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第6話 そして、弾になる

 翌朝、四国から応援が来たというので皆が司令室に集まった。

「思ったより早く来てくれたみたいね」と、愛美がほっとしたような表情をみせる。

「けどヘリで来るとは思わなかったネ」と、亜紀が目をクリクリさせる。

 それを聞いて葵の表情が曇る。

「おかしいですわね……」

 涼が葵の肩に手を置きながら笑う。

「いいじゃねえか。早いにこしたことは無いさ。さっさと、あいつ等を引き取って貰おうぜ」

 確かに拘束中の三人組を引き取って貰わないと落ち着かない。

 葵が険しい表情で首を捻る。

「やっぱり変ですわ。ヘリコプターを派遣するなんて聞いていませんもの。ねえ愛美さん。念の為に交信して頂けませんこと?」

「分かった」と、愛美は奥の設備に向かう。

 それを見送りながら涼が呆れる。

「葵は心配性だなあ。ほれ。もう見えてきたぜ」

 司令室の大きな窓からは外が見渡せる。確かに涼が指差した方向に黒い物体が飛行しているのが見えた。通信中の愛美以外の人間が窓際に寄って、こちらに向かってくるヘリを見守った。

(なんか意外とゴツいヘリだな……)

 漠然とだが、そんな印象を持った。

 ヘリは見る間に接近してくる。

(え? なんか違う……)

 黒っぽい機体は軍用機を連想させた。と、同時に嫌な予感がした。あの形、あれは機銃じゃないのか?「危ないっ! 伏せろ!」

 そう叫ぶのが精いっぱいだった。ほんの一瞬だがヘリの前方に据えられた機銃が動く気配を感じたからだ。それとほぼ同時にまるで大量の雨粒を傘いっぱいに受け止めたみたいな音に包まれガラス窓が順番に破裂した。

 強烈な爆音に眩暈がした。耳が痛いなんてものじゃない。頭に直に響く。慌ててソファに身を隠すが頭上からパラパラと破片のようなものが落ちてきた。そして急に暗くなった。どうやら天井の照明が破壊されてしまったらしい。

 四つん這いで涼が「撃ってきやがったぜ!」と吐き捨てる。

「みんな無事ですの?」

 葵の問いかけに奥の方から愛美が返事をする。

「な、なんとかね。けど、足くじいちゃったかも」

「亜紀さんはどうですの?」

「ン……だ、大丈夫だヨ」

 彼女達の無事を知ってほっとした。 

 身動きできないまま敵の動きに耳を澄ます。するとヘリの爆音がいったん遠ざかった。割れた窓からゴウゴウと強風が室内になだれ込む。少し間を置いてバリバリバリという雷のような音と共に壁面が抉られる音が聞こえてきた。今度は別なところを攻撃しているようだ。どれぐらいそれが続いただろう。敵は、やりたい放題、好きなだけ弾をぶち込んで離脱していった。反撃するチャンスなどまるでなかった。

 恐る恐る頭を上げながら葵が言う。

「行ったみたい、ですわね」

「そんなア……味方だと思ってたのに」と、亜紀がしょんぼりする。

「あれは民間機ではありませんわ。つまり、敵ということですわね」

 涼が髪を掻き毟る。

「チクショウ! 期待して損した。てか、こんなの初めてだぜ」

「待って!」と、愛美が何か気付く。「無線だわ!」

 念のため姿勢を低くして通信機のところに移動する。割れたガラスが散乱する中、設備は比較的無事だった。

「愛美、どこからの連絡だ?」と、涼が訊ねる。

「ええっと……うそ! さっきのヘリコプターから?」

「本当ですの? 愛美さん。音声をスピーカーに出してくださる?」

 それは本当にヘリからの無線連絡のようだ。ガ、ガ、という雑音の後に声が入る。

〔ニ、ジカン、タケ、マテヤル〕

 それを聞いて葵が顔をしかめる。

「日本語、ですの?」

「さあ」と、愛美が首をひねる。

 二人は無線機のスピーカーに顔を寄せて次の反応を待つ。すると再び、ガ、ガ、という雑音があって、

〔ニジカン、タケ、マテヤル〕という音声が続いた。

「……さっきと同じ、だよね?」と、愛美が眉を寄せる。

「ですわね。どうやら『ニジカン』というのは『二時間』のことのようですわ」

「てことは、マテヤルは……待ってやるってことかな?」

「おそらく、そうですわ」

 また、ガガガと前置きがあって、

〔二時間タケ、待テヤル!〕と、メッセージが流れてきた。

 三回目でようやく聞き取ることができたが、こちらからの返答がないので相手は少し苛立っているように聞こえた。カタコトの日本語からは敵が何者なのかは分らない。いつもの朝鮮人か中国人か、東南アジア系という可能性もある。

 愛美が困惑しながら返答する。

「意味が分かりません、どうぞ」

 それに対して、やや間が空いて相手が返してくる。

〔アナタタチ、ブキ、ステル、ゼンブステル、ドージョ〕

 脳内変換を駆使してその言葉を理解しようと試みる。

(ブキ、ステル……武器を捨てろということか?) 

