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記憶喪失のわたしが契約悪魔と精霊を追う理由  作者: 黒月セリカ
第一部. 契約悪魔と精霊の交差点:忘却の契約と廻る歯車
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第20話. お揃いの耳飾り



セシルは徐々に増えてきた人ごみの中を、小走りでぶつからないように素早く間を縫いながら進み、ようやく先を歩くクロノスに追いつくと、足音に気づいたのか彼は歩みを止めることなく、セシルの方をちらりと見やった。


「おや、セシル。すまない、少し速すぎたかな」


クロノスはどこか申し訳なさそうな顔を向けながら、歩く速度を少し落としていた。一方、その様子を見ていたセシルは軽く頬を膨らませ、ジト目で彼を見上げながら口を開いた。


「クロノスさん、自分の足の長さをちゃんと自覚してくださいよね...?」


「...やれやれ、馬鹿なことを言うんじゃない」


そう返しながら、少し照れくさそうに後ろ頭を掻き、小さくため息をついて言葉を

続けた。


「ところで、どこか気になる場所はあったか?」


クロノスが気遣うように尋ねると、慣れない街の雰囲気に緊張していたセシルの心が、ほんの少し和らぎながら、考えるように手を顎に当てながら視線を石畳の地面に向けた。


「うーん、そうですね......とりあえず、今はこの街の雰囲気を楽しみたいです!!」


「そうだな。では、このまま歩こうか...」


クロノスは同意するように軽く頷き、セシルの歩みに合わせて静かに歩き出した。


セシルはそんなクロノスの様子を横目で見ながらも、ふと周囲に意識を向ける。


市場の喧騒、人々の楽しげな声、どこからともなく漂ってくる甘い香り——目に映るものすべてが、彼女にとっては新鮮で真新しい体験だった。


「何度見ても飽きない景色ですね......すごいな......」


「ふっ、気に入ったようだな」


「はい!...あっ、でも、人が多くて少し迷子になっちゃいそうですね」


「大丈夫だ、俺から離れなければ迷うことはないさ」


そんな会話をしていると、辺りに漂う香ばしい匂いがセシルの空腹を一層刺激し、思わず匂いの元を探そうと無意識に視線をさまよわせた。


すると、道の脇に小さな屋台が立っているのが目に入り、人々が焼きたてのパンを袋に包んで幸せそうに頬張っているのが見えた。


(なんだろう、あれ、美味しそうだな......。はっ、いけない、よだれが...)


戦いや旅の疲れで空腹を覚えていたセシルは、人々が幸せそうにパンを食べているその姿に、つい唾を飲み込んでしまい、気まずそうに口元を軽く拭った。


しかし、一度溢れ出してきた食欲には勝てず、屋台の方をじっと見つめたまま、無意識に立ち止まっていた。


「ん? セシル、どうしたんだい?」


そんな彼女の姿を見て不思議に思ったクロノスは足を素早く止め、声をかけた。


すると、セシルは遠慮と食べたい気持ちの間で少し迷った様子を見せたが、結局食欲が勝ったのか、恥ずかしそうに屋台の方を指さしながら、控えめに口を開いた。


「あの......あそこで何か買って、食べてもいいですか?」


クロノスは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに優しい微笑みを浮かべて頷いた。


「...そうだな。せっかくだ、何か買って一緒に食べよう」


そう言って二人で屋台に向かうと、焼きたてのパンの香ばしい匂いが一層強くなり、思わずセシルの表情はほころんでいた。


そんな彼女の無邪気な様子に、クロノスも自然と口元に柔らかな笑みを浮かべていた。



◇◇◇



屋台に近づくと、屋台の主である男性がにこやかに二人を迎え入れた。


「いらっしゃい! ありゃぁ、あんた、随分と顔が整っているなー、妬けちゃうぜー、がっはっは!」


店主の男はクロノスの顔を見てすぐに軽く指さしながら豪快に笑っており、その様子に、クロノスは少し気まずそうな困った表情を見せていた。


そんな二人のやり取りを見ていたセシルは、親しみやすく、どこか懐かしさを感じるような男の笑い声に、自然と少し緊張が解けていくのを感じながら、ガラスのショーウィンドウにズラリと並ぶ色とりどりのパンに目を向けた。


