第77話. 一羽と悩み話
クロノスがエンデと対峙し、彼が放った「教団のある行事を壊滅させたい」という一見すると突拍子もない、しかしその奥底には確かな真実味と揺るぎない決意を孕んだ言葉の真意を探っていたまさにその同時刻。
一方その頃、何も知らぬセシルは、ノエルに引っ張られるまま、案内された城内の一室――おそらくはノエルの私室にあたるであろう空間に、静かに身を置いていた。
そこはまるで心地よい静寂に包まれた空間で、どこか落ち着いた雰囲気が漂っており、セシルはその空間に足を踏み入れると、少しの間立ち止まり、まるでそこが自分の新しい場所であるかのように、周囲を眺め回しながら安堵の息を漏らしていた。
そして、ノエルに渡された着替えをセシルはせっせと袖を通しながら身支度を整えている一方で、別の部屋で腰を落ち着けたノエルは、寝巻きから一足先に着替えを終えていた。
下ろしたままだった髪を束ねるために手元のブラシを滑らせながら丹念にとかし、ドレッサーに据えられた鏡に向かって髪型を整えながら何かを飲み下すように「はぁー」と深く長い吐息を零していた。
その息を吐き出した後、ノエルはほんの少し疲れたように目を細め、視線を鏡から外すと、周囲に溶け込むように静かな時間が流れていた――その時。
「ヒチチチ!」
「あっ、鳥ちゃん!」
ノエルはふと声がした方を見やると、そこにはセシルと共にキッチンからやってきたあの小鳥が、ふわりと羽を揺らしながら軽やかに宙を舞い、やがてドレッサーの上にひょいと着地すると、そのまま少し小さく弾むような歩みでノエルの方へ歩み寄ってきた。
小鳥の足取りには、どこか得意げな風情が漂い、その小さな体を誇らしげに揺らしながら進んでいる様子は、まるで「参上!」と言わんばかりに堂々としたものであり、まるで何かを誇らしげに主張するかのように、少し背筋を伸ばして歩を進め、その姿勢にはどこか自信が漲っていた。
「......」
ノエルはその姿に、最初は少し驚いたように目を見張り、その動きに思わず目を奪われてしまったが、次の瞬間、まるで何かを見つけたかのように、急に表情が柔らかくなり、口元にふっと笑みを浮かべた。
「ぷっ......あっははっ! なにその頭、めちゃくちゃぼっさぼさじゃん!」
ノエルの視線の先にあったのは、どうやらセシルの肩に乗ったままキッチンから走ってきた際に、風に煽られて羽毛が膨らんでしまい、まるで綿毛のように全身がぱやぱやと膨れ上がった小鳥の姿だった。
その不思議で、どこか滑稽さを感じさせるような乱れ具合が、ノエルの胸の奥から自然と笑いを引き出し、笑い声を零しており、それに小鳥は短く「ピッ...」と不満げな声を上げ、全身を小刻みに震わせながら懸命に羽毛を整えようとしたものの、その姿さえもなんだか愛嬌たっぷりで、ノエルの笑みはさらに深くなった。
「にゃっはは。ごめんごめん、でもふわもこで、かわちいのには変わりないからね!」
ノエルは冗談めかして、その愛らしい小鳥を宥めるように言葉をかけると、手元にあったブラシをそっとドレッサーの上に置き、今度は愛おしむように小鳥を見つめながら、指先を伸ばしてその柔らかな羽毛を優しく撫で始めた。
指がそのふわふわした羽根をなぞるたびに、小鳥はふにゃりと身体を傾け、胸を小さく上下させながらその心地よさを全身で味わっている様子で、まるで「もっと、もっと」とねだるように、さらに頭を押しつけてくるその仕草に、ノエルは思わず口元に満面の笑みを浮かべていた。
「ぅわはぁ、やっぱり~この手触り、癒される~」
ノエルの声には、うっとりとした響きがこもっており、その声が部屋の空気を柔らかく包み込み、まるで時間がゆっくりと流れていくかのような、穏やかな雰囲気が広がっていった。
