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記憶喪失のわたしが契約悪魔と精霊を追う理由  作者: 黒月セリカ
第一部. 契約悪魔と精霊の交差点:忘却の契約と廻る歯車
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第25話. 忍び寄る分かれ道



あれから数分が経ち、セシルは意識を失うことはなかったものの、腕に広がった紫色と青白い色が互いにせめぎ合いながら消えかける瀬戸際で揺らぐ花びら模様が収まるのを、じっと座ったまま待っていた。


一方、クロノスは人通りが中央広場ほど多くはないものの、通り過ぎる人々の視界にセシルの腕が映らないよう、気を使いすぎない程度に軽く隠しながら見守っていた。


以前のように無闇に力を流し込むことはせず、ただ様子をうかがっていたが、ふと視線を腕から外し顔を上げると、セシルと目が合うと、彼女はなぜかニコっと笑いかけてきて、クロノスは思わず困惑の色を見せるしかなかった。


「な、なんだ...笑ってる場合ではないだろ」


するとセシルは一度、自分の腕元に視線を落として何かを考えるような仕草を見せた後、目を細めながらクロノスを見上げて口を開いた。


「クロノスさんが力を分けてくれたから、以前より楽なんですよ...ありがとうございます」


「...」


一見、余裕がありそうに見える彼女だったが、顔には明らかに無理をしているような引き攣った表情が浮かび、息も落ち着いたとはいえまだ荒いままだった。


そして肝心の腕は、紫色が優勢になってきているとはいえ、今なお脈打つように龍の鱗のように広がる花びら模様がそこにあり、もともと体に残る切り傷とも相まって痛々しく見えた。


クロノスはそんな彼女を見つめながら小さくため息をつくと、そっと体を引き寄せ、自分にもたれかかるよう促した。


「痩せ我慢を張るのは良くない。原因不明の症状なんだ無理はするな...」


すると、セシルは少し驚いたような表情をしながらもクロノスに促されるがまま体を預けながらポツリと呟いた。


「ふふっ、焦げ臭いですねクロノスさん」


「なっ...!」


街に辿り着く前、炎を纏った魔獣と戦った時についてしまった匂いなのだとクロノスに心当たりはあったものの、突然セシルが呑気な事を言い出した事でクロノスが口を挟もうと、思わず声を漏らしながら口を開きかけたが、少し落ち着いたような表情の彼女に少し安堵の色を見せて、そのまま何も言わずに口を閉じていた。


すると、まるでクロノスの代わりにセシルが口を開き、話を続けた。


「この症状、アキラさんによって与えられた、わたしの中にある精霊の力と関係あるとは予想できるんですけど、なんでこんなに突然...」


その言葉に耳を傾けていたクロノスは少し考えるように目を伏せていた。


「...謎だな。そもそも精霊という存在が人型なのか概念的な存在なのか、それともただの空想上のものなのか、それすら分かっていない。ただ、一つ言えるのは――セシルから以前のような歪んだ空気を感じないってことだ。俺が分けた力が、それなりにストッパーの役割を果たしているのかもしれないな」


そんな会話を交わしているうちに、セシルの腕に広がっていた花模様は、気づけば関節あたりまで縮小しており、彼女の顔にも、先ほどまでの苦しげな表情はなく、比較的楽そうに見える。


すると、セシルは寄りかかっていたクロノスからそっと身を離し、辛うじて地面に落ちずに残っていた包帯を手に取ると、二の腕あたりから下へ向かって、手早く自分の腕に巻きつけ始めた。


「あ、おい。その包帯そのまま使うのか?」


「ん...?」


ちょうど腕に広がった花模様が隠れたところ辺りまで包帯を巻いていたセシルは一度その言葉に手を止めながら傾げていると、クロノスはセシルの腕に手を伸ばした。


「せっかく街に来たんだ。新しい包帯を新調してそれに――」


「~~っ...!」


クロノスが包帯を外そうと、彼女の腕の関節あたりに手を添えた瞬間、セシルは顔をしかめるように肩をすくませた。


クロノスは申し訳なさそうにパッと手を離したが、バツの悪そうに腕をさすりながらプイッと顔を逸らす彼女の様子を見て、何かを感じ取ったように問答無用で腕を掴むと、無言のまま手早く包帯を解いていった。


「ぁ、ちょ...」


セシルが制止する間もなく、包帯は外され、再び花模様が露わになる。しかし、クロノスはそれには目もくれず、彼女の腕をひっくり返すようにそっと回した。すると――


「っ、どうしたんだこれは」


そこには、肘のあたりにうっすらと血が滲み、赤くなった擦り傷ができていた。少しでも動くたびにジワリとした痛みが広がるのが見ているこちらにも伝わってくる。


「...いやぁー。えっへへ、何でしょうねこれ。さっき、無我夢中で走ってた時、知らないうちにどこかにぶつけちゃったのかもしれないですね」


「はぁー、まったく......」


クロノスは呆れるように顔に手を当てると、ふと、セシルがルカの怪我を治していたことを思い出し、ゆっくりと手を下ろしながら口を開いた。


「......ん? そういえば、治癒魔法ハイリゲが使えるなら、自分に使えばいいではないか」


すると、セシルは首を傾げ、きょとんとした顔をしながら、傷の部分に向かってもう片方の手をかざした。


まるで念力を送るように、大げさな動きをしながら見せていたが――しかし、傷は一向に癒えることなく、ただ無言の空気が流れるだけだった。


そんなセシルの様子を見ていたクロノスは、諦めたように息を吐き、彼女の腕から手を離すと、近くに落ちていた空のジュースの容器を拾い上げ、ついでに、自分が飲み残していた容器も手に取ると、そのままベンチから立ち上がり、セシルの方に顔を向ける。


