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記憶喪失のわたしが契約悪魔と精霊を追う理由  作者: 黒月セリカ
第一部. 契約悪魔と精霊の交差点:忘却の契約と廻る歯車
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第24話. 僅かな違和感



少しの沈黙の後、クロノスはジュースの容器をベンチに置き、視線を遠くへと向けながら、やがてゆっくりと話し始めた。


「...そうだな。まず、言っておくが、全ての貴族がそうだとは思わないでくれ。ただ、俺が関わった連中は――そういう奴らばかりだった」


セシルはその言葉に耳を傾けながら、話の腰を折らないように静かに首を軽く縦に振り、クロノスの次の言葉を待っていた。


「以前の契約者の話になるんだが......一部の貴族は自分の保身の為に、平然と他人を蹴落としたり、命を奪ったりする存在。そんな連中たちばかりと俺は長く関わっていたんだ」


すると、クロノスは視線を近くに戻し、笑顔を浮かべながら楽しそうに歩き去っていく人々の流れを見つめていた。


一方、そんな彼の横顔を眺めていたセシルは、クロノスが来ている貴族のような服装に一瞬、目線を移しながら口を開いた。


「では、クロノスさんが今、貴族と同じような格好をしてるのって、何か関係が?」


クロノスは一瞬、セシルの言葉の意味を測るように彼女を見た後、ゆっくりと視線を自身の服へと落とし、袖を軽くつまみながら、僅かに苦笑した。


「......まぁ、俺が過去、契約者である貴族たちと共に過ごしていた名残みたいなものだ。癪だが、彼らと共に過ごすうえで、契約悪魔であると悟られない為に近しい格好をしなくてはいけないからな」


そうクロノスが話し終えると、セシルはどこか疑問に思うように手を顎に当て、考える仕草を見せていた。


(...うーん?そこまでは理解できるけど。なら、クロノスさん、なんで――)


彼女の脳裏に、クロノスがルカの荷物を取り返してきたときの様子が蘇っていた。


あの時、貴族と間違えられたことでクロノスは明らかに不機嫌そうで嫌悪すら滲ませていた様にも見えた。それなのに、どうして――


そんな考えを思い浮かばせていたセシルは少し口ごもりつつも、意を決してもう一度問いかける為に口を開いた。


「では、クロノスさん。名残なのはわかったんですけど、どうして今も貴族と同じような格好をしているんですか? 間違えられますし、別の服を着てもいいのではないんですか?」


すると、クロノスは驚いたかのように微かに目を細めると、どこか皮肉げな笑みを浮かべていた。


「......矛盾してるよな。俺もそう思う」


彼は一度言葉を切り、視線を地面に落としたまま考え込むように沈黙すると、僅かの間を置いて再び静かに言葉を継ぎ出した。


「俺は...感情を持ち合わせてしまったことで、貴族という存在に苦手意識を持つようになった。連中の傲慢さや、他人を道具のように扱う態度には反吐が出る」


クロノスは自嘲気味に笑いながら、自身の袖を軽く引いた。その仕草には、長年積み重ねてきた感情が滲んでいるようにも見えた。


「...それなのに、このような服を着ていると落ち着くんだよ」


セシルはその言葉を聞き、自分の手元に視線を落とし、包帯の巻かれた手をそっと両手を握り合わせながら口を開いた。


「色々な物を見てきたんですね...クロノスさんが苦手視するような契約内容なんて――っ!」


セシルが問いかけようとしたその瞬間、突然辺りの空気がピリッとした空気に代わり思わず、言葉をそのまま飲み込んで思わず、クロノスの顔を見上げていた。


そこには、目に光が宿しておらず、怒りとも拒絶とも捉えるような冷たい表情をしていたクロノスの姿があり、セシルは思わず、固まってしまった。驚きで硬直しているセシルの横で、彼は低い声で話し出した。


「言っただろ。他人の命を平然と扱うような存在なんだよ俺は――」


クロノスがそう冷たく言い放った瞬間、セシルはハッと表情を戻しつつ、自分の足元に視線を慌てて落とし、クロノスの顔が見ないように黒髪をまるでカーテンのように垂らし申し訳なさそうにしていた。