 敵の言わんとすることを理解して腹が立った。

「つまり我々に降伏しろと? 何言ってやがる。そんなもんお断りだ!」

 その言葉に同意するように葵と愛美が小さく頷いた。

 そして愛美が、やれやれと首を振って答える。

「拒否します、どうぞ」

 すぐに反応はなかった。その間も我々は固唾をのんで回答を待った。一分ほど経過しただろうか。ガ、ガというノイズに次いで、敵の返答があった。

〔ワタシ、アナタ達、殺ス。二時間タケ、マテロヨ! ヨージョ〕

 最後の部分でちょっと吹いた。『どうぞ』が『幼女』に聞こえたからだ。

 涼がレーダーと外部カメラを見比べながら報告する。

「敵、距離500!」

 愛美が振り返って亜紀に尋ねる。

「亜紀ちゃん! 撃てる?」

「無理だヨ。ここからじゃ全然届かない……てか、近づいてこないんだもん」

 レーダーに付きっきりの涼が振り返る。

「亜紀の言うとおりだ! あいつら一定の距離を保っていやがる。こっちの射程距離を警戒してるみたいだぜ」

 葵が眉間にしわを寄せて亜紀に尋ねる。

「ねえ、亜紀さん。スティンガーでもダメですの?」

「ウウ……ちょっと足りない。あと100メートルあれば何とかなると思うんだけどナ」

 それぐらいなら撃ってもいいんじゃないかと思う。

「ダメモトで撃ってもいいんじゃないか? 牽制する意味で。対空兵器があると知ったら奴らも近づいて来れないだろ?」

 そう提案してみたものの葵が即座に否定する。

「ダメですわ。こちらの手の内をさらすのは危険ですもの。完全に足元を見られてしまいますことよ」

 そこで思案していた愛美がポツリと口を開く。

「いいんじゃないかな。取りあえず一発、撃ってみても」

「な、何をおっしゃいますの? もし外したら、こちらの射程距離を敵に知られてしまうのですのよ? それでもよろしくって?」

「いいの。アタシが責任取るから。亜紀ちゃん、撃っていいよ」

 愛美は意外に冷静な口ぶりだ。そこで涼が口をはさむ。

「愛美には考えがあるんだろ。任せようぜ」

 葵はまだ何か言いたそうだが涼の言葉を聞いて小さく頷いた。


 ヘリとの睨み合いが続く中、司令室を飛び出していった亜紀からインカムに連絡が入った。

『屋上に着いたヨ』

「了解しましたわ。それでは、お願いします」

 葵の言葉に対して亜紀の『ヨイショ』という掛け声が返ってきた。彼女がスティンガーを構えるところを想像した。

『ヨシ。いっくヨ~!』

 その直後に『バフン!』という大音量がインカムから聞こえた。

 窓からはヘリに向かっていく煙の尾が確認できる。

「行けぇ!」と、涼が絶叫する。

「お願いっ!」と、葵が叫ぶ。

 が、無情にも弾はヘリのわずか下を通過していく……。

「惜しい!」と、涼が悔しがる。

 弾はヘリの手前で急に失速したように見えた。やはり少し射程距離に無理があったのだろう。

 涼は親指を齧りながら忌々しそうに呟く。

「今ので敵はこちらの射程距離を見切ったに違いねえ」

「届きませんでしたわね……」と、葵も険しい顔をする。

 そんな中、いつの間にかスケッチブックを手にした愛美が冷静に考え事をしていた。彼女は「やっぱ、ちょっと足りないか」と、鉛筆で用紙をコツコツ叩く。

 葵が力なく首を振る。

「困りましたわね。対空兵器が通用しないとなると……」

「くやしいぜよ。他に方法はねえのかよ」

 葵と涼が深刻そうに顔を見合わせる。

 すると愛美が「手がないわけじゃないのよね」と言い出した。

 その言葉に皆の視線が集まる。愛美はスケッチブックに描いた図を示しながら説明する。どうやらこの基地とヘリの位置関係を真横から見た構図を描いているつもりのようだが、ちょっと残念な出来栄えだ。

「亜紀ちゃんのスティンガーミサイル。ここから発射しても100メートルぐらい足りないんだけど、それなら逆の発想で撃つ場所をこーして……ドーン! と前に持ってきたらどうかな? つまり、こっちから敵の懐に突っ込むの」

 涼がやれやれと首を振る。

「突っ込むったって100メートルだぜ? 無茶だろ」

「確かに面白い発想ですわ。でも……現実的ではありませんわね」

「そうなんだよねえ。計算式はできてるんだけど、問題はどうやって距離を詰めるかなんだよね……」

(あれ? なんだそりゃ?)

