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記憶喪失のわたしが契約悪魔と精霊を追う理由  作者: 黒月セリカ
第一部. 契約悪魔と精霊の交差点:忘却の契約と廻る歯車
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第42話.  彷徨う追憶



空間に漂う光の粒子が、ゆっくりと渦を巻きながら形を成して行き、やがて、まるで夢の中に迷い込んだかのような不確かさの中で、やがてその粒子たちは豪奢な装飾をまとい、神聖さすら漂わせる木造建築を浮かび上がらせた。


しかし、それは現れた瞬間から、すでに激しい炎に包まれていた。


轟音とともに天へと燃え上がる炎は、闇夜をも貫くように黒煙を噴き上げ、赤々とした火の粉が夜空を照らす。


その鮮烈な光は、建物の輪郭をくっきりと浮かび上がらせ、まるでその美しさすら焼き尽くそうとしていた。


そして、建物の両脇には、まるで門を守護する神獣のように、犬に似た石像が左右に鎮座していたが、今はその石肌すらも熱気に照らされ、どこか物悲しい影を帯びて見えた。


(きゃっ...ま、また...燃えてる...!)


セシルは反射的に身を引こうとしたが、足が地面に縫い付けられたかのように動かず、ただ、その場で息を呑み、目を凝らすしかできなかった。


(ッな、足...動かない...!なんなのこれ...!)


肌に触れる熱、耳に届く音、鼻を突く煙の臭い。すべてがあまりにも“現実”だった。


これはただの幻ではない——そう確信せざるを得ないほどに、五感を包む空気は重く、濃密だった。その時——


『 いやだぁぁ! お父様! お母様! お兄ちゃん! 』


不意に背後から震えが混ざり合ったような叫び声が響いた。


驚いたセシルが振り返ると、炎の近くで、小さな影が燃え上がっている建物に向かって走り出そうとしており、数人の大人たちがその身体を押さえつけ、必死に止めている。


(——あっ......さっきの子......?)


セシルの視界に映ったのは、ほんの少し前に階段で言葉を交わした、腕の中でじたばたと暴れながら必死に大人たちの拘束を振りほどこうとしている、見覚えのある少年の姿だった。


頬を伝う涙と、必死に噛みしめたことで血の滲む唇で、少年はそのまま炎の中へ駆け出そうとしていた。


混乱と怒声が飛び交う中でも、その姿ははっきりとセシルの目に焼き付いて離れなかった。


『おい、神宮家が燃えてるぞ!早くバケツを持ってこい!』


『あっくんは言っちゃダメよ!!』


周囲では怒号が飛び交い、大人たちが水を汲んでは次々と火へと投げつけていた。


しかし、燃え盛る火の勢いは衰えるどころか、まるで人間の行為を嘲笑うかのように激しさを増し、空気を震わせながら轟々と燃え続けていた。


(......な、何よこの瞬間。わたしは......何を、見せられてるの......?)


セシルは突然の衝撃的な光景に言葉を失いかけていた。そして次の瞬間、痛みを吐き出すような叫びが空気を裂いた。


『ぁがっ......!!イッッ...!!』


「っ...!」


セシルの目が再び少年の姿を捉えると、そこには、額を押さえて地面にうずくまる少年の姿が、炎の明かりの中で異様に鮮やかだった。


『額を火傷したぞ!彼をここから離せ!』


『 いやぁぁぁ!! やめろ、離せぇぇ!! 』


——その叫びを皮切りに、すべての光景が一気に消え去るように、ぷつりと切れた。



◇◇◇



次にセシルの視界に映ったのは、すでに炎の爪痕しか残されていない焼け跡だった。


建物は完全に崩れ落ち、瓦礫も何もかも、黒い灰に還っていた。焦げ付いた地面が、ここにかつて“何か”があったことを辛うじて語っているだけ。


その中心に、ぽつりとひとりの少年が立っていた。誰もいないその場に、ただ彼だけが存在していた。


(......なに?今度は......)