「とにかく。近くで薬でも買ってくるから、大人しく座って待ってろ」


「はーい、わかりました! 待ってますね」


セシルは軽く頷きながら、呑気そうに手を振っていた。そんな彼女に背を向け、「たしか、それらしい店があっちにあったな」と思い返しながら、クロノスは歩き出した。


しばらく進んだところで、クロノスはふと何かに気がついたように立ち止まり、服の裾を軽く摘みながら見下ろし、眉を寄せた。


「......たしかに焦げ臭い。というより、微かに燃えているような匂いがするな」


クロノスはそう呟くと、怪訝そうな表情で手首の裾に鼻を近づけ、わずかな違和感を覚えつつも、首を傾げながら再び歩き出した。



✿✿✿



あれから少し時間が経って、セシルはクロノスが買ってきた薬を新しく新調した包帯に軽く染み込ませ、手早く巻かれていた。


そして、今は二人揃ってベンチを離れ、ルカが走って行った方向へゆっくりと歩いて行った。


「んー、たしかに治癒魔法ハイリゲってもっと、こう綺麗な光を放っていたというか...」


「そうだろ?それに、自分を癒せない治癒魔法ハイリゲなど聞いたことがないぞ」


セシルはその言葉に顔をしかめながら、クロノスに手先まで巻いてもらった包帯に目線を落としていた。


そんな彼女を横目にクロノスは声をかけようと口を開いたが、何かに気がついたらように口を閉じそのタイミングで前から声がかかってきた。


「あっ...!!」


「ん?」


セシルは突然かかった声に反応し、目線を上げようとしたが、その瞬間、足元にドスンッと軽い衝撃が走った。


不意を突かれ、思わず後ろによろけそうになるが、クロノスがとっさに背中を支えてくれたおかげで、なんとか体勢を保つことができた。


ふと、衝撃が走った足元に目を向けると、そこにはセシルのお腹あたりに顔を埋めるようにくっつけたままのルカの姿があった。


「あれ?ルカくん...。ふふっ、どうしたの〜」


セシルは優しく声をかけながら、無言で顔を埋め続けるルカの頭を軽く撫でた。彼の表情を見ようと、そっと体を放そうとするがルカはセシルの体にしっかりと腕を回し、離れようとしない。


困ったセシルは思わずクロノスの方を見上げ、視線を送る。クロノスと目が合うが、彼は軽く肩をすくめるだけだった。


そして次の瞬間、セシルの前に回り込んだクロノスは、ルカの脇に両手を差し込み、ひょいっと軽々と持ち上げた。すると――


「......ぅぅ、ぐすっ」


「えっ! ど、どうしたの!?」


クロノスに抵抗することなく持ち上げられたルカの顔には、涙が滲んでおり、泣き腫らした目元は赤く腫れ、彼の小さな肩は震えている。その姿を見たセシルは、驚いてすぐにルカの前へと歩み寄り、優しく声をかけた。


一方のクロノスは、ルカの顔を正面から見ていなかったものの、セシルの慌てぶりとすすり泣く声から状況を察したのか、ルカを抱えたまま少し気まずそうな表情を浮かべていた。そんな混沌とした空気が流れる中――それを破るように、別の声が響いた。


「ルカー!!」


突如響き渡った女の子の声に、セシルとクロノスは反射的にそちらを向くと、そこには、厚手の素材のワンピースの上にエプロンのようなものを首にかけ、袖が長すぎて手が見えない少女の姿があった。髪はハーフアップに軽くまとめられ、年齢は十代前半ほどに見える。


「......ルカ。お前の迎えじゃないのか?」


少女が駆け寄る間、クロノスは腕の中のルカに小さく声をかけながら、ゆっくりと地面に降ろすと、ルカは目の前にいたセシルの足元に再びくっつこうとしていた。


駆け寄ってきた少女は、一瞬だけセシルとクロノスに警戒の視線を向けたが、セシルにしがみついたままのルカの様子や、クロノスの顔を見て何かに気づいたのか、考えるようにじっと見つめた後、すぐにスカートの端を軽く摘み、礼儀正しく会釈をし始めた。


「弟のことを助けてくださった方々ですね。お話は伺っております」


見た目に反して、落ち着いた大人びた口調にセシルは驚き、思わず同じように頭を下げることしかできなかった。


「ねぇ、ルカ。迷惑だから、さっさと離れなさい」


セシルが頭を下げていると、その少女はセシルにくっついたままのルカに近づき、右手をルカ肩に置いて引き離そうとしていた。


片手で引っ張る少女と、頑なに離れまいとするルカ。そんな二人の小さな攻防が足元で繰り広げられる中、セシルはどうすることもできず、ただ困ったような表情を浮かべていた。


一方、クロノスは無言でその様子を見守りながらやや細めた目を向けていると、その視線に気がついたように少女は、ピタリと動きを止めると、クロノスとセシルの顔を交互に見つめると、少し考えるように間を置いた後、静かに口を開いた。


「......らちが明かないので、私たちのお店に案内させていただきます。そこで色々とお話します。では、ルカをよろしくお願いします」


そう言い、再び頭を下げると、諦めたように小さくため息をつきながら、クロノスの横を通り過ぎて先へと歩き出した。


「ルカくん、手、繋いで一緒に行こうか!」


先に進んでいく少女を横目に、セシルはルカに視線を落とし、にこっと微笑みかけると、ルカはその声に反応したように顔を上げた。


「......ぅん!」


ルカは目を擦りながら、小さな手を差し伸べるとセシルはその手をそっと握りしめ、少女を追うように歩き出した。


「...あの子――」


クロノスは、すぐに後を追うことはせず、手を口元に当て、小さく呟きながら先を歩いて行った少女の様子をじっと見つめていた。

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