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記憶喪失のわたしが契約悪魔と精霊を追う理由  作者: 黒月セリカ
第一部. 契約悪魔と精霊の交差点:忘却の契約と廻る歯車
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第18話. 掴み取る鎖



馬車は静かに進み、街への道のりは順調に思えた。しかし、深い森に差し掛かった時、セシルとクロノスは次第に異様な気配を感じ取り始めていた。


「....はぁ、この感じは」


クロノスは面倒くさそうにしつつも、鋭い目つきで辺りを見渡し、漂う不穏な気配を警戒していた。一方で、アキラもわずかに緊張を浮かべた瞳をしながら、窓の外を眺めていた。


セシルは二人の様子を気にしつつ、慎重に周囲をキョロキョロと見回して控えめに言葉を発した。


「...たしかに、何かが近づいてきている気がします」


その言葉にクロノスは短く頷き、さらに意識を周囲に飛ばして気配を探った。そんな二人の様子を見ても、窓から外を覗いていたアキラはどこか焦りを見せるように低く呟いた。


「火の匂いがするな――」


「え...?」


――ヒヒィィンッ!


アキラの言葉に反応しようとしたセシルの声を遮るように、突如、馬が激しくいななき、その場で怯えて動かなくなった。御者が座っている位置から焦った男性の声が微かに聞こえてきた。


「.....さてと、行くか」


クロノスは面倒くさそうにぼやくと、馬車の扉をゆっくりと開け、軽やかに外に足を踏み出すと、すぐ扉を閉めていた。


すぐに閉められた扉を見て少し焦ったセシルは窓から外を覗き込むと、そこには険しい表情を浮かべながら真紅の鎖を展開し、周囲を包囲するように構えるクロノスの姿があった。


「....まぁ、クロノスが相手なら問題ないだろう。あいつならさっさと片づけられるはずだ」


アキラは口に笑みを浮かべながらも、どこか逃げるように窓から視線をそらし、足を組み直して目を伏せていた。


一方、セシルは窓から辺りを見渡すように窓から見える景色をじっと見つめていた。


(うーん、歪んだ空気も感じないし、前に戦ったような魔獣ではなさそうね。でも――)


僅か数秒で状況を把握したセシルは無意識に馬車の扉を開け、アキラを振り返ることなくスカートを軽く持ち上げて降りる体勢を取った。


「....あの、わたしも行ってきます!!」


そう言うと、アキラの返答を待たずに軽やかに馬車から飛び降り、クロノスの元へ駆け寄った。


(わたしだって、いつまでも違和感を持ったまま剣を振りたくない!少しでも強くなりたいんだから!!)


――剣を振るたびに感じる違和感。それを誰よりも自分が強く感じていたセシルは、決心を胸に秘めながらクロノスの横にそっと近づきながら立った。


「さて....最近は妙な相手ばかりで飽き飽きしていたが、久しぶりに派手に暴れさせてもらおうか――って、セシル!なぜここにいる!」


隣にいたセシルに気づいたクロノスは驚きの表情を浮かべるが、声色は途中から優しいものに変わった。


その変化に気づいたセシルは小さく笑いながら、強い決意を込めた瞳でクロノスを見つめた。


「わたしも戦いたいです!なので...剣を貸してください!」


クロノスは一瞬ためらいを見せつつ、困惑したように彼女の全身を見下ろし、「その格好で戦うつもりか?」と言いたげな、心配と戸惑いが入り混じった視線を向けていた。


少しの沈黙が流れたが、森の奥から攻撃態勢に入るような魔獣の低いうなり声が響くと同時に、クロノスは意識を戻し、軽く首を振ってから根負けしたように深くため息をつき、渋々と口を開いた。


「....仕方ないな。やれやれ、その向上心は大いに評価するぞ」


そう言いながらクロノスは目を閉じ、魔力を集中させて剣を作り出そうとしたが、その瞬間――



ガウラァァッ!!



突如、森の奥から火車のように炎を纏った魔獣が轟音と共に襲いかかってきた。


「...っ!」


剣の生成に意識を集中していたクロノスは対応が一瞬遅れ、焦りの色を見せる。しかし――


シュバッッ!!


