第45話. 破られた静寂
クロノスとアキラの間には、言葉を失うほど深く、重たく張りつめた沈黙が流れていた。
地に膝をついていたクロノスがゆっくりと立ち上がり、そのまま無言のまま、怒りとも困惑ともつかぬ複雑な感情の色アキラを見下ろしていた。
対するアキラもまた、顔を伏せたままながら、何かを堪えるように唇を固く閉じており、互いの胸中に渦巻く想いはついぞ言葉になることなく、ただ静かに、しかし確かに空気を重く支配していた。
だが次の瞬間、その重苦しい沈黙を破るように、風に乗ってひときわ澄んだ、明るい声が響き渡った。
「あー! 良かった、いたいた! お二人とも、なんとか無事そうですね!いやぁ、わたしなんて見事にあっちの方まで吹き飛ばされちゃいましたよ~」
砂煙がようやく静まり、向こうからスカートの裾を両手でつまみながら、躓かぬように小走りで駆けてくるセシルの姿が見えた。
その屈託のない笑顔と弾む声は、場の張りつめた空気とはあまりにも不釣り合いで、クロノスとアキラは思わず視線を交わすものの、互いにどう言葉を返してよいか分からず、ただ彼女の様子を目で追うしかなかった。
「おっ、アキラさんも無事、元の姿に戻ったんですね!よかった、よかった!やっぱりクロノスさんの事信じて良かったです~!」
そう言ってにっこりと笑いながら、セシルはクロノスの拳に軽く自分の拳をこつんと当てると、そのままひょいとしゃがみ込み、アキラの前に腰を落とした。
まるで気負いも遠慮もないその仕草は、今にも崩れそうな均衡の中で危うく揺らぐクロノスの心に、否応なく衝撃を与えるものだった。
「セシル、お前ッ!なんだ、そのへらへらした態度は......目の前にいるのが誰だかわかってなッ――!」
怒気を孕んだ声がクロノスの喉奥から迸り出たその瞬間、小さく乾いた音が空気を鳴り響かせた。
パチンッ
セシルの小さな掌が、アキラの頬に静かに触れていた。それは、決して激しい打擲ではなかった。むしろ、感情の奥底に沈められていた何かが、そっと、しかし確かに伝わったような仕草だった。
「......っ」
アキラはその一撃を拒むことも否定することもせず、ただ目を細め、静かにセシルの顔を見つめ返しており、やがて、何かを飲み込むようにして視線を落とした。
「......セシル」
クロノスが思わず彼女の肩に手を置くと、そこからは微かな震えが伝わってくる。先ほどまでの無邪気な笑顔からは想像もつかない、繊細で壊れそうな何かが、彼女の奥底で必死に耐えているのが、手のひら越しに伝わってきた。
「こうでもしないと......わたし、耐えられないんです......」
顔を上げることなく呟いたその声には、張りつめた感情を押し殺すような苦しみが滲んでおり、それを耳にしたクロノスは、そっと手を引き、腕を組んだまま彼女の次の言葉を静かに待つしかなかった。
だが、思いのほかその続きを告げる声は届かず、沈黙だけが再び、じわじわと場を支配し始めていた。
張り詰めた空気の中で、彼女が何を思い、何にためらっているのかを量りかねながら、クロノスはただ目を細め、彼女の後姿をじっと見つめていると、不意にその静寂を破ったのはクロノスではなく、意外にもアキラだった。
彼は苛立ちを隠しきれない様子でセシルの手首を乱暴に掴みかかり、低く、ゆっくりとした口調で言葉を吐き出した。
「おい、何が言いたいんだ。そんな顔で濁さずに、はっきり言えよ。僕に対しての文句なら、いくらでも聞いてやる...」
その言葉は決して優しさからくるものではなかったが、その語尾にはどこか恐れにも似た感情の影が揺れており、それはクロノスの目にも、微かな違和感として映っていた。
