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陽が沈み、夜の帳が

 陽が沈み、夜の帳が降りた。輸送隊は街道から外れて、レッドセラー平原の北にある森へ逃げ込んだ。

 ナジムたち魔術協会は追ってこなかった。だが、あきらめたわけではないだろう。先の戦闘は前哨戦にすぎない。

 輸送隊の損害は神聖騎士が四名と、少数の負傷者。対して敵側の襲撃部隊はふたりを失った。例の街道荒らしのふたり組である。魔術協会が送り込んできた精鋭は、いずれもが生きのびた。

 輸送隊は森の木がまばらな場所を探しあて、そこで天幕を張った。いまシャノン以下の神聖騎士たちは焚火を囲み、今後のことを話し合っている。ノアの姿も見える。ミゲルとカルロは警戒を兼ねて薪を集めに森へ入っていた。ノアだけがその場に呼ばれたのだった。


「護衛の数が少なすぎる。ラクスフェルドへ増員を要請して、日をあらためるべきだ」


 話し合いのなかでノアはそう提言した。


「それはできないのだ」


 とシャノン。


「どうして?」

「われわれは遅くとも、五日後にはラクスフェルドへ戻らねばならん。重要な祭祀がある。そのために、あの石像が絶対に必要なのだ」

「なら最初からオーリア軍でも引き連れて輸送すべきだった」

「いまさら遅い。目立たぬように運搬せよというのが、モロー枢機卿のお達しだったからな」


 ノアは沈痛な面持ちのシャノンから目を逸らした。彼らなりの事情があったということか。しかし気の毒だとは思わなかった。それによって最も割を食ったのは、巻き込まれた自分だ。


「にしても、おまえの手並みは見事だったな」


 神聖騎士のニコルが言った。彼の口ぶりからは、今朝までのようなノアとミゲルたちを軽く見る調子が消えている。魔術協会の襲撃を退けたことにより、彼は態度をひるがえしたらしい。


「不思議だったのは、おまえの持っている剣だ。わたしが見た限り、まるで敵の魔術師が放った火球を斬ったように見えた」

「実際そうだ。ブリスカヴィカは魔術と反発して、それを断つことができる」

「いったい、どこで手に入れたんだ」


 ニコルに問われたノアは、自分がブリスカヴィカを入手することとなった経緯をかいつまんで話した。

 ブリスカヴィカは半年ほど前、ノアがハイランドでの任務の途中、マグナスレーベン帝国に囚われていたドワーフから譲り受けた剣だ。その素材にはハイランド高地の火山――ファウンテンヘッドと呼ばれる、エーテルの噴き出し口に近い場所から採取した鉄鉱石が使われていた。エーテルはこの世界のどこにでも存在する魔術の源である。目には見えず、空気のようなものだ。ファウンテンヘッド付近で大昔から濃度の高いエーテルにさらされつづけたハイランドの鉄鉱石には、魔術的な要素が深く浸透していた。それをドワーフが剣にして鍛えた結果、ブリスカヴィカは魔術に対する特性を得るにいたった。物質のみならず、魔術師がエーテルを利用して引き起こす呪文の効果を、切断できるのだ。


 まさに魔剣である――


 魔術協会を相手にしなけらばならない輸送隊にとって、ノアは心強い味方となった。

 だが先行きは暗い。この秘密裏なはずの輸送について、どこかから情報が漏れていたことが判明した。魔術協会はきっとまた仕掛けてくる。さらにラクスフェルドまでの到着には、期日が定められているという。

 もはや街道を使っての移動は危険となった。となれば間道や踏み分け道を使うしかない。シャノンの話では、猶予を含めて期日は五日。そんな短期間では本国へ救援を要請することもできない。結局、輸送隊はこのまま強行日程で進むしかないと結論づけられた。

 暗澹たる協議が終わる。それから神聖騎士たちは命を落とした同胞のために祈り、ノアは彼らを尻目にミゲルとカルロがいるところへ足を向けた。

 ふたりは神聖騎士団の天幕から少し離れた場所にいた。


「どうだった?」


 敷物の上で胡座をかいたミゲルが、現れたノアに訊く。その向かい側では、カルロが角灯の火を松ぼっくりの焚きつけに移している最中だった。

 ノアはミゲルの傍らに立つと神聖騎士たちの天幕を顧みた。


「どうにもならん。連中、あの石棺の輸送をこのまま強行する気だ」

「だと思った」


 とミゲル。


「どうしても守らねばならない期日があるそうだ」

「なんの期日だ?」

「重要な祭祀とか言っていたが」

「いまの時期なら収穫祭か」

「オーリアでの収穫祭は、もうとっくに終わってる」


 ミゲルはそれを聞いて小さく鼻を鳴らした。そうして、彼は火を熾すのに苦労しているカルロへと目をやった。

 ようやく焚きつけが燃えはじめた。カルロはそれに森で拾ってきた粗朶をくべた。火はすぐに勢いを増した。暖かな焚火の炎が三人を照らす。今夜はやけに冷える。オーリアにも冬が近い。

