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記憶喪失のわたしが契約悪魔と精霊を追う理由  作者: 黒月セリカ
第一部. 契約悪魔と精霊の交差点:忘却の契約と廻る歯車
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第23話. 不確定な見解



路地裏を抜け、しばらく走り続けたクロノスたちは、先程まで人で賑わっていた中央広場とは違い、ひっそりとした場所に辿り着いたところでようやく立ち止まった。


「ふぅ、ここまで来れば問題ないだろう...」


クロノスはそう呟くように言うと、掴んでいたセシルの手を放し、抱えていた男の子をそっと地面に降ろした。


「お兄ちゃん、足早いんだね!!」


地面に降ろされても抵抗することなく、その男の子は胸元で両手を軽く握り、小さくガッツポーズを取るようにしながら、クロノスを見上げて笑顔を向けおり、そんな男の子に、クロノスは柔らかい口調で話しかけた。


「悪いな、勝手に連れてきて。後で、家の方まで送っていくからな」


「うぅん、ぼくのお家こっちの方だから、もんだいなしだよ!」


そう言いながら、男の子はニカッと笑いながら、クロノスに親指を立てて見せており、その無邪気な仕草にクロノスは少し肩の力を抜いたように見えた。


「......はぁ、っ...ふぅ」


一方で、手を放されたセシルはその場でしゃがみ込み、自分のスカートが地面に触れていることにも気づかず、荒い息を整えていた。


その様子に気づいたクロノスは振り返り、少し呆れたようにセシルを見下ろした。


「ほら、裾が汚れてしまうぞ。立ち上がれるか?」


クロノスの言葉を聞き、セシルは顔を上げつつも、片腕で二の腕から肘のあたりまでを軽くさすりながら、ジト目で彼をじっと見返した。


「......まずは、足長の人に走るスピードを頑張って合わせたわたしを褒めてほしいですよ」


「ほら、またそんな変な事を言うんじゃないぞ...」


クロノスは少し照れくさそうな表情を浮かべると、まるで照れ隠しのようにセシルの頭を無造作に撫でまわした。


「うにぁっー、わしゃわしゃしないでください!」


セシルが抗議の声を上げると、それを見ていた男の子がクスクスと笑いながら、クロノスの背中あたりを頑張って手を伸ばし、軽く突いた。


突かれた事にすぐ気が付いたクロノスはセシルを立ち上がらせながら男の子の方を向き、首を少し傾けた。


「ん...どうしたんだい?」


すると、男の子は人差し指同士をつんつんと触れ合わせるようにもじもじしながら、小さな声で話し始めた。


「お兄ちゃんとお姉ちゃんにたすけてもらったし...よかったら、このあたりをあん内しようかなって...」


男の子が遠慮がちに提案すると、その言葉にクロノスが応える前に、セシルがぱっと男の子の前に歩み寄り、目を輝かせた。


「本当!わたしたち、ここの辺り詳しくないし、よかったら案内してもらえる――...あっ、クロノスさん、いいですか?」


男の子に向き合い、興奮気味に言葉を続けていたセシルだったが、途中で我に返ったように振り返り、気恥ずかしそうにクロノスの方を見た。


手を合わせながら控えめに尋ねる彼女の姿に、男の子もつられるようにクロノスに手を合わせてお願いする仕草を見せていた。


その二人の様子に、クロノスは思わず吹き出しそうになり、慌てて緩む口元を押さえながら言葉を返した。


「ふっ、そうだな...では案内をしてもらおうか」


「うん!まかせて!こっちだよ!」


男の子は目を輝かせながらセシルの手を取り、嬉しそうに軽く引っ張った。


その勢いにセシルは一瞬驚き、触れられた包帯巻きの手に意識が向いて体を強張らせたものの、男の子が何事もないように無邪気に先へ進もうとする姿に、どこか安堵するような表情を浮かべながら歩き出していた。


