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記憶喪失のわたしが契約悪魔と精霊を追う理由  作者: 黒月セリカ
第一部. 契約悪魔と精霊の交差点:忘却の契約と廻る歯車
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第33話. 込み上げる矛盾



数十秒の間を置いた後、クロノスは渋々ながら契約内容を問いかける為、ゆっくりと口を開いた。


「.........その、何を......願いたいんだ...?」


すると、アキラはわずかに眉を寄せ、思案するように目を伏せ、やがて、ゆっくりと口を開いた。


「...聞いておくが、誰かを蘇らせる事はできないのか?」


その言葉に、クロノスはまばたきを一度すると、即答した。


「無理だな」


クロノスは腕を組み、僅かに目を伏せながら、淡々とした声で続けた。


「いくら、命を弄ぶと言われている契約悪魔でも、生者を死者に変えることも、死者を生者に戻すこともできない」


クロノスがそうキッパリと言い放つと、アキラは表情を曇らせ、顔を伏せていた。


片手で目元を覆う仕草には、明らかに感情を隠そうとする意図があったようにも見えた。


(契約してまで誰かを生き返らせたいのか。そこまで強く思う相手がいたとは...)


契約相手の願いにそこまで関心を抱くことは少ないが、この男の執着心には妙な違和感があり、そんな彼にクロノスは再び首をコテンと傾けた。


やがて、数分の沈黙が経つと、アキラは手を下ろし、悔しげな表情を浮かべた。


「...なら...力をよこせ!精霊の力を、だ...!」


しかし、クロノスはすぐには了承するどころか、どこか不思議そうに小さく首を傾げた。


「......せいれい?聞いたこともない言葉だな」


率直な言葉に、アキラの苛立ちがさらに募るような表情を見せると、クロノスを勢いよく指差し、怒りを滲ませた声で言い放った。


「お前がそれを知ってるかどうかなんて、どうでもいい!!それよりもだ、この力をくれるのか、くれないのか、どっちなんだ!」


相手の焦燥と苛立ちが流石にひしひしと伝わって来たクロノスは、ほんの僅かに困ったような表情を見せたが、すぐに否定の言葉を返した。


「その せいれい、という存在を知らないな。だから、不可能とだけ言っておく」


「ちっ......契約悪魔ってのは、想像以上に使えないんだな」


アキラは指を下ろし、苛立ちを押し殺すように後頭部を乱暴に掻いた。


一方、クロノスはそれには構わず、少しだけ首を傾げると、素直に問いかけた。


「その、すまない......??で、あってるか?」


「僕に疑問形で聞くな!この、半端者感情が!」


短い怒鳴り声とともに、アキラは再び腕を組み、僅かに伏せた目を鋭く上げ、歯を食いしばりながら、重々しく口を開いた。


「.....なら、道を作れよ」


「道、だと...?」


クロノスは反射的に言葉を反芻し、アキラの方を見つめていると、彼の瞳は、決意を固めたように冷たく、どこか遠くを見ているようだった。


「あぁ、精霊の力を追いもとめる道筋だ」


「...道筋、か。随分と抽象的なものを要求するな。だが、それなら契約はできる」


静かに、クロノスはそう告げると、手を持ち上げ、指先から赤黒い鎖が現れ、ゆっくりとアキラの方へと伸びていく——が、直前でその手を下ろし、言葉を続けた。


「...契約したいということは、それ相応の代償を払うことになる。それでいいのか?」


すると、アキラは小さく鼻で笑い、虚ろな目を伏せながら低く呟いた。


「体でも、命でも、なんでも持っていけよ。僕には、もう戻る場所も失う物も。そんな物、ないんだからな......」


彼の声には、諦念と狂気が滲んでいた。それは、後戻りのできない覚悟の音色にも聞こえる。


そんなアキラの言葉の重さが、一瞬だけ胸に引っかかっり、クロノスはわずかに眉をひそめた。


しかし、それが何を意味するのかを深く考えることはしなかった。



いや、これまで通り、何も考えずに相手が口にした欲望のまま契約を結べばいい——そう思った。



「...そうか」


そう一言だけ返すと、クロノスは静かに手を掲げ、ゆっくりと力を込めた。


その瞬間——赤黒い光が、辺りを塗り潰した。


辺りの温度が急激に下がり、空気が張り詰める。


まるで、この場が現実ではなく、何か強大な力に引きずり込まれたような、嫌でも何度も感じた事のある、そんな感覚。


「...では、契約成立だ。精霊の力を追い求めるほど、お前の本来の魂は崩壊の道を辿る。それでもいいんだな?」


クロノスの声が響くと、アキラは一歩、赤黒い光へと足を踏み出し、ゆっくりと口角を上げ、嘲笑った。


「ああ、構わないさ。どうせなら、堕ちるところまで堕ちてやるさ......」


その言葉に、クロノスは一瞬動きを止めた。


さっきまで、「他人の願いに踏み込むのはよくない」と自分の中で結論を出していたはずなのに、不意に、彼の口が勝手に動いていた。


「なぁ、あんたは...その、“せいれい”ってものに思い入れはあるのか? 力が欲しいと願うほどに......」


アキラはしばらく口元に手を当て、何かを考えているのか、それともただ呆れているのか——クロノスがその表情を読み取る間もなく、突如として笑い声が響いた。


「アッハハハハハッ!!!」


突如としてアキラは狂ったように笑い出し、赤黒い光に満ちた空間の中、その姿はまるで“悪の支配者”のようにも見え、クロノスは思わずドン引きして一歩後ずさった。


(な、なんだこいつ...)


