第71話. 沈黙と本音
「あの、その耳と手元の子......もしかして先程一気に寒くなったのと関係ありますか?」
おずおずと問いかけたセシルの言葉に、ミレイアは肩をビクリと震わせ、驚いた様子でこちらを見たかと思うと、すぐに視線を逸らしながら恐る恐ると申し訳なさそうに耳をぺしょと下げて口を開いた。
「ご、ごめん、やっぱり......寒かったよね。うん、その......ぐうの音も出ないくらいの大当たり、です」
声の調子もどこか縮こまるようで、居心地悪そうにしながらミレイアはセシルから視線を外し、代わりに今も不満げに彼の手の中で首根っこを掴まれている、小さな狼のような氷でできた存在を見下ろした。
すると、その小さな存在もまた、じっと不服そうな瞳でミレイアを見返しており、互いに視線を交わし合うその様子は、どこか微笑ましくもあり、セシルの胸の中で張りつめていた困惑が、ふっと溶け、思わず頬がゆるみ、自然と笑みが溢れていた。
「ふふっ、ゆっくりでいいですよ。何なら、わたしもちょっと座りたいので、それからお話し、聞かせてください」
セシルは、城の事を聞く際にミレイアにかけられた「ゆっくりでいいよ」という優しい言葉をそのまま返すように柔らかく言いながら、足元に転がったままになっていた椅子を拾い上げようと、自然な動きで背を向けた。
(はわぁぁ......ミレイアさんのお耳、触れそうな距離にあったな......触らなかった自分、偉いぞ!)
つい先程まで、深く頭を下げていたミレイアの頭から覗いていた、あの氷の結晶を纏いながらも柔らかそうな耳の感触が、指先をほんの少し伸ばせば届く距離にあったことを思い出し、内心で妙なテンションのまま自分を必死に褒めていた。
真剣に謝罪している相手にそんな失礼な真似をせずに済んだことを自分で自分を称えつつ、けれどほんの少しだけ名残惜しさも感じながら、セシルは両手で椅子をしっかりと持ち上げた。
だが、そんな時、不意に頭上から「クルル...」と小さく愛らしい声が聞こえ、思わず顔を上げると、そこには翼をはためかせながら、どこか不安げに首を傾げてこちらを見下ろすアリオナの姿があった。
「っ、アリオナ! さっきは助けてくれてありがとうね!」
セシルは咄嗟に満面の笑みを浮かべると、まだ椅子を両手に抱えたまま、氷の存在が襲いかかってきたその瞬間、間一髪で押さえつけてくれたアリオナの姿を思い出し、心からの感謝を伝えた。
「クルル♪」
すると、アリオナはどこか安堵したかのように瞳を細め、嬉しげに鳴くと、小さく羽を揺らしながらその想いを受け止めてくれた。
その仕草が可愛らしくて、セシルは思わず微笑みながら、椅子を元の位置に戻そうとゆっくり歩き出しつつ、続けて冗談めかした声をかけた。
「ふふっ、アリオナは本当に強いんだね。もしかして、魔獣に囲まれたって、バッサバッサって、薙ぎ倒しちゃうんじゃない?」
そんなアリオナは、小さく体を震わせながらも、どこか得意げに胸を張り、まるで「当然でしょ!」とでも言いたげに、満足そうな表情を浮かべて「クルックルル〜!」と軽やかに首を縦に振っていた。
その姿はどこか誇らしげで、まるで自分こそがこの場を守る騎士なのだとでも言いたげな無邪気さがあり、セシルはその様子に思わず笑みを深めていた。
「もしかして、本当にできちゃうの? やだぁ、頼もしいね〜」
からかうようにそう言いながらも、セシルの声には自然と温かさが滲み、まるで長年の友人に向けるような柔らかい微笑みを浮かべながら、ようやく椅子を元の位置へと戻し、腰を下ろそうとした——が、ふと、何かに射抜かれるような強い視線を感じ取り、彼女はその動きを思わず止めてしまった。
(......すっごい、警戒されているような)
少しだけ戸惑いながら視線を彷徨わせると、目が合ったのは先程までミレイアが掴んでいた、氷でできたかのような不思議な存在が、セシルが座ろうとしていた椅子の向かい、ちょうど正面の椅子の上にうずくまるようにして身を低くし、じっとこちらを見据えていた。
硬く結晶化した身体はまるで氷の彫刻のように冷たく、細い唸り声を低く響かせるその姿からは、はっきりとした警戒心が感じ取れた。
「あ、あの......わたし、座っても大丈夫ですか?」
セシルは、気まずさを隠せないままおそるおそる声をかけると、ミレイアはハッとしたように顔を上げ、どこか申し訳なさそうに肩をすくめると、すぐに俯いたまま、微かに苦笑しながら言葉を返した。
「本当に、重ね重ねごめん。これでも一応、君が信頼できるって、この子に言い聞かせたつもりなんだけど......」
ミレイアの伏せられた視線の先には、やはりじっとこちらを睨むような目を向ける氷の存在がいて、その小さな体はぴくりとも動かないまま、まるで自分の役割を忠実に守る番犬のように見えた。
(うーん、これはむしろ座っちゃ申し訳ない気がしてきたな......)