 良く見ると愛美のスケッチブックには三角関数の数式が書き込まれていた。サインやらコサインやら、でっかいルートも含まれている。それは物理学の計算式のようだ。

「カタパルトならあるケド」

 例によって亜紀の存在がふいにクローズアップされた。

「ゲッ! いつの間に戻ってたんだ!」と、涼がのけ反る。

 亜紀は何時の間にか屋上から戻っていたのだ。だが、誰一人その気配に気づいていなかった。亜紀が自らステルスというように彼女は気配を殺して出没するネコのようだ。

 葵が少し考える素振りをみせて尋ねる。

「カタパルトっておっしゃいました? なんですのそれは?」

 カタパルトというのは空母の甲板についている艦載機を加速させる為の装置だ。

 思わず亜紀の顔をまじまじと眺める。

「カタパルトとか……何のためにそんなものが?」

「実験中だったンだヨ。ミサイルの発射台。ミサイルを軽量化するには初速を稼ぐ必要があるンだって」

「それは初耳ですわね。いったい何のミサイルですの?」

「それはネ。対艦ミサイル。『おばあちゃんの対艦ミサイル』っていうンだって」

 なんというネーミングだ。毎度のことながら呆れる。

(おばあちゃんの対艦ミサイルとか……手作りクッキーかよ!)

 涼が亜紀に尋ねる。

「けど、どこにそんなものが? 全然気が付かなかったぜ?」

「あ、それはネ。排水管。その中に隠してあるの」

 亜紀の言葉を聞いて愛美が目を輝かせる。

「亜紀ちゃん! 図面はある?」

「あるヨ。ちょっと待ってて」

 そう言って亜紀はいったん自分の部屋に戻り、直ぐに図面らしきものを持ってきた。

 愛美は図面に集中しながら時折スケッチブックに数式を書き加えた。

「理論的には可能ね」と、愛美が頷く。

「本当ですの?」

「うん。カタパルトに乗って飛ぶ。そんで高度を稼いで、その頂点でスティンガーを撃てば十分届く計算になるわ。結構、無茶だけどね」

「人が飛ぶんですの? そもそも、そのカタパルトとかいう代物は人間が乗っても問題はないんですの?」

「大丈夫だヨ。だって観音寺さんの手作りだもん。それぐらい想定済~」

 愛美の作戦を要約すると、誰かがカタパルトに乗って人間大砲みたいに宙に飛び出してミサイルを撃つということらしい。だが、そんなことが可能なのだろうか?

 心配になって訊ねてみた。

「乗ってる人間に凄いGがかかるんじゃないか?」

「4Gまでなら耐えられるヨ。たぶん」

 亜紀は簡単そうに言うがそんな訳がない。そう思ってさらに聞いてみる。

「4Gって、どれぐらいの衝撃なんだ?」

 すると亜紀は少し考える仕草をしてからニッコリ笑った。

「スペースシャトルの打ち上げと同じぐらいかナァ」

「マジかよ……それって訓練してる人間でないと首が折れるんじゃねえか?」

「いや。そうでもないよ。ちょっと待って」

 そういって愛美はサラサラと数式を書き連ねると、

「オッケー。たぶんこれでいけるはず」と、大きく頷いた。

「ねえ亜紀ちゃん。加速は調整できるんでしょ?」

「ン。五段階で調整できるヨ」

「じゃあ、こんな感じで設定してもらえるかな?」

 愛美が物理を得意としているというのは意外だった。だが、さっきから見ていると完璧に数式を使いこなしているようにしか見えない。尊敬の眼差しで愛美の横顔に見とれていると彼女が少し唸った。

