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記憶喪失のわたしが契約悪魔と精霊を追う理由  作者: 黒月セリカ
第二部. 王女と剣士の誓い : 歪めし片目と契約悪魔の暴走
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第69話. 例外的な扱い



「......いいよ。オレにもね、“存在を知られたくない”って思うだけの理由があるからね。だから、そうだね......都合がいい問いには、答えてあげてもいいかな」


ミレイアは、まるで何気ない仕草のように尻尾をくるりと巻き上げたが、その身体の周囲には、ふとした瞬間に肌を刺すような冷えを孕んだ空気が漂い始めており、その違和感のある空気の流れに、セシルは反射的に息を呑んでいた。


そしてその直後、ミレイアはわずかに目を伏せ、まるで何かをやり過ごすように小さく息を吐くと、最初に会って話していた時のように明るい笑みを浮かべて、唐突に軽やかな調子で話し始めた。


「まぁまぁ。そんなに構えなくても大丈夫だよ!ここで話したことを誰かに言うなんて、そんな事絶対にないし。それに、ここからは嘘をつくつもりもないからね」


そう柔らかくセシルに投げかけると、ミレイアは温めていた鍋の方に振り向くと、近くにあった皿を片手に、手際よく鍋からスープのようなものを掬い、そのまま少し高い位置から入れていた。


そして、皿を片手に持ったままパッと振り返ると、セシルの近くに鎮座していたアリオナに視線を送って話しかけた。


「ほら、アリオナ用のスープだよ!ごめんよ~、小さい皿しか見つからなくてさ」


「クルル~♪」


アリオナは小さく翼をパタパタと揺らしながら、全身を使って嬉しさを表現するように動いたかと思うと、セシルの足元から少し距離を取って、「ここに置いて!」とでも言いたげに、両足を交互にパタパタと小さく踏み鳴らしてアピールしており、その微笑ましい様子に、ミレイアもどこか楽しげに尻尾をふりながら、アリオナの前にそっと皿を置いてやった。


その和やかな光景を、テーブルの上に肘をつきながらじっと見つめるセシルは、問いを口にするよりも先に、ふとした思考の連なりが自然と脳裏に浮かび上がり、その流れに身を委ねるようにして、視線を静かに落とした。


「......中央の人って、悪い人ではないのかな」


その囁きにも似た言葉は、セシル自身の耳にだけ届いたような小ささで、だが、そこに込められた思いは淡くも確かな重さを伴っており、彼女の脳裏には、城を案内されたあの時の出来事、そして廊下で出会ったゼリィナの姿が鮮明に蘇っていた。


ゼリィナが、カミュロに対して何度も「イングレアム様」と強調するように呼んでいたこと。ノエルの姿を目の前にしながらも、情報の扱いがあまりにも軽やかで、わざと外部の人間であるセシルに漏らしているような、どこか妙に“聞かせるような口ぶり”が違和感として、心の中で形を成していた。


その時、スープを入れた皿を丁寧に置き、アリオナと談笑していたミレイアが、ふとその呟きを捉えるように、大きな両耳を軽く揺らし、まるで微細な空気の震えさえ拾うかのように感知すると、肩をすくめて小さく身を揺らし、そのままセシルの方へと振り返った。


「オレのこと、悪い人だと思ってるって?」


「っ、いえ!そういう訳では!」


突然の問いかけに、セシルの肩がピクリと跳ね、慌てたようにテーブルに置いていた肘を崩し、両手を忙しなく動かしながら、同時に首を横に振って全力で否定の意を示したが、その様子がかえって可笑しかったのか、ミレイアはその反応にくすりと笑い、腕を口元に当てながらも、柔らかな声で続けた。


「無理もないよね。君視点では、中央の人間って名乗っている奴が、こうしてここで呑気に料理なんてして、挙句の果てにはここに居たことを言わないでほしいって言っているからね。怪しまれても仕方ないさ。むしろ、そういう視点を持てるのは悪いことじゃないよ」


その穏やかな笑みを湛えながら語るミレイアの姿に、セシルの胸の内には奇妙な違和感が広がっていた。


その笑顔が決して敵意を含んでいるわけではないことは分かっていたが、だからこそ、どこか取り繕われた印象を拭いきれず、表面上の柔らかさの奥に別の感情が潜んでいるのではないかという疑念が、心の片隅で静かに波紋のように揺れていた。


そして、そのまま、気づけばセシルの口からは自然と、心に引っかかっていたものが言葉として漏れ出ていた。


「その、実は中央の人に当たる方に会って。その時、外部であるわたしがいるのに関わらず、ノエルちゃ......じゃなくて、ノエル様やカミュロさんの情報を、かなり......あっさりというか、何の躊躇もなく話してきて。今、落ち着いて振り返ると、あの態度ってやっぱり変だったなって、思えてきて」


