけ乗り出した兵士が反撃してきた。

『タタタタ』と意外に軽い音だ。

 だが、それとは対照的に銃弾に抉られた手すりや壁が盛大に悲鳴をあげる。

「うえっ!」と、慌ててその場にしゃがみ込む。

(やっぱ本物は威力が違う!)

 この姿勢なら角度的に直撃は避けられる。だが、ずっとこのままでは間合いを詰められてしまう。亜紀が言っていた跳弾も警戒しなければならない。そこで姿勢を低く保ちながらソロリソロリと階段を上りながら、時折、手すりの隙間から銃弾を撃ち込んでやった。

(この調子で少しずつ誘い込んでやる!)

 敵の気配に注意しながらゆっくり移動していると愛美からの通信が入った。

『こちら司令室! またヘリが来たわ!』

「なんだって? やっぱりまだヘリが残っていやがったか! で、何台だ?」

『一台よ。さっきのより大きいわ』

「上から乗りこんでくるつもりだな……できれば撃ち落としたいな」

『わかった。スティンガーで応戦するわ』

「頼む、そっちは任せた。葵と涼は上に上がってくれ。愛美のサポートを頼む!」

 屋上に兵士の上陸を許してしまった場合はさらに長期戦になる。そうなったら最悪だ。

『了解しましたわ。でもそちらはお二人だけで大丈夫ですの?』

「ああ。ヘリの方が厄介だ。恐らく奴らは兵士を降下させて挟み撃ちを狙ってくるはずだ」

『今度こそアタシのスティンガーで仕留めてやるわ!』

「無理するなよ、愛美。万が一、撃墜できなかった場合、屋上には出るな。広い場所で撃ち合ったら勝ち目はない」

 ヘリの種類や大きさは分からないが輸送ヘリから兵士がロープで屋上に降下してくる場面が容易に想像できた。

(それまでに下の連中はどう動くか? 降下を待ってから同時に突入してくるのか、それとも降下作戦をサポートする為に一足早く攻め込んでくるのか? こっちに対空兵器があるのは分っているはず。だとしたら先に下の連中で攪乱してくるに違いない!)

 階段を上る足を止めて隙間から入口を覗いてみた。その向こう側で七人の兵士が突入の機会を伺っていると思うとやけに不気味だ。

『愛美、お待たせ! レーダーはうちが見る!』

『サンキュ涼ちゃん』

『わたくしは愛美さんのお手伝いをしますわ』

 インカムからの会話で涼と葵が愛美に合流したのを確認する。

(上は彼女達に任せよう)

 そう思った矢先に動きがあった。『カン、コーン』と何かが転がる音がした。

(あれは?)

 缶のような物が内部に放り込まれた。と同時にそこから煙が猛烈な勢いで噴出する。

(催涙弾?  あるいはスモークか?)

 いずれにせよ煙が上がってくる前にもう少し上がっておかないと!

 そしてバタバタという乱れた足音に続いて『タタタ』という銃声が飛び込んできた。

「こっちは敵が突入してきた! 亜紀、防水扉の準備はいいか?」

『ウン! いつでも閉められるヨ』

「撃ちながら後退する! 援護を頼む!」

『了解だヨ!』

 煙がゆっくりと上がってくる。煙の出所に向かって自動小銃をやみくもに撃つ。勿論、殺傷能力は無いエアガンなので敵を倒すことは出来ない。しかし、囮になれば十分だ。

「いつっ!」

 左のふくらはぎに激痛が生じた。それはまったく予期せぬタイミングの予想外の痛みだった。

(な、どうして?)

 見るとふくらはぎに血が付着している。足を床に着けると激痛が走る。

(クソッ! 跳弾を食らったのか?)

 とんだ誤算だ。この状態で上へ駆け上がるのは無理かもしれない。だが、敵は銃撃を続けながら徐々に間合いを詰めてくる。

(マズイ……急がないと……)

 痛む足を引きずりながら右足で階段を踏みしめる。幸いにも煙の上がってくる勢いは衰えた。しかし、螺旋階段の下三分の一は靄がかかっていて敵の様子は確認できない。銃声と敵が階段を駆け上がる音が断続的に聞こえてくるだけだ。しかもその音が少しずつ大きくなってきた。

(あと少し……クソ痛てえよ!)

