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記憶喪失のわたしが契約悪魔と精霊を追う理由  作者: 黒月セリカ
第二部. 王女と剣士の誓い : 歪めし片目と契約悪魔の暴走
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第68話. 秘密と交渉



――そうして、廊下には他の誰の気配もなく、まるで世界から取り残されたかのような静けさだけが、一人と一羽。


セシルと、その前を寄り添うように歩む大きな鳥の存在を、優しく、そしてひっそりと包み込んでおり、高窓からは月明かりがそっと差し込み、まるで誰にも気づかれぬように遠慮がちに、細く柔らかな光が床の一角を斜めに照らしていた。


セシルの足音が規則的に響き、それに寄り添うように羽が擦れるかすかな音が静寂をほんの僅かに震わせる中、先を歩いていた大きな鳥が、まるで何かを察知したかのようにピタリと足を止めた。


「あれ、どうしちゃったの?」


不意の停止に少し戸惑いながらも、セシルは小首を傾げ、訝しげな表情を浮かべながら足を止めた。


「クルッ~」


そんな彼女の視線の先で、大きな鳥は喉を控えめに鳴らしながら、まるで「ここがそうだよ」とでも言わんばかりに意味ありげな横目を向け、彼女を見下ろしていた。


その仕草には妙に確信めいたものが宿っており、セシルも思わずその気配を感じ取ったのか、自然と歩みを止めると、静かに視線を前方の扉へと向けた。


「あっ、......灯がついてる」


誰かの気配を感じさせるように、扉の隙間からほのかに溢れ出している暖かなで柔らかな光に誘われるように、セシルは再び歩を進めた。


扉の傍では、先程までしょぼんとしていたのが嘘のように、ルンルンと体を揺らして待つ鳥が楽しげに羽を小さく弾ませており、彼女はそんな様子に微笑みを浮かべつつも、内心の緊張を隠せないまま、扉の取っ手へと手を伸ばした。


「えっと。ここが、あなたが案内したかった場所なのね?」


少し不安げに、けれどもどこか期待を込めた声音でセシルが問いかけると、鳥は小さく「クルル」と鳴きながら、誇らしげに瞳を細め、満足げな様子でゆっくりと首を縦に振って見せた。


その様子を見て、セシルは内心で「エリスさんがここに...」と期待にも似た緊張を抱き、息を呑んで意を決し、音を立てないようにゆっくりと開いた扉の隙間から中の様子をそっと覗き込んだ――がしかし、そこにいたのはエリスでも、ましてやノエルでもカミュロでもなかった。


腰元からはふわりと大きな尻尾が生え、それが楽しげに左右へと揺れており、頭の上には犬、あるいは狼のような尖った耳がピンとさせている青年が立っていた。


しかも、その青年はセシルに背を向けたまま、キッチンと思しき空間で、軽やかな手つきで何やら楽しげに料理をしているようだった。


手際は滑らかで、鍋の中で煮立つ音や、香ばしい匂いさえも微かに鼻を掠め、まるでここが古くから彼の居場所だったかのような自然な雰囲気すら感じさせた。


(えぇーっ!? 誰ッ!?)


突如視界に現れた予想外の人物に、セシルの思考は一瞬にして混乱に包まれ、心の中で叫ぶようにツッコミを入れながら、慌てて顔を引っ込めてしまった。


思わず視線を鳥へと向けたが、当の鳥はというと、まるで「どうしたの?」とでも言いたげに首をかしげ、丸い瞳でじっとセシルを見つめ返してきた。


「ちょっと、エリスさんじゃないじゃん......!っていうか、誰なのあの人!? あんな人、見たことないよ?!」


思わず声を潜めながらも、混乱と動揺を隠しきれず、セシルはすぐ傍の鳥に詰め寄るように問い詰めたが、鳥はというと、まるで何も気にしていないような表情で首をかしげ、無垢な瞳でじっと彼女を見つめ返してきた。