「...っごめんなさい」


セシルは消え入りそうな小さな声で謝ると、その言葉を聞いたクロノスは、一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに顔をそらし、自分自身の態度に苛つくように短く息をついた。


そして、再びセシルに視線を向けると、静かに手を伸ばし、彼女の黒髪が顔を覆うように垂れ下がっているのをそっと耳にかけながら、落ち着いた声で話しかけた。


「...悪かった、八つ当たりみたいになってしまって」


クロノスの手が触れた瞬間、セシルは驚いたように目を見開き、彼を見上げながら、セシルは慌てて首を振りながら、静かに話し出した。


「いぇ!クロノスさんが謝る必要なんてないですよ!わたしが踏み入った話をしちゃったので...」


セシルの小さな声は、風にさらわれるようにかき消され、その場には、ひんやりとした沈黙が落ちた。


クロノスも、その重たい空気に耐えられなさそうに、少し申し訳なさげな表情を浮かべると、ベンチに置いていたジュースを手に取り、無言のままストローに口をつけていた。


すると、突然その静けさを思い切り吹き飛ばすような、明るい声が響いた。


「セシルーー!!クロっちーー!!」


「ぶはっ、けほっ...けほっ!」


突然の声に、ちょうどジュースを口に含んでいたクロノスは驚きのあまりに喉に詰まらせてしまったらしい。


反射的にセシルと共にその声の主の方を見やると、ルカが片手にジュースの容器を持ち、もう片方の手を大きく振りながら、にこにこ顔で駆け寄ってきていた。


その無邪気な笑顔を見て、セシルはクスッと笑みをこぼし、いたずらっぽい表情を浮かべながらこっそりクロノスの方へ顔を向け、囁いた。


「クロっち。...ふふっ、可愛らしいあだ名じゃないですか」


「やめてくれ、俺の威厳が......」


クロノスはジュースで濡れた口元を軽く拭いながら、呆れたような声で静かに言い放っていた。一方、セシルにはそれが恥ずかしがっているように見えてしまい、ますます口角が上げていた。


そんなやりとりをしている間に、ルカは二人の座るベンチの目の前にたどり着き、セシルはルカの方に視線を移し、クロノスとの間に少しスペースを作るように横へと滑りながら話し出した。


「ルカくん、よかったら真ん中にどうぞ」


「わー!ありがとう、セシルお姉ちゃん!!」


ルカは満面の笑みを浮かべると、ぽふッと軽やかにベンチへ腰掛け、小さな手でしっかりとジュースのカップを抱えながら、クロノスをじっと見上げた。


「クロっち、どうしたの?もしかして、ジュースおいしくなかった?」


無邪気な問いかけに、クロノスは軽く頭を掻きながらルカに視線を落とした。


「...いや、なんなんだその呼び方は?」


その言葉にルカはジュースを持ち直しながら、ニカッといたずらっぽく笑いながら口を開いた。


「えー、だって。クロノしゅ、ってなんだか言いにくいんだもん。あ、もちろんいやだったらお兄ちゃんって呼ぶからね!」


ルカの屈託のない笑顔に、クロノスは思わずルカの頭に手を伸ばし、優しく撫でながら微笑みを返していた。


「......まぁ、好きに呼べばいいさ」


クロノスがこうして誰かに懐かれるなんて珍しい光景を見て、セシルは微笑ましげにそっと手を口元に添えていた。すると、ルカはそんな二人を交互に見ながら、興味深げに目を輝かせた。


「ねね、じゃあさ!二人はどのくらいここにいるつもりなの?たび人さんなら長くはいないでしょ?」


その質問に、セシルはムムッと考え込むように唇を尖らせていると、すぐに答えられない彼女の様子を察して、クロノスが代わりに少し考え込んでから口を開いた。


「......そうだな、早くて今日中には出発するだろう」


(あっ、そうか...アキラさんの用事が終わったらすぐ帰っちゃう事になるのか...)


