第2話 モブ令嬢、殺される
「ちょっとアルバート。アルバートで暖をとれるのはいいのだけど、鉄格子が当たって痛いから力を緩めてくれない?」
寒いから少しぐらい痛いのは我慢できるけど、段々と力を強めるのをやめて欲しいわ。
すると少し力が緩んで、ほぅとため息がでました。
昔、騎士になると言って、泣きながら剣を振るっていたのは知っていますが、まさか黒の部隊にいたとは……それだけアルバートの力が認められたということでしょう。
「では、なぜ突き落としたのですか?」
「だから突き落としてなどいないわ。自分よがりになった王太子が、私を婚約者にするとほざきながら、私の方を見た時に足を滑らせて自分から落ちて行ったの」
そうなのです。あの王太子は婚約破棄宣言をして、婚約者の公爵令嬢が突然のことに床にへたり込んでしまったのを見て笑ったのです。そして、まるで演者のように大ぶりで私の方に振り向いて、私を婚約者にとほざいたところで、上段から足を滑らせて落ちていったのです。
「自分から?」
「ええ」
「足を滑らせて?」
「まぁ、私が思わず落ちていく王太子に手を差し出してしまったから、下から見れば私が突き落としたように見えたかもしれません」
予想外のことに、思わず手を差し出してしまいましたが、腕の力だけでは引き止められないと判断して、途中で止めてしまったのも悪かったのかもしれません。
魔法で助けることも考えたのですが、私の場合は王城に出入りするときは魔力制御をかけられているので、使える魔法が決まってくるのです。
強すぎる魔法使いを恐れてのことですわ。
そして今の私は魔力を完全に封じられて、普通の貴族の令嬢と変わらないということです。二十五歳になって令嬢というのもなんですが。
「わかりました」
アルバートがそういった瞬間、横腹に痛みが走りました。その痛みの元をたどろうと、視線を下に向けましたが、私の胸が邪魔で見えません。
くっ! こんな邪魔で重い胸の所為でバカ王太子に、キモい視線を向けられ続けたのかと思うと、切り落としてしまってもいいかもしれません。
胸が大きければいいわけじゃないのです! あの巨乳好きの変態王太子!
「アルバート。殺すのなら首を切りなさいよ」
私は私を殺そうとしているアルバートを見る。それが彼の仕事なのだから仕方がないのだけど、殺すのならズバッとして欲しいものです。
「エノローラ。助けて欲しいですか?」
「この状態で聞くこと?」
人の腹を刺しておいて何を聞いてくるのか。
「ええ、エノローラが私に助けを求めるのであれば、好きなだけ魔法の研究が出来るようになりますよ」
「好きなだけ?」
「ええ」
「本当に?」
「本当ですよ」
「バカ王太子にも邪魔されない?」
「それもエノローラが突き落とすので大丈夫です」
「だから私は突き落としてはないと言っているの!」
ドレスを伝って足元に生暖かい物がまとわりつく感じがします。寒い。寒い。寒い。
「アルバート。たすけて」
「助けて差し上げますよ。私の愛しいエノローラ」
ん? なに? 愛しいって?
と思っていると、鉄格子越しにアルバートから口づけをされる。
それが最後の記憶となり私は意識を失った。
そしてエノローラ・ブランシェは死んだ。
気がつけば知らない天井だった。
身を起こすと少し気だるいけれど動ける。魔力の抑制する装飾品も外されている。
「魔法使いたい放題!」
「起きて一番に言うことがそれか?」
アルバートの声が聞こえて視線を巡らせれば、黒髪の男性がベッドの隣で椅子に座っていた。そして紫紺の瞳を私に向けている。
地下で会ったときは暗くてよく分からなかったけど、ファングラン公爵夫人似の美人さんになっていた。まぁ昔から美少年だなぁとは思っていたけど。
ん? いつも薄らぼんやりとしている人の顔がはっきり見えるってことは……私は慌てて目の近くに手を持ってくる。
「瓶底メガネがない!」
「もう必要ないから捨てた」
いや、勝手に捨てないでよ。あれがないと外にいけないのよ。
私は広いベッドを移動して、アルバートに詰め寄る。
「メガネは必要! それからここはどこ!」
「ここは俺の家で、エノローラは外に出られないからメガネは必要ない」
は? 出られない? 意味がわからないのだけど?
それから、口調が違うけど、こっちが素?
それを言うなら私も令嬢らしくない言葉遣いでした。気をつけなければ……
「エノローラ・ブランシェは処刑された。国王陛下は、王家に対する暴挙を許すことはない」
「暴挙って……」
私は実質なにもしていません。王太子が自爆しただけです。
「それから部下が、半年前に王太子殿下が殺した平民の遺体を調べたところ、エノローラが言っていたとおり痣が発見された」
そうでしょうね。それが主人公ちゃんの王族だという証拠ですから。
「本日、アレスティア聖王国から宣戦布告がされた」
「あれ? 私は何日寝ていたのかしら?」
私の意志関係なく意識を失ったということは、私が仕込んでいた術が発動したと思われます。それは一度だけ会ったことがある現アレスティア聖王の元に転送されるようにです。
宣戦布告ということは、一ヶ月ぐらい経っているのでしょうか?