「うーん。問題は時速170kmで飛びながら狙いを定められるか、だよね……」

 それを聞いて涼が首を竦める。

「そりゃ神業だぜよ。てか、誰ができんだよ……」

 誰がその大役を担うのか? 肝心のテーマに皆が一瞬、沈黙した。

「アタシがいくヨ」と、はじめに亜紀が手を挙げた。

「やっぱり武器に慣れてるからネ」

 涼が亜紀の顔を見て怪訝そうな顔をする。

「大丈夫かよ。亜紀の運動神経で。やっぱウチが……」

「そうはいきませんわ。そんな危険な任務をあなた方に任せてしまうなんて」

 葵の言葉に愛美が首を振る。

「葵ちゃんこそ無理でしょ。ここは言い出しっぺのワタシが……」

「ダメだ! こん中で一番体力があるのはウチなんだから!」

「テクニックの問題ですわ! それに冷静さが必要なんですことよ!」

「だったらなおさらアタシだよネ? 射撃は経験なんだヨ」

「亜紀ちゃんはワタシみたいに計算できる? 頂点で撃たなきゃなんないのよ?」

「理屈じゃないぜよ! 一発勝負なんだ。こういう修羅場はウチに任せるぜよ!」

「わたくしは責任取れませんことよ! あなた方に万が一のことがあっても。だから、わたくし自身がやるしかありませんわ!」

 とうとう愛美がヤケクソ気味で提案した。

「んもう! だったらいっそのことジャンケンにしない? その代り失敗しても恨みっこなしってことで!」

 それを受けて残り三人が仕方ないわねと、なりかけたところで密かな考えを切り出すことにした。

「俺がいくよ。それで文句ないだろ?」

 自分の申し出に四人が同時に息を飲んだ。

 亜紀が首を振る。

「無理だヨ。スティンガーの撃ち方はまだ教えてないよネ?」

「今教われば何とかなるさ」

 愛美は眉を八の字にして呟く。

「……わたしの計算だと三.七Gだよ。耐えられるの?」

「これでも男だから。肉体的には君達より頑丈だと思う」

 涼はため息まじりで尋ねる。

「けど、いいのかよ? 命を張るんだぜ? アンタは四国と関係ないじゃないか……」

「分かってる。確かに自分は部外者だ。けど、やらせて欲しい。今はそういう気分なんだ」

 葵は今にも泣きだしそうな顔でいう。

「怖くありませんの? 正直申し上げて、あなたが志願するなんて想像してませんでしたわ。わたくしはてっきり……」

「悲しいこと言うなよ。これでも仲間にしてもらおうと頑張ってたつもりなんだ。それに元々こういう時の為に選ばれたんだろ?」

 その言葉に葵がはっとする。

「……知ってらしたのね?」

「ああ」

「そんな……だからといってこんなこと許されませんわ」

 葵は大きくかぶりを振って唇を噛んだ。そして潤んだ瞳を真っ直ぐに向けてきた。

(う……その表情は……)

 その表情に胸が震えた。泣いた彼女を見た時以上に、身体の奥で何かが震えた。

 涼が半分呆れたように言う。

「ちぇっ、カッコつけやがって」

 愛美が心配そうな顔でこっちを見る。

「本気なのね。後悔してない?」

 亜紀が目を潤ませながらクッションを差し出してきた。

「ネ、これ。わたしのクッション使っていいから」

 どうやらカタパルトの衝撃対策ということらしい。

(まあ、無いよりはマシかもしれないけど……)

 自分がやると宣言した時、彼女達の視線には明らかにこれまでとは違った熱を帯びていた。昨日の失態を糧に、ここは名誉挽回といきたいところだ。


 筒状のカタパルトは吹き矢の要領で中身を発射する仕組みになっていた。それが建物に外付けされていて屋上から海面までを繋ぐ排水管を模している。また亜紀の説明ではそれは可動式になっていて角度がつけられるという。

開閉口は建物の中層階にあって、本来はここで対艦ミサイルをセットする。

 いざ現物を目の前にして少し心配になった。

(強度は大丈夫なのか?)

 筒は『手作り感』満載の大道具のように見えた。もしかしたらドラム缶を繋げただけなのかもしれない。

「意外と重いわね。よいしょっと」と、愛美が開閉口を開けると穴の中にレールが一本、垂直に走っていた。レールには座椅子のような物体がくっついている。どうやらそれがレール上を高速で移動して発射物を加速させる仕組みなのだろう。

「あまり時間が無いわ」と、愛美が中に入るよう促してきた。

「どういう姿勢を取ればいいんだ?」

 座椅子は背もたれの部分がレールに接合している。

「普通に椅子に座る感じで。フリーフォールって知ってる?」

「ああ。遊園地のアトラクションか」

「そう。ただ、あれと違って固定ベルトは無いだけよ」

 愛美はそう言うが安全的には大問題だ。

(今更ながら怖いなあ……)