しかし、その甘美な時間の中で、小鳥は突然顔を上げ、小首をかしげるようにして短く「ヒチチ?」と鳴いた。
その鳴き声には、どこか問いかけるような響きがあり、それを感じ取ったノエルは撫でる手を止め、少しだけ表情を曇らせながら低く呟くようにその言葉を漏らした。
「......やっぱり、さっきの態度のこと、不思議に思うよね~」
その言葉は、明らかに小鳥に向けた答えであり、同時にノエル自身の心の奥でくすぶっていた疑問を吐き出すような、独白のようなものであった。
小鳥はその微妙な空気の変化を敏感に感じ取り、驚いたように「ピピッ!」と鋭く鳴き、素早くノエルの指先から距離を取ると、後ずさりしながら、じっとその瞳で彼女を見つめていた。
ノエルはその小鳥の反応を受けて、少し首をかしげながら、どこか過去を懐かしむように楽しげに口を開いた。
「実はね、なんとなくだけど、ちょっとだけ分かるんだよね。 あたしにもいたもん、そうやって頑張って気持ちを届けてくれた子。......ちっちゃくはなかったけどね!」
ノエルはそう言いながら、体をゆっくりとドレッサーに預け、手を伸ばして小鳥の尾の先を撫でようと指先を伸ばした。
しかしその時、小鳥は短く「ピッ...」と鳴き、何かを思うように目を細めると、そのままごろんと横倒しになってお腹を見せ、信頼を示すかのような無防備な姿勢で身を寄せてきており、その仕草にノエルは口元を僅かにほころばせ、間を置いてぽつりと呟いた。
「ねぇ、ねぇ。あのねっ......カミュロと話してたんだ。自分の事を正直に話せるかって......」
「ヒチ」
小鳥はまるで相槌を打つかのように、短く鳴きながら、足先を微かに動かして次の言葉を静かに待っており、ノエルはその小鳥の反応を受けて、ゆっくりと顔をドレッサーの天板に近づけ、視線を小鳥に向けたまま、話を続けた。
「そしたらね......そしたらよ。堂々と『言える』とか言い出すし、ちゃっかりセシルに話し始めようとしてるし......」
そこで、ノエルは一度言葉を切ると、まるで自分の気持ちを整理するかのように顔を伏せたかと思うと、唐突に胸の奥で燻っていた怒りが再び勢いよく火を吹くように心を駆け抜け、息を荒げながら、勢いよく「うみゃーー!!」と声を張り上げた。
その叫びはまるで、自分の中に溜まった感情を吐き出すための解放のようで、その声に合わせて身体をぐいと起こし、ドレッサーにもたれかけていた上半身を跳ね起こすように動かし、まるで野生のレッサーパンダが敵を前に威嚇するような、愛嬌と迫力が同居する、どこかユーモラスでありながらも力強い動きで座ったまま両腕を勢いよくバサッと広げた。
「ヒチチチ!!」
その迫真の動きに反応するかのように、小鳥もぱっと起き上がると、そのまま翼を大きく広げ、甲高い声を上げながら、まるでノエルの動作を真似するように羽ばたき始めた。
まるで一人と一羽の間で即興の威嚇合戦が始まったかのような、賑やかで少しコミカルな空気が広がっていき、その場にいたすべての時間が少しだけ柔らかく、温かいものに包まれていった。
「うぬぁぁ~~!!」
様々な思いが彼女の体を動かす原動力となって、腕を勢いよく伸ばしていたが、やがてそのすべての感情が収束し、胸の中で熱が引いていくのを感じ取ると、「ハッ!」と短く息を吸い込み、まるで正気に戻ったように慌てて腕を引っ込め、今度は指先で自分の前髪の数本をつまみ上げる仕草をしながら、気持ちを整えるように再び静かな口調で話を続けた。
「むぅ......なんでよ......あたしは、こんなに言い出すのが......」