 カルロが神聖騎士団の天幕へ今晩の食事を取りにいくと言って、その場を離れた。


「あの石棺が、どうもあやしい。そうは思わないか」


 ミゲルが自分の隣に腰をおろしたノアに言う。


「またその話か。いやにこそこそと運搬するあたり、妙だとは思うが」

「まあ聞けよ。オーリア正教会は、いま国での立場が弱い。おれが察するに、正教会はあの石棺のなかにある天使像を使って、なにか特別な祭祀を行おうとしているんじゃないのか」

「特別な祭祀って、たとえば?」

「おそらく信者への強力な訴えかけ。正教会が勢いを取り戻すような儀式だ」

「見当もつかん。まさか奇跡でも起こしてみせるっていうのか」

「かもしれない」


 ミゲルには空想癖でもあるのだろうか。もしそうなら、付き合っていられない。ノアは敷物の上でごろりと横になり、頬杖をついて焚火の炎を見つめた。


「本気か? おれは冗談で言ったんだが」

「いや考えてみろ。あの天使像は魔術協会が強奪しようとするほどのものだぞ。それくらいの秘密があってもおかしくない」


 暗い森のどこかで夜に活動する鳥が鳴いた。不気味な声が夜のしじまに響く。


「ミゲル、おまえは天使なんてものが、本当にいると信じてるのか」


 とノア。


「いるかいないかは関係ない。いまの正教会には、信者の拠り所となる『柱』のようなものが必要なのさ」

「だとしても、どうやったら奇跡なんかを――」


 言いかけたノアは、そこでミゲルの言わんとするところを理解した。


「そうか。だから正教会と魔術院は、魔術協会から呪文書を盗み出したのか」


 腑に落ちた表情となるノア。するとミゲルは身を乗り出し、ノアを指さすと、


「鈍いおまえでも、ようやくのみ込めたか。正教会は祭祀と称して信者を集め、そこで天使像の炭素冷凍を解いてみせるつもりなんだろう。マグシウスの術法典を使ってな。衆人環視のなかで石像が天使となったら、見ている者はどう思う?」

「奇跡だと思って、おどろく……」

「そう。天使の復活だ。没落した正教会にとっては、このうえない宣伝効果となる」


 ミゲルの言葉を聞いたノアは、はじめはうろんに感じていた。だがたしかに、いままでにわかった断片的な手蔓を組み合わせてみれば、それらは妙に符合する。正教会の思惑も、ありえなくはないと思えてくる。

 天使という存在の有無は別として、ミゲルの言うとおりなのかもしれない。しかし、だからなんなのだ。正教会がなにを企んでいようと自分には関係がない。現在の窮地を打開できるわけでもない。さらにノアの頭のなかには、別な疑問が浮かんでくる。彼はそれを口にした。


「もしそうなら、誰が天使を石像にしたんだ。なんのために」

「そのあたりは、わからん」


 ミゲルは即答すると肩をそびやかした。

 ノアとミゲルはしばし目を見交わし、会話が途切れた。すべては推測だ。結局、重要な点はなにもわからない。


「おーい、飯だぞ」


 カルロが神聖騎士団の天幕から戻ってきた。暗がりから姿を現した彼は、ふたりに貧相な料理の盛られた皿を配った。炙った干し肉と昼にも食べた平たいパン、硬いチーズ、湯通ししたドライフルーツというわびしい献立。飲み物は茶葉を節約するために白湯だった。

 三人は焚火を囲んで食事をはじめた。


「大丈夫なのか、火を焚いても」


 食べながら、ノアが誰にでもなく言う。


「寒いのはいやだろう」


 とカルロ。


「だが、魔術協会の奴らに見つかるかもしれない」

「そんときゃ、また返り討ちだ。そうそう、さっきニコルに言われたが、おれたちに不寝番をやれとよ」

「最初はおれがやろう。こう寒くては寝られそうにない」


 ノアが言うと、カルロの表情がぱっと明るくなった。


「おっ、やってくれるか」

「朝になる前に誰か交代してくれよ」

「わかってる。だけどまあ、心配することはねえ。夜は奴らも動けんだろう」

「いいや、そうでもなさそうだ」


 言ったのはミゲルだった。彼は食事の手を止めて、硬い表情で横手の森の奥に広がる闇を睨んでいた。

 突然、ミゲルが立ちあがった。持っていた皿を手放した彼の手には、ブーツに付けた鞘から抜いた短剣が握られている。流れるような動作でそれが投じられた。焚火の炎が照らすぎりぎりの範囲内に、小動物がいたのだ。しかし短剣は命中せず、薄茶色をした齧歯類は暗い森へ走って逃げた。