その言葉には、困惑と共に、自分の直感をどう扱っていいか分からない不安と慎重さが滲んでいた一方で、ミレイアはゆっくりと鍋へと歩み寄り、近くに並んでいた小瓶を手に取ると、そのうちの数本をスッと傾け、スープの中に静かに流し入れてながら、セシルの言葉に応えるように、落ち着いた声で口を開いた。


「......今のオレが言っても、説得力はないかもしれないけどさ。あんまり、中央の人間と深く関わらないほうがいいよ。ここであの二人が孤立して生活しているのも突き詰めれば“中央の人を信用してない”ってだけの話だからね」


その言葉に、セシルは僅かに目を細め、先程までのゼリィナの不自然な態度を思い返すように、「そうなんだ」と小さく呟いていたが、同時に彼女の中には、“同じ城内にいながら、そんなに距離があるものなのか”という、納得しきれない思いも残っており、その矛盾に眉を寄せている様子を、ミレイアは視界の端に捉えながら、目を細め、まるで続きを予感していたかのように補足するように語りかけた。


「まぁ、その“なんで信用しないのか”って話なんだけどさ......その前に、この王国の情勢がここ数年でどう変わったか、ざっくりでも知ってるかな?」


「情勢変化、ですか......えっと、最近のでしたら、数年前に先代の王が亡くなった事で王が変わって情勢も大きく変わったって事くらいしか」


セシルは髪を耳に掛けながら、以前、クロノスと情報を整理し、本来自分が目的としてここに来た理由を思い出すように、視線を天井を見つめるように上げ、思い出していると、ミレイアは耳を後ろに倒しながらセシルの言葉に頷きながら真剣な視線をセシルに横目で送っていた。


「それをわかっているなら十分。簡単な話だよ。この城で働いている、カミュロ以外の人たちは全員――先代の王が亡くなって今の王が即位したタイミングで、総入れ替えされたんだ」


「......そんな大掛かりな事を?」


セシルの問いに、ミレイアは鍋の中で静かに湯気を立てるスープをかき混ぜていた手を一瞬だけ止め、まるで反応を最小限にとどめようとするかのように、ぴくりとその長い耳を僅かに震わせる仕草を見せていたが、表情や口調に目立った変化はなく、手慣れた様子でコンロの火加減を調整していた。


(......ということは、王が代わったのをきっかけに、元々いた人たちは全員。ある種の強制によって、役職を解かれたってことになる。でも......どうして、カミュロさんだけがその中に含まれていなかったんだろう。彼だけが残された理由って、一体)


そんな思考を巡らせながら、セシルは自然と視線を、置かれた皿のそばでスープを器用にくちばしですくい、ゆっくりと味わうようにして啜っているアリオナへと移した。


翼を嬉しそうに震わせ、「クルル」と喉を鳴らしながらも、丁寧に食事を楽しむその姿に、思わず口元が緩みそうになるが、胸の奥ではどうしても整理のつかない違和感や疑念が重く沈んでいるのを感じていた――そんな時、ミレイアが再び口を開いた。


「とりあえず、今話したような事情があるってことだけは、覚えておいてくれたら十分かな。......ぁ、ちなみに。彼がなんで、あぁして例外的に残されたのか。その理由については、正直オレにもさっぱり分からないんだ。だからあんまりそのへんを深く掘り下げられると、ちょっと困るかもしれないっていうか、ね、勘弁してくれると嬉しいな~なんて」


ミレイアは言葉の端に軽い冗談めいた調子をにじませながらも、その言い回しにはどこか「触れない方がいいこと」を遠回しに示唆するような、微妙な緊張感が滲んでいた。


そしてその言葉を言い終えると、彼は鍋から少量のスープを掬い上げ、小皿に移してからそっと口元に運び、丁寧に音を立てぬように味を確かめながらも、その表情には、どこか満足げな安堵の色が浮かび、味が整ったことを確認したように尻尾を揺らしながら小さく頷いていた。


(......例外的に、か)


一方、セシルの中で、ミレイアが口にした「例外」という言葉が、まるで水面に落ちた小石のように、静かに心の奥へと波紋を広がっていた。その語感には、何か決定的な裏付けや特別な意味があるというよりは、むしろミレイア自身が本当にそれ以上のことを知らず、だからこそ無理に取り繕わずに「わからない」と口にしたような、誠実さすら感じられた。


(でも、気になっちゃうのよね。だって、カミュロさんって、あの感じ。前にクロノスさんが話してた“概念的な契約悪魔”の力を持ってる人なんだよね......)