そして、セシルは掴まれた腕とは反対の手で、勢いよく顔を乱暴に擦るような仕草をしながら、ぶんぶんと首を横に振った。
「ち、違うんです。文句なんて、そんな...じゃなくて...」
しかし、その瞬間にアキラはクロノスの方へとちらりと視線を送り、その後、何かを諦めたようにセシルの手を離した。そして、ふぅと長く息を吐き出し、沈黙のまま彼女の続きを待った。
クロノスはアキラの視線の意図を読み取れずにいたが、それ以上は何も言わず、ただセシルがようやくその思いを語るときを、逃さぬように見守り続けた。
「......あの記憶の中で、わたし、見たんです。アキラさんの記憶に断片的に映っていた“もう一人”の存在を。わたしと一緒に、精霊の器候補として連れてこられたはずの──そんな誰かの姿を」
言葉を紡ぎながら、セシルは一度、息を詰めるように沈黙する。そして、拳をぎゅっと握りしめると、震える声で続けた。
「でも、いくら思い出そうとしても、どこを探しても、その人の痕跡がまるで残っていないんです。まるで最初から存在しなかったかのように、影一つすら見つけられなくて......」
小さく俯いた彼女の声色には、微かな不安の色が滲んでいた。
「けれど、その“誰か”が......わたしの過去に、きっと深く関わっていた気がするんです。そう思うからこそ、アキラさんの口から“過去”の話を聞くことが、今のわたしには、少し......怖くて......」
俯いたその姿に、クロノスはただ黙って寄り添うように佇んでいたが、やがて、ぽつりと彼が口を開いた。
「もう一人、連れてこられた存在......か」
静かに見守っていたクロノスもその名のない誰かの面影を思い浮かべながら、クロノスは声を漏らしていた。
すると、アキラはその一瞬だけ目を伏せた後、すぐにセシルの方を再び向き直った。その視線には今までとは異なる、どこか皮肉めいた笑みが浮かんでいた。
「......まさか、僕の記憶を掘り返してきたのは、お前の力だったのか?趣味が悪ぃな。それに、よりにもよって、そこを引きずり出してくるとはな」
彼の声色には笑いが混じっていたが、その奥にあるのは、明らかに苛立ちとも怯えともつかぬ、複雑な感情だった。だが、セシルは顔を動かすこともなく、アキラの声だけに意識を集中しているように見えた。
そして、沈黙のあと、アキラはひとつ息をつくと、どこか諦めたような調子で語り始めた。
「......はぁ、もう目が覚めちまった。せめてもの償いとして、正直に話すよ。精霊のことも、教団のことも......そして、僕が知っている限りの“お前らの過去”の出来事も、だ」
その瞬間、クロノスの胸に張りついていた重く固いものが、ほんのわずかに緩んだ気がした。ようやく、真実が開かれる。それは、彼にとってもまた、セシルを苦しみから解き放つための、一つの希望となるはずだった。
(......まさか、彼がここで正直に話すとは思わなかった。これで、俺はセシルとの契約を解くことが――)
その時だった。安堵の余韻が生まれかけた空気を、一瞬にして凍りつかせるような、異質な声がその場に割って入った。
「残ったもう一人と和解。感動的だな、アキラ...」
「っ...!」
三人がほぼ同時に、声のした方向へと視線を向けると、そこには、銀髪の綺麗な髪を整えた男性が立っていた。
黒のスーツに身を包み、顔には黒いマスク──その立ち姿はまるで、影そのものが実体を持ったような、禍々しくも美しい輪郭を持っており、綺麗な琥珀色の瞳で三人を見下ろすように見ていた。
(......誰だ、あいつは?彼に対して名を呼んでいたが、見覚えがないな。知り合い、なのか......?)