 ミゲルの投げた短剣が地に突き立ったのを見てカルロが笑った。


「ただのリスだ」

「ヤマネだよ。どちらにせよ秋の終わりだし、もう冬眠してるはずだ。使い魔だな。おれたちの居場所がバレたぞ」


 ミゲルに言われ、ノアとカルロは互いの顔を見合わせた。

 どうやら魔術協会を侮っていたようだ。三人はめいめいの武器を手に取り、背中を合わせて周囲に目を走らせた。が、異状は見つけられない。彼らが神聖騎士団の天幕へ知らせに向かおうとしたそのとき、大きな声が響いた。


『オーリアの神聖騎士ども!』


 声は森の広範囲に反響しているようで、どこから発せられているのか特定できなかった。


『おまえたちを包囲したぞ。何人もの魔術師が、森のなかから狙ってる』


 いや、これは声ではない。魔術的な〝念話〟で直接、頭のなかへ語りかけているのだ。おそらくは魔術協会のナジムが。

 ノアたちが神聖騎士団の天幕まで駆けつけると、すでに騒動となっていた。食事の後片付けや寝支度をしていた騎士たちはうろたえ、どうしてよいかわからずに、あたりへ首をめぐらせるばかりだ。

 天幕からシャノンが出てきた。


「姿を見せろ!」


 怒気をはらんだ声でシャノンが叫んだ。


『交渉などしない。おまえたちが招いた事態だ。しかし慈悲はくれてやる。命が惜しければ、石棺を置いていますぐにこの場を去れ』

「ふざけるな。おまえたちになんの権利があるというのだ。あれはオーリア正教会ゆかりの聖像だぞ!」


 いきりたつシャノンだったが、姿を見せない相手へ正論を説く様は虚しいばかりだ。もとよりナジムは彼女の言葉に耳を貸す気が微塵もないのだ。


『十、数える。それを過ぎてもまだ誰か残っていたら、そいつは消し炭になる』


 ナジムのは、ただの脅しではあるまい。あちらには少なくとも五人の魔術師がいる。ノアは今日の昼間、襲撃をかけてきた魔術師が放った〝火球〟の呪文を思い出した。あんな攻撃呪文が四方から同時に飛んできたのでは、いくらブリスカヴィカであろうとも防ぎきれない。


「シャノン、どうするんだ。おまえが隊長だぞ」


 ニコルがシャノンへと詰め寄った。

 唇を固く結んだシャノンは返答に窮した。皆の視線が彼女へと集中する。その重苦しい圧から逃れるように、額に汗を浮かべたシャノンは一歩あとずさった。


『十、九、八――』


 ナジムの声が、その場にいる全員の脳裏に忍び込んできた。動揺が広がる。


『七、六、五――』


 ひとりの神聖騎士が駆け出した。それが呼び水となり、数人が一目散に森へと逃げ込んだ。

 あまりにも差し迫った状況である。誰も彼らを咎めることはできなかったろう。むしろ、そうしないほうがおかしい。


『まだ死にたいばかが残っているようだな。こっちはいっこうにかまわんが』


 あとに残っているのはシャノンとニコル、そしてノアたちを含めて五人。しかし、いずれにもこの急場を凌ぐ策があるわけでもなかった。


『四、三、二――』


 もう限界だ。

 五人は、ほぼ同時に動いた。天幕の裏の森へ。しかしひとりだけ、シャノンだけが、ほかの者らとはちがう方向へ走った。彼女は石棺を積んだ荷馬車へ向かっていた。その荷馬車はすぐに動けるようにと、用心のため輓具に馬が繋いだままだった。


「おい、よせ!!」


 ノアが立ち止まり、シャノンへ怒鳴った。

 いったい、なにをするつもりなのだ。荷馬車で逃げる気か。そんな暇がないのは誰が考えてもわかるだろうに。

 ノアは躊躇せずにシャノンを追った。馭者台に上ったシャノンが首からさげている首飾りを握りしめ、両目を閉じた。まるで祈りを捧げるように。

 ばかな。この期におよんでなにを。ノアは彼女のマントを摑み、荷馬車から引きずりおろそうとする。

 直後、ノアは奇妙な感覚に襲われた。

 目の前で光が弾けた。閃光が目の奥に突き刺さり、思わず瞼を閉じる。つづいて全身に軽い衝撃。身体に負荷がかかり、ノアはよろけた。ふたたび目を開けると、見えたのは暗闇だった。天幕の近くには焚火があったはずだが、それが消えている。静寂と暗闇がノアを包んでいた。

 静かななかで耳を澄ますと、遠くで虫の鳴く声が聞こえる。やけに空気が湿っている。そしてあたりには、かすかな腐敗臭。

 ノアは唖然とする。さっきまでいた森ではない。

 ここは、どこだ。


つづきです。

あたたかくなり、過ごしやすい気候となりました。

しかし作者の執筆ペースがあがりません。

なぜなんだろう。

ご感想やご指摘などがあれば、お気軽にどうぞ。

作者がとてもよろこびます。

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