「クル〜ル〜」


そして、そんな彼女の困惑など意にも介さぬように、ゆっくりと片方の翼を広げ、ふわりと羽ばたかせながら扉の方を示してみせた。


その何気ない仕草には、不思議と「さぁ、行ってくるんだ」と言わんばかりの強い意思が込められており、微かに促すような気配さえ漂っていた。


「......もぅ、わかったよ。その『文句言わずに行ってこい』っていう、無言のプレッシャー送らないで」


小さくため息をつきつつも、セシルは観念したように肩を落とし、次の瞬間には気持ちを切り替えるように両頬をぺちぺちと軽く叩くと、ひと呼吸置いきながら再び扉へと向き直った。


「よしっ、行きますかっ!」


気合を入れるように小さく呟いたその声は、ほんの少しだけ震えていたが、確かな決意がその中に込めると、セシルはそっと扉に手をかけ、慎重な動作で開きながら、恐る恐る一歩、中へと足を踏み入れ、声をかけた。


「すみません、あの――」


しかし、その声が青年の耳に届いた瞬間、キッチンの静けさを切り裂くように、彼の体がまるで落雷でも受けたかのようにビクリと大きく跳ね上がり、驚愕の色を浮かべたまま、勢いよくこちらへと振り返った。


その手には調理の途中だったのか、銀色に光るオタマのような器具を握っており、反射的にそれを防御するように高く振り上げながら、数歩ぶん跳ねるようにして後方へ飛び退いている。


「うわっ!?え、ぇ、なんで?!?──ちょっとー!!普通だったら今の、心臓止まっちゃってるよ?!!」


大げさにも聞こえるその反応に、思わずセシルは戸惑いの色を浮かべたが、青年の声色や動揺した身振りからは、不快感や怒りというより、純粋で素直な驚きと困惑が見て取れた。


彼は胸元の布をぎゅっと掴みながら、大きく見開かれた目でセシルを凝視し、その鋭く整った狼のような耳は警戒心を示すかのようにぴたりと頭に伏せられ、大きくふさふさとした尻尾が緊張のあまり真上に跳ね上がっており、まさに全身で如何に驚いていたのかを示していた。


「ごめんなさい!驚かせるつもりは全然なくて!」


反射的にぺこりと頭を下げ、申し訳なさそうに小さな声で謝るセシルの姿を見た青年は、ピクリと耳を一度揺らすと、ふと迷いを含んだ微かな表情を浮かべていた。


たが、その表情はすぐに安心させるような柔らかい笑みに変わり、手にしていた器具を調理台の端に置くと、どこか子どもをなだめるような優しい声で言葉を返した。


「......大丈夫、大丈夫。ほら、こっちこそさ、こんなとこで誰かに声かけられるなんて思ってなかったから、思わずびっくりしちゃっただけで。むしろ、そんなに謝られるとこっちが申し訳なくなっちゃうよ」


その、あまりにも自然で肩の力が抜けたような口調に、セシルの申し訳なさも少しずつ消えていき、彼女はゆっくりと顔を上げながら、改めて目の前の青年をまっすぐに見つめた。


──大きい鳥がエリスに会うために案内されて来たと思っていたはずのこの場所で、今、目の前に立っているこの青年の姿は、明らかに人間の姿という範疇をどこかしら逸脱していた。


風を正確に読む獣のように鋭く整った耳は頭上に優美に伸び、腰からふわりと伸びる毛並みの美しい尾は、まるでその心の動きをそのまま写し出すかのようにゆるやかに揺れており、どこか野性味を残すその瞳の奥には、人間にはない鋭さと柔らかさの両方が混在していた。


セシルはその不思議な感覚に戸惑いながらも、さらに言葉を引き出そうと、口を開きかけたがその瞬間、青年は唐突に、何かを思い出したかのように軽く身を跳ねさせ、大きな音を立てながら両の手を勢いよく合わせたかと思うと、今度はまっすぐにセシルへと向き直り、勢い込んだ様子で深々と頭を下げてきた。