隣にいたセシルが、クロノスが空中に召喚していた鎖を一本、ジャンプしながら掴み取り、そのまま地面に足をつける前に、鞭を振るうように勢いよく魔獣を真っ二つに切り裂いた。その一瞬で、辺りには、魔獣の血と炎の粉塵が舞い散った。


(ふぅ、間一髪。って、あっつ...)


一瞬の隙もなく的確な攻撃を決めたセシルは、淡々と心の中で呟きながら額の汗を軽く拭い、両手で鎖をピンと伸ばすように持ち直し、すぐに戦闘態勢へと移った。


「....は??」


すると、背後からクロノスの困惑した声が聞こえ、セシルは首をかしげながら振り返ると、そこには信じられないものを見るような目でこちらを見つめているクロノスの姿があり、彼はゆっくりと口を開いた。


「セシル、お前.....その鎖に“触れられる”のか?」


「ぇ? 見ての通りですけど...」


セシルはクロノスの問いかけに応えるように、片手に握り直した鎖を勢いよく地面に叩きつけた。


乾いた音が辺りに響き渡ると、その音を合図にしたかのように、森の奥から再び低いうなり声が響き、木々の間から次々と炎を纏った魔獣たちが姿を現した。


パチパチと燃える炎の音が背後から聞こえてくる中、セシルはすぐに振り返り、戦闘態勢を整えた。


「お!森ごと燃やしちゃいそうな奴が来ましたよ!!クロノスさん、これ借りますね!!」


「ちょっ、おい!待て、待て!!その格好で走るな!!」


クロノスの声を背に受けながらも、セシルは意に介さず駆けだし、片手に握った鎖をまるで自分の武器のように自在に振るって突進してくる魔獣を切り裂いていった。


その動きは慣れたもののようで、粉塵による熱さにもひるむことなく、次々と魔獣を容赦なく倒していった。



❀❀❀



すっかり夜になり、静まり返った闇の中を馬車の車輪が軋む音だけが響いていた。


窓から差し込む淡い月明かりが、揺れる車内をぼんやりと照らしている。



――魔獣との戦闘は、結果としてセシルの圧倒的な武器さばきにより瞬く間に制圧されていた。


彼女の戦場での動きは圧巻で、クロノスはその光景に驚きを隠せないまま、援護する形で戦闘に参加していた。


そして、戦いを終えて、えへへーと満足そうに笑みを浮かべながら帰ってきたセシルに、「一人で無闇に突っ込んだりするな!」などと彼女の服に付いたすすを叩き落としながら、軽く説教をするしかできなかった。



そんなセシルは馬車が無事に再び走り出してからしばらくすると、戦いの余韻と疲労の中で穏やかな寝息を立て、静かに眠っていた。


揺れる馬車の中で無防備に眠る彼女を一瞥したアキラは、小さくため息をつきながらぽつりと呟いた。


「よくもまぁ....こんな場所で寝られるものだ」


窓に映る彼の顔には、わずかに皮肉めいた笑みが浮かんでいた。その様子を見たクロノスは、ふっと静かに息を吐き、記憶を遡るように目を閉じた。


(昼間のあれは――)


クロノスは先ほどの戦闘でセシルが彼の召喚していた鎖を掴み、縦横無尽に魔獣を薙ぎ払っていた様子を思い返していた。


(俺の力を介していない、ただ召喚しただけのあの鎖――。人間が下手に触れれば体の半身を持って行かれるのが良い方なのに、彼女は平然と。待て、いや、まさか...)