呆然とその光景を見つめていたセシルの背後から、低く、優しそうながらもどこか不気味な雰囲気を醸し出す、男の声が届いた。


『君はアキラ...で合ってるか?』


セシルと少年はその声に反応するように、ゆっくりと振り返る。


声の主のほうへと向けられたその視線の先には、黒いスーツを完璧に着こなした男が立っていた。


輪郭はどこか曖昧で、微かに揺らいでいるように見え、現実と非現実の狭間に存在するような不安定な姿だった。


(......誰、あの人?何...この...)


セシルの心に、どこか違和感を感じるような、ぞわりとした感覚が走らせていた。


一方、少年は鋭い視線を声をかけてきた男に向け、腕を組んだまま冷え切った声で、警戒心を露わにして言い放った。


『......なぜ僕の名前を。あんた、誰だよ。っていうか——何者なんだ?』


男はその問いに、何の動揺も見せず、むしろ、わずかに口元に指を当て、楽しげな微笑を浮かべいた。


『いえ......ふふっ、申し訳ありません。ただ、うちの者が“火力を誤った”とか、“精霊様の意向で裁きを下した”とか、どこか満足そうに呟いておりましてね。せめて、被害の状況くらいは見届けておこうかと思いまして』


(...今、“精霊”って言った?まさか——)


その言葉が脳に突き刺さるように響き、セシルの心臓がどくん、と跳ねあがった。


だが、それ以上に激しく反応したのは、アキラだった。


『 おまえ!!! 今、“うちの者”って......!!! よくもッ......!!! 』


怒号とともに、少年は抑えきれない怒りに任せて全力で男へと駆け出した。


その怒りは、誰かをうしなった痛みと、自分の無力さへの悔しさと、全てを焼かれた絶望の結晶のようにその場に響き渡った。


だが、その全てを乗せた突進に対し、男は微塵の動揺も見せなかった。


むしろまるで事前にすべてを予期していたかのように、男は軽く片手を差し出すと、次の瞬間、その手元から、魔力の塊がねじれるように膨張し、“大きな手”のような形として現れた。


そして、その巨大な魔手が空を裂き、振りかぶるようにして、少年の小さな身体を、容赦なく地面へと叩きつけた。


——そして、再び景色がぷっつりと切り替わった。



◇◇◇



視界が再び切り替わった瞬間、セシルの目の前には、どこか薄暗い部屋の中で向かい合うようにしてテーブルを挟んで座っている、二人の人影が浮かび上がっていた。


(......今度は誰だろう?影の大きさからして、大人のようだけど...?)


戸惑いながらもセシルは、この不可思議な体験に少しずつ順応しつつあった。


まるで夢の中で次々に映し出される場面を受け入れるように、彼女は自然と呼吸を整え、これから何が起きるのかを見極めようと集中しようとしていた。


すると、その時、テーブルの向こうに座る一人がゆっくりと口を開いた。


『アキラ...もう一度調べ直してみたけどさ。やっぱり、あそこまで強力な火を自在に操れる者となると、教団が抱える所謂、“花持ち(フラワーホルダー)”クラスの実力者くらいしかいないんだよ...』


アキラと呼ばれていた事で、話しを聞いている人物は、成長した姿のアキラなのだろうとすぐに察することができた。


しかし、それと同時に、アキラに語りかけている男性の声には、どこか聞き覚えがあり、さらにじっと目を凝らすと、淡い色合いの髪が影の隙間からこぼれ落ちているのが見えた。


(...あの髪の色。見覚えが、ある...ような)


セシルの目が驚きに見開かれるが、その感情以上に、彼女の意識はその中で初めて耳にした謎の単語へと引き寄せられていた。


(フラワーホルダー...?)