クロノスはそんな二人の様子を静かに見守りながら、後ろからゆっくりと付いていった。



◇◇◇



セシルの手を掴みながら、男の子は次々と周囲の店や屋台を指差し、楽しげに説明を始めた。


「あれはキャンディーやさんで、こっちはパンやさん!あ、あそこもパンやさんだよ!」


その元気な様子に、セシルは思わず微笑み、同じように辺りを見渡すと、視線の先に小さな屋台を見つけた。


そこにはオレンジ色や薄茶色の果物が山のように積み上げられ、店主が鮮やかな飲み物の入った容器を並んでいる客に手渡していた。


「なんだろう。あそこのお店、美味しそうだな...」


屋台の様子を見ていたセシルが小さく呟くと、男の子はすぐにセシルの方に顔を向け、興奮した様子で話し出した。


「でしょ!!あそこのジュース、ぜんぶおいしいんだよ!!お姉ちゃん、いっしょに買いに行こうよ!」


「え、ちょっと待って!転んじゃうよ!!」


男の子に強引に引っ張られながら、セシルは慌てて駆け出した。


「......金、どうするつもりなんだ、あいつら」


その姿を見ていたクロノスは、困惑したような視線を彼らに向けつつ、二人を追いかけることはせず、すぐ近くにあった木製のベンチに腰を下ろした。


そのまま、クロノスは遠くから男の子がセシルを「お姉ちゃん」と呼ぶ声に耳を傾け、思わず小さく笑みを浮かべていた。


「ふはっ、セシルが姉呼びか......」


だが、その笑みはすぐに消え、記憶を遡るように彼の表情は真剣なものに変わっていた。


(...そういえば、あの時――)



❀❀❀



最初に街に着き、セシルとクロノスが馬車から降りて間もない頃――


突如としてアキラの怒号が辺りに響き渡り、アキラは御者を片手で持ち上げ、黒いベール越しに鋭い視線を向けている所に、クロノスは慌ててその場へ駆け寄っていた。


「アキラ様、落ち着いてください...!」


クロノスは必死になだめようとするが、アキラは彼の声を無視し、無言のまま御者を睨み続けていた。


(...まずい。このままでは目立ちすぎて衛兵が来る。説明が面倒になる前に止めないと――)


そんなことを考えながら、クロノスが仕方なくアキラの腕を掴もうとしたその瞬間、音もなくセシルが現れ、迷いなくアキラの手首を掴んでいた。


(...っ、いつの間に!)


クロノスは、動きの気配すら感じさせずに現れたセシルに驚きながら彼女を見つめていると、静かに顔を上げたセシルのその前髪の隙間から覗く瞳は、まるで燃えるガーネットのように深い赤で、鮮やかに輝いていた。


それは明らかに彼女本来の瞳の色ではなかった。その光には、威圧でも恐怖でもなく、不思議な静けさと確固たる力が宿っており、クロノスは思わず息を呑み、流石のアキラも動きを止め、驚きの声を漏らしていた。



❀❀❀



(...あの瞳の色。いや、それだけじゃない。以前、俺が召喚した鎖を難なく触れていたのもそうだ。やはり、完全に俺と同じような契約悪魔の力を持ったと言うのか?)


傍目にはまるで酔いつぶれたように見えるクロノスは、額に手の甲を当てながら思考を巡らせつつ、体をベンチに預けていた。


「......俺の力を流し込んだ以上、何かしらの影響が起こるのは視野に入れるべきだったな。いや、それよりもだ......」


『大丈夫だよ!そこにいるお姉ちゃんが怪我を治してくれたから、全然痛くないよ! ほら!』


脳裏には、男の子が肘を見せ、セシルに傷を治してもらったと言っている様子を思い出していた。


「......出所不明の治癒魔法ハイリゲ、か」


――契約悪魔の力が治癒に適していないことは、クロノス自身が一番理解している。にも関わらず、セシルが行使した力は間違いなく傷を癒していた様子だった。


(......いや、まさか精霊の力?だが、精霊の力はあのおぞましく歪んだ力のはずだ。あれが治癒魔法ハイリゲに繋がるとは到底思えない......)


様々な可能性を考えながら答えを探すクロノスの脳裏には、再びあの鮮やかな瞳の色が浮かび上がりつつも、暗闇のように深まる思考の中、答えの見えない謎だけが静かに彼を取り囲んでいった。


「っ...!冷たっ」


すると、突然、頬にひやりとした感触が走り、クロノスは慌てて体を起こし、視線を上げると、セシルがいたずらっぽい笑顔を浮かべながら屋台で買ったであろう飲み物の容器をクロノスの頬に押し付けていた。


「ふふっ、びっくりしてるのー」


「...セシル。まったく、心臓に悪いだろ」


クロノスは呆れたように言いつつも、心の奥で彼女の無邪気さにどこか安堵している自分に気づいていた。


その様子を見たセシルは、小さく息を吐き、同じくほっとしたような安堵の表情を浮かべながらクロノスの隣に腰を下ろし、口を開いた。


「よかった。元気そうですね、クロノスさん...」


「ん...?」


突然のセシルの言葉に戸惑いながらも、クロノスは流れるようにセシルから手渡されたジュースの容器を無意識に受け取りつつ、セシルが飲み物のストローに口をつけるのを横目で見ながら、思わず首をかしげた。