ノエルは、言葉を切った後、まるで肩の力が抜けたかのようにがたんと肩を落とし、目線をふと下に泳がせると、ほんの一瞬だけ息を潜めるようにして黙り込んでた。
だが、次の瞬間じっとこちらを見上げていた小鳥の瞳が視界に入ると、その小さな存在に背中を押されたかのように、勢いよく顔を近づけ、胸の奥から溢れ出る感情を一気に吐き出すように、早口でまくし立て始めた。
「そうだよっ! ねぇ、聞いてよ! カミュロって、他人をそう簡単に信用するような人じゃなかったんだよ?! それなのに、なんで?! なんでセシルにはすぐに......まさか......かわいいから?! ――かわいいけどもっ!!! それとこれとは別でしょー!!!」
「ヒチチ......」
頭を抱え、今にも勢い余ってその額をドレッサーに打ち付けてしまいそうなノエルを目の前に、小鳥は困ったように短く鳴き、まるでその混乱に付き合っているかのように目を細めながら、ゆっくりと広げていた翼を畳んで、静かにノエルのもとへと歩み寄ってきた。
そして、片方の翼をそっと広げ、その羽先でぽんぽんと軽く触れるようにして、ノエルを慰める仕草を見せた。
その優しい動きに、ノエルはしばらくその手のひらで小鳥の羽毛を感じながら、「うむ、ありがとう」と声を落として応えたものの、しんみりしすぎることはしないように、またも小鳥に向かって「ヒチチ?」と鳴き声を立て、何かを尋ねるように身を寄せた。
「......んにゃぁ、確かにセシルの方こそ何も話してくれてないよ。でもさ――お互い何も知らず、聞かずに過ごすってどうなのって......いや、あたしの力が暴走したせいで色々と察せられちゃったことはあると思うけど。それでも、気を使っているのか聞こうともしないじゃん......」
そう言って一度言葉を切ったノエルは、ドレッサーの上に置いてあったブラシを「ふんっ」と小さく息を吐くように勢いよく掴み取り、感情のまま髪をとかしながら三つ編みを作るための束を分け始め、その手を動かしつつも小鳥に向けて思いを零し続けた。
「セシルが話さないから、あたしも話さないって思えれば、こんなに悩まなかったと思うよ。でもさ......あたしだって、セシルがどんなふうに笑って、どんなことを思ってるのか、ちゃんと知りたいんだよ! 見てたでしょ?! セシルとカミュロなんて、契約悪魔のことを『実はお互い察していました~』って感じで! 挙句の果てにはあんな和気あいあいとしてて......いつの間に!」
「ピッ!」
小鳥が短く鳴き、相槌を打つように反応を見せる中、ノエルは言葉では怒りとも焦りともつかぬ響きを帯びながらも、その手つきは驚くほど丁寧で、あっという間に三つ編みを整えてしまうと、レッサーの端に置いてあったリボンを足で踏むようにして器用に引き寄せ、それを手に取りながら再び小鳥に視線を向けた。
「それに、『察してました』と言えばよ......昨日、暴走した力が落ち着いた後、カミュロが来てくれた時に聞いたもん。セシルの体中にあるあの痛々しい傷の事。そしたらさ......」
「ヒチチ?」
すると、髪を結び終えたノエルは、小鳥に向かって一瞬「ふふん」と得意げな笑みを浮かべ、顎に手を添えると、急に声色を低くしてキリッとした表情を作り、まるでカミュロをそのまま模写するかのような調子で語り始めた。
『......俺自身が経験していたから分かる。あれは単なる暴力によるものではない。まるで、不特定多数からの様々な痛みをそのまま自分に縫い付けたような。......ただ、本人の意思が変わらない限り、誰にもどうにもできない代物だろうな。キリッ☆』......って!! うみゃゃぁぁ、キリッ☆ってダサいことは言ってないけど~!」