 必死で右足を伸ばす。踏みしめて身体を引き上げる。ズンと響く左足の痛みをやり過ごす。それの繰り返しだ。もはや振り返って銃を撃つ余裕さえなかった。

ひたすら上を目指す。そしてようやく防水扉のラインを越えた。

「亜紀! 閉めてくれ!」

『オッケー! いっくヨー!』

 階段踊り場の床から鉄板が出て壁側から吹き抜けの空間を埋めていく。

「亜紀! ぷーさんガスのボンベを全開にして放り込め!」

『わかったヨ! ヨイショっと……うげっ!』

「早くしろって! 防水扉が閉まってしまうぞ!」

『だって! これ、超臭いヨ!』

「早く! 早く!」

『もういいや! エイッ!』

 その言葉と同時に消火器のような物体が落下してきた。それが吹き抜けの中央のまだ埋まっていない隙間を通過して落ちていった。

 思っていたのよりも遥かにデカい『熊エキス』に驚いた。てっきり整髪スプレー缶ぐらいだと思っていた。なにしろ少量でもあんなに臭いのだ。

「臭っ!」

 ガツンと、いきなり鼻の中を殴られたような衝撃。続いて目から火が出た。無慈悲な涙が溢れ、強烈な獣臭が脳天を突き上げる。

「おえぇ!」

 呼吸ができない。意識を持って行かれそうになる。

(こ、これは……アカンやつや!)

 ようやく防水扉が完全に閉まった。だが、この近辺に漂う獣臭は容赦なく吐き気を誘った。胃液がここを出せと暴れている。ここですらこの臭気! この下はどうなっていることやら……。

(作戦通りとはいえ死人が出てしまうレベルだな)

 しばらくして銃声が止んだ。耳を澄ますが鉄板の下からは何の音もしない。

「うまくいったようだな。けど臭すぎ……おえっ」

 建物の筒状を利用しての閉じ込め&悪臭攻撃のコンボで下の敵はひとまず沈黙させることに成功した。あとは上の状況が気になる。

「愛美、そっちはどうだ? こっちは片付いたぞ」

『しっ! 愛美さんは今集中しておられますわ。敵のヘリコプターがもう少しで射程圏内に入りますの』

「念のために応援に行く。つっ!」

『どうしましたの! まさか撃たれてしまったのでは!』

「大丈夫。こんなのかすり傷だぜ」と、決め台詞を吐いてみたものの実は酷い顔をしているのを自覚していた。

『早くあがってきなさいな! すぐに手当しますわ』

「いいから葵は愛美のサポートを続けてくれ。もうすぐそっちに上がるから」

『わかりましたわ……でも、早く来てくださいな』

 もう少しで亜紀の待つフロアに辿り着く。

(あと10段ぐらいか……)

 見上げると亜紀が階段を駆け下りてくるところだった。

「だ、ダイジョウブ?」

 亜紀と目があった。が、彼女の顔を見て思わず笑ってしまった。

「な、なんで笑うのかナ?」と、亜紀が戸惑う。

「だってその鼻! ティッシュ詰めてんじゃねーよ!」

「だ、だって! 臭いんだモン」

 亜紀の鼻の穴から飛び出した丸めたティッシュを見ているとなんだか力が抜けてしまった。もうこれ以上歩けない。

「スマン。先に司令室にあがってくれないか。足をやられちゃってさ。これ以上、歩けそうにないや」

「ちょっ、血が出てるヨ! 大変だって! 血、血を止めないと……なんかないかナ!」

 亜紀はキョロキョロとした挙句、ハタと何か思いついたような顔をして自らの鼻に手を伸ばそうとした。

「おい。そのティッシュは止めろ……」

 血を拭くものが他に見当たらなかったのだろうが、さすがに鼻に詰めたものは勘弁して欲しい。悪気はないのだろうが……。

「じゃあ、肩を貸してあげるヨ」

 そういって亜紀がいきなり身体を密着させてきた。

「え、いや、そんなの自分で……」

「遠慮しなくていいからネ」

「うわっ」

 亜紀の毛先が鼻先をかすめた。甘い匂いが鼻孔をくすぐる。そして柔らかい触感が左半身に広がった。左腕は彼女の細い肩に乗っかっている。そして顔が……あり得ないぐらいに近い。その横顔に見とれていると、ふいに彼女がこちらを向いた。

目が合う。

(な、なんか近い……)

 近すぎる。吐息が交わるぐらいに。

 まるで見えない力に吸い寄せられるように唇と唇の距離が縮まった。

(は、は、はじめて~の……)

 と、目を閉じようとした時、インカムからの大音響に驚いて身体を引いてしまった。

「ちょっ! なんなんだよ!」

 亜紀と顔を見合わせる。そこに通信が入る。

『*α△なのに! ※□だから! やだ! ○ω*?』

(その叫び声は愛美か?) 