そんな様子に一瞬たじろぐセシルだったが、すぐに背後から羽音が聞こえ、アリオナが彼女の背をそっと押すようにして「座っていいよ!」とでも言いたげに、優しく彼女を促してくれたことに気づいた。
それに、少し安心したセシルは「ありがとう」と小さく囁くと、ようやくセシルはそっと椅子に腰を下ろし、ようやく落ち着いてミレイアへと視線を戻しながら、どこか穏やかで、しかし自然な好奇心を滲ませながら口を開いた。
「その子、さっきまで居ませんでしたよね。一体どこから?」
すると、ミレイアは「はぁ」とどこか気の抜けたようなため息を微かに漏らすと、セシルから決して目を離さないまま、椅子の上で低く唸り続ける氷の存在の頭を、やや乱暴とも思えるほどに、くしゃりと手のひらで撫でながらゆっくりと口を開いた。
「まぁ、その......寒さのことも、オレの耳のことも、見事に全部バレちゃってたしさ。こうなったら、隠さずにまとめて打ち明けちゃうけどさ」
そう言いながら、彼は僅かに顔を上げ、困ったような観念したような笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「今ここにいる、この氷でできてるこの子も、さっきの急な温度の変化もさ。実は全部、オレが持ってる固有の力が、ちょっとした感情の動きに反応して、無意識に形になっちゃっただけなんだ」
「あ、だからあの時——」
その言葉を聞いたセシルは、セシルが襲われそうになった直後にミレイアが真っ先に謝罪していた時の言葉——『本当に、ごめん!! オレが、ちょっと変な感情になってたせいで』という、あの断片的な叫びがふっと甦ると、その意味がようやく腑に落ちるように静かに頷いていた。
(そっか......クロノスさんの鎖やカミュロさんの水や大剣のように、今のは全部ミレイアさんから生まれてた力か。 それにこの子は、ただの知り合いってわけじゃなくて、エリスさんにとってのアリオナみたいに、きっと特別な存在なんだ。相棒みたいな、ずっと一緒にいるのが当たり前の、そういう関係なんだね......)
セシルは正面で未だに警戒の目を向ける氷の存在からの鋭い視線を真っ直ぐに受け止めながらも、自然な笑みを浮かべ、ほんの少しだけ表情を和らげていた。
彼女のそうした様子を目にしたミレイアは、張り詰めていた何かがふっとほどけたように肩の力を抜き、安堵した様子でわずかに微笑むと、彼が途中まで切っていたパンや、冷めかけたスープの存在を思い出したかのように軽く背を向け、再び静かに手を動かし始めた。
(......ん、あれ。でも、あの発言って?)
