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記憶喪失のわたしが契約悪魔と精霊を追う理由  作者: 黒月セリカ
第一部. 契約悪魔と精霊の交差点:忘却の契約と廻る歯車
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第22話. 選別の招待状



一方その頃、クロノスたちとは離れた場所で、街の賑やかで楽しい雰囲気から切り離されるように、黒いマントとベールに覆われた黒い姿が一人――アキラは静かに人混みを避けるように歩いていた。


その足取りは一定で、どこか目的地を目指しているようだった。すると、突然背中を軽く叩かれる感覚を覚えた。


「アーキラ!」


「...あ?」


名前を呼ばれたアキラは、一度歩みを止め振り返った。すると、そこには、アキラと同じく黒い装いをした人物が立っていた。


「よかったー、追いかけてきた甲斐があったよ。久しぶりだね」


その人物は、穏やかな男性の声で話しかけてきながらアキラの横に並んだ。


アキラは一瞬、自分より小柄な相手の体格を横目で見下ろしながら、記憶を探るように目を細めていたが、ふと思い出したように口を開いた。


「...その声、エンデか」


「正解。覚えていてくれて嬉しいよ」


エンデと呼ばれた人物は嬉しそうに、口元を手で覆って微笑むような仕草を見ると、そのまま首を軽く振ると、続けて話を続けた。


「アキラ、雰囲気変わったよね。前はもっと...人前では話し方がひょうきんだった、って言えば良いのかな?あっ、決して悪口じゃないからね!!」


慌てた様子で両手を振りながらエンデが早口で説明している横で、アキラは空を見上げるように視線を上げ、考え込んでいた。


「...そうだったか」


「絶対変わったよ!さっきだって、大勢の前で声を荒げてた...あっ...」


「ちっ、見てたのかよ」


「あ...うん、ごめん。あまりの怒号だったからさ。事情とかは聞かないよ。ただ事じゃなかったし。でもさ――」


エンデが言葉を切ると、ふと真剣な表情で尋ねた。


「誰?一緒にいた人たちって。特に女の子、あの動き普通じゃなかったよね。ただ者じゃないというか...。いや、でも、あの男の人もなんだか...絶対的強者のオーラを出してたというか」


後半はほとんど独り言のように呟きながら話すエンデを見て、アキラは鼻で笑い、肩をすくめた。


「セシルは精霊様に並ぶ存在だ。教団の連中なんて手も足も出ない存在になるだろうな」


「セシルさんって言うんだ、あの子...。いやいや、そこじゃなくて!」


エンデは慌てたように声を張り上げ、アキラに向き直った。


「はぇ...?え、待ってよ、まさか!前に言っていたことも、契約悪魔と契約したっていうのも本当に実行して――!」


「僕が何を目指しているのか...お前には分からないさ」


その言葉に込められた冷たさに、エンデはそれ以上何も言えず、唇を噛み締め、絞り出すように口を開いた。


「......わからないよ。そんな、口にしている言葉と本当の思いが矛盾しているアキラの気持ちなんて」


エンデの声が弱々しく響く中、アキラの足が一瞬止まり、肩が微かに揺れたが、振り返ることなく前を向いたまま、低く呟いた。


「そこまでだ。これ以上、この話を口にするな」


「...っうん。わかったよ」


そんな会話を交わす二人の目の前には、木々と低い石の壁に覆われた、古びた教会が見えてきた。壁には植物のツタが絡まり、あたりは人気がなく、静寂と緊張の空気が漂っていた。


入り口にはアキラやエンデと似た格好をした人影が立っていた。一つだけ異なるのは、胸元にガラスでできた青白い花のブローチをあしらっている点だった。


「お二人とも、遠路はるばるご苦労様です」


その人物は澄んだ女性の声でそう言うと、片手を胸元に当てて軽く頭を下げた。そしてもう片方の手を差し出し、静かに続けた。


「ご指示がありましたので、招待状を拝見させていただきます」


「あ、持ってきてよかった。はい、どうぞ」


女性の冷静な声に反して、エンデはほんわかした口調で答え、マントを軽くめくってポーチから白銀の厚紙でできた招待状を取り出した。


その紙には、女性の胸元に付けられたものと酷似した花が描かれていた。


女性は丁寧にそれを受け取り、漆黒の便箋を取り出して中身を確認するように目を通した。無言の時間が続く中、アキラはポケットから自身の招待状を取り出しながら、ふと記憶が蘇った。


(この招待状は、あの日、”あの者”が使役する魔獣を通して運んできたものだ...だが――)


アキラは目を伏せ、セシルから今までの記憶がないと告げられたあの日、後程、クロノスが報告してきた内容を思い出していた。


『セシルが魔獣に襲われそうになったから、やむを得ず倒した。倒した後は、青白い花びらを散らせていたのが気になった』


そんな言葉が脳裏をよぎった。


(そんな魔獣が意図的に誰かを襲うことなんてあるのか?僕が与え続けた精霊様の力に反応したのか?いや、あの者の元で暮らす魔獣なら精霊様の力を感じ取る機会なんていくらでもあるはずだ...)


