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第5話 本音の行方


千夏は、蒼に会うたびに、心が軋むのを感じていた。

言葉も、笑い方も、視線さえも――以前とは違っていた。


まるで、透明な膜を一枚挟んでいるような距離感。

その膜の向こう側に、“真木遥”の影がいつも見えた。


「ねえ、蒼……あの人とは、どんな関係なの?」


放課後、ふたりきりになれた瞬間、千夏は切り出した。


「どんな……って言われても。演技のアドバイスもらってるだけだよ」


「だけ……? 毎晩のように話してるって聞いたよ。蒼のマネージャーさん。心配して私に連絡してきた。『最近の蒼は何か様子が変』って」


蒼は、少しだけ目を伏せた。


「……確かに、最近はずっと遥と話してる。でもそれは、“今の俺”に必要なことなんだよ」


「……どうして? ねえ、蒼。あの人に“何を”与えられてるの?

 “蒼は間違ってない”って肯定だけ?

 それとも、“演技の正解”を一方的に教えられてるだけ?」


「違う! 遥さんは……俺に、“俺自身”を取り戻させてくれたんだ!」


怒鳴るように蒼は言った。

その目は、以前の蒼では見たことがない――狂気すら帯びた光を宿していた。


「……それって」


千夏は思わずつぶやいた。

でも、その声は震えていた。





その夜。

千夏は独自に調べた“真木遥”の過去を、蒼に突きつけた。


「この女、普通じゃないよ。中学、高校、大学――どこでも“周囲を支配”してきた記録が残ってる。SNSの裏アカ、複数の元交際相手。心理操作の痕跡……これ、ただの演技指導者じゃないよ」


蒼の顔が強張る。


「……そんなの、ただの噂だ。証拠なんてない」


「じゃあ聞くけど。あんた、今の自分を本当に信じてる?“自分の意志”で演技してるって、言い切れる?」


蒼の拳が震えた。

心のどこかでは、千夏の言う通りかもしれないと――思っていた。


でも。


遥の言葉が脳裏をよぎる。


「その子は、“あなたの変化”を怖がってるだけよ」

「本当の才能を持つ人間が、周囲から嫉妬されるのは仕方ないこと」


「……もう、千夏には関係ない」


その言葉は、決定打だった。


千夏の目が、はっきりと揺れた。

何かが崩れる音が、心の中に響いた。


「……そう。じゃあ、私も引くよ。

 でも蒼――いつか、取り返しのつかないことになるよ」


背を向けて去っていく千夏の背中に、蒼は声をかけられなかった。



数日後。

遥は、静かな声で蒼に語った。


「よく頑張ったわね。千夏との関係を切ったの、正しかったわ。彼女は、“過去のあなた”に縛り付けようとしてただけ」


蒼は、虚ろな目で頷いた。


その目に、“迷い”はもはやなかった――

だが、“何も見えていない”目だった。


遥はゆっくりと、唇の端を上げてほくそ笑んだ。

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