「とりあえず、お願いだ!!こうして会ったことはカミュロたちには絶対に言わないでほしい!!というか、そもそもこの状況がもう......おかしいし、あり得ない!!」


突然の懇願めいた言葉の奔流に、セシルは思わず数度まばたきを繰り返し、やや口をぽかんと開けたまま、呆気に取られたようにその様子を見つめたがすぐに眉根を寄せ、冷静な問いかけを口にした。


「なっ.......っと。言っちゃダメな理由って、なんでしょうか?」


その問いは反射的なものではあったが、その声音には確かな疑念と探るような鋭さが宿っており、何より彼女の瞳は、まるで相手の心の奥底を直視するかのように、一切の逃げ道を与えない真っ直ぐな光を帯びていた。


その視線に気づいたのか、青年は一瞬だけ目を見開き、硬直するように動きを止めたが、すぐに「え゛っ」と小さく声を漏らすと、どこか気まずげに肩をすくめ、目線を逸らすようにして頭を掻いた。


耳もぺたんと伏せられ、あからさまに居心地の悪そうな態度を取りながら、彼はどうにか言葉を探すように口を開こうとしていた。


「あーと、それはね~......いやぁー、ちょっ~と、いろいろ......」


どこか歯切れの悪いその言い回しと、頭の後ろに回した手で耳をくりくりといじる仕草は、どう見ても話をそらそうとしているのが見え見えだったが、その曖昧な態度を見つめるセシルの表情は、徐々に確信を帯びたものへと変わっていた。


(さっき、確かにカミュロさんの名前を口に......間違いない。ここは、夢じゃない。むしろ、今を生きている人の発言。でも、何だろう......この違和感は......)


お互いに言葉を探すばかりで、会話の歯車がかみ合わない時間が続いていたその時、不意にセシルの視界の端に、まるで薄墨で引かれたような、闇とも影ともつかぬ一本の線が、空間を断ち切りながら横切るようにしてうごめいたように見えた。


(ッ、なに?!)


セシルは本能的な緊張に背筋を凍らせながら、思わず目の前の青年へと向けていた視線を外し、素早く振り返ったが、そこにあったのは、先程自分が入ってきた半開きの扉と、そこから漏れるほんのわずかな廊下から差し込んでくる暗闇だけで、異変らしきものは何一つ見当たらなかった。


(おかしい......確かに、今何かが。気のせい?)


思考に影を落とすような違和感を振り払うように、セシルは視線を元に戻そうと首を動かしかけたその瞬間、場違いなほど大きな叫び声が耳を打ち、思わず全身をびくりと震わせた。


「アリオナじゃん!!」


耳に飛び込んできた声に反射的に肩が跳ね、驚いたセシルは反射的に顔を向けると、先程まで言葉を濁しながら戸惑っていた青年が、今やまるで年若い少年のように無邪気に表情を輝かせ、尻尾を勢いよく左右に振りながら、何かを目指して一目散に駆けていく姿が目に入った。


そしてその青年の視線の先には――ここまでセシルを導いてくれた、あの大きな鳥の姿があった。そして、まるでこの場にいるのが当然かのように、青年が調理していた鍋の中をのぞき込むような動作をしていた。


「わーい、久しぶり〜!こんな形でまた会えるなんて思ってなかったよ!」


はしゃぐような高い声とともに、青年はセシルの戸惑った様子など気にも留めず、何かを弾けさせたかのようにそのままの勢いで近づいていき、楽しげに尾をふりふり揺らしながら、手際よくコンロの火を止めると、まるで旧友との再会を心から喜んでいるかのように、親しげな口調で鳥に向かって声をかけていた。


「クルル?」


「これ、食べたいの?うんうん、いいよ〜。まだ味付けもしてないし、薄味のままだしね。アリオナ用のお皿って、どこにあったっけな〜......あっ、そうだ君も、せっかくだし食べていってよ。ね、座って座って!」