そんな考えに沈んでいると、肩を叩かれる感触にハッとし、顔を上げると、エンデと女性がこちらを見つめていた。


「大丈夫、アキラ?ほら、招待状を見せる番だよ」


エンデに促され、アキラは手に持った招待状を女性に渡した。女性は同じように封筒から便箋を取り出し、内容を確認していたが、ふいに手を止め、アキラの顔をじっと見上げた。


「...アキラ様、ですね」


突然、自分の名前を読み上げられたことで、一瞬アキラは驚いたが、腕を組みなおしながら、訝し気に口を開いた。


「招待状に書いてある通りだ。わざわざ口に出して確認する必要があるのか?」


アキラは少し苛立ちながら応じると、女性はアキラの態度に動じることなく、視線を地面に落として慎ましく、口元に手を当て微笑んでいる様子だった。


「いえ、失礼いたしました、こちらの話です。それと...御者の指示通り、律儀にお連れの方を置いてきたのですね」


「何だその言い草は。喧嘩でも売っているのか?」


「ちょ、ちょっとアキラ!」


険悪な空気を察したエンデは、慌ててアキラを制しつつ、女性との間に割って入ると、女性は丁寧に招待状を元に戻し、アキラに手渡した。


「ふん...」


「失礼しました。確認はこれで終了です。どうぞ中へお入りください」


女性は荒々しく招待状をぶんどっていたアキラの圧を受け流すように、薄っぺらい謝罪をすると、背後にあった木製の扉に手をかけた。


その扉にはくすんだ銀の模様があしらわれており、ゆっくりと音を立てて開かれていく。


扉の向こうには暗闇が広がっており、中の様子はまったく見えない。アキラとエンデは女性に促されるまま緊張感を抱えつつ、何も言わずその中へと足を踏み入れた。



◇◇◇



教会の内部に足を踏み入れると、そこには漆黒のマントを羽織り、黒いベールで顔を隠した者たちが、まるで劇場の観客席のように段差のある座席に並び、中央の広場を囲むようにして座っていた。


広場は床より一段低く掘り下げられた構造になっており、天井から吊り下げられた燭台の青白い光がその場全体をぼんやりと照らしていた。


あちこちで小声の雑談が飛び交う中、口元が透けて見える者もわずかにいるが、大半はベールで完全に顔を覆い隠しているため、表情すら読み取れないでいた。


(こうして集団で揃うと、ますます不気味だな...)


アキラは内心でそんなことを吐き捨てながら、エンデの後ろに続いて空いている席を探すように歩いていた。


やがて、二人は上段の一番端に空いている席を見つけると、軽く視線を交わしてその場に腰を下ろした。すると、エンデはアキラの方にちらりと見やりながら、小声で感想を漏らしていた。


「圧巻な光景だね。全員ではないと思うけど、これだけ集まるのは珍しいんじゃないかな...」


「...そうだな」


まるで無関心の様に低い声で呟いたアキラの視線は、自然と会場の中央へと向けられていた。


その瞬間、入口にいた女性と同じように胸元にガラスのブローチを付けていた一人の黒い人物が中央の開けた場所に立ち、両手を上げながら重々しい声を響かせた。


「皆の者、時間になったな」


その一声を皮切りに、会場にいた全員が一斉に静まり返り、目線は中央に集中した。場内には、まるで全てを見透かされているかのような不思議な緊張感が漂う。


張り詰めた空気の中、アキラはじっと中央を見据えていた。


「さて、今回集まっていただいたのは。“聖受”に参加するメンバーが決まったからだ」


その言葉が放たれた瞬間、先ほどまで静まり返っていた場が、一気にざわめきで溢れ返った。


「聖受だと...!いよいよだな...」「嘘ぉ!誰が選ばれるのかしら!」「この場で直接言い渡されるとはな」


「...聖受。また再び行われるのか」


隣に座っていたエンデは、顎に手を当て、弱々しい声で中央の人物を見つめている。一方、アキラは何かを考えるように目を伏せ、小さくため息をついていた。


「本来なら、例年通り、手紙で通達するところだったのだが――。”あの者”からのご指示により、こうして全員に集まってもらった」


すると、中央の人物は手元の招待状をゆっくりと周りに見せるように掲げた。


「招待状に描かれている花の色を確認せよ!入り口で招待状を渡した時点で、花の色は変わり、全てが決まっている!」


その言葉に、再びざわめきが辺りを包み、誰もが手元に招待状を取り出し、息を吞みながらそこに描かれていた花の色を確認していた。


エンデもおずおずと招待状を取り出し、そこに描かれていた花の色をそっと見つめると、小さな声で呟いていた。


「ぁ...俺の...」


しかし、次の瞬間には素早く招待状を裏表反対にしてアキラにも見えないように隠してしまった。一方でアキラは、眉間にしわを寄せながら、仕方なく招待状を手に取っていた。


(...くだらない大騒ぎだな。これだけの人数がいるんだ、聖受に選ばれる確率なんて数パーセントも満た――)


「...は?」


アキラが自分の招待状を見つめた瞬間、思わず言葉を失った。


そこには、最初に渡された時は青白かったはずの花が、まるで鮮血のように真っ赤な色へと染まっていた。


(...まさか、聖受に選ばれた、のか?)