 半ば強引に「さあ、座って」と、愛美に押し込められた。

「うわあ……思ったより小せえな」

 恐る恐る椅子に座る。背中と背もたれの間にに亜紀から借りたクッションを挟む。

「落っこちないでね。この姿勢をキープして」

 足元には何もない。真っ暗で下が見えない。

「この状態で下までいくからね」

 背中にはパラシュートが収まったリュック。右手にはスティンガー。アニメで人型メカが射出される場面を連想した。いよいよ突撃するんだなという緊張感がにわかに高まる。

 愛美が手を伸ばしてきて顎を触ってきた。というよりグッと顎を持ち上げられた。

「頭はこのままで。でないと首が飛んじゃうよ」

 恐ろしいことを言ってくれる。だが、この狭い筒の中を高速で移動するのだ。ちょっとでも頭がはみ出したらマジで頭がちぎれてしまうだろう。

 すべての準備が整ってから愛美の顔を見る。彼女は大きくひとつ頷いてハッチに手をかけた。その向こうでは葵が祈るような顔つきでこっちを見ている。

「お願いしますわ」

 涼は親指を立ててウインクする。

「期待してるぜよ」

 亜紀の姿が見えないのは、このカタパルトを調整しているのだろう。

「じゃあお願いね」

 そう言った愛美の手によってハッチを閉められた。

 真っ暗で何も見えない。そのせいで圧迫感は無かったが身体周りのスペースに余裕はない。しばらくしてガチャガチャという機械音がして身体が下がっていく感覚が生じた。

(いったん下まで下げてから加速させるんだな……)

 それと同時に身体が硬直してしまう。

(怖ぇえ。けど一瞬なんだろうな)

 逃げちゃだめだ、を呪文のように何度も繰り返す。

 やがて動きが止まった。金属が噛み合う音が足元から響いてくる。

 一瞬の静寂。何秒ぐらい経ったろうか……。

「ぐはっ!」

 突然にそれはやってきた。猛烈にこみ上げる勢い。加速するエネルギーが身体の内面から溢れ出す。

(も、持って行かれるぅ!)

 あっと思った瞬間に視界がスコーンと開けて青が広がった。

 高っ、怖っ! 大声でも出さないとやってられない!

「うぇえーい!」

 敵ヘリを探す。青の中に点が見えた!

(あれだ!)

 右手を前へ! 左手を添える! 狙いは大ざっぱでもミサイルは自動的に標的を追尾してくれるはずだ。そうこうしているうちに浮遊感がふっと消え去った。自分の身体がゴミ屑みたいに感じられる。

(ヤバイ! 落ちる!)

 ギリギリでトリガーを引く。反動で身体が仰け反る。頂点で撃てというリクエストには何とか応えた! 飛んでいくミサイル。不思議と現実感は無い。標的に向かって伸びていく煙を眺めていると、それが本当に自分の放ったものとは思えなかった。

(あ、パラシュート……)

 危うく忘れるところだった。いや、少し遅かったかも?

 ガックンと減速に上下に揺さぶられる。頭がグラグラした。不確かな視線の先で爆発が広がる様が見て取れた。轟音が腹に響く。

(ああ……当たったのか……)

 脱力しながら標的の落ちていく様をぼんやり眺めていた。そして海面に尻を打たれる。海水の冷たさに全身が浸食される。だが、感覚は浮ついたままだ。

(本当にあんなので良かったのかな……)

 プカプカ浮かびながら黒煙の行方を見守る。それは夢の中の出来事のように感じられた。


   *  *   *


 司令室に戻ってからも、しばらくは夢見心地だった。まるで異様に高まったテンションで頭のネジが切れてしまったかのようだ。

 ソファに腰かけてぼんやり考える。

(我ながらよくやったよな……)

 自分が何かに立候補するなんて、それが一番信じられない。

 頬に冷気を当てられて我に返る。見ると涼が缶ジュースを押し付けてくる。

「どうした? 浮かない顔してさ」

「いや……なんか現実感が無くてさ。よくあんな漫画みたいな作戦が成功したなって」

「ハハハ。だよなぁ。映画みたいだったぜよ。まあ飲みな。ビールじゃなくて申し訳ないんだけどさ」

 受け取った缶を空けて一気に半分ほど飲み干す。水分が胸に染み込む。

「たいしたものですわ。正直いって予想外でしたわ」

 正面に座る葵が珍しくニコニコしている。

「予想外って……失敗すると思ってたのか?」

 少しむっとしてそう聞いてみたが、葵はちっとも悪びれない。

「ええ。あまり期待しておりませんでしたの」

 笑顔のままキツイことを言う。だが、不思議と腹は立たなかった。こんな上機嫌の彼女は初めて見た。

 左側に座っていた愛美がドンと身体をぶつけてくる。

「マジで感動しちゃった! 無謀だと思ってたけど本当に良かった」

 葵の隣に座る亜紀が目をウルウルさせて見つめてきた。

「ホント恰好よかったヨ。画像でみてると玩具が飛んでったみたいだったケド」

 亜紀の言葉を聞いて、鼻をかんだ後のティッシュがゴミ箱めがけて放物線を描くところを連想した。

(想像したらなんか萎えるな……)

 しかし彼女達は作戦の成功に浮かれている。そんな彼女達に囲まれている状況はハーレムみたいだ。それなのにスッキリ感が欠如している。素直に喜べないことにモヤっとした。

(何か嫌な予感がする……なんでだろ?)

