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記憶喪失のわたしが契約悪魔と精霊を追う理由  作者: 黒月セリカ
第一部. 契約悪魔と精霊の交差点:忘却の契約と廻る歯車
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第14話. 散らばる青白い花びら



二人の視線の先では、セシルの剣を受けた魔獣が負傷し、地面で必死に体勢を整えようともがいていた。その様子を見ながらクロノスはゆっくりと口を開いた。


「次は俺が指示を出させてもらう。いいな?」


「...各自で攻撃するのはダメですか?」


隣で剣を片手に構えていたセシルは、どこか不満げに頬を膨らませながらクロノスを横目に答えていた。


言葉とは裏腹に、セシルの手元の剣は軽やかに回転し、構え直す仕草に無駄がないようだった。そんな彼女を一瞥したクロノスは冷静に続けた。


「奴の急所は体だ。首や翼を狙っても怯むだけで致命傷にはならなかった。だから俺が囮になる。その隙に、さっきみたいに強烈な一撃を叩き込んでほしい。それと、一つ――」


セシルが返事をしようとした瞬間、クロノスが鋭く言葉を割り込んだ。


「今の剣裁き、荒っぽい上に無駄が多い。まるで”誰か”に強引に身に合わない剣術を叩き込まれたような歪さだ。その癖、命取りになるぞ」


「.....」


クロノスが何気なく漏らした言葉。その隣で、セシルは目を少し泳がせながら黙ったまま考え込んでいた。


(....図星か。本人もどこか違和感を感じているようだな。だが、筋は悪くない)


クロノスの言葉に反応を返さないセシルの様子を観察するようにしつつ、彼はぼやくように話を続けた。


「それにしても、これだけの騒ぎだというのにアキラ様は姿を見せないのか....」


ギャオォォン!


クロノスがぼやくように呟いたその瞬間、魔獣が空高く跳び上がり、咆哮を上げながら二人に向かって猛然と突進してきた。


「っ、来るぞ!」


その場に、クロノスの声が鋭く響いた。その言葉に、セシルはハッと現実へ引き戻されていた。


セシルに迫る鋭い爪が閃いたその瞬間、セシルを庇うように前へ出たクロノスは、素早く手をかざし、真紅の鎖を地面から呼び出した。


鋭い爪が閃く刹那、その鎖が絡みつくように魔獣の前脚を捕らえ、動きを封じた。


「セシル!後ろに回れ!視界から外れて仕掛けるんだ!」


クロノスの指示に即座に反応したセシルは、軽やかな足取りで魔獣の背後へ回り込む。


視線を外さず、剣を握りしめながら動きを見極める彼女の目には、一瞬の隙も見逃さない鋭さと手慣さを感じられた。


しかし、魔獣の瞳が鋭く輝き、首をゆっくりと捻るようにしてセシルを追った。その鋭い視線は彼女を逃がすまいと捉えたまま、再び攻撃の態勢を整えていた。


「おい、よそ見するなよ」


そう、呟くとクロノスは鎖を瞬時に解き放ち、宙を舞うように魔獣の頭部と同じ高さに跳び上がった。


空中で身を翻しながら、手のひらから生み出した鎖の一端を一瞬で鞭のようにしならせ、魔獣の頭部に鋭く空間事切り裂くように叩きつけた。


ビシッッ!


その動きは驚異的で、鎖が空気を切る音が鋭く響き渡る。


魔獣は頭部を大きく揺らし、一瞬怯むような素振りを見せ、一歩下がったが、すぐに怒りに満ちた咆哮を上げ、翼を広げながらクロノスに反撃を仕掛けた。


だが、クロノスの計算通りと言わんばかりに、上空から降ってくる魔獣の翼の攻撃を冷静にかわすと、瞬間移動するような動きで横へと回り込み、魔獣の視界からその姿を消した。


「その程度か....動きが単調だな」


続けて指を軽く鳴らすと、空中に無数の鎖が現れた、クロノスの意志に応えるようにしなやかに動き、魔獣の翼を正確に狙い定めて解き放たれた。


鎖は正確に魔獣の翼を貫き、そのまま滑らかな動きで翼全体に絡みついていった。クロノスが片手を力強く引き絞ると、鎖はさらに深く食い込み、翼を無理やりねじり上げる。軋むような悲鳴が翼から響き渡り、魔獣の動きはその場で完全に封じられた。


クロノスがタイミングを見計らいセシルに向かって叫ぼうとしたその瞬間、セシルは先に一歩前に踏み出していた。そして、一気に全力で魔獣へと駆け出し始めた。


土煙を巻き上げながら迷いのない瞳でまっすぐに突き進み、そのまま全身の力を込めて一気に振り下ろした。


ズバァッ!!


