第27話. 巡り合う武器
セシルとクロノスは、ルカとブリギッタが帰ってくるまでの間、壁に飾られた様々な武器を手に取りながら、セシルに合う新しい武器を探していた。
「やはり、片手剣が一番使い慣れている感じがするな...」
クロノスはそう小さく呟きながら、少し高い位置に飾られた片手剣に手を伸ばし、唸るように見つめながら考え込んでいた。
「セシルはどう思うんだ?やはり片手剣だと違和感が......何やってるんだ一体」
片手剣を構えながらセシルに声をかけようと振り向いたクロノスだったが、彼女の姿を目にした瞬間、呆れたような声を漏らしていた。
そこにいたセシルは自分の背丈ほどもある巨大な盾を両手で持ち、まるで戦闘時をイメージするかのように、攻撃を弾く動作を繰り返しており、振り回すたびに、空気を切る鈍い音が鍛冶屋の中に響いていた。
「...さっき眺めていた高価な素材が入っている棚などに間違ってでもぶつかったりするんじゃないぞ」
「大丈夫ですよ!こう見えて周りは見ていますので!」
セシルの言葉にクロノスはしばらく口を挟まずに様子を見守っていると、セシルは額を腕で軽く拭いながら、盾の底を床に置き、軽く息を吐いた。
「ふぅー、ごめんなさい。無我夢中に振り回すだけでもこれ、かなり楽しくて! 思わず夢中になっちゃいました!」
そう言いながら満足げな表情を浮かべ、セシルは片手で盾を軽く叩いていると、クロノスは少し考えた後、手の甲を下に向けた状態でセシルが持っている盾を指さした。
「...盾が良いのならそれでも構わないのだが――アキラ様の前で堂々とそんな大きいものを背中に背負うわけにも行かないだろう」
「......あ」
セシルは小さく声を漏らし、カメのように盾を背負う自分の姿を想像した。そのあまりにも不格好な情景に、さすがに無理があると悟ると、何も言わずにそそくさと盾を元の場所へ戻した。
そして、恥ずかしそうに髪を指でくるくると巻きながら、クロノスのもとへと戻ると、彼が持っていた片手剣に目を落とし、彼女の表情がわずかに曇らせた。
「......剣か。やっぱりわたしにはこれが一番、なのかな。もう少し練習とかしないとだね」
そう言いながら、セシルはクロノスから片手剣を受け取ろうと手を伸ばしたが、その瞬間、クロノスは素早く剣を持ち上げ、彼女の手が届かない高さへと掲げられた。
「えっ?」
突然の行動に、セシルは伸ばしかけた腕の行き場を失い、驚きのあまり動きを止めたが、意を決して再び手を伸ばそうとしたが、クロノスは何事もなかったかのように、持っていた片手剣を元の場所へと戻してしまった。
「あれ...?あの...?」
セシルは完全に伸ばした腕の行き場をなくしたことで、困惑している事しかできずにいると、そんな彼女にクロノスは一瞥をくれ、静かに口を開いた。
「そんな暗い顔をするくらいならやめておこう。ここで見繕う、なんて言ったが、今じゃなくてもいいんだぞ。無理に合わない武器を選んで、持ち合わせている力を軽減させるわけにはいかないからな」
「えー、でも——」
セシルは未練がましく、戻されてしまった剣をチラリと見やりながら、少し渋るように口を開いたがその瞬間、カチャリと小さな音が響き、それと同時に、クロノスに肩を引かれる強い衝撃が走った。
——シュンっ
直後、空気を切り裂くような鋭い音が耳元をかすめ、何かが垂直に床へと落ちる音と、わずかな空気の流れを感じた。
「...っぶな」
クロノスの低い声が耳元で響く中、セシルは突然の出来事に心臓をバクバクと鳴らしながら、すぐ近くの床に目を向けると、そこには綺麗に手入れされた剣が、刃先をむき出しにしたまま、まるで狙いを定めたように床へ深く突き立っていた。
壁の上方に視線を移すと、飾られていた横長の小さな棚が片側の釘が外れたせいで大きく傾いており、その上には、剣の鞘の紐と思われるものがかろうじて引っかかったまま、空中でゆらゆらと揺れていた。
「ひぇ...今度こそ串刺しになってました。...助かりましたクロノスさん」
「あぁ、気を付けろよ」
そう言いながら、クロノスはセシルの頭を一撫ですると、即座に宙に真紅の鎖を召喚させ、それを操りながら辛うじてぶら下がっていた鞘を掴み取った。
「セシル、すまないが持っていてくれ」
クロノスは鎖で掴んだ鞘を手早くセシルに鞘を渡すと、すぐ近くの椅子を鎖で滑らせるように移動させ、器用にぶら下がっていた棚を安全に取り外そうとしていた。
一方、有無を言わず鞘を渡されたセシルは、それを両手に横たえるように持ちながら、床に刺さった剣をじっと見つめていた。
(綺麗だな、あれ......)
