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第4話 依存と違和感


夜。

蒼はまた、遥と通話をしていた。照明を落とした自室、ヘッドホン越しに聞こえる低くて静かな声。


「今日の演技、見たわ。……あの“母親を責める”シーン、あなたの中の本音がちゃんと出てた」


「本音……」


「そう。あれは“演技”じゃなかった。あなた自身の声だった。 “愛されなかった怒り”“認めてほしかった幼い願い”。それがそのままセリフになってた。 それでいいのよ。それが、“生きた役”ってこと」


蒼は黙って、スマホの小さな画面を見つめていた。

遥のプロフィールアイコンすら設定されていないSNS通話の画面――それが、今の彼にとって一番“安心できる場所”になっていた。


(この人がいないと……もう、自分の演技が信じられない)


数か月前まで、自分は“テクニック”で演技をしていた。

表情、動き、声色、すべて“うまく見える”ように整えられた演技。

だけど今は違う。

“自分を役に溶かす”方法を知ってしまった。


(そして、それを導いてくれたのは……遥さんだけだ)



「最近の蒼、ヤバいくらい上手くなってるよね」

「この前のドラマ、完全に主人公喰ってたじゃん」


現場でも、スタッフや共演者の評価は軒並み高い。

マネージャーは「これから主演がどんどん来るぞ」と浮かれていた。


けれど、その反比例のように――

蒼の“私生活”は、どこか不安定さを増していた。


食事はろくに喉を通らず、夜は寝つけず、夢を見れば役のセリフが繰り返される。

目が覚めても、自分が“蒼”なのか“役”なのか、はっきりしない感覚。


(こんなの、おかしいって思うべきなんだろうけど……)


でも、不思議と怖くはなかった。

遥が「それでいい」と言ってくれる限り、蒼は安心できた。


(むしろ、この苦しさが“正しい演技”だ)


そう信じ始めていた。



そんな蒼を、じっと見つめている視線があった。


「……ねえ、蒼。ちょっと話せる?」


千夏が、久しぶりに真面目な声で声をかけてきた。

放課後、校門の前。蒼が撮影に向かう前の、束の間の時間。


「うん、いいけど……どうした?」


「……あんた、前と違うよね。演技じゃなくて、目の奥が違う。言い方が難しいんだけど……誰かの“指示”で動いてるみたいに見える」


蒼は笑おうとしたが、できなかった。


「……たぶん、遥さんの影響だと思う。あの人の言葉が、俺の演技を変えたから」


「蒼。……その“遥”って人、本当に大丈夫な人なの?」


蒼は一瞬、固まった。


「どういう意味……?」


「演技が上手くなるのはいい。評価されるのも嬉しい。でもさ、“遥さんが言わないと演技できない”って……それ、もう蒼の演技じゃないんじゃない?」


その言葉に、蒼は胸の奥がざわつくのを感じた。

だが、必死でそれを打ち消すように言った。


「ーーッ! 違う。遥は……俺に“本物の演技”を教えてくれただけ。誰にも言えなかった“空っぽさ”を見抜いて、そこから引き上げてくれた」


千夏は少しだけ悲しそうな目をして、静かに言った。


「それ、“救い”って言うのかな……それとも、“支配”かな……?」



数日後。

千夏は、ひとりパソコンの前にいた。


「真木遥……心理学部……大学生……」


手がかりは少なかったが、演技界隈に詳しい知人にあたり、少しずつ“遥”の情報を集め始めた。


すると――ある記事にたどり着いた。


「名門私立高で、“異様な影響力”を持っていた女生徒」

「多数の男子生徒との交際、教師との問題、保護者への訴えも」

「大学では心理学専攻、“他人を操る”ことに長けていたとされる」


千夏は、背筋が凍るような感覚に襲われた。


(この人……ただの大学生なんかじゃない)


蒼は、確実に“その手”に絡め取られている。



夜。

蒼は、また遥と通話をしていた。


「ねえ蒼。明日の撮影、泣くシーンあるよね?」


「うん……母親を追いかけて崩れるシーン」


「じゃあ、その時に思い出して。“小さい頃、母親に手を振ったけど、見向きもされなかった”記憶。

 それを思い出して、母親役の女優さんに叫んで。

 セリフじゃなくて、“あなた自身の言葉”で怒っていいから」


「……うん。やってみる」


「偉いわ、蒼。あなたはもう、“誰よりも深く演じられる”存在になってる。もう少しで、“本物の役者”になれるわ」


その言葉に、蒼の胸が温かくなる。


(ようやく……俺は“認められる”んだ)


遥に。

自分を救ってくれた、ただひとりの理解者に。


そう信じていた――その瞬間までは。



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