地獄への招待
人間は暇だと余計な事を考えてしまう。
ハッサンもまた暇過ぎていらない事を考えていた。
「ランド、ランドはいるか?」とハッサン。
「はい、ここに控えております」とランド。
ランドは暇ではないが、出来るだけハッサンと目と鼻の先に控えるようにしている。
ハッサンは放っておくといじけてしまう面倒臭い性格なのだ。
「ランド、我は考えたのだ」
「あちゃー、いらん事を考えちゃいましたか。
私は何も考えない事をお勧めします。
昔から慣用句でも『下手の考え、休むに似たり』などと申します。
どうしても何か考えてしまう時は入れあげている踊り子についてでも考えなさいませ」
「何か悪意を感じる慣用句であるな」とハッサンは眉間に皺を寄せる。
「私がハッサン様に悪意を抱く、などという事があるわけないじゃないですか。
心からお慕いしております」
「えーい、やめんかい!
男から『お慕いしている』などと言われると鳥肌が立つ!」とハッサンは自分の頭をガリガリとかいた。
(ふう、何とか乗り切ったぜ。
ハッサン様は善意であっても、男からの好意を嫌う。
『ホモちゃうわ!』と。
話を逸らしたい時は、こちらも気持ち悪いが『好きだ』と言うに限る)とランドはホッと息をつく。
「だから『ライラ』の事を考えていたのだ」とハッサン。
確か『ライラ』というのはハッサン様の入れあげている踊り子の名だ。
「余計な事を考えるな、踊り子の事でも考えてろ」と言ったら「だから今、踊り子の事を考えていた」と。
余計な事を考えないように考えた事で最早『余計な事を考える』と。
死ねば良いのに。
でも実際ハッサンに『死ねば良いと思いますよ』とはアドバイス出来ない。
散々言いたいとは思っているけれど言えない。
「何故ライラは俺に靡かない?
大金を渡そうとした。
しかし金は一切断られた。
噂では金に困っているらしいのだが」とハッサン。
何で金に困っているか?
ハッサン様がライラの彼氏を南方の激戦区に送って行方不明になっているから。
それでライラが金に糸目をつけず彼氏の探索費用を負担してるからだろ?
ハッサン様のせいじゃねーか。
『アンタの金だけは受け取らない』って、ライラは意固地になってハッサン様からの施しは受けない、って噂じゃんか。
「『モノなら受け取るかな』と極めて希少価値が高いシルバーウルフの毛皮を渡したら、ライラは凄い嫌な顔をしたんだ。
『手に入れるのに苦労したんだ。受け取って貰わないと困る』って無理矢理ライラに押し付けてきたんだけど、噂じゃ速攻でシルバーウルフの毛皮を質屋に流したらしい。
ランド、どう思う?」とハッサン様。
『どうもクソも噂通り、ハッサン様はナメクジみたいに嫌われてるんじゃないですかね?』と本音が言えれば苦労はしない。
「おかしいですね。
ハッサン様より良い男なんて見た事ないでさけどね」
お世辞じゃない。
本当にハッサン様より良い男なんて見た事がない。
そしたハッサン様よりアホも見た事がない。
何てハッサン様にアドバイスすれば良いだろうか?
大事な事は二秒で忘れるクセに、『ライラ』の事は一日中考えているから始末に悪い。
『ライラの事』を忘れる、というのはハッサン様にとって有り得ないのだろう。
「どうアドバイスすべきか・・・」ランドは王国軍の食堂でため息をついた。
「どうしたんだ?
深いため息をついて」と後ろから声がかけられる。
後ろを振り向いたランドは「ヒェ!」と短く悲鳴をあげた。
そこにいたのはランドのようなお飾り部隊の師団長が同席して良い方ではない。
平民からの叩き上げで、今は自力で伯爵位を掴みとったが、奢らず、威張らず、給金のほぼ全てを極貧に喘いでいる生まれ故郷の寒村に寄付していると噂の私の憧れ、『ダラス総大将』だ。
「い、いえ!
私などの愚痴は総大将様のお耳汚しでしかなく・・・」
「話してみよ。
俺も低い身分からの這い上がった身分だ。
身分が低いからと悩みが小さい訳ではない。
誰もが悩みを抱えている。
その悩みは『その者にとって』決して小さくなかったりする」ダラスはポンポンとランドの背中を優しく叩きながら「どしたん?話聞こか?」と語りかけた。
ランドは思わず、魔法部隊に関する愚痴をダラスにぶちまけた。
愚痴は凄い長かった。
「王国スタイルのトイレは座るのは楽だけど踏ん張れない」とか、どうでも良い愚痴も沢山あった。
ダラダラと長いランドの愚痴をダラスは嫌な顔一つせずに笑顔で聞いた。
「魔法部隊長のハッサン様が戦場に出たいみたいなんですよねー」とランド。
ついにきた。
ついにランドはダラスを信用して上官の愚痴を言った。
「ハッサン様は戦いたいのかい?」とダラス。
「いや、おそらく『戦場に出る=戦う』という簡単な図式が頭の中にないんだと思います。
『戦場に出る=女にモテる』だと思っているんでしょう。
何を考えているんでしょうね?」とランドは吐き捨てるように言う。
「それはある意味、ハッサン様の考えている事は間違いじゃないよ。
『強い男に憧れる女』というのも一定数いる。
『強さを男の価値だ』と思っている男もいるし・・・」
「でも、今の『魔法部隊』で『強さ』で勝負しよう、というのは明らかにアホですよね?」ついランドの声は大きくなる。
『アホ程プライドが高い』
『アホ程身の程知らずに良い格好したがる』
ハッサンはその典型なようだ。
「踊り子にモテたい。だから戦場に出たい」
ハッサンは『死ぬかも知れない』などとは微塵も考えていないようだ。
「自分の替わりに死んでくれるヤツらが戦場には沢山いる。
何故ならこの王国は王族の私物なのだから」と。
調度良い。
ハッサンを地獄へ引きずり出してやろう。
戦場へようこそ!
ダラスは内心ほくそ笑んだ。