刃が体を深々と貫いたその瞬間、魔獣は悲鳴のように咆哮を轟かせ、体を激しく震わせた。


ギャオォォン!


魔獣は激しく体をのたうち回り、セシルの剣が突き刺さったままの状態で、痛みの反動で絡みついていた鎖を力任せに振りほどいた。その勢いで体を捻じった魔獣は、セシルを剣ごと弾き飛ばした。


「っ!....」


軽い悲鳴を上げながらセシルは地面に転がっていた。そんな彼女に向けて、魔獣が憎悪に満ちた瞳を光らせながら口を開き、禍々しい魔力が集まり始め、周囲の空気が急激に歪んでいった。


「させるか....」


低く鋭い声で呟いたクロノスは、即座にもう片方の足を鎖で絡め取り、そのまま力任せに魔獣の体を地面に叩きつけた。衝撃で魔獣の動きが一瞬止まり、砂埃が勢いよく舞い上がる。クロノスはその瞬間を逃さず、地面を蹴って一気に倒れた魔獣の上に飛び乗った。


「大したことはなかったな。さっさと消えてもらおうか。この歪んだ空気、気分が悪い。それに――」


冷ややかな瞳で魔獣を見下ろしながら、クロノスの手が赤黒く輝き始める。


「セシルを執拗しつように狙うその行動....全くもって不愉快だな。消えろ」


冷然と告げると同時に、赤黒く光るてのひらを魔獣の体に押し付け、自身の悪魔の力を流し込むようにきむしった。


ギャオォォォォ――――!!


魔獣は今まで以上の苦悶の声を上げ、全身をのたうち回しながら抵抗する。クロノスを振りほどこうと暴れ回るその姿に、砂煙と血気が混じり、激しい衝動が周囲を飲み込んでいた。


そのまま彼は魔獣の動きを見極めながら身を翻して飛び降りると、地面に座り込んでいたセシルの前へ駆け寄り、万が一の次の反撃に備え、彼女を守るためにその位置に立った瞬間――


「...くっ、なんだ!」


魔獣の全身から柱のように青白い光がほとばしり、あまりの眩しさにクロノスは思わず目を細めていた。


(なんだこの感覚....嫌な予感が――)


クロノスは光に潜む危険を察知し、即座にセシルの腕を引いて立たせた。そのまま彼女の肩を抱き寄せると、セシルが驚きの声を上げる間もなく、手から剣を奪い取り、地面に深く突き立てた。


次の瞬間――


魔獣の全身から放たれていた眩い光が一気に収束し、周囲は不気味な静寂に包まれた。だが、空間が更にねじれるように歪んだその瞬間、魔獣の体が爆散し、青白い花びらが光のように舞い散り、空間を広がっていった。遅れて、轟音とともに爆発的な衝撃波が襲いかかる。


「ぐっ――!」


クロノスは突き刺した剣を支えにしながら、抱き寄せたセシルをしっかりと守る体勢を取る。凄まじい風圧が二人を後ろに押し流そうとする中、クロノスは全身に響く余波に耐えつつ、視線を魔獣がいた方へ向けていた。