だが、そんな穏やかな空気の中で、セシルはふと首を傾げ、微かな違和感が脳裏を掠めたのを無視できず、ゆっくりと唇を開いた。
「そういえば......さっき言ってた“変な感情”って、まるでこの城の深淵について知っているような態度。もしかして、わたしに話してくれたこと以上に何か重要な事を隠してます?」
——ノエルやカミュロ以外、信頼してまともに言葉を交わせる人間がいないという現状。新しい王が即位した時期に、何かが大きく変わり、人が入れ替わり、同じ頃からノエルからは“何か”が歪み出していたこと。
ミレイアから聞かされた数々の話の中で、最後に彼が口にした、『オレだって、これらが......ただの偶然だって思えたら......どんなに楽だったか......』と言うあのどこか湿っぽく、乾いた自嘲を帯びた言葉だけが、どうにも胸に引っかかり、忘れられずにいた。
すると、椅子の上でただ低く唸り続けていた氷の存在は、その瞳をさらに鋭く光らせ、今にもテーブルに乗り上げてセシルへと飛びかかろうとするかのように、しなやかで研ぎ澄まされた獣のような体勢を取っていた。
セシルはそれに気づくや否や、咄嗟に身体が反応し、思わず椅子に座ったままではあったものの、まるで猫が威嚇するかのように小さく拳を握りしめ、両手を上げたファイティングポーズを取っていた。
「はいはい、みんな戦闘体制に入らないでください~」
ミレイアは、ぴりついた空気を感じ取ったのか、まるでいたずらを仕掛けようとする子供をたしなめる親のように、氷の存在に向かって軽く首を振りながら、器用に片手でその耳をつまんで引っ張り、落ち着かせようとしていた。
そして、その間にも彼はふとセシルの方に視線を向けると、今度はいたずらっぽく、けれども優しい微笑みを浮かべ、場の緊張を和らげるかのように静かに口を開いた。
「せっかくの鋭い質問で、ちょっとビックリしちゃったけどね。その質問には答えられないかな。 ほら、最初に言ったでしょ?都合がいい問いには答えるって」
その静かで冷静な一言は、確かな線引きを感じさせるもので、セシルはその言葉に一瞬ぽかんとした後、じわじわと自分の行き過ぎた発言に気づいたように、みるみるうちに頬が赤らんでいくのを感じた。
慌てて両手を宙でバタつかせながら、すぐさま身を引くようにして先程の猫のようなファイティングポーズを解くと、「また余計なことを聞いてしまった...」と気まずさと恥ずかしさが入り混じったような表情を浮かべ、困ったように俯いていた。
しかし、そんな彼女の様子を目にしてもミレイアは微笑みを崩すことなく、むしろ目尻を少し柔らかく細めると、ゆっくりとした優雅な所作で、もう片方の手に持っていた皿を彼女の前にそっと差し出し、そのままテーブルの上へと静かに置いた。
「そんなに落ち込まなくていいよ。聞けるうちに聞いておこうっていう君の行動力は、見てるこっちとしては、なんだかちょっと嬉しいくらいだからね。 はい、こんな空気の中で出すのは忍びないけど、よかったら食べて!」
その皿の上には、香ばしく焼き上げられた丸いパンが乗せられており、パンの中心部分は美しくくり抜かれ、その中には湯気を立てる温かなスープが並々と注がれており、くり抜いたパンの欠片は乱雑さのない綺麗な配置で、皿の隅に丁寧に添えられていた。
「っ、もしかしてこれ......スプーンを使う代わりにパンをスープに浸して食べるってことですか?! ありがとうございます!」
セシルはすぐにその意図を理解すると、目を輝かせながら満面の笑みを浮かべ、まるで子供のように嬉しそうに声を弾ませていた。
そして、そのままそっと手を伸ばし、パンの欠片を一つ摘み上げると、慎重にスープに浸し、柔らかく染み込んだ部分をほんの少し口に運ぶと、温かなスープの香りと、ふわりとしたパンの柔らかさが口の中いっぱいに広がり、冷えた身体と心がじんわりと温かさに包まれていくような幸福感がセシルの表情をさらに柔らかく変えていった。