「今のクロノスさん、かなり怖い顔してましたよ。ルカくんが居なくてよかったです」


セシルはそう言って微笑みながら、再びジュースを一口飲んでいた。その表情はどこか楽しげで、気の抜けた様子さえあった。


「ルカ...?もしかして、さっきの子のことか?」


クロノスが小さく呟きながら先ほどまでセシルと一緒にいた男の子を思い浮かべ、軽く視線を巡らせるが、周囲に彼の姿は見当たらなかった。


「その子で、合ってますよ。ルカくんの家、ここから本当に近かったみたいで、お金が入った袋を置きに帰るって言ってました。あとで戻ってくるらしいですよ」


「...そうか」


クロノスは短く答えながら、手元のジュース容器に目を落とすと、セシルが美味しそうに目を細めながら、飲んでいる様子をちらりと見てから、ポツリと呟いた。


「...これ、あの子に買ってもらったのか」


「っ...! ごほっ、ごほっ!」


その言葉にセシルは驚き、飲み物を勢いよく器官に入れてしまい、激しく咳き込んでいた。


やがて落ち着きを取り戻した彼女は、ぎこちなく、ギリギリと首を軋ませるような動きで気まずそうにクロノスに顔を向けた。


「......聞いてくださいよ。ルカくん、お礼も兼ねて『ぼくにはらわせてほしい』って言ってきたんですから...」


「ふはっ、小さいのにしっかりしてるな」


クロノスは目を瞑りながら、口元に手を当てて笑みを漏らしていた。


その柔らかな横顔を見ていたセシルは、一瞬口元を緩ませたものの、どこか言葉を飲み込むように迷いの色を見せた。


「何か言いたげだな、セシル」


「ぁ、え...」


クロノスが問いかけながら、ようやく手元のジュースに口をつける。その横で、セシルは伏し目がちに視線を落とし、ゆっくりと口を開き始めた。


「...あの、さっきの怖い顔の話に戻るんですが...。もし気を悪くされたらすみません――」


(...もしかして、治癒魔法ハイリゲのことを考えすぎて、それが表情に出ていたのだろう。とりあえず、俺と似た契約悪魔の力を発現させていた事だけは伝えるのが良さそうだな――)


クロノスはセシルの口からこれから話されるであろう内容を予想しつつ、どう説明するべきか思案していた。


しかし、その間にセシルは少し考えるような間を挟んだあと、意を決したように顔を上げ、言葉を続けた。


「あの、クロノスさんって。貴族とかお金持ちとかと何か因縁でもあるんでしょうか?」


「っは、......?」


その言葉はあまりにも予想外で、クロノスは思わず息を漏らした。


完全に不意を突かれた彼の様子を見たセシルは、何か失礼なことを言ってしまったのではないかと焦ったのか、慌てて視線を伏せ、両手でジュースの容器をぎゅっと握りしめていた。


クロノスは一瞬息を止め、静かな空気の中で深く息を吐きながら、自分の服の胸元を軽く摘みながら、まぶたを閉じて静かに口を開いた。


「...なぜ、そう思ったんだ」


すると、セシルは目を薄く開けながらも、視線は地面を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。


「あ、あの...ルカくんの荷物を取り返した時、クロノスさんの表情が険しくて...。その、相手の言葉も気になって、何か関係があるのかなって...。それに、前からクロノスさんって、貴族と間違えられそうな服を着ていますし...」


セシルはクロノスの顔を見ないように俯き、持っていたジュースのストローをつぶしたり、指で捻るように転がしたりして気まずそうにしていた。


そんな彼女を横目に、クロノスは自分の服の胸元を軽く摘み、記憶を辿るように目を細めた。



『て、てめぇ!なんだよ、その格好は......貴族か?だが、なんだその化け物じみた殺気は!!』



「......そうだな。いや、大層な話じゃないが。せっかくだし、少し独り言を言わせてくれないか。聞き流してくれて構わない」


クロノスはそう言いながら、ジュースの容器に口をつけ、一旦気持ちを落ち着かせるように目を閉じた。


その場の空気には、どこか張り詰めた緊張感が漂っていたが、同時にクロノスが心の奥底を探ろうとしているかのような、不思議な静けさもあった。

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