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第2話 射撃訓練? ライフルとおパンツ

 亜紀に連れられて部屋を出ると真正面に円柱がでんと構えていた。幅は三メートルぐらいでグレーの金属製。天井を見上げるとこの円柱が天井部分を突き抜けているのが分かる。しかし、室内にこんなものがあるのは異様としか言いようが無い。

「この柱は何なんだ?」

 不思議に思って尋ねると亜紀が振り向いて言う。

「階段だヨ。この建物は3層になってるの」

「へえ。で、ここは何階?」

「3階だヨ。2階が私たちの居住スペースで1階が倉庫とか機械室とかがあるの。そんで、攻撃ポイント も1階に4箇所あるんだヨ」

「ほう。けど、さっき窓から見た感じ海面までは相当あるようだけど?」

「1階部分で海面から80メートルの高さだからネ」

 それを聞いて灯台のような建物を連想した。

(結構、高いんだな。やはり監視の為か)

「さ、行くヨ」と、亜紀は先に進む。

 柱の周りを反時計回りに進むと円柱内部に通じる縦穴があった。

「ここから下に下りるヨ」

 そう言って亜紀は穴に入る。続いて中に入ると円柱の内部は空洞になっていて螺旋階段が壁に沿って上下に伸びていた。

(結構な圧迫感だな)

 吹き抜けは半径1メートルぐらいの穴になっている。照明が点いているものの底の方までは見通せない。勾配のきつい階段を目が回りそうになりながら下りていく。そして1階に出ると、また同じように殺風景な廊下に出くわした。正面には金属製のドアがある。どうやらこの円柱を中心に部屋が幾つか配置されているようだ。

 亜紀はそのドアには向わずに右手に進む。そしてその隣の扉を開けて中に入った。彼女の後に続いて室内に足を踏み入れる。

「何だこりゃ? なんもねえ!」

 広さは十畳ぐらい。縦長の部屋はパッと見、空っぽで窓が無かった。というより外壁が無かったのだ。まるで海側の壁だけがすっぽり抜け落ちてしまったみたいな部屋だ。そのせいで海が丸見えになっている。おまけに風も激しく吹き込んでくる。

 唖然としていると亜紀が少し慌てた。

「ああ! シャッター閉めるの忘れてたヨ! わわ、どうしよ。また葵ちゃんに怒られちゃうヨ」

「シャッターって……なんの部屋だよここは。外から丸見えじゃねえか」

「これでいいんだヨ! だって攻撃する為の部屋だもん」

「ああ……そういうことね。で、ここからどうやって敵を攻撃するわけ? まさかそこで射撃とか言うな よ?」

「正解だヨ! ここから不審な船を狙撃するんだヨ。でネ、ここと同じ部屋がこのフロアにはあと三つあ るんだヨ」 

 彼女の言うことがどこまで本当なのかは分からない。が、なぜか海に面した側に土嚢が積まれている。ちょうどコの字型になるように。確かにそれは戦争映画の塹壕を連想させた。その傍らには銀色のアタッシュケースが置いてある。

 亜紀は真っ直ぐそこに向うとしゃがんで銀色のケースを開けた。

「ほう。どれどれ」と、彼女の後ろからその中身を見て仰天する。

(ま、マジかよ!)

 ケースの中にはライフル銃がきれいに収められていた。それを亜紀が取り出す。

「ヨイショっと」

 その様子を見る限り結構な重量のようだ。

 亜紀は取り出した銃をみせながらにっこり笑う。

「これは『PSG‐1』だヨ。ドイツのヘッケラー&コッホ社製なの」

「ピー、エス、ジー……」

 そんな名前のスナイパーライフルがゲームで出てきたような気がする。

「それって……まさか本物?」

「違うヨ。だって本物を持ってたら法律違反だもん」 

「エアガンか。でも撃てるんだよね?」

「ウン! 500メートルぐらいなら楽勝だヨ」

「マジで? エアガンってそんなに飛ぶのか?」

「改良してるからネ。観音寺さんが作ってくれたんだヨ」

「カンオンジさんって誰?」

「この武器を作ってくれたオジサン。香川では『四国のエジソン』て呼ばれてるんだヨ!」

「四国のエジソン? なんだそりゃ。にしても射程距離が500メートルもあったら完全に殺傷能力ある だろ。それって違法改造なんじゃないか?」

「知らないヨ。細かいことはいいの。それより、ちょっとコレ持ってみて」

 亜紀に銃を押し付けられて少したじろいだ。

 思わず手を出してしまったものの……重い!