そんな感慨を胸に抱きながら、セシルは鞘を腰に紐を引っかけながら、ゆっくりと歩み寄り、両手で持っていた鞘を片手に持ち直すと、目の前に突き立つ剣を見つめた。
刃先は床に深く食い込み、光の加減で鈍く輝いている。それはただの武器というより、まるで何かを待つように静かに佇んでいて、奇妙な存在感を放っていた。
彼女はそっと柄へ手を伸ばし、指先が触れた瞬間、わずかに息を呑む。金属特有の冷たさとは異なる、肌の奥にじわりと染み込むような感触。
単なる道具に触れているというより、意志を持つ何かと接しているような、そんな錯覚さえ覚える。迷いを振り払うように、指に力を込めると、柄はしっかりと手に馴染み、驚くほど自然に握ることができた。
シャキン——
ほとんど抵抗なく引き抜かれたその剣は、鋭く澄んだ音が空間を切り裂き、まるで時間が止まったかのように、余計な音が消え、視界の中心には手にした剣だけがある。
指先に伝わる冷たさとずしりとした重み。握り慣れたはずの武器でありながら、これまで扱ってきた剣とはまるで違う感触。
鋼の塊としての重量ではなく、何かを背負わせるかのような、得体の知れぬ重圧。長年の時を経てきたかのような存在感をまといながらも、どこか馴染みのある手触りがして、セシルは無意識のうちに親指で鞘に刻まれた模様をなぞっていた。
そんな剣の刃部分をじっくりと観察していると、一定の間隔で細い切れ込みのような線が刻まれているのに気づいた。
「......ん?なんだろう、この切れ込み?」
首を傾げながら、セシルは指で優しくその切れ込みを沿うようになぞっていると、ガチャリと奥の扉が開く音がした。
ハッとして顔を上げると、クロノスも同じように気づいたのか、そちらへ視線を向けると、そこには、ほのかに紅茶の香りを漂わせる鉄瓶を持っているブリギッタと、小さなクッキーを入れたバスケットを持ったルカが立っていた。
二人の視線は、セシルの手にある剣や鞘そして、クロノスがちょうど降ろしたばかりの棚へと注がれていた。
「......あ、ブリギッタちゃんにルカくん」
視線の気まずさに耐えきれず、セシルは申し訳なさそうに顔を伏せるしかなかった。
すると、そんな彼女に代わり、セシルと同じように申し訳なさそうな顔をしたクロノスが先に口を開いた。
「すまない。先程、この棚が外れて武器が落ちてきたんだ。弁償...は手持ちがないから、せめてこの棚の修理はさせてくれ...」
「えっ、そんな!修理だなんて、とにかくお怪我されてませんか!申し訳ないです!!」
クロノスの言葉が終わると同時に、ブリギッタは慌てたように頭を下げ、ルカも彼女の様子を見ながら、慌ててペコリと頭を下げていた。
すると、ブリギッタより先に顔を上げたルカが、手に持っていたバスケットを歩きながら鉄製のテーブルへと置くと、クロノスに向かって元気よく両手を差し伸べた。
「クロっち!そのたな、とりあえずぼくにわたして!」
クロノスは元気いっぱいのルカを見て一瞬怪訝な表情を浮かべたが、すぐに何かを察したのか、脚立から降り、棚を床に下ろしながらルカの視線と同じ高さになるようにしゃがみ、優しい声で諭すように話しかけた。
