舞台の上の孤独
完結はしているので今日明日中に全部載せます
――スポットライトが蒼だけを照らしていた。
それは、彼が十歳だった頃の記憶。
小さな劇場、舞台袖で震える手、観客席のざわめき。
「泣くな、泣くな。感情はいらない。セリフ通りにやればいいの」
控室で母親に言われた言葉が、今も頭の奥にこびりついている。
(そうだ……俺の演技は“商品”なんだ)
幕が開いたとき、蒼は完璧な「少年兵」だった。
悲しみに耐え、仲間の死を嘆き、最後には怒りに満ちた叫びを上げる――
その一挙手一投足が、客席を静まり返らせるほどに鋭かった。
拍手が鳴る。鳴り止まない。
だけど蒼は、嬉しくなかった。
舞台が終わるたび、母は褒める。けれどそれは――
「今日のあんた、“最高に売れる顔してた”わね」
蒼が欲しかったのは、その言葉じゃなかった。
⭐︎⭐︎⭐︎
時は流れ、高校二年生になった蒼は、今も役者を続けていた。
テレビドラマにゲスト出演すれば視聴率が上がり、映画でちょっとした役をもらえば「若き天才」と評された。
でも、どこか違う。
演じているのに、心が空っぽになる。
台本の通りに感情を出しているのに、身体はどこか冷めていた。
「蒼ってさ、もっと自信持っていいのに。なんでそんなに自信なさそうなわけ?」
そう言って笑うのは、幼なじみの千夏だった。
サバサバした性格で、昔から蒼の味方だった。
子役として現場に出ていた頃も、忙しさに押し潰されそうな蒼を引っ張ってくれたのは、いつも千夏だ。
「俺、たぶん、自分の演技が“本物”かどうか、もうわかんない」
そう漏らしたとき、千夏は真顔になった。
「……それ、いつから思ってた?」
「中学の終わりくらいから……かな。
現場でも“完璧”って言われるのに、演じてる自分がどんどん“嘘っぽく”見えてきた。演技のこと考えれば考えるほど、自分が消えていく気がして」
「それ……あんた、ちょっとヤバいよ」
千夏は真剣な顔でそう言った。
けれど蒼は、ただうっすらと笑うだけだった。
「うん。でも、“ちゃんとやってるように見せる”のは得意だから、大丈夫」
(ほんとは、ぜんぜん大丈夫じゃないのに)
⸻
その夜。
舞台の稽古が終わった帰り道、蒼は電車に揺られていた。
体中の力が抜けていて、スマホを見る気にもならなかった。
地下鉄の車内、遅い時間帯なのに隣の席にすっと座ってきた人物がいた。
目を閉じていた蒼は気配に気づき、視線をそちらに向ける。
そこにいたのは、長めの黒髪を揺らす、大学生らしき女性だった。
スマホも見ず、イヤホンもしていない。
ただ静かに、蒼の方を見て――そして、口を開いた。
「……演技してるとき、辛そうだね」
蒼は、瞬間的に全身を強張らせた。
「……え?」
「あなたの舞台、テレビ、映画――ほとんど見てきたよ。でも、最近の演技は……“誰かの正解を演じてるだけ”に見える」
その目は、感情を読ませない深い黒だった。
穏やかな声、けれど不思議なほどに核心を突くその言葉に、蒼は言葉を失った。
(なんで……この人、そんなこと……)
「私には、わかる。あなた、本当は“演じることが好きだったでしょう? でも、最近は――全部、苦しそうだった」
電車のアナウンスが流れ、彼女は立ち上がった。
「……もしまた、楽しくなりたいって思ったら。
誰かに教わる演技”じゃなくて、自分の本音で演じる方法を、知りたくなったら――」
彼女は蒼の膝に、小さな紙片を置いていった。
名もない、連絡先すら書かれていない、ただの白いメモに、こう書かれていた。
「役になるんじゃない。自分を壊して、役になるの」
その言葉を、蒼はしばらく見つめていた。
そして、静かに……胸の奥が、疼いた。