「お、重っ!」

「あー、8㎏あるから気をつけてネ」

「そ、それを先に言え!」

 お腹に力を入れないと落としてしまいそうになる。

(やばい。これはマジで本物っぽい)

 ドン引きしていると亜紀がどこからかピンクのケースを転がしてきて、

「弾はこっちだヨ」と、ケースの中身を披露した。

(うわ! なんだそりゃ……) 

 ケースの中には横文字が印刷された箱がぎっしり詰まっていた。外国製特有の色使いの箱には弾丸が詰まっているらしい。ただ、よく見ると付箋が貼ってある。そして日本語で『ハバネロ弾』と手書きされている。

(ハバネロ弾? 聞いた事ないな……)

 他には『辛子弾』『コショウ弾』『わさび弾』といった単語が並ぶ。

「なあ。このハバネロ弾って何?」

「あ、それはネ、当たると唐辛子の液体が飛び散る弾なの」

「トウガラシ? じゃあこっちの辛子とかわさびってのも……」

「同じだヨ。敵に当たると大変なことになるの」

「ほう。殺傷能力は無いけど酷いことになる、と?」

「ウン。肌に着いただけで大変なことになるヨ」

「辛いから痛いんだろうなあ。けど、この『ぷーさん弾』てのが分からない。これは?」

「それはネ。超くっさいんだヨ。熊のエキスが濃縮されてるの」

「……なんか想像しただけで吐き気を催すな」

 それにしても、これらを使い分ける意味があるのだろうか? 

 不思議に思っていると亜紀がオレンジ色の箱を差し出した。

「練習用はこれだヨ。それをここに入れてみて」

 彼女は銃のマガジンを取り出して手渡してくれた。いったん銃を床に置き、言われるままに箱から弾丸を取り出してマガジンに装填する。単三電池よりちょっと長いくらいの弾丸をマガジンに押し込んだ。指で押し込むとスプリングの抵抗がある。そのまま押し続けると「カシュ」と弾がマガジンに収まる。それを繰り返して合計12発の弾丸をマガジンに装填した。

「次にそれをこの部分に差し込んでネ」

 彼女の指示通りマガジンを銃に差し込むと「ガチャリ!」と、小気味良い音がした。

「あとはそのレバーを引いて初弾を送り込むんだヨ」

 レバーというのは横についているコッキングレバーのことだろう。そこで力強くレバーを引くと銃の内部で弾丸が動く音がした。その音を聞いて生唾を飲み込んだ。

「凄え……本物みたいだ」

 次に銃を構えてみた。だが、片膝で重心を低くしないと銃の重さを支えられない。右肩に乗る重みは堅くて冷たい。左手で下から銃身を支えバランスが取れるポイントを探る。

(構えるだけでも一苦労だなこりゃ)

 どれぐらい銃と格闘しただろうか。まるで一人で寝技の応酬をしたみたいに身体の節々が悲鳴をあげる。

「なかなか良い感じだヨ。それじゃ、とりあえず撃ってみよー、ハイ!」

 亜紀は明るくそう言うが、何しろ初めての体験なのでこっちは心臓がバクバクだ。それに未だ銃を支えるので精一杯。スコープを覗き込む余裕は無い。それにあまりにフラつくので半ばヤケクソで引き金を引いてみた。 

『プシュッ!』と空気が抜けるような甲高い音がした。と同時に銃が跳ね上げられて仰向けにひっくり返る。

「痛っ!」

 尻と後頭部をしこたま打ち付けてしまった。おまけに身体の上に銃が乗っかっている。一瞬、何が起こったか理解できなかった。が、銃の反動で吹っ飛ばされることがあるというのを思い出した。

「アララ。だいじょうぶ?」

「なんとか……」と、起き上がりながらハッとした。

(ぱ、ぱんつ……見えてる!)

 思わず言葉を飲み込んだ。頬が瞬時に上気する。そんな馬鹿な、とも思う。

(この程度のパンチラで赤面だと? けど、この火照りは……なぜだ?)

 亜紀は小首を傾げて手を伸ばす。

「ン? 起き上がれる? 手、貸そうか?」

 やばい。顔を赤らめたままでは感付かれてしまう。それに今、彼女の手に触れてしまったら……確実に『おっき』してしまう!