「ルカ。こういうのは危ないから、大人である俺に頼ってくれ。俺が直すから、そのための道具だけ貸してくれないか?」
「...大人に、たよる......うん、わかった!!道ぐあっちにあるはずだし、さがしに行こ!!」
ルカはクロノスの言葉を反芻するように呟いたあと、嬉しそうにクロノスの手を掴むと、先ほど出てきた扉の方へ勢いよく引っ張り始めた。
「っ、待て待て。そんなに勢いよく引っ張るな」
クロノスは、しゃがんだ状態から無理やり立ち上がらされる形になりながらも、そのままルカに引っ張られていき、セシルとブリギッタの横を通り抜け、扉も閉めずにそのまま部屋を去っていった。
「ふふっ、あの二人の会話、微笑ましいな」
セシルはクロノスとルカの背中を見送りながら、手慣れた動きで腰から鞘を取り外し器用に剣を鞘へと収めた。
独り言のように呟き、口を緩めていると不意に声がかかった。
「それ、気に入りました?」
「えっ...?」
驚いて声がした方を見ると、ブリギッタは、ルカが置いて行ったクッキー入りのバスケットの傍に鉄瓶を静かに置くと、口元に手を添えて優しく微笑んでいた。
彼女の視線は、セシルの顔を見た後、自然とセシルの手に握られている剣へと向けられていた。
「あっ、この剣のことですか?」
鞘に収められたその剣は、妙に手に馴染む気がして、無意識のうちに、鞘に彫られた模様を指でなぞっていた。
そんなセシルの仕草を見ながら、ブリギッタはゆっくりと目を細め、穏やかな声で言った。
「それ......おじさまと一緒に作った最後の武器なんですよ」
「...おじさまと?」
セシルは驚いてブリギッタを見つめた。彼女の微笑みには、どこか遠い記憶を懐かしむような寂しさが滲んでいた。
「はい。ここで元々鍛冶屋として働いていたおじさま。と言っても血は繋がっていないんですけどね。こんな腕で彷徨っていた私とルカを受け入れてくださったんです」
「......そう、だったんだね」
突然のブリギッタの過去のカミングアウトに、思わず次の言葉を探していると、彼女はゆっくりとセシルに歩み寄ると、そっと目を細めながら右手を伸ばし、セシルが無意識に触れていた鞘の模様を掌全体で撫でていた。
(......元々、もうこの世にはいない......いや、不確定な憶測もよくないよね。とにかく、これには彼女の大切な思い出が詰まっているんだね)
ブリギッタの表情を見て、それ以上踏み込んだことは聞かない方がいいと判断しながらも、何かを感じ取るように静かに思案していたセシル。
しばらくの間を置いた後、やがて気を取り直し、鞘から刃を軽く覗かせるように引き抜きながら、隣で武器を慈しむように眺めていたブリギッタに優しく話しかけた。
「そういえば、この剣の切れ込みって...?」
何気なく問いかけると、ブリギッタは少し楽しげに笑うような表情を見せた後、後ろへ数歩下がるように距離を取りながら、片手で鞘から剣を抜くようにジェスチャーを向けた。
「それはですね......刃の付け根のあたりに小さな取っ手がついているはずです」
「付け根に取っ手、ですか?」
セシルは半信半疑で鞘から剣を引き抜くと、柄の部分を手探りするように回しながら指を這わせると、突然カチッと乾いた小さな音が鳴り響いた。
どさどさっ――!