(どうしよう...いっぱいありすぎてどれがどれだか。......全部美味しそうだな)


セシルは端から端まで並ぶパンを、一つ一つ真剣に睨みつけるように吟味していたが、種類が多すぎて決めきれず、最終的には思わず「うーん...」と小さく唸ってしまっていた。そんな彼女の様子を見ていたクロノスは、すかさず助け舟を出した。


「すまない、おすすめはどれかな?」


クロノスがそう尋ねると、男はにこやかな表情で素早くトングを手に取り、ショーウィンドウの中から一つのパンを指さした。


「このサンドイッチだ。肉も野菜もたっぷりで、店一番の人気なんだぜ!」


男が指したサンドイッチは、こんがり焼けた編み目模様のパンの間に、赤や緑など鮮やかな野菜がぎっしり詰まり、その断面からはジューシーな厚切りの肉がほんのり赤く顔を覗かせていた。


(...! 美味しそうー!!)


セシルは思わず手を合わせ、目をキラキラと輝かせた。その反応を了承と見たクロノスは、口元をわずかに緩ませ、静かに口を開く。


「では、それを二つくれないか」


「はいよ!」


そう、笑顔で答えた男は、手際よくトングでサンドイッチを掴み取ると、もう片方の手で紙の袋を取り出し、素早く丁寧に包み始めた。


その様子を見ながら、クロノスはセシルが目をキラキラさせ、今にもよだれを垂らしそうな顔を横目で微笑ましく確認し、腰に掛けていた袋の紐を解き、一瞬で値札を確認すると、袋の中から金色に縁どられた銀色の硬貨を二枚取り出した。


「あいよ、サンドイッチ二つだ!」


店主の男が声をかける間に、サンドイッチを包んだ袋を二つ手に持ち、クロノスから硬貨を受け取ってサンドイッチを渡していた。


その隣で、セシルは嬉しそうに小さくパチパチと拍手をしていると、ふと、店主の男はそんなセシルに視線を移し、何かに気が付いた時に、話しかけてきた。


「ん、そういえば、嬢ちゃんその手――」


「え...」


そう言われた瞬間、セシルはその言葉にハッとし、視線を泳がせながら、慌てて手を隠すようにパッと後ろに回した。


(この包帯の事言っているんだよね。やっぱり、目立つよね。...どうしよう、気持ち悪いって思われたかな......)


一瞬で不安が胸に広がり、セシルの表情が強ばってしまっていた。


クロノスはその変化に気づいたものの、特に言葉を挟まず静かに見守っていると、男は少し目を丸くした後、豪快に笑い飛ばしながら口を開いた。


「がっはは、すまない。いや、何、その包帯だが――嬢ちゃんが気にするようなことじゃないさ。ただ、うちのサンドイッチを食べる時に汚れたらもったいないからな。気をつけて食べてくれよ!」


(気持ち悪いとかじゃなくて、ただ汚れないようにって...)


気遣いから出た言葉だと気づき、セシルは胸を撫でおろした。不安が少しずつ和らいでいくのを感じながら、少し照れくさそうに微笑むと、自然と笑顔を浮かべたまま男に礼を言った。


「食べるのが楽しみです、ありがとうございます!」


男はその笑顔を見て満足そうに頷くと、次の並んでいた客へと意識を向けていた。


一方、クロノスは横目でセシルをちらりと見て、彼女が少し元気を取り戻した様子に気づくと、小さく安堵のため息をつきながら、口を開いた。


「さて、セシル。歩きながら食べている人もいるが、せっかくならどこか座ろうか」


そうして二人は少し歩き、背もたれの後ろにちょっとした花壇があり、そこから細長い木が生えているベンチを見つけ、腰掛けた。



◇◇◇



「では、いただきます!」


クロノスからサンドイッチを受け取ったセシルは、包まれた紙を少し折り、食べやすいようにしてから一口頬張った。


瞬間、温かく香ばしいパンの中に、ジューシーでしっかり味の染み込んだ肉とシャキッとした新鮮な野菜が口いっぱいに広がり、その美味しさが疲れた体に一気に染み渡り、思わず目を見開いた。