クロノスは今まで出会ってきたどんな人とも異なる、異質で計り知れない圧力が、まるで空気の中に混じって染み込んでくるような、そんな感覚に襲われ、本能的に警戒を強めていた。
そして、そんな中、クロノスの後ろから、嫌悪感を滲ませるようなアキラの声が聞こえた。
「わざわざ顔を出してきやがって、何の用だ、あの者ッ...!」
吐き捨てるようなアキラの叫びに、セシルは「やっぱり」という思いを滲ませた視線を向けており、まるで、心の奥底で予感していた事実を、現実として突きつけられたかのようだった。しかし、対照的に、クロノスの表情には明らかな困惑と驚きが浮かんでいた。
「待て......“あの者”って、アストラル教団の......関係者のことか?」
過去に幾度か耳にしたその呼び名に、クロノスは半ば無意識にアキラの方へ視線を送り、その正体を確かめようと口を開きかけたその瞬間――
パァンッ!
――乾いた破裂音が空気を裂き、思考が強制的に遮られてしまった。
(攻撃してきた、だと!?)
反射的に、クロノスは空中に無数の鎖を壁の様に展開させ、攻撃の気配を察知したその瞬間には、すでに彼の防御態勢が完成していた。
パキューンッ!
続けざまに放たれた銃弾が、展開された鎖の一本に弾かれ、大きく軌道を逸れて飛んでいくのが見えた。次の瞬間、その弾丸は近くの建物へと突入し――ズガァァンッ!
轟音と共に建物の一部が爆ぜるように抉れ、破片が四方八方へと飛び散った。わずかに遅れて押し寄せてきた爆風が地面を這い、空気の密度さえ捻じ曲げるようだった。
(くっ、なんという威力だ。これが......“あの者”の攻撃か)
横目で崩れかけた建物を確認しながら、クロノスは空中に張り巡らせていた鎖を慎重に手繰り寄せると、鎖の隙間越しに――静かに琥珀色の目を細めるあの者の姿が見えた。
「......はぁ、弾かれたか。残念だな」
まるで道端に転がる小石を無意識に蹴り飛ばすかのような、そんな温度を欠いた無感情な声だった。
だが、その何気ない一言に続くように、あの者は片手に携えた白銀に輝く一丁の銃を、まるで玩具のように指先で軽々と回転させ、滑らかにスライド部分を引いた。
そして、その動作に伴って、装填器――まるで細長い薬瓶を思わせる奇妙な形状のもの――が、カランと乾いた音を立てながら、ゆっくりと地面へと転がり落ちていった。
それとほとんど同時に、あの者は無駄のない手つきで黒いスーツの内側から新たな装填瓶を取り出していた。それは先程の空の瓶とは対照的に、内側に色鮮やかな液体を満たしており、その揺らめく光彩が、異質な美しさを放っていた。
あの者は一切の緊張感も見せず、それを銃の装填部に滑り込ませていく――その一連の動作を、クロノスはまるで吸い寄せられるように見つめており、思わず息を呑んでいた。
「おい、クロノス!」
その瞬間、背後から放たれたアキラの怒気を含んだ叫び声が、張り詰めた空気を切り裂いた。クロノスは弾かれたように振り返り、その瞬間にアキラの顔に浮かぶ焦燥の色を見て取った。
「奴は、契約悪魔であるお前を確実に仕留めに来る。それだけじゃない――もし、セシルのことを“ただの器候補”ではなく、“本来の完成品”だと認識したなら、アイツは迷うことなく彼女を処分する。だから、今すぐこの場から離れろッ!」
その警告に、クロノスはほんの一拍、重い沈黙を挟んでから、静かに、しかし低く鋭い声で問い返した。
「......俺の事はともかく、セシルの“本来の完成品”ってのはどういう意味だ?」
だが、アキラが口を開いてその答えを告げるよりも早く――
「クロノスさん、前ッ!」
パキューンッ!
セシルの鋭い声が雷のように空気を裂き、反射的にクロノスの意識が戦場へと引き戻されるのとほぼ同時、空を切り裂くような乾いた銃声と共に、一発の弾丸が一直線に彼の目前へと突き進んできた。
しかし、クロノスの身体はそれに反応するよりも早く、無意識のうちに手のひらへ魔力を集中させ、真紅の鎖を展開。旋回しながら前方へと繰り出し、その一撃を迎え撃った。
カキィン!