満面の笑みを浮かべたまま青年は、料理場と扉の間に設置された鉄製のテーブルと椅子を元気よく指さすと、今度はひょいと踵を返し、近くにある銅製の食器入れへと小柄な体を向け、背伸びをしながら何かを探し始めた。


「あ、ありがとうございます」


困惑を隠しきれないまま促されるままに椅子へ近づいたセシルは、そっと腰を下ろしていたが、その間も、頭の中では「この二人、認識あるの...?」と、まるで現実味を帯びない光景に散らばった思考の破片をどうにか繋ぎ合わせようとしていた。


「あの......その子と知り合いなんですか?」


椅子に座った拍子に、ふわりと浮いたスカートの裾が足の間に挟まってしまい、セシルは小さく身を浮かせて布地を整えながら、視線を上げて、器用に背伸びをしている青年の後ろ姿に問いかけた。


「アリオナのこと?そうそう、この子とは──たぁ!!」


嬉しそうに声を弾ませながら答えかけた青年だったが、アリオナと呼ばれた大きな鳥が、まるで口封じを狙ったかのように、元気よくふりふりと動いていた青年の尻尾に鋭くくちばしを突き立て、その言葉を遮った。


「いったぁいよぉ~~だから、尻尾だけは、ダメだってばぁ〜〜」


青年は情けない声をあげながら、尻尾を押さえてその場にうずくまり、耳をぺしょっと垂らした青年は、ふにゃふにゃとした動きで自分の尻尾をを両手に抱え、すねたようにそれを撫でていた。


そんな青年の姿を見て満足したかのように、アリオナはふるふると体を揺らしながら、今度は椅子に座っているセシルの方へと近づいてくると、首をこてりと傾げてこちらをじっと見つめてきた。


「......アリオナって名前だったのね」


「クルッル♪」


セシルがそっと声をかけると、アリオナは嬉しそうに小さく鳴き声をあげながら、くりくりとした瞳を細めると、首をこてんと傾げ、そのまま頬にすり寄せてくるような仕草を見せた。


その温かな反応に、セシルも自然と口元に柔らかな笑みを浮かべたが、内心では青年とアリオナの関係性に対して疑念を抱いていた。


(......この人、この子のことをよく知ってる。なら、もしかして――)


ふと、心の奥に湧き上がった確信にも似た感情を胸に抱きながら、セシルは再び、未だに尻尾を撫でている青年のほうへと静かに視線を戻し、軽やかながらも芯に鋭さを秘めた声で、彼女はゆっくりと言葉を投げかけた。


「この子――アリオナと知り合いということは、同時に、エリスさんとも面識があるということになりますよね? それに、わたし......ここには誰もいないって、そう聞かされていたんですけど」


その言葉が届いた瞬間、青年の体がわずかに強張り、次いで、両手で大事そうに包んでいた尻尾を反射的に手放すようにしてほどき、ばつの悪さが如実に現れたその顔には、気まずさを隠しきれぬまま耳をぺたんと伏せ、泳ぐ視線の行き場を探しては落ち着かない様子が滲み出ていた。


「た、確かに、エリスのことはよく知ってる。まぁ、彼女とはそれなりの付き合いだったし。......ぁっ、そうだそうだ! オレもエリスも、いわゆる“城の中央の人”ってやつなんだよ!でっ、オレはここにこうして、誰もいない時に大好きな料理をやらせてもらってるってわけ!」