「ん!これ、すごく美味しい...!」


セシルは思わず小さく声を漏らした。その隣ではクロノスが静かにサンドイッチを頬張り、満足げな様子で黙々と食べ進めている。


しばらく夢中でサンドイッチにかぶりついていたセシルだったが、ふと隣から視線を感じ、その方へ顔を向けると――


「あの...クロノスさん。そんなに見られると食べづらいです」


そこには、すでにサンドイッチを食べ終えたクロノスが、片手でくしゃりと丸めた包み紙を握りながら、こちらをじっと見つめていた。


どうやら無意識に見ていたらしく、セシルに指摘されると少し驚いた表情を浮かべる。


「え、あぁ、すまない。セシルがそんなに美味しそうに食べているのを見るのは初めてだからな」


(そうかな...)


クロノスにそう言われたセシルは、過去を遡るように視線を上げ、少し考え込んだ。


確かに、ここ最近の食事は味わうこともなく、ただクロノスに促されるように食器から無理やり食べ物を口に運んでいただけだった記憶しかない。


「ふふっ、そういえば、そうかもしれないですね」


食事のたびに心に積み重なる重苦しい謎の緊張感――あの感覚は、まだ完全には拭えない。


でも、こうして食べ物に興味を持ち、美味しいと感じ、夢中になってかぶりつけること。それが今は心から幸せだと思えていた。


そんなことを考えながら、セシルは自分の両手に持っているサンドイッチを見つめ、口を開いた。


「確かに...格式ばった食事はまだ苦手ですけど、こうして楽しくかぶりつけるのは幸せだなって感じています」


「そうか。それならよかった...」


クロノスはふっと安堵したように優しく微笑んだ。その彼の笑みを見たセシルは、ふとクロノスの片耳で太陽の光に反射し、光り輝く耳飾りに目が留まった。


(ぁ...そういえば...)


セシルは何かを思い出したかのように、持っていたサンドイッチを急いで片手に持ち替えると、もう片方の手でスカートの横にある切れ込みポケットに手を突っ込み、何かを探り始めた。


「...?」


そんな彼女の突然の慌てている様子を見て、クロノスは不思議そうに首を傾げる。やがて、セシルは何かを見つけたようで少し明るい表情になり、クロノスにてのひらを差し出した。


「っ、それは...!」


そこには、綺麗に輝く二つの耳飾りがあった。クロノスは思わず、耳飾りが付いている自分の耳に手を当てていた。


「クロノスさん、これ見覚えありますか?というか、クロノスさんが付けているのと色違いなだけで、全く同じものじゃありません?」


クロノスは耳飾りに視線を落とし、驚いたように眉を少し上げた。その後、彼はセシルの手からそっと耳飾りを一つ指で丁寧に持ち上げ、じっと見つめ始めた。


「...そうだな、驚くほど全く同じものだ」


しばらく無言で耳飾りを観察していたクロノスが、少し困ったような表情を浮かべており、セシルも釣られるようにその反応に、少し戸惑っていながら、口を開いた。


「...一体?クロノスさんのその耳飾りは一体どこから?」


セシルの問いに、クロノスは耳飾りを手のひらで転がしながら考え込むように視線を落としていたが、しばらく間を置いたあと、彼はポツリと話し出した。


「...わからない。誰から貰ったのか、そもそも俺がセシルにあげたものなのか、その記憶すら何も、ない」


クロノスはそう言い終わった後も、耳飾りを見つめ続けていた。


その表情には、少しばかりの焦りが混じっているように見え、そんな彼の様子を見て、セシルは胸の奥に妙な感覚が広がるのを感じていた。


まるでこの耳飾りが、自分にも何か重大な意味を持っているかのような――そんな気がしてならなかった。


セシルは一瞬、クロノスが手にしている耳飾りと、自分の手に包まれた耳飾りを見比べるように一瞥し、考え込むようにそっと目を閉じた。


そして、やがて自分の意見が纏まったかのように真剣な表情に変わり、再び口を開いた。


「やっぱり、わたし...これがただの偶然じゃない気がします。何かわたしたちの記憶を繋ぐ大切で特別なものだって。そう、確信しています」


セシルはクロノスを見つめながらそう言い放ったが、クロノスは表情を変えることも、同意の声を上げることもなく、ただその耳飾りの意味を探るように、何かに引っ張られるように視線を外せないまま黙り込んでいた。

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