第1話 モブ令嬢、牢屋に入れられる
高い壇上。きらめく会場の中、悲鳴が響き渡る。
泣き顔で驚いたように私を見上げる公爵令嬢。
階段を転がり落ちていく豪華な衣装を身に着けた王太子。
それを壇上から眺める私。
悲鳴と慌ただしく近寄ってくる足音が、私の耳に入ってくるのでした。
寒い。もの凄く寒い。
「あの〜毛布か何か暖をとるものをいただけませんか〜」
暖まれる物が欲しいと声を上げますが、それに対する返答はありません。無視。無視ですか!
はい。私は今、冷たい石に囲まれた牢屋にいます。床も冷たく、鉄格子も冷たく、木の板に穴が空けられた手枷が痛いです。
何故、このような牢屋に入れられているか。それは私は犯罪を犯したからとされているということなのです。
しかし、あの見張り自分だけぬくぬくとしたコートを着て、ズルいですわ。
それも器用に立ちながら舟を漕いでいます。
……寝ている!
そこにコツコツと地下に降りてくる足音が複数聞こえてきます。雰囲気からあまり良くない感じに捉えられました。
そして明り取りの光に映されたのは、黒い軍服を着た者たちです。噂でしか聞いたことがありませんでしたが本当に実在したのですね。
罪人の処刑人と呼ばれる黒の部隊。
王家直属の処刑人と噂されていますが、実物を見たのは初めてです。
舟を漕いでいた見張りは、今まできちんと見張りをしていた風に装って『問題ありません』とか言いやがっています。
そして、鉄格子越しに五人の黒い軍服を着た者たちから、石の床にしゃがんでいる私は見下されました。とても威圧的ですわ。
「罪人エノローラ・ブランシェに極刑が言い渡された。それによりこれから……」
「ちょっと待った!」
私は立ち上がって鉄格子越しに淡々と私の処刑を言っている男に詰め寄る。
こっちの言い分を聞かないなんて許されないわよ!
「何も調べないで、上からの命令をそのまま実行しようとしないでもらいたいですわ!」
「貴女に発言権はありませんエノローラ・ブランシェ」
「は? 罪を全部私になすりつけて、終わらそうとしているの? 言っておくけどそんなことをすれば、王太子の裏事情が外に流れるわよ?」
「愚かにも、我々を脅そうとしても無駄なこと」
今回の流れになってから保身はかけています。ちっ! まさか王太子自ら主人公ちゃんを排除するとは思わないじゃないですか!
絶対にあの王太子の頭は沸いています。
そうここは乙女ゲームの世界。よくある平民から成り上がって、貴族エンド。王族エンドなど攻略対象者を陥落させて結末を迎えるだけのゲーム。
因みに私は名前すら出てこないモブ。
「ふん! 半年前、平民の女の子を王太子が殴り殺した事件」
しかし半年前に、攻略対象者である王太子が主人公ちゃんをボコ殴りにするという事件が起こったのです。
「それは事件でもなんでもありません。平民が王族に近づこうとするなど、身分をわきまえない愚かなこと。当然です」
「やっぱり何も調べていない。何故平民の子に突然珍しい聖属性が発現したと思ったの?」
「確かに珍しいですが存在しないわけではありません」
「隣国アレスティア聖王国の先代の聖王の落し胤よ。私が死ねば、この事実をアレスティア聖王国に直接届くように設定済みよ」
そして主人公ちゃんの究極エンドは聖王エンド。女王として結末を迎えるのです。
まぁ、それには色々苦難を乗り越える設定でしたが、半年前に亡くなってしまったので、先代の聖王は愛人とその子供を探し続けていることでしょう。
「そのような世迷い言を信じるとでも?」
「信じない? それもいいわ。だったら墓を掘り返して死体の左肩を見てみるといいわ。王族を示す痣があるけど、いい具合に腐っていそうね」
もう腐っていそうだけど、あれは秋の事件だったから、まだ腐っては無いかも?
偉そうに私に死刑を言い渡した男は、部下共に今すぐ墓を掘り返してくるように命じました。そして牢番に温かいお茶を持ってくるように命じ、鉄格子を挟んで私と黒の部隊の偉そうな者だけになったのでした。
「くそピィーピィー泣いていたアルバートが偉くなったものね?」
「相変わらず言葉遣いがなっていませんよ」
「それより毛布をくれない? ここ凄く寒いのだけど?」
そう私は目の前の男を知っている。アルバート・ファングラン。ファングラン公爵家の三男です。
「そのような格好をしているからでは?」
「これは王太子の趣味。アレは変態よね? 気持ち悪すぎるわ」
「だからといって、突き落としていいわけではありません」
別に突き落としていません。ただ王太子が勝手に落ちていっただけです。
「エノローラは王太子の教育者から、いつ愛人になったのですか?」
そう言いながらアルバートは、私に黒い軍服の上着を差し出してくれた。まぁ、この破廉恥な格好が目ざわりなのでしょう。
私もこれを着ろと言われたとき、お前が着ろと投げ返したくなりましたもの。
これ見よがしに胸を強調させて、胸がドレスに収まらない作り、そして体のラインを強調するようなピッタリとしたドレス。
クソですわ。
「愛人になどなった覚えはないわ。瓶底メガネの行き遅れの者を愛人など、そもそも王家が許さないでしょう。……それから上着を渡されても手枷をされていたら、着れないのだけど?」
「行き遅れになるほど魔法の研究に没頭するエノローラが悪いのでは?」
「ふふふ、魔法の研究は面白いからやめられないわ」
そう言って笑っていると、アルバートに腕を引っ張られ、鉄格子越しに抱き寄せられ、上着を肩にかけてくれました。
暖をとれるのは嬉しいのですが、鉄格子が当たって痛いです。
「それで何を条件に愛人をしているのですか? 何か珍しい素材の調達ですか?」
「その愛人説から離れない?」
私はただの教育者で、行き遅れの二十五歳。それに対し王太子は十七歳の若造で、自分が王族だから偉いと勘違いしているバカ。
私は魔法を教えるという立場です。帝王学云々は別の者が教えるので、何かを言うことではないのですが、きちんと王族という立場を教え込む必要があると思いました。
「週に二度王城に出向いて、魔法のことを教えるだけの教育者よ。最近は私の研究室にズカズカと入ってくることも多くて困ってはいたけどね」
アルバート。段々と力が強くなっていないかしら? 鉄格子が食い込み始めたのだけど?
「では愛人になるのが嫌で、壇上から突き落としたと言うことですか?」
「はぁ、王妃様の誕生日パーティーで問題を起こしてどうするのよ」
王太子は今日あった王妃様の誕生日パーティーで、婚約者の公爵令嬢に婚約破棄を突きつけたのです。
まぁ、これは乙女ゲームではそのような感じでしたので、別に主人公が居なくてもイベントは起こるのかと思ったぐらいで、私としては大したことはありません。
それにゲームでは婚約者の令嬢は悪役令嬢として描かれていましたが、現状では婚約破棄をされるようなことは何もしていません。
「そんなことをするぐらいなら、直接長官と国王陛下に直訴して、魔法省を辞めるって言うわ。それでもっと魔法の研究ができる国に移住するわね。子供じゃないのだから、打つ手ぐらいはいくらでもあるわ」
王族の愛人なんて、私にとって何も価値はないし、この国に大して未練もない。家は弟が継いでいるし、他の妹たちは全て嫁ぎ先が決まっています。
だから、以前から上司である魔法省の長官に言っていたグライザール魔導王国に移住したいですわ。




