第7話沈黙の檻
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「……ここ、どこ……?」
目を覚ました千夏は、頭を押さえながら周囲を見渡した。
コンクリートむき出しの壁、小さな換気口、そして施錠されたドア。窓もない。スマホはなかった。
「……っ、蒼……?」
そう口にした瞬間、記憶が押し寄せてくる。
千夏の指は震えていた。
蒼が、自分を……?
「……ちがう……そんな、わけ……」
その呟きが終わらぬうちに、ドアの向こうから足音が響く。
金属の鍵がゆっくりと回る音。
扉が開き、現れたのは――真木遥。
相変わらず、何一つ乱れのない身なり。白のタートルネックに淡いグレーのロングスカート。
まるで誰かの見舞いにでも来たかのような、柔らかい表情。
「起きたのね、桐谷さん。安心したわ。」
「……遥……っ……!」
千夏は立ち上がろうとするが、脚に力が入らない。眠剤の余韻だ。
遥は、そんな千夏を見下ろしながら、静かに座る。
「私、あなたに一つ、教えてあげたくて来たの。」
「……なにが、目的なの……。私をどうする気……」
「別に。あなたに、わかってもらいたいだけ。蒼くんがどうして、私を選んだかを。」
「選んでなんか……!洗脳してるだけでしょ……!」
遥は微笑む。否定も肯定もしない。
代わりに、静かにこう言った。
「ねえ……あなた、蒼くんの“どんな演技”がいちばん好きだった?」
千夏は言葉に詰まる。
「子役の頃? それとも高校生役で涙を流したあの映画?」
「……なにが、言いたいの……」
「あなたはね、蒼くんの“外側”しか見ていないの。私は、彼の“中身”を導いたのよ。」
遥はカバンから一冊のノートを取り出した。
それは蒼の演技ノート。遥が蒼に課していた“感情の記録帳”だった。
「この中にはね、蒼くんが“私に言われてどんなふうに心を動かされたか”が全部書いてあるの。」
ページが開かれる。
“感情を殺せた日”、
“千夏の前で泣かないように訓練した日”、
“指先を震わせて芝居を自然に見せた日”。
千夏は唇を噛みしめた。
蒼が、こんなことを……。
遥は続ける。
「彼はね、私がいなければ演技ができなくなってるの。
泣くシーンも、笑うシーンも、“私の声”がなければ自分の感情が見つからない。
……そんな彼を、あなたがどうやって救うの?」
「……救ってみせる。あんたがどんな手で操ったとしても、蒼は……蒼は――!」
「“もういない”のよ。」
遥の声は低く、静かだった。
何の感情も宿さないその目は、優しさの仮面すら不要と告げていた。
「私が彼に与えたのは、“逃げ場”なの。
苦しまずに生きるための、安全な脚本。
……彼は、私の言葉でしか、自分を保てない。」
千夏の瞳が揺れる。
その動揺を、遥は見逃さない。
「あなたは、彼の何を知ってるの? 昔の楽しかった記憶?
それで彼を救えるなら、もう救えてたはずよね?」
千夏は言い返せなかった。
遥は千夏に静かに近づき、囁くように言う。
「ねえ……あなたも、支配してあげようか?」