◇◇◇



やがて衝撃波が収まると、周囲には静けさが戻り、魔獣の姿はなく、代わりに散らばった青白い花びらが地面を埋め尽くしていた。


「....倒したの?」


セシルの震えるような声が静寂を破った。クロノスは抱えていたセシルを放し、魔獣がいた方角に視線を固定したまま、軽く息を吐きながら頷いた。


「ああ、そのようだな。歪んだ気配も消えている」


辺りを見渡すと、先程まで漂っていた歪んだ空気は一切なくなり、清らかで澄んだ空気が戻っていた。


「ふぅ、よかっ....あいたっ」


セシルは胸元を押さえ、息を吐いて安堵していたが、不意に頭をコツンと叩かれた。


驚いて目を開けると、そこには地面から引き抜いた剣を片手に持ち、心配と怒りが入り混じった表情のクロノスが立っていた。


「ぇと、その...もしかして怒ってます?」


セシルは気まずそうに自分の髪を弄りながら、えへへと笑みを浮かべたが、その直後、クロノスの手から軽いチョップが降りてきた。


「うにゃっ!」


クロノスの軽いチョップが降りてきた事で、セシルは思わず声を漏らして両手で頭を押さえた。


「.....一度は許してしまったが、戦いに巻き込まれないように扉に鎖を巻いたのに、どうして出てきた?」


クロノスは心配そうな低い声で問いかけると、セシルは頭を押さえたまま笑みを浮かべて答えた。


「えへへ、なんだかあの時、助けに行かないとって感情が溢れてきて、つい....」


「まったく...吹き飛ばされていた時は冷や汗ものだったぞ」


「ふふ、そうだったんですね。あの時、魔獣を倒すのが優先みたいな雰囲気だったので」


セシルが軽い調子で答えると、クロノスは深くため息をつきながら、呆れたように目を伏せた。


「はぁ.......そんな訳ないだろう。やれやれ、それだから毎度俺が保護者係として任されてたんだぞ」


「え......誰に、?」


セシルは驚きのあまりクロノスを凝視すると、クロノスは自分の口を手で覆い、自分の発言に驚いたような表情を浮かべていた。


「......俺、今なんて?」


セシルが疑問符を浮かべながら口を開こうとしたその瞬間、クロノスは突然セシルの頭をくしゃりと一撫ですると、そのまま背を向けた。


「とにかく、怪我が無さそうで良かった。このことをアキラ様に報告してくる。セシルは先に戻って、横にでもなっていろ」


そう言い放った、クロノスは何事もなかったかのようにスタスタと歩き始めた。


「...」


その背中を、セシルはじっと見つめていたが、クロノスと少し距離が開いたところで、彼女は突然声を張り上げた。


「クロノスさん!!」


クロノスはその声に足を止めると、ゆっくりと体ごと振り返り、首を傾げていた。


「ん...?なんだい」


落ち着いた優しい声がその場に響いている一方、セシルは自分の中に溢れそうな感情をなんとか整理しながら、軽く首を振り、一歩踏み出して声を張り上げた。


「あ、あの!クロノスさん!その持っている剣をわたしに貸してください!」


「...随分突然だな。一応訳でも聞こうか?」


手にした剣をちらりと眺め、眉を上げて問いかけてきた。その問いに、セシルは一瞬だけ言葉を詰まらせたが、すぐに揺らぎない真剣な瞳でクロノスを見上げた。


「わたし.....自分で戦える力が欲しいんです!!この先、何かにぶつかった時に立ち止まりたくないんです!!」


クロノスはその言葉を黙って受け止める。少しの間、じっとセシルを見つめていたが、やがて目を細め、軽く肩をすくめると、手にしていた剣を軽々と振り上げ、迷いなくセシルに投げつけた。


「っ!?」


鋭い音と共に一直線に飛んでくる剣に、セシルは反射的に身を引きかけだが、次の瞬間、迷いを振り払うように手の甲で剣の柄部分を弾き、一瞬でそのまま宙で回転する剣を片手で掴み取っていた。そして、すぐに剣を掴んだ腕を振り回していた。


「ちょ、ちょっと、クロノスさん!!危うく串刺しになるところでしたよ!!」


ヤイヤイと騒ぐセシルに、クロノスはふっと口元を緩め、思わず笑みを漏らし、それを隠すように手を口元に当て、肩をすくめていた。


「...いいんじゃないか」


ぽつりと呟くと、彼は何事もなかったかのようにひらりと手を振り、そのまま背を向けて再び歩き出した。


「もう!何なんですか、あの人...」


セシルは呆れたようにため息をつき、言葉の意味を測りかねながら、思わず彼の背中をじっと見つめた。しかし、その一方であの瞬間の柔らかな表情が脳裏に残り、胸の奥がどこか温かくなるのを感じていた。


ふと、セシルは足元に散らばった青白い花びらを一瞬見下ろし、剣を横たえたまましゃがみ込み、一枚を手に取った。


(この色合いの花びら、どこかで見たような....)


静まり返った空の下で、セシルはただ一人しゃがみながら花びらを見つめていた。

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