唐突に話題を転がすようなその言い方は、明らかに動揺を誤魔化そうとする試みだったが、セシルは彼の言葉の核心だけを冷静にすくい取り、その眉を僅かに動かして呟いた。


「城の中央の人......それって......」


思考の渦の中に滑り込むようにして浮かび上がってきたのは、かつて自分を案内してくれたカミュロの、どこか険しさを孕んだ声音だった。



『ここから先は、城の中でも中央部にあたる場所だ。......俺たちのような立場の者が、安易に立ち入るべきではない領域だ』



脳裏に響くその言葉が鮮やかによみがえり、セシルは記憶をなぞるようにして、セシルは眉を潜ませながら静かに呟いた。


「つまり......“中央の人”でありながら、あなたはこうして、無断でここに足を踏み入れているということですね?」


その記憶をなぞるようにして呟いたセシルの言葉は、自然と相手を見透かすような視線と重なっており、それを感じ取った青年は肩をすくめるようにして困った顔を見せた。


「......最初に言ったでしょ。こうして会ったこと自体を言わないでって。できれば、“ミレイアとエリス”のこと、知ってる〜? って話題すら避けてほしいんだよね。あっ、ちなみにミレイアってオレの名前ね!」


そう軽く宣言するように口にした青年――いや、ミレイアは、どこか照れ隠しのような口調を交えつつも、自らの名前を明かすことで距離を一歩縮めるような素振りを見せたが、どこかその言葉には、今後の対話の主導権を手放すまいとする警戒も滲んでいた。


そして、ミレイアはひとしきり喋ったあと、少しむくれたような顔を見せると、アリオナに突かれた尻尾を優しく一撫でし、そのまま何事もなかったかのようにコンロの前へと戻り、再び火を灯して鍋の中身を温め直し始めた。


一方その間、セシルは視界の端で、自分の顔を心配そうに覗き込んでくるアリオナの丸い目を見つめたのち、ゆっくりと彼女とミレイアを交互に見やりながら、口元に指を添え、内面に浮かび上がってきた断片的な情報の断片を、慎重にひとつひとつ噛み締めながら組み上げていた。


(“中央の人”......たしか、あの時にカミュロさんと剣を交えていたゼリィナさんも、同じく中央の人って言える立場のはず。そしてこの人も、エリスさんも――


そういえば、ノエルちゃんもカミュロさんも、肝心なことには決して触れようとしなかった。まるで、口にしてはいけないとでもいうように......

でも、ゼリィナさんは違った。カミュロさんと話しているとき、何かを“知っている”人の口ぶりをしていた。だったら――この人も何かを知っているはず)


セシルは小さく息を吸い、そして静かに吐いたあと、心を決めたように顔を上げ、真剣な光をその目に宿したままミレイアの背中に向けて、はっきりとした声で言葉で問いかけた。


「わかりました。ミレイアさんがここに居たことも、エリスさん事も黙っておきます......ですので、その代わり、あなたの知っていることを全て話してください。


なぜこの場所には人がおらず、中央の人たちとの接触を避けようとしているのか。


それに――“オルフィエラ”というこの王国と同じ名で呼ばれていたノエルちゃんが、どうしてあんなにも冷遇されているのか......」


その声音は決して刺々しくはなかったが、曖昧さや迷いを許さぬ冷静な芯を持っており、あくまで静かで落ち着いているがゆえに、逆に問われた側には逃げ場のない重みを持って響いた。


真意を見透かすような鋭さを帯びた視線がまっすぐミレイアに向けられた瞬間、彼の身体が僅かに硬直し、それまで慣れた手付きでかき回していた鍋の中の器具の動きが唐突に止まり、控えめな金属音だけを残して静寂が訪れた。 


「......そこで、それを材料に交渉してくるんだ」


ミレイアはぼそりと呟いた後、ゆっくりと振り返ると、先程までの軽さの残る雰囲気を引き剥がすようにして、その目に静かだが確かな光を宿してセシルを見つめていた。


その視線は、穏やかさの皮を剥いだ獣のように鋭く、警戒の境界線を見極めようとするようなものであり、その声色もまた低く沈み、空気の温度が僅かに変わったように感じられた。


「......いいよ。オレにもね、“存在を知られたくない”って思うだけの理由があるからね。だから、そうだね......都合がいい問いには、答えてあげてもいいかな」


「......」


言葉を選ぶようにゆっくりと語るその声の中には、覚悟とも、あるいは何かを守ろうとする者の静かな決意のようでもあり、それを受け取ったセシルの心には、次の問いをぶつける覚悟が、さらに強く形を成していた。

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