教団という言葉と共に現れたその聞き慣れない語に、セシルは眉をひそめながら頭を傾けた。


やがて、アキラと思われるもう一人の人物が、テーブルに肘を置いて適当に空気を切るように手を振りながら、どこか達観したように肩をすくめて言った。


『...まぁ、そうだろうな。妥当な結論だ』


その言葉を残すと、彼は後頭部を乱雑に掻きながら、ためらいもなく席を立ち上がった。


突然の動きに、もう一人の人物は驚いたように体を揺らし、必死に声を上げた。


『ぇっ、どこ行くの!?まだ、お話は——!』


しかし、その声が最後まで届くことはなく、アキラは迷いなく、ダンッと音を立てて掌をテーブルに打ちつけ、その場の言葉を制した。


『...それ以上、何も言わないでくれないか、エンデ。もう、行く』


それだけ言い放つと、彼は殴りつけたテーブルの表面を親指で軽くなぞり、拭うような仕草を見せながら、乱暴に足音を響かせて部屋を後にしようとした。


すると、アキラを引き留めようとするエンデは、慌ててテーブルに手をつき、椅子がひっくり返りそうな勢いで立ち上がった。


『ま、待ってよ!考え直してよ!“花持ち(フラワーホルダー)”クラスの連中に取り入って近づくために――憎くてたまらない精霊の力を使役する存在を、作り出すなんて......!』


その言葉にアキラは立ち止まり、顔を向けることなく低く笑った。だがその笑みには、どこか冷たく乾いたものが滲んでいた。


『狂ってるって...?ふっ、僕もそう思うよ。精霊だなんて...しかも、()()()でしかない、あんな存在なんてさ——』


——そして、今度はその場の闇が侵食してくるように景色が漆黒に塗り替わった。



◇◇◇



そして、場面が一変すると、今度はまるで水彩画の上に水を垂らしたかのように、風景が大きく滲んだ。


だがその中心には、セシルにとって見慣れた二つの人影――アキラとクロノスの姿が、はっきりと佇んでいた。


(......今度は、アキラさんとクロノスさん?)


景色こそぼやけていたが、二人の存在感は確かであり、特にその表情の対比が強く印象に残った。


アキラは不気味な笑みを浮かべているのに対し、クロノスの顔には明らかに暗い影が差していた。すると、アキラは腕を組み、横目でクロノスを見ながら口を開いた。


『なぁ、クロノス? 僕が作り上げたあの“果実”のおかげで、精霊様の器となり得るふさわしい存在が、“二人”も確認できただろ?』


『......あぁ』


アキラの口元には依然として笑みが貼りついていたが、クロノスはその言葉に対し歯切れ悪く、目線を逸らして答えていた。


そんなやりとりの中で、セシルはある言葉に胸をざわつかせた。


(二人? 一人は、わたし...だとしたら、もう一人は......誰?)


思考が交錯する中、アキラは額にかかる髪をわずかにかき上げながら、どこか高揚したような声を弾ませて叫んだ。


『なぁ、クロノス。この一帯に火を放って、“器”になり得る連中を炙り出して連れて来いよ。他は、魔獣でも誘き寄せて殺させればいいさ』


『......は?いや、そんな事はッ!』


目を逸らしていたクロノスは、その言葉を耳にした途端、深く低い声で疑問を漏らし、アキラをじっと睨みつけた。


一方、アキラは、焦点の定まらない視線でどこを見ているのかわからぬまま、呆れるように、そして狂気を滲ませながら口を開いた。


『あぁ...アイツは言ってたんだ。——ただ、うちの者が“火力を誤った”とか、“精霊様の意向で裁きを下した”とか、どこか()()()()()呟いておりましてね。——とな......』


クロノスが声をかけることもできずにいると、アキラは突如として感情を爆発させるかのように、全身から怒りを迸らせて叫んだ。


『だったら、いいじゃねぇかよ!!アイツは皆を焼き尽くして、満足げに笑ってたっていうんだろ!! だったら、僕だって、火を使ってすべてを燃やし尽くせばいい!!そうすれば、欲しいものが手に入り、満足できる、そうだろ?!お前はただ従ってりゃいいんだよ!! 契約者の僕に逆らうな、クロノス!!』


その怒声は空間そのものを震わせるほどの激しさを伴い、次の瞬間、視界は粉々に砕けるように弾け飛んだ。

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