――概念的な契約悪魔。それは、クロノスのように人型の実体を持ち、姿かたちを保ったまま契約者の傍に存在するものとは異なり、姿形を持たず、魂のように契約者の内側に宿ることで存在を保ち続ける、ある意味では最も原始的で、抽象的な契約形態とも言える存在。


その在り方は、明確な代償のやり取りが必要ない反面、契約者の心や身体、ひいては存在そのものに密接に干渉し、時に思考や感情にさえ影響を及ぼすこともあるという。その距離の近さゆえに、もはや“パートナー”というより、半ば一体化した“もう一人の自分”とも言える存在である。



思考を巡らせながら、セシルはふと、以前カミュロが戦闘時に振るっていたあの真紅の大剣を思い出していた。あの剣は、単なる武器というよりは、まるで生き物のように意志を持ち、呼吸しているかのような異様な存在感を放っており、まさしく“宿っている”という表現がしっくりくる代物だった。


更に、ノエルに連れられて城内を見学していた時に、後ろでカミュロが掌の上に浮かべていた、静かにきらめく水滴のような透明な球体を、手で掴み砕いた動作も思い出しており、それは、かつてクロノスが力を暇つぶしの際に見せた、真紅の鎖を掌に現し、それを握り締めるように一気に砕いていた仕草に、驚くほど似ていた。


そして何より、ゼリィナがセシルの前で、わざとらしく口にした一言――『契約悪魔の力を持っているだけのことはありますね』――あの言葉が、今になって改めて重みを持って響き始めており、単なる冗談や皮肉ではなく、確かな“理解”がある者の発言だったのだという確信が、じわじわと心に広がっていた。


(.......これこそ、ただの憶測にすぎない。けど、“即位”と“入れ替え”が、あまりにも都合よく同じ時期に起きたなんて、どう考えても単なる偶然じゃ片付けられないよね。仮に――クロノスさんが疑っていたあの新しい王が、精霊、あるいは精霊と同質の“歪み”の力に通じる存在だったとしたら。もし、そうした力と契約悪魔の力が、互いに影響し合うような何らかの関係を持っているのだとしたら......)


セシルの思考は、次第に一つの仮説へと凝り固まっていくように深まり、それは同時に、胸の奥をひりつかせるような微かな不安となって膨らんでいった。


(カミュロさんが“残された”のは、たまたまでも、善意の判断でもなくて......もしかして、逆に。精霊側にとって、契約悪魔を内包した人間が近くにいることで、何かしらの“干渉”や“監視”が可能になるとか?......いや、そんな、さすがに考えすぎ、だよね)


目を閉じ、これまで起きた断片的な出来事や言葉をゆっくりと重ね合わせながら思考の糸を手繰っていたセシルだったが、不意に目の前のテーブルの上で“カチャリ”と陶器の触れ合う小さな音が鳴り、その音に誘われるようにして、彼女の思考は現実へと引き戻されていった。


「はい。お待たせしました! 料理自体はシンプルなものだけど、味には自信しかないからね!」


軽やかで朗らかな声と共に視線を上げると、そこには笑顔を浮かべたミレイアが、手にした皿に色鮮やかなスープを丁寧に盛りつけて、音を立てないよう静かにテーブルの上へと置いていた。


そして、もう片方の手には、いつの間にか用意されていたナプキンと、銀色に光るスプーンを持っていて、それを置こうとするその動きに、セシルは条件反射のように慌てて声を上げていた。


「あの、ごめんなさい!わたし......実は、スプーンが......その......ちょっと、苦手......で......」


口にしながらも、自分でも情けなく感じるほどに弱々しい声色になってしまったことに気づいたセシルは、気まずさと自己嫌悪が入り混じったような感情に思わず顔を曇らせ、その視線をそっとミレイアから外してしまっていた。


すると、ミレイアはその様子に片耳をピクリと倒しながらも、すぐに何かを察したように微笑を崩さず、彼はさらりと皿を手早く引き寄せると、軽やかで無駄のない動きで踵を返し、背を向けたまま、まるで何事もなかったかのように朗らかな声で言葉を投げかけた。


「そっかそっか、気を使わせちゃってごめんね。じゃあ今、ちょっとだけ形を変えて出すから、少しだけ待ってて! ぁ、そだっ。君って、パスタやパンを真っ二つに折られたり、形を崩されたりしても、怒ったりしないタイプの人かな?」


「えっ? まぁ、怒りはしませんけど......」


思いもよらない方向からの質問に、セシルは一瞬だけ戸惑ったものの、すぐに首を小さく傾げながら返すと、その返事を聞いたミレイアは、明らかにほっとしたように、ぱっと弾けるような笑顔を見せると、鼻歌を口ずさみながら軽やかな足取りで調理棚へと向かっていった。


しなやかに揺れる尻尾の動きもまた、彼の心情を映すかのように優雅で、柔らかく見えた。今まで使っていた食器が入っていた棚とは異なる、少し奥まった位置にある木製の棚へと足を運ぶ姿は、どこか楽しげですらあった。

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