ミレイアは、セシルがパンを小さくちぎってはスープに浸し、頬をほころばせながら口に運ぶその仕草を、どこか微笑ましげに、けれども決して邪魔をしないような静かな眼差しで横目に見つめていた。
相変わらず片手は氷の存在の耳をくすぐるように軽く引っ張り続けながら、表情には先程までとは違う、どこか安堵の色が滲ませながら、優しさと温かさが織り交ざった穏やかな眼差しを向けていた。
しかし、そんな柔らかな空気の中でも、彼はやがてふっとその笑みをほんの僅かに和らげると、相変わらず気負わないような、どこか寂しさを含んだ声音で、言葉を続けた。
「とにかく、オレからはさ。この城についてもっと知りたいと思ってるなら、君が思ってる以上に、いや――君がどんなに構えていても足りないくらいには、気をつけてほしいってこと。それに、できることなら......今のこの異常な状況を、変えていってほしいっていうのが本音。けどさ......」
そこで彼は、ほんの少しだけ言葉を切ると、氷の存在の耳から手を離し、ゆるやかに尻尾の動きを止めていた。
その仕草には、からかいの色はもう残っておらず、代わりに、どこか遠い過去を振り返るような、微かな寂しさと、それでも目の前の彼女にだけは本音を漏らしてしまいたくなるような、そんな不器用な優しさが滲んでいた。
「......それと同時に純粋な君にはさ、これ以上――危ないことには踏み込んでほしくない、っていう想いもあるんだよね、なんて」
その最後の言葉は、まるでぽつりと静かな響きを持っており、セシルは思わずパンを口に運びかけたまま、そのまま手を止めて彼の方へと視線を向けていた。
彼女の大きな瞳がきょとんとした色を宿し、首をかしげると、ミレイアはそれに応えるように、ふっと肩の力を抜き、小さく首を横に振ると、今度は自分もまたコテンと首を傾げ直し、まるで「気にしないで」とでも言うかのように、優しい微笑みのまま、彼女の視線を真っ直ぐに受け止めていた。
________________________________________
——時間は少し遡り、月光が静かに差し込む、冷えた廊下の中。淡い銀の光に照らされながら、セシルは壁にもたれ、静かに小さな寝息を立てながら、無防備な姿で眠りについていた。
その微かな吐息は、微かに揺れる彼女の髪の毛と共に、穏やかで柔らかな夜の空気に溶け込んでおり、どこか儚さすら感じさせるようだった。
やがて、静寂に包まれた廊下の奥から、コツリ、コツリと靴音が規則正しく響きはじめると、次第にセシルに近づいてきた。
「待たせたな。ノエル様は無事に...............まさか、寝てるのか?」
その声の主――カミュロは、手にしていた小さな箱を丁寧に床へと置くと、膝をつき、セシルのすやすやとした寝顔を覗き込むようにして、じっと彼女を見下ろしており、そこには、僅かな苦笑いと、言葉にはしないが内心では呆れつつも微笑ましさを覚えているような、そんな柔らかな気配が漂っていた。
彼はひとつ、静かにため息を吐くと、眠る彼女を起こすためか、もしくはそのまま抱えて運ぶつもりだったのか、迷いながらも優しく手を伸ばしかけた――が、その指先が触れる直前、ふとセシルの肩の上で何かがわずかに動くのが視界の端に映り、思わず手を止めた。
「鳥......?」
そこには、小さな鳥がちょこんと座り、まるで自分の居場所だと言わんばかりに、ふわふわとした翼を広げたりすぼめたりしながら、彼女の肩にしっかりと居座っており、カミュロは訝しげに眉を顰め、「どこから入り込んだ」とでも言いたげに、小鳥と目を合わせていた。
一人と一羽が、言葉にならないまま視線を交わし、静かに時間が流れるその瞬間。突然、寝ていたセシルの首がゆっくりと傾き、まるで重力に引かれるように、小鳥のいる肩にコテンと倒れ込んだ。
「ヒチチチ!!」
倒れてきた重みで潰されることはなかったものの、小鳥は慌てたように甲高く鳴き声を上げながら、ふわりとした周りを覆う羽のクッションに守られる形で、ぽふっと柔らかな音を立てながら、その小さな頭がセシルの頬に埋もれてしまった。