その時、クロノスの思考を遮るように、窓の外を見ていたアキラがふいに視線をクロノスへ向け、意味ありげな口調で話しかけた。


「そういえばさ、記憶喪失ってお前もだろ、クロノス?セシルと記憶を削除する契約でも結んだのか?」


「え.....?」


突如の言葉に、驚きと図星を突かれた困惑で、クロノスは即座に反論できず、ただ驚いた表情を浮かべた。


「いや、それは...」


「あー、いい。言わなくていい。わかってるから」


アキラは再び窓の方へ視線を移し、言い訳を聞く気などないかのように軽く手を振って遮っていた。


「お前は自分の行動を覚えていなさすぎる。特に.....いや、ここでは“純粋な器”と言っておこうか。その件については、特にな」


「以前も話していたその“純粋な器”って一体何ですか....」


クロノスが低く唸るように問い詰めると、アキラは軽く笑い、肩をすくめた。


「はっ、本当に覚えていないんだな」


「ぐっ、それは認めます...」


悔しそうな表情を見せるクロノスを横目で満足げに見たアキラは、不気味な笑みを浮かべて口元を覆っていた。


「まぁ、教えるわけないけどな。ここで話したら、セシルがもう一人の契約者である以上、今度こそ僕を容赦なく鎖で絞められて、貫かれる未来しか見えないからな」


もったいぶるアキラに苛立ちながらも、クロノスは拳を握りしめていた。


(くそっ、何も情報を開示してこない....無理やり聞き出すしかないか?)


クロノスは今にもアキラの胸ぐらを掴んで問いただそうとしたが、その瞬間、ポフッという音とともに肩に重みを感じて動きを止める。


横を見ると、そこには安らかな寝顔のまま、クロノスの肩に寄りかかるセシルがいた。


「....」


その寝顔を見たクロノスは、怒りの気持ちがスッと消え、徐々に困惑した表情を浮かべた。その様子を見ていたアキラは、手を顎に当てながら再び窓の外へ視線を戻し、ぽつぽつと話し出した。


「.....こう見えて、“純粋な器”には感謝しているさ。あいつのお陰で精霊様の力に限りなく近づくことができた」


クロノスは多少の違和感を覚えつつも、その言葉を黙って聞き流した。ただ、その言葉にどこか引っかかるものを感じ、質問を投げかけた。


「アキラ様は、なぜそこまで精霊の力にこだわるのですか?」


すると、その言葉を投げかけられたアキラは一瞬目を見開き、何かを思い出すように視線を落とした。


(聞いてはまずいことだったか?それとも以前にも同じ質問をしたのか.....いや、記憶喪失を見抜かれている以上、俺の発言はおかしくないはずだ)


クロノスは再びアキラが不機嫌にならないか不安に思いながら、彼の様子をじっと見つめていた。


沈黙がしばらく続いた後、顔を上げたアキラは鼻で笑い、皮肉めいた口調で話し始めた。


「何?それを言ったらどうする?慰めたり、同情でもしてくれるのか?」


「慰め、ですか?」


クロノスがその言葉を繰り返すと、ハッとしたアキラは軽く舌打ちを鳴らし、軽く頬を掻きながら窓の外を見つめ直した。


「......ちっ、余計なことを言った。こんな下らないこと、さっさと忘れろ」


「....」


アキラは窓から視線を外さぬまま、ぽつりと低い声で呟いていた。その声にはどこか沈んだ色が含まれてるようにも感じられる。


クロノスが不審そうにアキラの様子を伺うと、しばらく沈黙が続いた後、アキラが思いつめたように言葉を切り出した。


「なぁ、クロノス。今までの契約者とはどうやって契約が切れたんだ?」


突然の質問にクロノスは困惑し、アキラの顔を凝視していると、彼は今までに見たことのない弱々しい表情を浮かべていた。


「....それを聞いてどうするんですか?」


すると、アキラは小さくため息を吐き、指を軽く唇に当てながら口を開いた。


「僕はお前の位置を常に把握していないと気が済まないほど契約に依存している。そんな僕が自分からそう簡単に契約を破棄するはずがない。だとすれば――」


「ふっ、なんですか? 自分の《《最期》》を悟っているんですか?」


クロノスはアキラの言葉に思わず吹き出してしまい、まずいと思って慌てて口元を手で覆った。しかし、アキラは特に反応を見せず、静かに目を閉じていた。


「.....さぁな」


そう曖昧に答えたアキラの顔は、身に纏った真っ黒なマントと相まって、暗闇に溶け込むように見え、どこか達観した表情を浮かべていた。


やがて会話が途切れ、馬車の中には再びガラガラと車輪が軋む音だけが響き渡った。


クロノスはふと、肩に寄りかかって眠るセシルの顔に触れていた黒い髪をそっと耳にかけ直した。


(契約者の最期、か.....はたして、セシルも同じような道を辿るのだろうか――)


それぞれの思いが交錯する馬車は、静寂の月夜の下を滑るように順調に進んでいた。誰もが気づかぬうちにその車輪は、それぞれの運命の分かれ道となる街へと導いていた。

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