「あ、ありがと。ちょっと後頭部を打ったけど。でも大丈夫」

 彼女の申し出を断って自力で起き上がる。勿論、自らの下半身に気配りしながら。

 亜紀はこちらの局地的な事情など知る由もなく励ましてくれる。

「ダイジョウブ。何発か撃ってみれば慣れるヨ!」

 亜紀の提案で土嚢の上に銃身を置いて撃つ練習をすることにした。その結果、何十発か撃つことで少しずつコツが掴めてきた。要は反動とケンカしてはならないのだ。それを抑え込もうとするのではなく、ある瞬間に力を抜くことで反動のエネルギーを逃がしてやるのだ。そうすることで徐々にスコープを覗きながら撃てるようになってきた。ただ、海に向って撃っているので自分の弾がどうなったのか全く把握出来ない。それが残念といえば残念だ。

 隣で亜紀が手を叩いて褒めてくれる。

「いいヨ! やっぱり男の人だネ」

 その言葉に自尊心がくすぐられた。

「いや、それほどでも」

「はじめての割にはホント上手! 次は風船を飛ばして練習しようネ」

「風船。お、OK」

 そう答えてはみたものの、こんな短時間で風船を的にするほど上達できるものなのか? 

「あー、そんな顔しなくても平気だヨ。すぐ出来るようになるヨ」

「どうかなあ。難しいと思う」

「うーん。ちょっと待っててネ」

 亜紀はそう言い残すと小走りに部屋を出て行った。そして今度は水色のキャリーケースを引っ張ってきた。その様子はまるで修学旅行に出かける高校生のようだ。しかし、どうせ中身はロクなものではないはずだ。 

「ヨイショっと」と、彼女が取り出したのはノートパソコンとヘリコプターの模型、そして駄菓子屋で売っているような風船セットだった。

(何をする気だ?)

 彼女がすることを黙って見守る。すると彼女は突然、風船を膨らませ始めた。ほっぺを膨らませて一生懸命に空気を送り込む。だが黄色い風船は中々大きくならない。彼女が顔を赤くしながら風船を膨らませるのを見て少し萌えた。それを観察してこのまま楽しむということも考えたが助け舟を出すことにした。

「あの……手伝おうか?」

「エ? いいの? 助かる!」

 亜紀に渡された青と赤の風船をそれぞれ膨らませる。ちょっと息切れはしたものの、さほど苦労はしない。すると彼女はそれを見て尊敬の眼差しで手を叩く。

「すごいヨ! 簡単に膨らませちゃった。やっぱり男の人だネ」

 これぐらいのことでいちいちリアクションしてくれるなんて! 正直、悪い気はしなかった。が、それも束の間、彼女は慣れた手つきで三色の風船にそれぞれ紐をつけるとそれをヘリの模型に結び付けた。そしてパソコンを操作する。すると風船をつけられたヘリコプターがスルスルと浮き上がり、結構なスピードで外に飛び出した。

「凄えな。PCで操作できるんだ。それもエジソンが作ったのかい?」

「ン。四国のエジソン」

「四国のエジソン」と、彼女のセリフを復唱する。

 亜紀はちょっと得意げな顔を見せて頷く。

「これで練習するんだヨ。とりあえず200メートル先で停止するようにしておいたから」

 彼女の言葉どおり風船を引き連れた模型のヘリはある所まで直進して止まった。しかし、模型なのでいまいち距離感が掴めない。その距離は200どころでは無いように思えた。風船も思ったよりずっと小さく見える。

「思ったより遠いな……」

 何も無いところでの200メートルは想像以上に遠く感じられた。風船の色を判別するのさえ困難だ。

「じゃあ、さっそく撃ってみてネ」

「分かった。やってみる」

 先程と同じように弾丸をマガジンに装填、銃にセットしてから土嚢の力を借りることにする。慎重に構えてスコープを覗く。

(あれ? 全然見えねえ?)

 いきなり壁にぶち当たった。スコープで標的を捉えることが意外に難しい。

「落ち着いてネ。まず銃身と風船を一直線にして最後にスコープだヨ」

 彼女の助言を忠実に実行する。そうやって初めてスコープの範囲に標的を収めることができた。

「おお! 見える。見えるぞ!」 

 素直に感動した。風船が拡大されてばっちり見える。あとはスコープ内にある十字のメモリの中心に風船が来るように微調整して……。

(むむ……ちょっと動かしただけなのに動きすぎだろ! あれ? 行き過ぎ……クソ! マジでムズい! 照準が定まらねえ)

 そうやって試行錯誤しながら真ん中に来たと思った瞬間に思い切って引き金を引く。『ブシュ!』と豚がくしゃみしたような音が顔の側で発生した。

(どうだ! あれ?)