驚愕きょうがくの表情のまま、前の席に座る他の者たちの招待状を静かに覗くと、そこには相変わらず青白い花が描かれているだけだった。


「ねぇ、アキラの何色だったの?」


隣のエンデが、息を吞むように尋ねながら招待状を覗き込んでくると、ベール越しに隠された顔からは表情が読み取れないが、明らかに動揺している様子だった。


「皆の者!確認していただけただろうか!」


再び、中央の人物の声が響き渡ると、ざわめきが一瞬収まりつつも、場には興奮と緊張が混じり合った空気が漂っていた。


「耳だけこちらに傾けてくれ。選ばれた者は花の色が紫苑しおんに変わっている!年内に、あの者からご加護を受けられる“聖受”の参加資格を得た。残念ながら、選ばれなかった者は色はそのままだ!」


歓声と悲嘆の声が入り混じる中、アキラは自分の招待状に再び目を落とした。


(...じゃあ、なんだこの色は。説明にはない色――)


すると、中央の人物は辺りを指差すようにしながら、重々しい声で告げ始めた。


「そしてだ――赤の花を得たものよ!」


中央の人物はそう言い放ちながら、掲げていた手元の招待状をゆっくりと口元へ移した。そして次の瞬間、突然辺りから悲痛な悲鳴が一斉に上がった。


「うがぁぁぁぁ!」「あ、あつい!!助けて、くれ、...!」「あがぁぁ、お許しをーー!!」


数人が突如として体から炎を噴き出し、座りながらもその場に崩れ落ちていた。燃え盛る炎は彼らの肌を焼き、肉の焦げる嫌な臭いが会場中に一気に広がった。


悲鳴と炎が場内を支配し、ざわめきは凍りついた恐怖へと変わった。会場の者たちは恐怖で目を背けるか、椅子を蹴ってその場から離れようとしていた。


そんな中、中央の人物は微動だにせず、冷たい声で言い放つ様に話し出した。


「安心しろ。そのほむらは燃えた本人にしか影響しない。下手に触れでもしない限りは他者に害を及ぼすことはない。これは精霊様の意思だ――加護を受ける資格を失った者への裁きにすぎん」


すると、中央の人物が口元に持っていた招待状には小さな炎が灯り、ゆっくりと焦げ始めた。


黒く焼けた紙片がすすとなり、サラサラと床へと落ちていった。その無機質な行為に、かえって場の緊張感は高まるばかりで、辺りは軽いパニックに陥っている。


「......惨い。燃え、てる。あ、アキラ!アキラは見ちゃダメだよ!」


何もできず、ただその場が収まるのを見届けることしかできないエンデは、辛うじて中央の人物の言葉を聞き取りながら、隣にいるアキラに手を伸ばし、アキラの顔を覆おうとした。しかし、パシッとその手は振り払われてしまった。


一方、アキラの視界は、周りの人々が目の前で燃え尽きていく光景と彼の記憶の中に深く刻まれた過去の記憶と重なり、その視線は燃える人々ではなく、その様子を何事もないかのように満足げに傍観している中央の人物へと向けられていた。


(...あいつだ。あの燃え方。間違いない、あそこに立っているあいつが)


アキラの心臓は激しく鼓動を打ち、歯を食いしばる音が頭の中に響いていた。


彼の右手は袖の中に潜ませていた短剣へと滑り込み、その冷たさが指先に伝わり、緊張が全身を駆け巡る。


しかし、ふと彼の目が自らの招待状へと向き、そこに描かれた鮮血の赤い花――それが目に入った瞬間、脳裏に疑念が走った。


(待て。僕のにも赤い花が描かれている。なら、なぜ僕は燃えていない――?)


その疑問が頭をよぎった瞬間、思考を遮られるように突然、エンデとは逆の方へと荒々しく引きずられるような力が腕に加わった。


「っ...!」


あまりの衝撃と左腕を貫く痛みに、思わず声が漏れ、アキラは急いでその方を見やると、そこには、明らかに人間のものではない、魔力の塊のような巨大な手が、彼の腕に食い込むように掴んでいた。その手は冷たく、不気味な光を放っていた。


「ちっ...離しやがれ...!」


アキラは驚きと怒りで目を見開きながらも、刃を腕に伝わせ、魔力の手を切り裂こうと構えるが、その瞬間、視線の奥から氷の刃が心臓を貫くような冷たい視線が突き刺さるように感じられた。


「余計なことはするな、アキラ。君はこちらだ」


その冷ややかな声は闇そのものが紡いだかのようで、声の主は黒いマスクとぴったりとしたスーツに身を包み、純白のベールをフードのように垂らした異質な存在として影から浮かび上がり、まるでこの場の全てを支配するかのように立ちはだかっていた。



「...っ、『あの者』......!」



アキラの声には怒りと驚きが入り混じり、短剣を握った手に力が込められるが、魔力の手がますます締め付けながら彼の自由を奪い、その場から動くことができないまま、鋭い瞳でその存在を睨み続けていた。

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