第6話 すべては“演技”だった
千夏は、いよいよ腹を括って蒼に会いに行く決心をしていた。
(これ以上、黙っていられない……)
かつては自分のすぐそばで、臆病で、自信のない姿を見せていた蒼。
けれど今は、誰の目にも「完璧な役者」に見えるほどの演技力と存在感を持ち始めている。
だが、それが“遥”という女の導きによるものだと知った今、千夏にはそれが“才能の開花”ではなく、“精神の侵食”にしか思えなかった。
(取り戻す……あたしの知ってる、蒼を)
意を決し、千夏は蒼にメッセージを送った。
【久しぶりに、ちゃんと話さない? 一回だけでいいから】
【蒼自身の言葉で、もう一度私に話してほしい】
十数分後、蒼から短く返事が届いた。
【わかった。明日、放課後。スタジオ裏で】
その短い返信に、千夏の胸はぎゅっと締め付けられた。
まるで、向こうが先に“すべてを読んでいた”かのように。
⸻
放課後、人気のないスタジオの裏。
夕陽の長い影が、蒼のシルエットを引き延ばしていた。
彼は落ち着いた表情で立っていた。千夏を見ると、少しだけ笑ってみせた。
「……久しぶり、千夏」
「……うん。元気そうに見えるけど……正直、安心はしてない」
千夏は一歩、彼に近づいた。
「ねえ蒼……あたし、ずっと考えてた。
演技が上手くなったのは確か。でも、笑ってない蒼を見るのが……すごく、苦しい」
蒼は俯き、少し黙ったあと、ぽつりと呟いた。
「ごめん……心配かけたよな」
その声には、確かに“蒼らしさ”があった。
思わず千夏の心が、少しだけ緩む。
「……蒼?」
「……遥とは、最近あまり話してない。少し距離を置こうと思ってた。
千夏の言葉……たぶん、正しかったと思う」
その言葉に、千夏の胸に希望が差し込んだ。
「……ほんとに? 嘘じゃなくて……?」
「うん、ほんとに……」
蒼の目が揺れていた。
その目に、嘘は――なかった。そう、見えた。
(あぁ、まだ間に合うんだ……)
そう思った矢先だった。
「……なあ、千夏。これ、飲む? スタジオの差し入れでもらったやつだけど、ちょっと冷えてる」
彼が差し出したペットボトル。冷たい汗のついた透明なプラスチック。
「……ありがと」
口をつけた。ほのかにレモンの香り。喉の奥にすっと染みる。
けれど、その直後――意識が、霞むような感覚に襲われた。
「……え……?」
視界がぐにゃりと揺れた。足元が崩れ、地面に吸い込まれるように膝をつく。
「……蒼……? なに、これ……?」
その声は、掠れていた。
蒼は――静かに立っていた。
無表情で、ただ彼女を見下ろしていた。
「……ごめん、千夏。……命令、だから」
その言葉を最後に、千夏の視界は真っ暗に塗り潰された。