今、目の前にいるのは本当に“人間”なのか?


まるで何者かに取り憑かれたかのような、不気味な狂気。


いや、それだけじゃない――まるで“狂気”そのものが、この男の形をとって立ち上がったかのようだった。


やがて、アキラは目尻に涙を浮かべるほど笑い続けた後、名残惜しそうに肩を震わせながら、涙を指で拭った。


「はぁー......久々にこんなに笑ったよ。いいだろう、せっかくだから教えてやるよ」


ふと、アキラの瞳がクロノスを捉えると、その瞬間、笑いの余韻は一切消え失せていた。


「精霊なんて——大っ嫌いだ」


その声には、一片の迷いもなく、その場に響いた。


「むしろ滅んでほしいとも思ってるね、あんな化け物。いや、それらを本気で崇めているやつら全員もな......」


そう、言い終えたアキラは、少しだけ目を伏せていた。彼の言葉にはまるで長年溜め込んだ澱のような憎しみが、その言葉には染み込んでいた。


思った以上に余計な事を聞いてしまった気がして――ふと、無意識のうちに息を詰まらせ視線を逸らした。


「...なんだか、悪いことを聞いた気がしてきた...」


クロノスがぽつりと呟くと、アキラは肩をすくめたかと思うと、突然ズカズカと歩み寄ってきた。


「まぁ、世間話はこれくらいにしろ」


そして、ためらいもなくクロノスの手を掴み、そのままグイッと自分の方へ引き寄せた。


「さっさと契約しろよ」


アキラの手は、まるで、“人間”の温もりが抜け落ちたかのように妙に冷たかった。しかし、クロノスは深く息をつき、決意を固めるように頷いた。


「あ、あぁ...わかった...」


その言葉を最後に、辺りは爆発的に輝き、契約は完了した——



✿✿✿



アキラとの契約した日を思い返していたクロノスは頭を抱え、過去の記憶が、胸を締めつけるように蘇らせていた。


(......そうだ。あの時、あいつは精霊を心底嫌っているように見えた)


——それなのに。


クロノスの脳裏には、矛盾するアキラの姿が次々と蘇っていた。


「精霊《《様》》の力——」


「精霊《《様》》のために——」


まるで信仰者のように、“様”をつけて豪語するアキラ


そして、馬車に乗っていた際、クロノスが「精霊は魔獣と同等の存在なのか?」と問いかけた時、アキラは明らかに「侮辱するな」と言わんばかりにキレていた。


さらに、本人の口から出た、「俺は精霊様を崇めている」という言葉。


——でも、契約前のアキラは、精霊を憎悪していたはずじゃないか?


(......俺は、あの時、魂の消失を代償に求めた)


もし、その代償が――


あの契約の後、アキラをまるで“別人”のように変えてしまったとしたら?


もし、契約によって、アキラの何かが“歪められた”のだとしたら?


そして、もし、俺が契約しなければ――あいつは、どうなっていた?



(いや、何を考えているんだ、違う。彼がセシルを苦しめ、セシルの人生を壊した。それがすべてだ。俺の後悔なんて関係ない。関係あるはずがない——)


......そう結論づけるしかなかった。どんな契約であれ、彼はこうなったのだ。



そう自分の中で結論づけたクロノスは顔を上げると、先程まで自身を嘲笑うように困った笑顔を浮かべていたセシルの姿が、どこにも見当たらない。


「っ、セシル。どこだ!」


慌てて周囲を見回すと、崩れた瓦礫のそばでしゃがみ込み、瓦礫の山になった場所をじっと見つめている彼女の姿が目に入った。


「......セシル?」


不思議に思いながら近づこうとしたその時、セシルは顔を上げ、クロノスに手を振った。


「クロノスさん!!血痕が向こうに続いています!!人影はきっとあっちです!!アキラさんも...!!」


そう叫ぶと、セシルはクロノスの返事も待たずに立ち上がり、何かをスカートのポケットに押し込んで、勢いよく走り出した。


「っ、あ、おい!」



思わず手を伸ばしたが、迷いなく前へ進む少女の背中は、ひどく遠く見えた。


——そして、彼女は一言も「許す」とは言わなかった。


それでも、わずかに残された希望を掴み取ろうとしている。


それなのに——


「クソっ、俺は......!」


何が正しいのか、もうわからない。ただ、一つだけ確かなのは。


目の前の少女は、それでも前へ進もうとしているということ。


ならば——



「待て!!セシル!!」


クロノスは少女の背を追った。迷うよりも先に、駆け出していた。

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