婚約者に浮気されたので、令嬢の頭皮を磨きました
ふと思いついた「ちょっと変わったザマァ」を短編にしてみました。
ゆるーい気持ちでお楽しみいただければ幸いです!
もうお前、めんどくさいや——。
話の通じない奴には、身をもって体験してもらうのが一番だよ。
この国の民には、貴賤関係なく、それぞれ固有の能力がある。
婚約者のエリザ・モルガン男爵令嬢には、「ブロッサム・ヴェール」。
つまり桜の花びらの嵐を起こす能力。見た目は確かに美しい。でも、正直、きれいなだけで実用性はゼロ。しかも掃除が大変だ。
だけれども、本人はものすごーく誇りに思っているらしい。髪も、瞳もピンクで、その能力を使うと、まぁキレイはキレイだから、社交界では人気がある。
「高位貴族のくせに、床磨き能力? あなたの能力、ほんとうになんの役に立ちませんわね。あ、下働きなさるなら大助かりではなくて?」
こんな具合にいつも馬鹿にされてしまう俺の能力は「ポリッシュ」。
つまり、鏡面化の能力。
何度も説明しても、自分の都合のいい事しか耳に入らない彼女には届かない。友人の前でも馬鹿にされ、うちを格下扱いしてきたこともあったし。
話が通じない相手に話をすることって本当に無駄なことだよな、と思って、ほったらかしていた俺も悪いかもしれないけどさ。
女遊びで有名なダミアン・クロフォード子爵令息と浮気しているなんて思ってもいなかったよ。
あいつ次男だけど、わかって浮気しているのか? それともばれないとでも思っての浮気? どちらにしろ、やっぱり馬鹿だなー愚かだなーという感想しか生まれなかった。
俺だって顔立ちもそんなに悪くないし、鉄色の髪と瞳だって、そう悪くないと思うんだけど、なんでアイツ? としか。
家同士の婚約だし、とりあえず子どもだけ産んでくれればそれでいいかーと思っていたんだが。
……これはないよなー。
「ユリウス・ハインベルク伯爵令息、私と婚約破棄してくださいませ」
社交界の訪れを知らせる夜会の冒頭で、いきなり婚約破棄宣言。頭痛いわー。
「理由とか聞いてもいい感じ?」
「わたくしの婚約者が床磨き能力しかないなんて、恥ずかしくて外も歩けませんわ。ダミアン様は素敵な炎を使えますの。わたくしにふさわしいのは彼だけよ」
あー、あの見た目だけが派手な奴か。
「ブレイズ・スペクタクル」、巨大な炎が出せる。だけ。
すぐ消えるし、威力は低いし、制御できないから、式典の花火代わりにするにはちょうどいいかもな。
「ポリッシュはそんな能力じゃないって何度も説明したし、理解してないってこと?」
「よくわかってますわ、貴方は一生床をピカピカにしているのがお似合いだわ」
おーほっほと高笑いする彼女に、イライラしてきてしまう。
「はーもうお前、めんどくさすぎるよ。——つるつるになーれ。じゃあ、婚約破棄を受け入れまーす。また連絡入れまーす」
背中で手を振りながら、俺は帰路についた。
向こうの浮気だし、慰謝料とかもらえるように父上に相談しなくちゃだよな。めんどくさー。
☆
翌日。
モルガン男爵邸に、女性の悲鳴が響き渡った。
「な、何事だ? どうした、朝から騒ぐなんて淑女としてはしたないぞ」
そこには、頭皮が鏡のようにつるつるになったエリザ・モルガン男爵令嬢が、抜けた髪の毛を抱きしめて絶叫していた。
「な、どうしてこんなことに、お父様……わたくしの、わたくしの髪がこんな、こんな……」
男爵に続いて入室した侍女も母親までもが大絶叫した。
「お父様が、お父様がなんとかしてやる。そうだ、陛下に相談して宮廷医師を派遣していただこう!」
王宮に乗り込んだモルガン男爵が声高に娘の窮状を訴え、宮廷医師の緊急派遣要請をしたことで、その日の内に噂が駆け巡った。
エリザ・モルガン男爵令嬢がどうやら一夜にしてハゲたらしい、と。
エリザはすっかり意気消沈して寝込み、頭の先まで羽根布団をかぶって、ベッドに潜り込んでしまった。
「エリザ、髪の毛どうしたんだ、その、つるつるになってるが……」