 亜紀が風船の方角を眺めながら、ぽつりと呟く。

「はずれ……だネ」

「う……」

「しょうがないヨ。はじめは皆そんなもんだヨ」

「……まるで当たる気がしねえ」

「ダイジョウブ! たくさん撃ってればできるようになるヨ」

 亜紀に励まされながら、しばらく練習を続けた。何十発ぐらい撃っただろう。だが、ものの見事に1発も当たらない。かすりもしない。何も無い空間にただ弾を撃ち込んでいるだけだ。まるで高い橋の上から川に向って唾を落とした時みたいに自分の放った痕跡は圧倒的な空間に飲み込まれてしまう。

「ごめん。無理だ」

 素直にギブアップした。自分の行為が酷く虚しいもののように思えてならなかった。

「ン~、じゃあ今日はこれぐらいにしておく?」

「今日はって……明日もやるのか?」

「ウン。葵ちゃんに怒られちゃうヨ」

「やっぱ、やんなきゃダメか……てか、こんなこと出来る人間なんてゴルゴ……」

「わたし出来るヨ」

「は? マジで?」

「じゃあ、ちょっとやってみるネ」

 亜紀がそう言うので半信半疑ながら黙って銃を渡す。それを受け取った彼女は素早く銃を構えてみせた。その姿は、まるで美少女狙撃兵のフィギュアみたいにサマになっていた。

 亜紀は「ハァーイ」と掛け声を出して『ブシュ』と銃を発射する。

 まさかと思って風船の方に目を移す。

(あれ? 当たったのか?)

 遠方の風船に目を凝らす。どうも風船が2個になっているように見える。

 二回目の「ハァーイ」『ブシュ』を聞きながら風船を見守る。すると今度はその瞬間を目撃することができた。

「あ! 今、当たった!」

 そして「ハァーイ」『ブシュ』という三回目で風船は完全に消え失せた。

「すげえ!」 

 自然に拍手が出た。彼女を見る目が変わってしまった。

「エヘヘ。たいしたことないヨ」と、亜紀は照れ笑いを浮かべる。

「いや本気で凄いと思う。プロ級だよ。その気になれば世界的な超一流のスナイパーとして飯が食えるんじゃないか」

「ン? 世界的?」

「いや。何でもない。にしても、どうやったらそこまで上手くなれるんだ?」

「やっぱ練習カナ。時間はたっぷりあるからネ」

「……頑張ります」

「でもネ。向き不向きがあるから他の武器も試してみたほうがいいかもネ」

「他の武器?」

「ウン! ガトリング花火とかペットボトル魚雷とか……」

「な? そ、そんなものまであるんだ」

 それらも四国のエジソンが作ったのだろうか。

(いったいどんな場面でそんな物騒なモノが必要になるんだ?)

 この子たちは領海侵犯の船を相手にどんな戦いをしてるのだろう?

 ……益々わからなくなってしまった。


*  *   *

 

 射撃訓練の後、涼が簡単に施設内を案内してくれることになった。はじめに司令室の応接で彼女のレクチャーを受ける。

 涼は、この建物の全体像を見ておいた方が良いといって模型を持ち出してきた。

「これがここの模型だよ」

 それは海洋プラントのような構造をしていた。正方形の四隅と真ん中から長い棒が下に伸びている。高床式の住居のようにも見える。が、柱の高さを十とすると建物の高さはその一割もない。

「思ったより不安定そうだな」

 足となる柱の部分が細いせいか、危なっかしく感じられた。まさか風で倒壊するなんてことは無いとは思うが……。

「まあ、慣れれば平気だよ」と、涼はまるで気にしていない。

「これが海面から突出してるとか凄えな」

 涼は箱の上面を指差して言う。

「ここが屋上庭園。で、真ん中がヘリポート」

 確かに涼が指差した部分には『H』の文字が印されている。

「マジで? ヘリがあんのか!」

 一瞬(帰れるかも?)と期待したが涼が即答する。

「無いよ。だいたい誰が操縦するんだよ?」

「ああ、それもそうか……」

「で、今、ウチ達が居る司令室がここ。一番上の層だ。このフロアは他に発電設備や貯水タンクがあるん だ。あ、風呂と洗濯室もこの階な。で、二層目がウチらの住居。ここは四国四県がきれいに分かれて る。それで三層目が倉庫とか娯楽室のあるフロアだ」