 だが何を言っているのか聞き取れない。どうやら上で何かあったようだ。

『愛美、危ない! 伏せろ!』

 今のは涼の声だ。その直後に『ガッガッガッ!』という爆音が聞こえてきた。

「な、何だ? 銃撃されてるのか?」

 インカム越しに問いかけるが返事は無い。機銃の攻撃を受けているのかもしれない。

 少し間を置いて葵からの音声が入る。

『今、屋上ですわ! もう一台のヘリが接近してますの!』

「ちょっ! 何で屋上に出るんだよ! 的にされるぞ!」

『そうおっしゃられても、このままですと上陸されてしまいますわ!』

『奴ら兵士をパラシュートで降下させようとしてるんだ!』

 葵と涼の説明から推察すると、やはり敵ヘリは兵士を降下させようとしているようだ。おそらく敵ヘリは機銃でこちらの動きを牽制しながら上空を旋回してタイミングを見計らっているのだろう。

「愛美、なんとかスティンガーで撃ち落とせないか?」

『だめ! 室内からだと角度が悪くって狙えないの』

「分かった! 無理はするな。葵と涼もいったん中に戻れ!」

『無理ですわ。今から建物内に戻るのは』

『ガトリング花火で迎撃してやるぜよ!』

「マジかよ!」

 焦る気持ちを必死で宥めながら亜紀と二人三脚で屋上に向かう。


 扉を開けて屋上になだれ込む。

 最初に目に飛び込んできたのはレーダー設備の建屋に張り付いた涼と葵の姿だった。

「葵、涼! 大丈夫か? 敵は?」 

『この向こう側ですわ!』

 確かに二人が隠れる建屋の先に敵のヘリがあった。既に肉眼で捉えられるような位置まで接近している。強風に混ざって聞こえるプロペラ音が近い。

「あれか? くそっ!」

 ちょうどその時、ヘリの脇腹からバラバラと黒い物体が零れ落ちた。それはまるで止まらないウサギの脱糞のように見えた。

「パラシュート? こっちに向かってくるぞ!」

 ヘリがパラシュートを投下した位置は思ったより遠かった。が、敵はパラグライダーのようにこちらに向かってくる。

『畜生! 来るなら来やがれ。ガトリング花火の餌食にしてやる』

 涼は建屋から身を乗り出してベビーカーのような物体を敵の来る方向に向けた。

「無理だ! 撃ってくるかもしれないぞ」

『土佐っ子の根性、なめたらいかんぜよ!』

「ちょ! マジで無理すんなって!」

 しかし、涼は制止を振り切ってガトリングのハンドルを回し始めた。

『いくぜよぉ! どりゃあっ!』

 物凄い勢いで火花が飛び散る。次々と放たれるロケット花火が落下傘部隊に向かって飛んでいく。その勢いにパラシュート兵の体勢が崩れたように見えた。先頭を飛んで来たパラシュートが煙まみれになり、やがて引火した。涼がハンドルを回して葵が補填作業を行う。まるでプロの餅つきみたいなコンビネーションでロケット花火は絶え間なく発射され続けた。

「援護するヨ!」

 そういって隣で亜紀が狙撃銃を構えた。そして小気味よく銃を連発する。亜紀の狙撃は正確だ。ガトリング花火の洗礼をかいくぐってきたパラシュート兵は煙幕から出た瞬間にハバネロ弾の餌食になっていく。

『一匹たりとも上陸させんぜよ! ウラウラウラウラァ!』

『全弾撃ち尽くしますわよ! ハイッ、ハイッ!』

 拮抗している……どっちが優勢かは分からなかった。

 が、やがてさすがのガトリング花火も弾が尽きたようだ。その一方で接近する敵の勢いも削がれたように感じる。亜紀の狙撃も発射間隔が長くなった。その時、ガトリング花火が作る煙幕の向こうでオレンジ色の光が一瞬、広がった。間髪入れずに黒煙が煙幕を押しのけて轟音と共にその空域を支配する。

(な、何が起こったんだ?)

 目を凝らすが煙ばかりで状況が把握できない。

『やったぁ!』

 インカムから愛美の声。

『やったー! でかした! 愛美!』

 涼がそれに続く。

『素晴らしいですわ! 愛美さん!』

『やったった! アタシ天才! 完璧! 計算通り!』

『撃墜成功だぜ!』

 涼の言葉を聞いて愛美のスティンガーが敵ヘリの撃墜に成功したことを理解した。

 亜紀がスコープから目を離して感心する。

「ほえぇ、愛美ちゃん凄いナ。良かったヨ」

「そうか。愛美がやったか……」

 ほっとしてその場に座り込む。

 敵のヘリは撃ち落とした。こちらに向かってくるパラシュート兵は皆無。

「今度こそ終わったな」

 なんとか敵の猛攻を凌ぐことが出来た。

「ウン。みんなで力を合わせたからだヨ。ホント良かった……」

 涙ぐむ亜紀を見ているとこっちまで涙腺が緩んでくる。無理ゲーをクリアした充実感と喜びを誰かと共有できることに胸が熱くなった。

 レーダー設備のところに陣取っていた涼と葵がこっちに向かって走ってくる。

「さ、みんなのトコに行くヨ」

 緊張感から解放されて喉がカラカラに乾いていることに気付いた。

「そうだな。みんなで乾杯だ」

 再び亜紀に支えられながら階段を下って愛美の待つ司令室に向かった。


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