 被弾した司令室はガラス片が散乱したままだった。それと対照的にはしゃぐ女の子達。

 その様子を眺めながら冷静に考えた。

(補給なしでヘリが飛行できる時間はどれぐらいだ? せいぜい二、三時間ぐらいじゃないか? だとすると何で奴らは二時間も待つなんて……まてよ!)

 胸につっかえていた物が確信に変わった。

「間違いない!」と、思わず立ち上がってしまった。はしゃいでいた四人の動きが止まる。

 涼が目を丸くする。

「どうしたよ? いきなり?」

「なにか問題でもありますの?」

 彼女達の驚く顔を見回してから自分の考えを述べる。

「これで終わりじゃない。奴らはまだ攻めてくるぞ!」

 葵は美しい眉を寄せて困惑する。

「え? どういうことですの?」

 愛美が「ちょっと! 変なこと言わないでよね」と、下から睨んでくる。

「なあ、みんな。あのヘリはどこから来たと思う?」

「それは分りませんわ。でも……」

 そう言って葵は眉をひそめた。やはり彼女も戦闘は終わったと信じたいのだろう。

「いいかい。ヘリの燃料はそんなに長くは持たない。あれぐらいの大きさなら三時間が限度だと思う。それにヘリの飛行速度は時速200キロそこそこだから仮に三時間飛べたとしても600キロ。往復することを考えれば高知から飛んできてもここまではギリギリだ。それなのに奴らは二時間の猶予を与えてきた」

 そこまで説明して彼女たちの顔を見回す。なんだか名探偵が推理をお披露目するみたいだ。

「そこから考えられることは只ひとつ。船が控えてる!」

 これは想像でしかない。だが、突然現れたヘリの出所を確かめないことには終わらない。

「そんな……」と、葵が言葉を失う。

「どうすりゃいいの」と、愛美がすがるような目で見つめてくる。

 アットホームな空気が一変し、にわかに緊張感が高まる。

 そこで咳払いをして続ける。

「おそらく二時間というのは、いったん船に引き上げて補給してくる為の時間だったんだろうな。どんな船かはわからない。ヘリ空母みたいな本格的なものかもしれないし、フリゲート艦みたいにヘリを二台ぐらいしか積めないものかもしれない」

 それを聞いて涼が厳しい顔つきで頷く。

「なるほどな。てことは近くにそういう船が控えてるってことか!」

 そこで閃いたことがある。

「ここ数時間のレーダーの動きを見られないかな?」

 愛美に向かって尋ねた。すると彼女は顔をこわばらせながら頷く。

「三十分ごとの位置情報は記録されてるから見れるよ」

「よし。それを見せてくれ」

「わかった。じゃあ、あっちで」

 ガラス片を踏まないように足元を気にしながら皆で管理ルームに向かった。

「画像を転送するわ」と、愛美がタブレット端末とレーダー機器を繋ぐ。

 しばらくして愛美が「こんな感じでなら……」と端末を皆に示す。

 彼女が見せたのはレーダーの静止画像だった。

「黄色い三角が船の位置を示しているの」

 その数、約二十。

「これを連続表示するね」

 そう言って愛美は画面にレーダー画像をコマ送りで連続表示した。すると黄色い三角がそれぞれパラパラ漫画のようにぎこちなく動き出す。再生時間は五秒と短い。

「ごめん。もう一回」

「わかった」

 三十分毎とはいえ、船の動きを捉えたレーダー画像なので三角の記号はさほど大きくは移動しない。

(どれだ? どれが奴らの……)

 連続再生を何度か繰り返して気付いた。

「これだ! やっぱりそうか……」

 正面から画面を覗き込む葵と涼が困惑する。

「え? どういうことですの?」

「なんなんだよ? 説明しろよ」

 そこで問題の三角印を指差す。

「ほら、この船。ほとんど動いていない」

 愛美が「ホントだ……」と呻く。

「至急、この船の情報を問い合わせてみますわ」

 そういって葵は通信機に向かった。

 しばらく待ってその結果が判明した。

「パナマ籍のタンカーだそうですわ。ですが問題のオーナーは……」

 葵の告げた国名を聞いて絶望的な気分になった。やはり敵は本気でこの場所を奪いにきていることを確信したからだ。

 涼が目を吊り上げる。

「やっぱりそうか。てことは、あの偽装船もヘリもこいつらの仕業だったんだ!」

 愛美が爪を噛む。

「まだ終わってなかったのね……」

 葵が溜息をついて首を振る。

「困りましたわね。次はどういう手でくるつもりかしら」

 先の二つが偵察目的だとすると次は本格的に上陸を狙ってくるはずだ。

(だとしたら、どういう手段をとってくるか? 可能性があるとしたらヘリからのパラシュート降下あるいは……)