「ああ、さっき射撃訓練をした階か。海側からみたら丸見えの部屋だったな」

「そう。迎撃する為に海側の壁が無いんだ」

「確か同じような部屋が四ヵ所あると言ってたな」

「うん。四方向に対応してる。どこから敵が攻めてきてもいいようにな」

 涼は『敵』という言葉を口にした。やはりここは何者かが攻めてくることを想定して作られているのだ。

「そういえば凄そうな武器があるんだって? さっき聞いたよ。ガトリング花火とかペットボトル魚雷とか」

「ああ。武器庫にあるよ」

「それって必要?」

「うーん。どうだろ? 今のトコ使う機会は無いけどな」

「もし、この島を本気で奪いにくる奴らがいたらどうするんだい」

「勿論、戦うさ」

「大事な国土を守るため?」

「そうだ」と、涼は力強く頷いた。

「誰にも知られていない島か……」

「そうだ。アンタも見ておいた方がいいな。ここの防衛に協力してもらうんだから。よし! じゃあ下ま で行ってみるか」

「いいけど……当然エレベーターはあるんだろうな?」

「無いよ」

「マジかよ! あの階段を歩いて降りるのか!」

 あの狭い螺旋階段を80メートルも下っていくと思うとうんざりした。だが、涼に腕を掴まれて強引に階段まで引っ張られてしまった。

 

 円柱内部の螺旋階段は薄暗くて単調で、どこまでも続く地獄への階段のように思えた。

(やべえ目が回りそうだ……)

 これは運動不足の人間にとって苦行でしかない。この調子だと下に着く頃には即身仏になってしまうかもしれない。しかも今は下りだからまだマシだが帰りはこれを上ると考えると既に吐きそうだ。

「もうちょっとだぜ!」と、何度も涼に励まされながら何とか階段を下りきった。

 突き当りの扉を涼が開放すると眩い光が溢れ出る。と同時に強い磯の香りがした。

(おお、海だ!)

 涼に続いて扉の向こう側へ! が、直ぐに足が止まった。

「なんだ? これは……」 

 見渡す限りの大海原。圧巻だ。それに比べて足元の寂しいこと……。

「狭っ!」

 なんだこれは。これのどこが島なんだ? 四畳半ぐらいしかない。それも海面すれすれ。

「ひょっとして君達が守ってる島っていうのは……これだけ?」

 はっきりいって平べったい岩が海面から辛うじて顔を出している程度に過ぎない。建物を支える4本の柱はだいぶ離れた所に配置されている。が、どれも根元が海に沈んでいる。ただ、柱が立っているということは、この辺りの水深は大したことないのだろう。

(これじゃ、まるっきり海上プラントじゃないか)

 見上げれば正方形の箱。それが随分と高い位置にあるように思えた。

「海上プラントみたいなもんか。一応、足元に島らしきものはあるけど」

 涼が頭をポリポリと掻く。

「まあ、何だ。見方によっちゃ岩だと言われても仕方がねえな」

「うーん。これを領土というのは無理があるんじゃないか。てか、すぐ沈んじゃうだろ」

「だな。防波堤を作らないといずれ無くなっちまうかもな」

「それにしても……よくこんな物を見つけたもんだ」

 素直に感心する。こんなに小さな岩を海の真ん中で発見するのは至難の業だ。

「まあな。けど、これでも立派な四国の一部なんだぜ。ウチらがここを守るってことは、日本の国土を守 るのと同じことぜよ!」

 涼の言葉を聞きながら、こんなちっぽけな岩を守ることに意味があるのかという疑問もあった。しかし、目を輝かせて国土を守ると言い切った涼を見ているとそれを口にすることは出来なかった。


   *   *   *

 

 涼の案内で一通り建物の内部を見て回った後、軽く放置されてしまった。

 どうやら彼女達は補給船から運び込まれた荷物の整理に忙しいらしい。なので司令室のソファに身を沈めて長いこと呆けていた。

(腹減ったな……)

 なんとなく時計を見る。午後四時。とにかく腹が減った。本当に酷い空腹というものは無慈悲な独裁者みたいなものだ。まるで胃の中に居座って周辺国に片端から戦争を吹っかけるみたいに鈍い痛みをまき散らす。

(マジでガンガン痛む。いつから食ってないんだろ?)