午後にお見舞いに来たダミアンは、完全に困惑の表情を浮かべている。
「なんかの病気なの? それだと俺、ちょっと君のそばにはいられないかも……。それにさ、慰謝料とか請求されても困るし? 俺は次男だから婿入りしなきゃだけどさ、君の家、男爵家だろ? ちょっと格下すぎるよなー。結婚相手は別で探すわ。ばいばーい」
そそくさと逃げるように帰っていくダミアンに、エリザは涙が止まらなかった。
モルガン男爵が緊急要請をしたおかげで、その日の夜には宮廷医師が派遣されてきた。
「なにかの病気や呪いの類なら、治癒魔法や解呪の祈りで回復できますから、ご安心ください」
優し気な医師の笑顔にホッと安堵して治療を受けてみたものの。
「回復しない!? なぜだ……病気でも呪いでもない。ならば育毛剤ならどうだ?」
しゃばしゃばした緑色の臭い薬を塗りこまれたが。
「生えてこない? なぜだ!!?? ご令嬢、一度鑑定させてください」
鑑定結果は——。
「ご令嬢、非常に申し上げにくいことなのですが、頭皮が鏡面加工されており、治療魔法や呪文を跳ね返しているようです。皮膚呼吸のために数個の毛穴は開いていたようで、数本の髪だけが生えてきましたが……」
鏡を渡されたので見てみれば、たった5本の髪だけが、頭頂部から汚らしく生えていた。
喉から引き絞るような大絶叫と、止まらない嗚咽で、エリザの顔も気持ちもぐちゃぐちゃになった。
☆
またその翌日。
「ユリウス・ハインベルク伯爵令息、こ、この度は誠に申し訳ございませんでした。お願いです、どうか、この髪を元に戻してください。私にできることならなんでもいたします。どうか、どうか!」
いつも俺を馬鹿にしていたエリザが、這いつくばって俺に謝罪していた。
5本の髪が生えた頭皮を見られないよう、深めに帽子をかぶっていた。
思ってたより、つるつるになったんだな。いやー本当、ぴかぴかじゃん。
「本気でそう思ってる? どうせ頭皮のために、上辺だけの謝罪だろ?」
「そ、それは……」
内心、はらわたが煮えくり返る気持ちのエリザは言葉に詰まってしまった。
反省しているふりは完璧だった。問題は、中身が一切伴っていないことだ。
「ほら、やっぱり反省してないでしょ。完全に鏡面化してなくて、皮膚呼吸はできるから大丈夫。死なないから。じゃあ元気でね。婚約破棄の慰謝料はこれで帳消しにしておくね」
瞬間、立ち上がったエリザに鬼の形相で掴みかかられたけれど、護衛騎士に引きはがしてもらって追い出させた。
心から懺悔して悔い改めれば元に戻るけど。
あれじゃー無理だよね。
☆後日談☆
社交界では、エリザの噂を知らぬものはいなくなった。
「スカスカ令嬢」と呼ばれ、陰で指をさされ、嘲笑されているらしい。かわいそうだけど、しょうがないよね。
そうそう、ダミアン子爵令息も、もちろんつるつるにした。
彼の場合は全身つるつるで、下の毛も頭髪もひげも全部無くなって、かなりみじめらしい。
「つるつる坊や令息」なんて不名誉なあだ名がついているとか。その姿で式典で炎を出して、精一杯いきがってるらしいよ。
ほんと、自分のことを客観視できないのってかわいそうだよね。
「ぼっちゃま、王宮からお手紙が届いております」
執事が持ってきた手紙を広げると、王宮への出仕要請だった。
なになに……あー、また美容関係のお手入れの予約ね。はいはい。
今回は「しわ」か。前回は確か「髪の艶マシマシ依頼」だったからなー。そろそろ来るかなって思ってた。
まったく、「ポリッシュ」は確かに床磨きもできるさ。
でもね、美容関係に抜群に効果を発揮するの。
肌も陶器のようにつるつるにできるし、歯の表面もつるつるホワイティ。エリザにも散々説明したけど、理解しなかった。
王妃陛下の侍女からもこっそりと依頼が来ているし、今後は出世しちゃうかもしれないなー。
さ、そろそろ出かけないと。
ほーんと、話の通じないやつって、馬鹿で嫌になるよね。
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