鋭く高い金属音が耳を劈き、魔力を帯びた鎖が弾丸の軌道を逸らすと、それは火花を散らして地面へと着弾し、土と石を大きく抉った。
「ぐっ、...!」
クロノスは唇を強く噛み、空中でうねる鎖を制御しつつ再び相手の姿を睨みつけたがあの者は、迫る危機にも全く動じる様子はなく、むしろ面倒くさそうに片肩をすくめながら、次弾の装填を終えると、まるでこの戦場自体に興味を失っているかのような無感動さで再び銃を構えていた。
「ふっ、流石の反応だな......その目つき、“この程度じゃ満たされない”って顔をしている」
その黒いマスクの下に隠された口元こそ見えぬものの、琥珀色の瞳は細められ、そこには露骨な愉悦の色が宿っており、目元だけで語るその嗜虐的な笑みは、何よりも不気味で、戦慄すべきものだった。
(相手は銃か.....ならば、俺が前に出て、セシルたちから狙いを逸らすしかない)
クロノスは一瞬だけセシルとアキラの方へ視線を走らせ、決意を宿した瞳で前方へと踏み出すと、全身の力を一気に解放し、真紅の鎖を無数に空間へと放ち、あの者に銃を構える隙すら与えぬまま、一気に距離を詰め始めた。狙いはただひとつ――あの者の手に握られた銃を無力化すること。
だが、あの者はあたかもその攻撃をすでに予測していたかのように、無造作に銃口を下げると、首をかしげるようにして呟いた。
「...ふぅん。やはり、この銃を真っ先に狙ってくるか。でもね、私もそこまで愚かではないんだよ」
言葉を吐き終えるとほぼ同時に、あの者は片足のつま先で乾いた音を地に刻むように軽く地面を踏み鳴らした。その瞬間、周囲の空気が急激に揺らぎ、あの者の足元を中心に、“影”のような黒い存在が這い出すようにして複数現れ始めた。
「...ッ、何だと...!?」
その瞬間、クロノスが放った鎖が突き進む先に、その“影”の一つが体当たりのようにぶつかってきた。そして、勢いよく衝突した影は、まるで実体を持つかのように鎖の進行を食い止め、その直後、次々と現れた同種の影たちが連鎖的に鎖に衝突し、加速度的にその威力を削いでいった。
やがて、影の群れは次第に形を明確にし、クロノスの眼前でその正体を露わにしていった。
「馬鹿な。魔獣、だと...ッ!」
クロノスが驚愕の声を漏らすより早く、鎖に貫かれた最初の影からは、狼のような牙と筋肉を持つ獣が、断末魔の唸りを上げながら姿を現した。
しかもそれはほんの数体に過ぎず、次々と空間に出現する異形の魔獣たちが、地上にも空中にも現れ始めた。
空には、鋭い爪と巨大な翼を持つ鳥型の魔獣が何体も浮遊し、そのうちの数体は、最初にセシルを襲った魔獣と同じ種であることが見て取れた。
(くそっ......数が異常すぎる......!いったい、何体呼び出すつもりだ!?)
一瞬で戦況が激変したことを察したクロノスは、あの者の元へ肉薄するのを断念し、無数の魔獣を前にして完全に立ち止まると、即座に構えを整え、応戦の態勢へと切り替える。だが、その直後――
パキューンッ!
