抹殺
ハッサンは『魔法部隊長』に就任した。
全体の肩書きとしては、『音楽隊長』だった時と同じ『王国大将』、『総大将』の一つ下、『国王』→『総大将』→『大将』という王国軍に於いては上から三番目の役職だ。
でも実際に偉いのか、偉くないのか『カルビ大将』『餃子の王将』と同じように『名前だけ偉い』のが実体だ。
『魔法部隊』の内訳を説明しよう。
先ず『部隊長』であるハッサン。
魔法はこれっぽっちも使えない。
だが最近チョビヒゲを蓄えていて『天才魔法使い』の雰囲気を漂わせている。
まあ魔法使いなのは雰囲気だけで中身はとんでもないアホなのだが。
副隊長はいない。
副隊長を置くほど『魔法部隊』は大きくない。
『部隊長』の下には『魔法師団』がある。
『師団』は今のところ一つだ。
その一つの師団も空席が多い。
今は黎明期なのだ。
これからだ。
これから『副隊長』も『第二の魔法師団』も必要になって来る。
『魔法部隊』には今のところ一人だけ『魔法師団長』がいる。
名前を『ランド』と言う。
王国に植民地化された小国で『宮廷魔法使い見習い』をしていた。
王国は魔法使いこそいないが、騎馬を使った電撃作戦で小国をあっという間に制圧した。
ランドの先輩達の宮廷魔法使いは命からがら逃げ出した。
敵が雪崩れ込んで来た時、トイレで踏ん張っていたランドは王国の捕虜となった。
しかし逃げ出した先輩達は、結局捕まって処刑された。
捕虜になっていたランドは『今度王国で魔法部隊を作るんだけどそこで働く気はない?働くなら王国民として迎え入れてあげる』と言われて「うん!働く!」と軽く引き受けてしまった。
まさか『魔法部隊』が『オモチャの兵隊』以下の存在だったとは。
ランドの『魔法部隊』での仕事は主に『馬鹿の介護』と『新兵への魔法教育』だった。
新兵は二十名、特に才能が傑出している者はいないが、不出来な者も特にいない。
根気よく魔法使いを育てていこう。
先ほど『不出来な者はいない』と言ったが、撤回させて貰おう。
とびきり不出来な者が一人いる。
残念ながら『魔法使いとしての適性ゼロ』と言うしかない者だ。
ハッサン王子だ。
私は「誰もが努力次第で魔法が使えるようになる。才能なんて糞食らえだ!」なんて普段から言っていた。
そんな綺麗事じゃない。
才能は確かに必要だ。
ハッサン様は『努力する才能』が徹底的に足りていない。
『我はやれば出来る男なのだ』がハッサン様の口癖だ。
「わかりました。
やってみせて下さい。
この本のここまでを読んでおいて下さい」と私。
ハッサン様はやらない。
最初はサボっているのかと思った。
気分が乗ればやるのか、と。
しかしそうじゃなかった。
ハッサン様は『やれ』と言われた事を全力で『やらない』のだ。
『命懸けでやらない』と言い替えても問題ない。
「何故やらないのですか?」私はハッサン様を出来るだけ責めないように聞いた。
「やって出来なかったらどうするんだ?
『やれば出来る』というプライドすら砕けてしまうじゃないか!
我は『やれない』のではない!
『やりたくない』のだ!
それで良いではないか!?」とハッサン様。
「ならしょうがないですね」と私はハッサン様に言う。
これ、どうなん?
子供だってこんなに甘やかさないよね?
『それで良いではないか!?』って全然良くないよね?
私は一つの決断をした。
「ハッサン様を『いない者』として考えよう。
幸い、どうも『魔法部隊』は誰にも期待されていない。
ハッサン王子の隔離場所兼、他国に対して『魔法研究はやってますよー』って姿勢を見せるためだけのハリボテだ。
今のところ『成果を見せろ』なんて言われる事はない。
最低限、新兵に教育してたらクビにはならんだろう」と。
ハッサン様は魔法に対して全く興味を持っていない。
どうやら『最大の関心事』として、『カモメ亭』というショーパブの『ライラ』という踊り子に熱を上げているようだ。
その『ライラ』という踊り子を自分のハーレムに加えるつもりのようだ。
その情熱の一割で良いから魔法の訓練を・・・止めよう、正直、ハッサン様には魔法に関わって欲しくない。
とある朝、全く仕事に興味を見せないはずのハッサン様が、私の部屋へ来た。
「シルバーウルフがどこにいるか知らないか?」との事だ。
シルバーウルフと言えば、個体数が非常に少なく、目撃例も狼系のモンスターの中では極端に少ない事で知られている。
私が宮廷魔法使い見習いとして支えていた小国の領土の隣に、一応王国領の寒村がある。
敵国の境界線、などはなく『お隣さん』という感じで普通に交流があった。
逆に小国が王国に併合されてから交流が途絶えて、寒村は困窮したらしい。
そんな事はともかく、その寒村に隣接している森があり、その森にはシルバーウルフが生息しているらしい、そんな話をハッサン様にした。
「間違いなくその森の中にシルバーウルフがいるのか?」とハッサン様。
「いるんじゃないですかね?
近隣の寒村じゃ、シルバーウルフを神様として崇めているみたいですよ?
でも毛皮とは無縁ですね」と私。
「ん?何で?」とハッサン。
「だって村じゃシルバーウルフは神様として崇められてるんですよ?
そんなもん殺したら村じゃ大騒ぎになるじゃないですか」
「そんなもんは我は知らん。
じゃあそのシルバーウルフを狩る事にするか!」とハッサン。
清々しいまでのクズっぷりを見せるハッサンをランドは一瞬尊敬しそうになる。
こうしてハッサンは寒村の村長にシルバウルフ狩りを命じ、その命令に従わなかった村長に処刑を言い渡した。
村長の処刑の中止を嘆願したのが、村長の元で育てられた兄弟のダラスとベガスの弟であるベガスだ。
村長のかわりにシルバーウルフ狩りのために森に入ったベガスはシルバーウルフの毛皮を持って森から帰ってきた。
しかし『森の守り神』を殺したベガスを村人達は許さなかった。
村を追放されたベガスは行方不明に。
ベガスの兄『ダラス』は行方不明になったベガスの経緯を追う。
そして行方不明事件の原因が『ハッサン王子』であることを掴む。
ハッサンを殺してしまいたいが、王族の殺害は『一族郎党だけでなく、親しくしている者全て斬首』という刑罰だ。
血縁はほとんどいないが、寒村の村長やダラスを慕っている軍部の部下が処刑されるのはダラスの望むところではない。
この恨み、どうやってはらそうか?
!
そうか!
自分で手を下そうとするからいけないんだ!
『ハッサンは調子に乗りやすい』『ハッサンはどうしようもないアホ』というパーソナルデータを利用すれば、勝手にハッサンは自滅していくんじゃないか!?
こうしてダラスによる恐るべき『ハッサン抹殺計画』が幕を明けた。