 呼吸すると胃がでんぐり返しを起こしそうだ。ソファの上で悶絶しながら無意識のうちに変な呻き声を出していた。まるで怪獣が己の不幸な生い立ちを呪うみたいに。

しばらくして「何やってんの?」の声で我に返った。 

 驚いて起き上がる。そこには愛美がいた。まるで不思議なものでも眺めるみたいな顔で。

「い、いや。ちょっと腹が減りすぎて……」

 正直に答えると彼女はニッと笑って手にしていた袋を見せた。

「じゃあ、ちょうど良かった。一六タルト食べる?」

「イチロクタルト?」

「うん。愛媛の名産。てか、愛媛の宝だよ」

 何でもいい。とにかく腹の中に入れても差し支えないものなら何でも大歓迎だ。

「ぜ、是非、お願いしまふ」

 愛美は紙袋からビニールに包まれたロールケーキのようなものを取り出した。そしてそれを持ってキッチンに向かう。

 お皿が触れ合う音、ビニールをはがす音。否が応でも期待が高まる。まるで空腹の犬が餌を用意してくれるご主人様の一挙手一投足を見逃さないみたいに、愛美の後姿を見守りながらその時をじっと待った。

「ホントに美味しいんだよ」

 そう言いながら愛美が皿を運んでくる。

(まだだ。まだ飛びついてはいけない。試される理性……)

 皿の上にはカットされたロールケーキ。といってもクリームではなく真ん中には黒いアンコのようなものが見える。

(見たことないケーキだけど、この際なんでもいい!)

「どうぞ」と、笑顔を見せる愛美が慈愛に満ちたご主人様に見えた。と、同時に塞き止めていた欲求が鉄砲水のように噴出した。右手と左手がフライング気味に競争を始める。ともにタルトをつかみ、我先に口に押し込もうとする。

「デュフッ!」

 当然のように盛大にむせた。

「ちょっ! なにやってんの!」

 愛美が慌てて飲み物を持ってきてくれた。彼女から牛乳パックを引ったくり、思い切り吸い込む。喉に留まっていた塊は勢いよく流されていく。それと引き換えに牛乳の味とタルトの甘さが口いっぱいに広がった。

(うまっ!)

 カステラを牛乳で食べるのに似ている。だが、それに加えて別な甘みが混然一体となって祭りを盛り上げている。まるで口の中にリオのカーニバルがやってきたみたいだ。

驚いて愛美の顔を見る。そして感想を口にする。

「うまい! 激ウマじゃん!」

「でしょ」と、彼女はまんざらでもなさそう。

「はじめて食ったけど美味いよ」

「ふふ。愛媛県人ならホントはそこでポンジュースなんだろうけど。アタシは牛乳の方が合うと思うの」

「いや、これ、ホントに凄いよ」 

 生地はカステラより白っぽい。一見するとロールケーキなのだが巻かれているのは明らかに餡だ。

「これはアンコだよな? いや……ちょっと普通の餡じゃない」

 食通マンガの主人公みたいにテイスティングする。餡の部分だけを舌の上で転がす。

「柑橘系……何かを混ぜてるのかな?」

「当たり。柚子が入ってるんだよ」

「へえ。しかし、それにしても美味いよ。また牛乳と良く合う!」

 空腹を満たすには甘すぎるような気もしたが止められない。夢中で食べた。ムシャムシャと貪った。もしかしたら実際にムシャムシャという音が出ていたかもしれない。

気が付くと皿の上のタルトを全部平らげてしまっていた。愛美が手を付ける前に。

(やば……全部食っちゃった)

 恐る恐る愛美の顔を見上げる。しかし、意外なことに彼女はニコニコしている。

「ごめん。ひとりで食っちゃった」

「いいよ、別に。まだ補給したばかりだし」

 それにしてもなぜ彼女はそんなに嬉しそうなんだろう? 

 訳が分からず目をパチクリさせていると愛美は目を細める。

「いい食べっぷりだね」

「いや。まあ……めっちゃお腹空いてたから」

「やっぱ男の人だね。すっごい豪快」

「そ、そうかな」

「なんか嬉しいな。アタシの好きなものをこんなに美味しそうに食べてくれるなんて!」

 頬杖をついてそう言う彼女は本当に嬉しそうに見える。それはシンパシィを素直に表現したピュアな笑顔だ。思わず彼女の笑顔に見とれてしまった。

(やばい。惚れそう……)

 何かリアクションしようとしたがうまく言葉が出てこない。妙な間が開いた。これはひょっとしたら良い雰囲気というやつかもしれない。

(こ、これはお近づきになるチャンス?)