「二日だ。それにより王城は大騒ぎだ。いったいどんな物を送りつけたのだ?」
「え? 記録媒体よ。私の授業をサボって何をしているのかと、遠見で探していたら、城下をウロウロしている王太子の映像を記録していたの」
これは後で溜めておいて、国王に突きつける用でした。
おたくのお子さん。真面目に授業を受けずにサボっていますよという感じで突きつけようと。
しかし、その後聖魔法が使えるという理由で養女になった主人公ちゃんが、王太子にぶつかったではないですか。
これは乙女ゲームの始まりかと、ドキドキしながら観察していると、下民風情が穢らわしいと言ってボコり始めたではないですか。
周りの者たちも止めもしない。
そして、その後養父が現れ、平謝りをして、ボロボロになった主人公ちゃんを連れ帰ったという映像です。
それはインパクトはあるかもしれませんね。
その記録媒体に破れた服から見える肩の痣のアップも入れておきました。
「魔力を注げば再生される映像ですから、中々の証拠物件だと思います」
「はぁ、それでか。国王陛下は平民の遺骸をキレイにして、王太子の首と共に送ろうという判断をされた」
「え? あんな王太子の首なんていらないでしょ。本体丸ごと送りつけたほうがいいわ」
首だけなんて何の役に立つのかしら? それから主人公ちゃんが入った棺と共に、去勢して奴隷の首輪でもつけた王太子を送りつけたほうがいいわ。
「本体丸ごと……エノローラはエゲツのないことを言うのだな」
「エゲツのない? ふん! あの巨乳好きの変態、メイドたちに嫌われているの知ってる? 泣きながら王城を去る子も居たわよ」
「ほぅ。それはエノローラの意見を国王陛下に進言しておこう」
あら? なんだか気温がガクンと下がったのかしら? 少し肌寒いわ。
「それでエノローラは王太子に手を出されたのか?」
「暴力的なことはされていないわよ。私の周りには結界を張っていいと国王から許可をもらっていたもの。だけど、あの視線が……本当に気持ち悪い」
なんだか気温が下がっていってるのと、王太子の気持ち悪い視線を思い出して、鳥肌が立ち、腕をさすります。寒いですわ。
「エノローラは、王太子のことなんか忘れてしまっていい。いや、俺が忘れさせてやる」
何か変なことを言われたような?
アルバートの言葉の解釈に首を傾げていますと、ベッドの上に押し付けられてしまいました。
アルバートに上から見おろされる状況に何故になる!
「えーっと……アルバート?」
「十年前からブランシェ侯爵からは婚姻の許可はもらっていた」
十年前?
「だけどエノローラは侯爵家からの手紙を尽く無視していたよな?」
はっ! 婚約者が出来たから家に戻ってこいという手紙!
だって……結婚するってなったら、好きな魔法の研究ができないじゃない?
それに何かと機密保持が必要なものを扱っている魔法省は、職員以外は立ち入り禁止。なので、家の者が強制的に向かえにくることもない。
家族以外の手紙は魔法省で受け取らないので、家族以外の手紙も来ない。
「だから俺はエノローラ・ブランシェを世間的に殺した。そうすれば、エノローラはどこにも行けないだろう?」
……アルバート。なんだか闇落ちヒーローみたいなことを言っていますよ。
あの乙女ゲームって隠しキャラっていたの?
アルバートに口づけされながら、私はアルバートの攻略法がないのか、前世という記憶の中を探しているのでした。
アルバートが国王陛下に進言したのか、王太子は一部は切り取られたものの五体満足で隣国に渡ることになりました。
王族という高貴な身分から奴隷という身分に転落したのです。
そして私はと言えば……
「はぁ、上手く行かないわ。もう少し配分を変えてみるべきかしら? それとも新しい素材を模索すべき?」
魔法の研究に没頭できる毎日を過ごしています。
「エノローラ。研究室にこもってばかりでは体に障る」
と言いたいですが、アルバートに邪魔をされています。
「もう、一人の身体ではないのだから」
「はぁ、わかったわ。運動がてら薬草畑に行ってくるわ」
「全然わかってない」
「あら? 好きなだけ研究していいって言ったのはアルバートじゃない。それにあまり邪魔をすると魔眼を使うわよ」
「俺にエノローラの魔眼を使っても意味がない。それから薬草畑まで抱えていこう。コケたら大変だ」
「ちょっと妊婦には運動も必要なのよ! しかしおかしいわね。私の魔眼はかなり強力なはずだけど?」
「初めて会ったときからエノローラに魅了されているから、俺には無意味なんだよ」
春には新しい家族が増えることでしょう。
これもモブの人生としては幸せですわね。
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