そんな状況に小鳥は驚きと戸惑いから翼をバサバサと小さな身体を揺らしながら、必死に抗議するかのように羽音を響かせるが、当のセシルはまるで気づく様子もなく、そのまま眠り続けた。
そんな、騒がしくもどこか微笑ましいやり取りを、目を細めながら静かに見つめていたカミュロは、やがて堪えきれなくなったのか、手を口元にそっと添え、くくっと小さな笑みを漏らしていた。
彼の笑みは嘲りでも皮肉でもなく、むしろあまりにも平和で温かすぎるその光景に、知らず心をほどかれたかのような、ごく自然なものであり、その表情は月明かりに淡く照らされ、どこか優しさすら滲ませている。
するとカミュロは、両手にはめていた黒のレザーグローブの片方を丁寧に外すと、露わになった素肌の指先を、小鳥に向けてそっと差し出した。
「ほら、こっちに来い。中々起きないそこにいる人の手当てをしなくてはいけないからな......それに、それ以上そこにいれば、本当に潰されてしまうぞ」
すると、バタバタと抗議するように暴れていた小鳥は、不思議そうに首をかしげた後、まるで彼の言葉を本当に理解したかのように、ふいに動きをぴたりと止め、大人しく肩から身を捩らせて抜け出すと、軽やかに羽ばたき、カミュロの差し出した手の上に、ちょこんと乗ってきた。
そのあまりに素直な行動に、カミュロはふっとまた小さく笑うと、小鳥を傷つけぬようにゆっくりと手を引き、そのまま自分の肩の上へと鳥を下ろして、優しく言葉を添えた。
「ここで、大人しくしてろよ」
その言葉の意味を理解したかのように、小鳥は小さくこくりと首を傾げると、すぐに羽音を鎮めて大人しく彼の肩へと舞い降り、ふわりとその小さな足で止まり、静かに羽をたたんでいた。
カミュロは、肩の上で静かに羽をたたむ小鳥の様子をちらりと横目で確認しながら、ふたたびその視線をセシルへと戻すと、今度はもはや一切の躊躇いを見せることなく、穏やかな手つきで、彼女の首の後ろへとそっと手を回し、丁寧にすくい上げるようにしながら、自らの胸元へと優しい力で引き寄せた。
「失礼するぞ......」
低く静かで、まるで誰かに許可を取るというよりは、彼自身が踏み越えようとする一線への覚悟を、内に向かってそっと呟くような響きを帯びさせた声で話しかけると、ゆっくりとその指先でセシルの漆黒の髪を丁寧にかき分けていった。
やがて彼の視線は、髪の奥深くに隠されていた包帯へと静かに辿り着き、月光に照らされて淡く輝くその白の中に、微かに滲む乾きかけた血の染みを見つけると、ほんの僅かに瞳を細め、薄く息を吐きながら低く呟いた。
「......やはり、傷が開いているな」
彼の指先は、それでも包帯そのものには触れずに、ただそっとセシルの髪を元通りに整えると、彼女の身体が再び崩れ落ちることのないよう、しっかりとその小さな肩を支え続けたまま、手慣れた動きで傍らに置いていた小さな箱へと手を伸ばし、そこから新しく清潔な包帯を取り出した。
「......」
しかしそのとき、不意にカミュロは、何を思ったのかほんの一瞬だけ動きを止め、セシルの細い肩に優しく手を添えたまま、無意識のうちに指を止めると、その小さく儚い体躯から伝わる微かな温もりを、まるで何かを確かめるかのように掌の奥で静かに感じ取っていた。
ほんの刹那の沈黙の後、彼はふと我に返るように短く息を吸い、己の額に指先をそっとトントンと軽く当てると、胸の内に湧き上がりかけた、戸惑いとも疑念ともつかぬ、掴みどころのないざわめきを静かに押し殺し、再び無駄のない動きで新しい包帯を静かに交換し始めた。
静まり返った夜の廊下には、包帯の擦れる微かな音と、セシルの穏やかで規則正しい寝息だけが、遠い浜辺に寄せる波の音のようにかすかに響き渡り、淡く射し込む月光の下、二人と一羽の影は、ただ静かに、そして永遠に続くかのように長く長く、廊下の奥深くへと伸びていた。