 戦争映画のワンシーンを思い起こした。

「上陸用舟艇で兵士を送り込んでくるかもしれない」

「なんですの? それは」と、葵が怪訝そうな顔をする。

「輸送船。箱形のボートみたいなやつさ。浅瀬から一気に砂浜に乗り上げて、前面の扉を開けて兵士や車両を上陸させるんだ」

「ああ、それでしたらわたくしも映画でみたことがありますわ」

 それを聞いて涼がいう。

「愛美、レーダーを!」

 涼に急かされて愛美がレーダーを確認する。そして素っ頓狂な声をあげた。

「え? マジで?  こ、小型船?」

 心配になって「どうした?」と声を掛けると愛美が助けを求めるような目で訴えかけてきた。

「多すぎるわ。これって間違いじゃないの? だって……」

「だから、どうしたのさ?」と、涼が苛立ったように訊ねる。

「だって、小型船が六つも表示されてるんだもん」

 思わずのけぞった。

「いっぺんに六隻? マジかよ!」

 涼の顔つきがみるみる厳しくなっていく。

「それが全部こっちに向かってんのか?」

 愛美は大きく頷く。そして駄々をこねる子供のように首を振った。

「やだもう! こんなの無理! もう、アタシらの手に負えなくない? 応援呼ぼうよ!ぜったい無理だって……」

「あきらめちゃダメだヨ。愛美ちゃん」

 珍しく亜紀がきりっとした表情で愛美を諭した。彼女の顔つきには戦う意志が秘められているようにみえる。

 涼は爪を噛みながら考え事をしている。

 葵は、青ざめながら賢人会のホットラインに手を掛けた。指示を仰ぐ為らしい。葵の隣に座って相手が出るのを一緒に待つ。

『こちら賢人会。こんな時間に何かね?』

 応答があったところで葵が早口に状況を報告する。しかし、賢人会の代表は、傍から見ていて腹立たしいぐらいに呑気に構えている。

『状況は理解した。ただし、今のところは待機だ。先生方のご意見を聞かないことには判断ができんのでな』

 賢人会の代表はまるで他人事のようだ。

 それを聞いて葵が唇を噛んだ。彼女は精一杯、怒りを抑えながら訴える。

「お言葉ですが! 今は一刻を争う状況ですわ。手遅れになる前に……」

『駄目だ。もう少し待てといっておる。兎に角、先生方のご判断を仰がねばならん』

 そこまで聞いてプツリと切れた。というか妙なスイッチが入った。

「ふざけんな……このクソ爺が」

 気付けば葵のマイクを奪っていた。

「黙って聞いてりゃ何だ? あ? バカタレ! 県人会だか県民共済だか知らんが、さっさと動きやがれ! 今すぐ国に掛けあえよ! 自衛隊でも米軍でもいい。一時間で連れて来いっ! いいか! こっちはテメーらみたいに高みの見物しているわけにはいかないんだよ! 女の子四人が命がけでここを守ろうとしてるんだ!」

 興奮し過ぎて思ったことがダイレクトに口から吐き出されてしまった。

(やべえ……言い過ぎたか?)

 ふと、隣を見ると葵と目があった。彼女は頬を染めながら何か言いたそうにこちらを見ている。

「……ごめん。黙ってられなかった」

 そこへ涼がニヤニヤしながら近づいて「やるじゃないか!」と、背中を叩いてきた。

 振り返ると亜紀は目をウルウルさせている。

 愛美は「見直しちゃったよ」と、ウインクしてみせる。

 照れくさくなって頭を掻く。

「ハハ、やっちまったかな?」

 葵が珍しくからかうような表情で口を開く。

「感心しましたわ。賢人会のお偉い方に対して、あのような啖呵をきられるなんて。後先も考えずに勇気がおありになるのね」

「あ……まずったかな」

 そういわれてみれば、さっきの暴言で賢人会を怒らせてしまったかもしれない。

(帰らせてもらえなくなるかも……)

 しかし、それ以前にここから生きて帰れるか分からない。とにかく、この危機を乗り越えなければ!