クロノスの言葉に耳を傾けながら、セシルはジュースの残りを静かに飲み、どこか名残惜しそうに視線を落としていた。


「ねぇねぇ、クロっちって、なんのしゅぞくなのー?その、耳についているのもキレイだねー!」


「やめなさい。手を伸ばすな。こら、零れるぞ」


セシルの隣では、ルカがクロノスの顔を見上げながら、自分とは違う形の耳に興味津々とばかりに一生懸命手を伸ばしていた。その幼い指先がクロノスの耳を触れようとするたび、クロノスはわずかに顔をしかめ、軽く制していた。


そんな二人のやりとりに微笑ましい気持ちを抱きながら、セシルはジュースを飲み干し、空になった容器を両手で包み込むように持ち、輝く太陽を透かすようにそれを掲げ、また少し名残惜しそうな表情を浮かべた。


(...この街の人――みんな優しいな。ルカくんもそうだけど、サンドイッチを買った時に話しかけてくれた人もすごく気さくで...帰りたくないな...。ふふっ、なんて――)



ドクり。



「...っ!」


突然、セシルの視界が揺らぎ、握っていた容器と、それを透かすように見ていた太陽が二重にぶれ始め、熱が体の奥からせり上がるように広がり、息が詰まる感覚がした。


(...っこの感覚――)


その考えがよぎると同時に、二の腕が焼けるように熱を帯び、驚きのあまり手元が緩み、容器が地面に落ちてしまうが、それに構う余裕はなさそうに、息を荒げながら、セシルは震える指で袖をたくし上げようとしていた。


「セシル...どうしたんだい?」


ルカと会話を交わしていたクロノスが、セシルの異変に気づいた。ルカと共に視線を向け、心配そうに声をかけた。


だが、セシルはその声に返事をすることなく、周囲の視線も気にせずに包帯へと手をかけ、汗ばんだ手が巻かれている包帯を無理やり剥がそうとしていた。


「...ルカ、失礼するぞ」


その異常な行動にクロノスの目の色が一瞬で変わり、真ん中に座っていたルカを片手でひょいと持ち上げると、セシルから最も遠い自分の反対側へ座らせ、自身の体でセシルをルカの視線から隠すように覆うようにしながら険しい表情で彼女の様子をじっと見つめ続けていた。


「...はぁ...っ、くっ...」


息を殺しながらセシルが腕の包帯を解き終えると、そこには二の腕に浮かび上がっていた花模様が手の甲にまで広がっており、元々紫色を帯びていたそれは、青白く色に塗り替えられそうな不気味な色合いへと変わっていた。


流石のクロノスもギョッとした様子で、その異様な光景を前にただ、彼女の腕を見つめることしかできなかった。


(...っ、まただ。アキラさんが持ってきた聖杯を飲んだ時と同じ反応?なんで?そんなの飲んでいないのに――)


「セシルお姉ちゃん...?どうしたの、大じょうぶ...?」


ルカは二人の不穏な様子を感じ取ったのか、クロノスの体で隠れているセシルの様子を確認しようと立ち上がろうとした。その瞬間、クロノスは素早くセシルの腕を服で覆い隠しながら、ルカの肩に軽く手を置いて静かに押しとどめた。


突然の制止に戸惑いの色を見せるルカへと顔を向け、クロノスは冷静を装うように落ち着いた口調で話しかけた。


「...ルカ。すまないが、一旦ここを離れてくれないか?」


「はなれる...?」


ルカは戸惑いの表情を浮かべながらクロノスを見上げたが、すぐにセシルの様子を心配そうに伺った。


セシルは荒い息を吐きながら、服越しに腕を押さえたまま俯いており、額には汗が滲み、明らかに普通の状態ではなかった。


「.......セシルお姉ちゃん、大じょうぶ? ほんとにへい気...?」


ルカの声は不安げで、今にも手を伸ばしそうな気配があったが、クロノスは静かに首を振った。


「すまないが、今はそっとしておいてくれ。すぐに落ち着くさ」


ルカはしばらく悩むようにクロノスの瞳を見つめ返しながら唇を噛んでいたが、やがて納得したように小さく頷いた。


「...うん。わかった!でも、体ちょうがよくなったら、ぼくの家あっちにあるから、まってるね」


そう言いながらルカは小さく笑いつつも、どこか寂しげな表情を滲ませ、名残惜しそうに二人を見つめた後、クロノスに軽く手を振り、ゆっくりとベンチを降りてその場を後にした。


「...っふぅ...はぁ...」


セシルは、まだ息を整えられずにルカの小さな背中を、どこかぼんやりとした目で見送っていた。

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