 テンションが上がった。が、淡い期待は一瞬で打ち砕かれる。

「あら。お早いわね。愛美さんは当番だったかしら?」

 振り返って声の主を確かめると、お盆を持った葵が立っていた。

 それを見て愛美が言う。

「ちょっとね。補給船が来たばっかだから。一六タルトを食べさせて中毒にしてやろうと思ったのよ」

「あら。愛媛お得意のお蜜柑じゃなくって?」

「愛媛はミカンだけじゃないってば! 日本一の中山栗だってあるんだからね」

「そうですわね。今時、蜜柑を名産だなんて」

 葵がクスリと笑ったのを見て愛美がヒートアップする。

「なによ! 今でも蜜柑は愛媛だよ。だいたい徳島なんか不毛じゃん」 

「な、なんですって! それは聞き捨てなりませんわね! 徳島には和三盆がありますわ」

「何いってんの。和三盆は香川と被ってるじゃない。てかパクリなんじゃないの?」

「し、失礼にも程がありますわ! だいたい愛媛の蜜柑なんてとっくの昔に和歌山県に追い落とされてお 気の毒なことになってらっしゃるでしょう!」

「ちょっ! それを愛媛県人の前で言う?」 

 そこに涼が「おいおい。なにケンカしてんだよ」と、現れた。

「ちょっと聞いてよ涼ちゃん! 葵ちゃんたら愛媛県最大のタブーを……」

「なんでもありませんわ。だって事実ですもの」

「は? それ涼ちゃんの前でも言えんの?」

「おいおい。ウチを巻き込むなよ。それに高知にはタブーなんてねえぞ?」

「あら。そうかしら。日本三大がっかり観光……」

「な、葵! てめえ、それ以上言うと本気でぶっ飛ばすぞ!」

 なんだか収拾がつかなくなってしまった。

(こんなところで県民バトルが勃発するなんて……)

 三人が睨み合う中、桶のようなものを抱えた亜紀が遅れてやってきた。

「ゴメンなさーい。食事当番なのに遅れちゃったヨ」

 その呑気なコメントに三人が一斉に視線を注ぐ。

 亜紀はなぜ睨まれているのか分からずポカンとしている。

「ン? みんな、どうしたの? うどん、のびちゃうヨ?」

 亜紀の手にしていた桶からは湯気が立っている。

「仕方ありませんわね。さっさと夕食にしてしまいましょう」

「だな。一時休戦ぜよ」

「アタシ手伝うよ。亜紀ちゃん」

 亜紀の屈託のない笑顔で取りあえず三人の緊張は解かれたようだ。

 

 彼女達は各々持ち込んだ食材をダイニングテーブルに並べて夕食をとった。メインは亜紀の用意した温かいうどん。桶から熱々のうどんをすくって、ざるそばのようにつゆで頂く。つゆの味は独特で何の魚でダシをとっているのか分からないが、今までに食べたうどんとは全く違っていた。亜紀によるとこれは『釜ゆでうどん』というらしい。うどんの他には涼がカツオのたたき、葵は野菜の煮物をそれぞれ持参してきた。愛美が持ってきた一六タルトはデザートの予定だったそうなのだが自分が先に全部食べてしまった。

 和やかな雰囲気で食事をしながら素直な感想を述べてみる。

「四人で共同生活か。仲いいんだね」

 が、その一言でぱたりと会話が途切れ、皆の表情が一様に曇ったように見えた。

 葵が箸を置いて「そうでもありませんわ」と、口元を布で拭う。

 しばらくして涼がさめた口調で「一応、ライバルだからな」と、言う。

「やっぱ利害関係が、ね……」と、愛美はそっぽ向く。

「ネ、やめようヨ。こんな時に」と、亜紀はオロオロする。

(なんか変なこと言ったっけ? 仲が良いって褒めただけなのに?) 

 思わぬ反応に戸惑っていると、唐突に涼が「お城……」と、呟いた。そして自ら「高知城!」と言ってドヤ顔をみせる。

(は? いきなり何を言い出すんだ?)