「......」
そう自分で自分に突っ込むように叫びながら、椅子の上で足をばたばたとさせ、両手で机をぱしぱしと叩くノエルの様子に、小鳥は思わず呆れたように目を細め、何も言わずに首を小さく傾げた。
その動きが、どこか優しさを感じさせ、まるでノエルの感情が少しでも落ち着くのを待つように静かに見守っているかのようだったが、ノエルはお構いなしに、ますます言葉を畳みかけていった。
「あの口ぶり、絶対何か確信してるじゃんーー! ばかぁぁ~! 一回セシルに思いっきり攻撃してたくせに、なんでそういうところは察しが良いの~!」
「チッチチ~」
その叫び声が部屋を包む中、小鳥は思わずくすくすと笑うように、高い声で返事を返し、さらにノエルの机を叩く手元に向かって体を寄せながら、そのまま彼女の高ぶった感情を少しでも落ち着けるように、優しく羽毛を触れさせた。
「鳥ちゃん......」
ノエルはその温もりを受けると、軽く撫で返し、少しだけ深く息を吐いて声色を落とすと、静かに告げた。
「......うしっ、ありがとう。正直、鳥ちゃんの言葉、全部分かってたわけじゃないけど......自分なりに話して、それを聞いてくれて、ちょっとスッキリできたかも」
そう言って、ノエルは椅子からすっと立ち上がると、すぐ傍らに立てかけてあった弓に手を伸ばして、それを器用に折りたたんで背中に背負った。
「......うっし」
そして、まるで何かを決心したかのように前髪をぎゅっと掴むと、まるで心の中で何かが固まったかのように、強い決意を込めるようにその手を握りしめた。
「......とにかく! あたしだってセシルみたいに黙って、何も気にしなければ楽なんだと思う。 でも、あの優しさを受けてると......黙ってるのが逆に苦しくなるもんっ!」
そう言いながら、ぐしゃりと掴んでしまった前髪をゆっくりドレッサーの鏡で整えると、静かに見守っていた小鳥へと視線を向け、心の中で整理された思いを少しずつ言葉に乗せて重ねていった。
「だって、ここ数年カミュロ以外から感じなかったような温かみだし。 あたしを庇って街の人に殺されそうになったり、変な力を見ているのに......何も言わないで優しく接してくれる。そんなセシルに言いたいの!」
その言葉は、ただの愚痴や叫びではなく、ノエルの心の奥底から形を成してきた決意のような響きを帯び、胸の内に溢れる感情を抑えきれずに吐き出すような勢いを持っていた。
そんな彼女を静かに見守っていた小鳥は、その優しげな姿勢を崩すことなく、嬉しそうに体を左右に小刻みに揺らし、まるで「がんばれ~!」と応援しているかのような仕草を見せ、ノエルの心に少しの力を与えていた。
ノエルはその動きに背中を押されたかのように、ふっと口元に和らいだ笑みを浮かべ、指先で自分の前髪を優しくなぞると、次いでぱっと顔を上げると、小鳥に向かって満面の笑みを見せた。
「勿論! セシルの事も教えてって――それも付け加えてね!」
その声は、先程までの苛立ちや焦りが混じったものとは打って変わり、どこか楽しげで、けれど本気の思いが芯に通った響きがあった。
そんな言葉を元気よく言い放つと、ノエルは小鳥に背を向け、「うりゃぁぁー、セシルー!!」と大きな声を響かせながら、別の少し離れた場所でまだ着替えているであろうセシルのもとへ、小走りで駆けていった。
「......」
その背中を、どこか嬉しそうで安心したような柔らかな表情を浮かべて見送った小鳥は、ふと鏡に映る自分の姿を一瞬だけ見つめ、それから小さく首を横に振ると、翼をふわりと広げて軽やかに羽ばたき、ノエルの後を追って飛び立った。