「ッな...!」
鋭く耳を裂くような銃声が、その場に充満していた戦いの喧騒を突き破るようにして響き渡ったその瞬間、クロノスは何が起きたのか理解が追いつかずにただ目を見開いたが、次の瞬間には目の前に立っていた魔獣の一体の胸部が内側から弾け飛び、肉片とともに真紅の鮮血が霧のように空気中へと舞い上がり、周囲にいた魔獣たちを一瞬にして血煙の中へと包み込んでいった。
そして、まだその赤い霧が薄れきらないうちに、その向こうから鋭く光る一発の弾丸が、迷いなく一直線にこちらへと飛来してくるのが見えた。
「...ッ、あいつ、自分で召喚した魔獣を囮にして、その巨体の影に身を隠しながら、こちらを正確に狙い撃ってきているのか!」
思わず息を呑むような異常な状況に、身体の奥底から戦慄が走るのを感じつつも、クロノスはすぐさま意識を戦闘へと引き戻し、呼び出した鎖を素早く構えると、眼前に迫る弾丸の軌道を正確に読み切った。
ほとんど反射のような動きで地面へ向けて鎖を叩きつけるように振り下ろし、鋭い金属音とともに激しい衝撃が地面を揺らしながら炸裂し、その一撃によって逸らされた弾丸は火花を散らしつつ、石を削りながら地面へと沈んでいった。
(......容赦がない。まさか、自分の魔獣すらも、ただの“撹乱の肉壁”としてしか見ていないというのか――)
目の前で無慈悲に散っていく魔獣たちの血飛沫の中を突き抜けて飛来する弾丸を目の当たりにしたことで、その残酷さと冷静さが共存した戦術を前に、クロノスの胸に沸き上がるのは、契約悪魔としての本能的な警戒心と、抑えきれぬ嫌悪だった。
(状況が悪すぎる。この魔獣の数、そしてアイツの立ち回り。今この場から戦闘を回避して離脱するのは不可能に近い...)
歯を食いしばりながら、クロノスは迫りくる魔獣の牙に真正面から対峙した。その掌には瞬時に赤黒い光を溢れ出し、拳の内部に圧縮されるようにして凝縮されていくと、クロノスはそのまま魔獣の懐へと飛び込み、力を解放するように掌を魔獣の体へと叩き込んだ。
さらに、真正面からの打撃ではなく、あえて峰打ちに近い回し蹴りを繰り出した。
その一撃が魔獣の動きを一瞬だけ鈍らせた隙を逃さず、クロノスは素早く体勢を立て直すと、即座に背後へと視線を向けた。
その視線の先にいたのは、驚きと混乱の表情を浮かべ、僅かに立ち尽くしているセシルだった。
「セシル――今すぐアキラを連れてここから離脱しろ!こいつは、俺が引きつけるッ!」
叫ぶように放たれたその言葉は、命令でも懇願でもなく、確かな信頼と責任の込もった“預ける意志”だった。
そして、そのままクロノスは彼女たちの退路を作るように、地面に掌をかざし、そこから真紅の鎖を無数に解き放つと、鎖は瞬く間に空中へと伸び、空から降下してくる翼を持つ魔獣たちを貫き、あるいは絡め取り、その場の流れを一瞬でも押し止める力を生み出した。
しかし、その鎖の合間――ほんの僅かに開いた視界の隙間から、あの者の姿が再び浮かび上がった。
既に銃は背に収められていたにも関わらず、その男はなお戦意を失ってなどおらず、むしろ次なる一手を用意しているかのように、口元こそ覆われているものの、琥珀色の眼差しだけが、まるで舞台の幕が上がるのを楽しみに待つ観客のように――いや、それすら超越した、神を演じる者のようにどこか愉悦に歪ませており、クロノスはその余裕に満ちた眼差しに、思わず表情を顰めた。
(アストラル教団の関係者、あの者......間違いない。あの術、あの雰囲気、そしてこの異常な魔獣の数......)
ほんの一瞬、振り下ろす鎖の一撃に力を込めながら、クロノスの脳裏に過ったのは、自らが歩み始めた道の重さ。そして、避けようとしても巻き込まれてしまう、この世界の理不尽さだった。
「俺は......いや、俺たちは――とんでもない運命の歯車に乗ってしまったんだな」
その想いを胸の奥に噛み締めながら、クロノスは再び眼前に立ちはだかる魔獣たちに向き直った。後ろを振り返ることはない。ただ、セシルを信じ、己がやるべきことに集中するだけだった。