 涼の言葉に反応したのは愛美だ。 

「お城といえば、やっぱ松山城でしょ」

 彼女はそう言って勝ち誇った顔をする。

「エヘ。香川には丸亀城があるヨ」と、亜紀も嬉しそうに胸を張る。

 そんな三人とは対照的に葵は『ぐぬぬ』といった表情だ。

(ああ、そういうことか)

 おそらく徳島には有名な城が無いのだろう。

 葵は呼吸を整えるとポツリと口を開く。

「……鳴門大橋」

 葵の台詞に亜紀が即座に反応する。

「瀬戸大橋が一番最初にできたんだヨ!」

 負けじと愛美が得意げな表情をみせる。

「しまなみ海道~多田羅大橋」

 そんな三人を「くっ……」と、涼が恨めしそうな目で見る。

(ああ、この中で仲間外れは高知になるんだ)

 四国と本州を繋ぐ橋という共通項なのだ。

 涼がしばし考えてVサインをみせる。

「高知は総理大臣を二人も出してるぜ。吉田茂と浜口雄幸」

「徳島は三木武夫先生の出身地ですわ」

「香川は大平さんが総理大臣だったヨ」

 三人の得意げな顔と対照的に愛美は悔しそうに唇を噛む。

(なるほどね。愛媛は総理大臣を輩出していないわけか)

 愛美がわざと明るく振る舞う。

「はーい。この中で電車の無い県がありまーす」

「高知は土佐電鉄だな。古き良き路面電車ぜよ」

「香川は琴電があるヨ」

「勿論、愛媛には伊予鉄がありまーす」

 その様子を睨む葵の徳島県には電車が無いということか。

(なんだ。息が合ってるじゃないか)

 彼女達のそんなやりとりを見てそう思った。 

「十分に仲いいじゃん。それにさっきの緊急事態では皆で協力してたじゃないか」

 それを聞いて葵がピシャリと言う。

「それはそれ。これはこれですわ」

 愛美が含み笑いを浮かべる。

「そりゃ仕事の時は別よ。でもプライベートは別。部屋も別々」

 涼は江戸っ子みたいに人差し指で鼻の下を擦る。

「へへ。ウチら、そのへんは割り切ってるんだ」

 不思議に思って尋ねてみた。

「部屋が四つとは聞いてたけど、普段は別行動なのかい?」

「ウン。そうだヨ」と、亜紀が頷く。

「わたくしたちの生活拠点は自分の県なのですわ」

 葵の言葉を受けて亜紀がニッコリ笑う。

「それぞれの部屋が県になってるンだヨ」

「部屋が県? 意味が分からない」

 首を捻っていると亜紀が説明する。

「だから、私の部屋は香川県なんだヨ。葵ちゃんの部屋は徳島県。愛美ちゃんが愛媛で涼ちゃんのお部屋は高知県になってるの」

 涼が腕組みしながら続ける。

「ウチらの部屋はそれぞれの県の領土みたいなもんなんだ。つまり、この島を四県で平等に実効支配してるってことさ」

 愛美が髪を弄りながら冷静に言う。

「誰か一人が脱落したらその県は権利を失うのよ。だからアタシらは県を代表して場所取りしてるの」

 それを聞いて驚いた。本気でそんなルールを守っているのか?

(花見の場所取りじゃあるまいし……)

 葵が「とにかく」と、前置きしてキッとこちらを睨んだ。

「わたくしたちはそれぞれの県代表として完全に独立しておりますのよ。そのうえで外敵から領土を守る為に同盟を結んでいるだけですの。決して、馴れ合っているわけではありませんことよ。ですから勘違いなさらないで頂きたいですわ!」

 そこまで断言されるとこれ以上何も言えない。

(見たまんま仲が良いねと言っただけなのに……この言われようは何なんだ?) 

 そもそも四国四県の領土争いということ自体、現実離れしている。ましてや高校生ぐらいの女の子が国土を防衛しているなんてどういう設定だよと突っ込みたくなる。しかし、東西南北を見渡しても海しか見えないというこの現実。バカバカしくもあるが嘘ではなさそうだ。

(それにしても……なんで自分なんだろう?)

 なぜ自分がこんなところに拉致されてきたのかがまるで分らない。思い当たる節がまったく無い。「わが人生に一片の罪なし」とまではいかないが、少なくとも罰を受けることはしていないつもりだ。知らないうちに恨みをかうなんてことも無いはずだ。

 たくさんの「なぜ?」に囲まれて高知県室戸岬から南に350km、地図に無い島に作られた海上プラントでの生活が始まった。



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