「うわっ!?」
鋼の響きと共に、剣の刃がまるで鞭のようにバラバラとほどけ、蛇のようなしなやかな動きで床に広がった。
思わず驚いたセシルが柄を握ったまま後ずさると、剣は彼女の僅かな動きに呼応するように、床の上でゆるやかに揺れていた。
「......す、すごいっ...!」
呆然としたままそれを見つめるセシルを横目に、ブリギッタは満足そうに微笑んでいた。
「ふふ、凄いですよねその技術。それはウィップソードと言われるもので、他の大陸では蛇腹剣と呼ぶ人たちもいますね」
「ウィップソード...」
セシルは再び柄を握り、そっと持ち上げるように手首だけを動かして真上に振ると、バラけていた刃が連なるようにしなり、彼女の手の動きに正確についてくるように空を切る鋭い音を放ちながら舞い上がった。
パシッ——!
その光景にセシルは思わず目が輝かせると、周りを気にしながら、軽く振り回したり、柄の取っ手部分をもう一度押し、鞭の形状を剣の形に戻しながらそのまま華麗に振るったりと、すっかりその武器に魅了されていた。
ブリギッタはそんなセシルの様子をじっと見つめた後、ふっと微笑むと、静かに口を開いた。
「...よろしければ、その武器、差し上げますよ?」
「えっ!? いやいやいや!!そんな、そんな、そんな!!」
突然の申し出に、セシルは慌てて剣を鞘にしまうと、淡々と言葉を言い放ったブリギッタを前に、もはや彼女の肩を掴むほどの勢いで近づいた。
「これ、ブリギッタちゃんにとって、思い入れのある武器なんじゃないの? あんなに高い場所に、専用の棚まで作って飾っていたくらいだし...」
セシルはクロノスが外して床に置いていた棚と、元々棚があった場所をそれぞれちらりと見ながら、剣を横たわらせて返そうとする。
しかし、ブリギッタはやんわりと受け取りを拒否するように右手を掲げ、穏やかな笑みを浮かべたままぽつりと呟いた。
「...あの棚が、セシルさんたちが訪ねてきた時に落ちてくるなんて......運命だと思いません?」
「...え...えっと、それは――」
運命。そんな大げさなものだろうか。たしかに、この剣を初めて手に取ったときから、妙に惹かれるものはあったが、それは単なる偶然じゃないのか?
そんな考えがセシルの頭をよぎる中、ブリギッタの穏やかな問いかけに思わず言葉を詰まらせていた。どう答えればいいのか考え込んだ、その瞬間――
ガンッ!!
突然、扉が乱暴に押し開かれ、乾いた靴音が鍛冶屋の床に響いた。
反射的に顔を上げると、そこには乱れた髪の見知らぬ男が立っていた。
セシルは思わず警戒し、一瞬身構えようとするが、ブリギッタがそっと手元を下すように促した。
「......見ないお客様ですね。すみません、セシルさん。行ってまいります。その武器の件、ぜひ検討してみてください」
そう言い残し、ブリギッタはセシルが持っていた剣を一瞥した後、荒々しく入ってきた男の方へ歩いていった。
(......小さいのにしっかりしてるな、ブリギッタちゃん)
彼女の幼いながらも大人顔負けの口調と態度、そして左腕がないという事実を受け入れながらもたくましく振る舞う姿を見送りつつ、セシルは自分の手に収まっている剣に視線を落とした。
「ふふ、運命、か。君はどう思うかな......なんて」
セシルはまるで剣に話しかけるように小さく呟くと、指先で柄をなぞりながら、ふと小さく笑っていた。
「わたしも記憶をなくして、契約悪魔だの精霊だの...気がつけばこんな運命に巻き込まれちゃって...」
その言葉はまるで他人事のように言いながらも、どこか自分自身に向けたもののようでもあった。
「――君も、そうだったりしてね」
軽く冗談めかして言いながら、そっと剣を持ち上げてみると、その冷たい金属の感触が、まるで答えるように手に馴染んだ気がして、セシルはほんの少し目を細めた。