 彼女達の視線をひしひしと感じる。先ほどのパニック状態から一変して今は一体感がある。『やるしかない!』という意志が共有化されているように感じた。

(ここは一丁、自分が仕切るか!)

 そう思って拳を握りしめた。

「よし! 皆、やれるだけやってやろうよ」

 その言葉に四人が力強く頷く。

「亜紀、武器のストックを教えてくれ。射程の長い順に」

「ウン。えっとネ。スティンガーミサイルがあと四発、それからペットボトル魚雷が二十発あるヨ」

「魚雷があんのか? 射程距離は?」

「1000から1200Mだネ」

 ペットボトル魚雷なんていうから玩具みたいなものを想像していたが意外に飛ぶもんだ。だが、問題は精度だ。

「そんなに遠くまで飛ばして、ちゃんと命中するのか?」

「ばっちりだヨ! ホーミング機能がついてるモン」

「ふうん。で、魚雷なんてどうやって撃つんだ?」

「投射式だヨ。でも二人で協力しないと撃てないんだよネ」

 亜紀の説明によると魚雷の発射には撃つ役と装填する役で分担しなければならない。そして投射は移動式の箱形ランチャーで行うという。また、それを海面近くまで下げないとならないので物資を引き上げる時のようにゴンドラに乗せなくてはならない。

「結構、面倒だな……なんで対艦ミサイルをさっさと実用化しなかったんだろ?」

 素朴な疑問を口にすると亜紀が答える。

「本物のミサイルはさすがに火薬が多すぎて違法になっちゃったンだ。ミサイルっぽいものは作れるけど上からのダメージで船を沈めるには火力が足りないの。少ない火力で船底にダメージを与えるにはやっぱ魚雷だヨ」

「そういうもんなのか。まあいいや。で、誰が撃つんだ?」

 すると涼が「ウチと葵に任せな! 訓練したことあるから大丈夫」と、威勢よく返事をした。その隣で葵も自信ありげに頷くので魚雷は彼女達に任せることにした。

「わかった。二人に任せる。でも、無理はするなよ。で、愛美は……」

「アタシはレーダーとPCで魚雷発射をサポートするわ」

 なるほど。愛美の物理を長距離射撃に活用しようというわけだ。

「私はクレーンの操縦担当だヨ」と、亜紀が敬礼をする。軍人の真似なんだろうが妙に可愛い。

 どうやら魚雷は四人が力を合わせないと発射できないようだ。となると自分は全体の指揮を執りつつ不測の事態に備えなければならない。

「じゃあ、自分は愛美とここに残って指示する。それと同時にこの窓から近づいてくる奴を片端から狙撃する」

「ネエ、弾の種類はどうするの?」

 亜紀の問いに少し考えてからリクエストする。

「粘着弾とハバネロ弾を。それから、あの凄えケモノ臭い奴も用意しておいてくれ。万が一、上陸された時に備えて」

「ああ、ぷーさん弾だネ。わかった!」

「そうだ。それと熊エキスのボンベも頼む」

「エ? ガスは弾に充填してあるヨ?」

「いいんだ。ガスボンベがあるんだろ? それが必要なんだ」

「分かったヨ」

 これで初期配置は決まった。作戦としては、敵が1キロ圏内に入ってきたらペットボトル魚雷で迎撃する。おそらくそれだけで全部の船を沈めることは出来ないだろう。なので全弾を撃ち尽くしたら直ぐにゴンドラの涼と葵を引き上げて第二段階へ移行する。

「涼はガトリング花火。葵はスティンガーでヘリを警戒してくれ。その間に自分と亜紀で止めきれなかった船を狙撃する。粘着弾で足止めしてハバネロの餌食にしてやる!」

「それでも防ぎきれなかった場合はどうしますの?」

「理想は一隻も上陸させないことだ。もし、それが出来なかった場合は最終手段だ。敵を建物の内部に誘い込む」

「マジかよ? 大丈夫か、それで?」と、涼が眉をひそめる。

「ああ。敵がこのフロアに上がってくるには中央の螺旋階段を使うしかない。それを利用するんだ」

「なるほどネ。上から狙撃するんだネ?」

「まあな。けど、相手は本物の銃を持っているだろうから無理はできない。愛美、確か浸水防止のシャッターは上で操作できるんだったよな?」

「ん? まあ、そうだけど。でも爆破されたら簡単に突破されちゃうよ?」

「いいんだ。バリケードが目的じゃないから」

「へ? じゃあどうして……」と、愛美は首を捻る。

 自分には考えがあったが今は口にしない。

「それはその時になったら分かる。とにかく時間が無い。早速、準備にかかろう」

 そして皆がそれぞれの持ち場に向かった。


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