輸送隊が進む街道の北
輸送隊が進む街道の北に、地面が大きくうねったような丘陵があった。ナジムたちはその地形を利用して相手を待ち伏せていた。
八人の男たちと、それぞれの馬が丘陵の陰でひっそりと固まっている。街道からは見えない裏側だ。ナジムを含む五人が魔術協会の直属で、あとの残りは雇われた追いはぎのふたり、そしてダシルバだった。
「斥候がふたり――」
魔術協会のシリルが言った。彼は地面に跪き、目を閉じて精神を集中させていた。
「その後ろで、荷馬車を囲むように八人。後詰めの三人は神聖騎士ではないな。身なりがちがう。全部で一三人だ」
シリルは、自身が召喚した鳥の姿をした使い魔の目を通し、空から輸送隊を監視していた。使い魔とは魔術的な人工の精霊である。かりそめの命を与えられた従僕であり、召喚した者の思う通りに動かせる。さらに使い魔とその主人は感覚を共有することが可能だ。使い魔の視点で真上から俯瞰すると、輸送隊の布陣がよくわかった。二輛の荷馬車を中心にして人が散っている。鳥を模した使い魔の視力は人間のそれをはるかに凌ぐ。その目を借りたシリルには、地上にいる自分たちの姿も見ることができた。空の高い場所から自分自身を見おろすというのは、実に妙な気分だった。
街道をゆく輸送隊は、じりじりと丘陵に近づいてきている。
「こっちのほうが少ない」
「かないっこねえ……」
泣き言を漏らしたのはナジムに雇われた例のふたりだった。
ナジムは彼らを見て舌を鳴らした。
「だから奇襲で人数の差を埋めるんだろうが。シリル、向こうに魔術師は?」
「いないと思う」
「よし、手筈通りにゆくぞ。まずファビオの班が奴らの横腹を突き、ミラーたちが後ろから追い立てる。そうして、橋の手前で待ちかまえているおれとシリルとで挟み撃ちだ」
「全員、殺すのか?」
栗毛の騸馬のそばに立ち、つまらなそうに草の葉っぱをちぎっているダシルバが訊いた。
「そうしない理由があるなら教えてくれ」
ナジムの声には慈悲の欠片もなかった。それから彼は自分の部下に向き直ると、
「呪文を使うときには注意しろ。目当ては荷馬車にある石棺の中身だ。できるだけ傷つけるな」
「心配しなくていい――」
シリルが膝をのばして立ちあがった。
「炭素冷凍されたものは絶対に壊せないんだ。どんな呪文を使ってもな」
「それでもだ。わかったなら配置につけ」
ナジムに命じられ、各自が従った。
三つの班に分かれた。魔術協会のミラーとファビオの班――それぞれ三人ずつ――は、丘の裏側に残り、ナジムとシリルがこの場所の先にある川へと向かった。彼らはその途中で、輸送隊の斥候を排除する役目も担っていた。
平穏な午後。けだるい白昼の陽射しが草原に降り注いでいた。
やがて輸送隊が丘陵のすぐそばの地点にさしかかった。そこを狙って、ファビオたちが丘を乗り越えて奇襲を開始した。最初に気づいた神聖騎士の誰かが呼子を鳴らした。ただちに輸送隊は防御隊形に移った。襲撃者を真っ先に迎え撃ったのは、輸送隊の左翼にいたカルロだ。彼は三騎の敵へ一直線に馬を向かわせた。ファビオの班には雇われの追いはぎがいた。それが石弓を構えて、カルロに狙いを定める。しかしカルロは馬を巧みに操りつつ距離を縮めてゆく。矢が放たれたが、外れた。追いはぎが石弓を投げ捨て、腰の斧に手をのばしたときには、すでにカルロは彼の間近にまで迫っていた。
「ひゃあっ!」
カルロの馬が通りすぎたと同時に悲鳴があがった。追いはぎの男の利き腕が、カルロの戦斧によってざっくり切られたのだ。噴き出た鮮血が馬の身体を濡らした。どちらも得物は同じ。だが斧使いとしてはカルロのほうが達者だった。斧どうしの刃がかち合うこともなかった。相手の傷は深く、骨まで断たれていた。前腕部が筋肉と腱とでかろうじて肘に繋がっていたが、ぶらぶらと揺れているうちに地面へぼとりと落ちた。その手は刃が錆びた斧を握りしめたままだった。
ノアはカルロの戦いぶりを離れた場所で見ていた。馬に乗った神聖騎士のひとりがカルロの加勢へと駆けつける。その神聖騎士は、ふいに落馬した。乗り手はなんの前触れもなく、急に身体が弛緩して意識を失ったように見えた。
おそらく〝睡眠〟の呪文でもくらったにちがいない。敵は魔術協会だけに、襲撃部隊に魔術に長けた戦士――バトルメイジ――を組み込んできたのだろう。
カルロに助けが要る。ノアが馬に拍車をかけようとしたとき、横にいたミゲルが腕をのばしてそれを阻んだ。
「おれがゆく。おまえはここに残れ」
ミゲルは首を曲げて後ろを見ていた。ノアが彼の視線の先へ目をやると、後方から新手の三騎が追いかけてくるのが見えた。丘を回り込んで、こちらの真後ろから接近してくる。
荷馬車の近くにいた神聖騎士がふたり、守りを堅くするために後ろへ下がってきた。
乱戦になりつつある。ノアはミゲルに言われたとおり、荷馬車の後ろで敵を待ちかまえた。が、おかしい。相手は一定の距離を保ったまま、それ以上は近づいてこない。
前の荷馬車が速度をあげた。その二輛のうちの、石棺を積んだほうにシャノンが乗っている。彼女は逃げきるつもりのようだ。
「ここはたのんだ」
神聖騎士のふたりに告げると、ノアは馬の腹を蹴って荷馬車を追った。
「おい、勝手をするな!」
片方の神聖騎士が咎めてきたが無視した。ノアは縦に並んで疾走する荷馬車の左側を通って、輸送隊の先頭へ向かう。左に目をやると、魔術協会のバトルメイジとカルロがやりあっていた。ミゲルは敵のもう一方、傭兵らしき男を引き受けている。
先頭をゆく荷馬車の馭者台にシャノンとニコルの姿があった。ノアはそこに馬を寄せた。
「馬車を右へ回せ。オーミに引き返すんだ」
「ばかを言え」
手綱を握っているシャノンが前を向いたまま言った。
「体勢を立て直したほうがいい」
「数ではこちらが優勢だ」
「あのダークエルフの姿が見えない。なにか仕掛けてくるはずだ」
「それを阻むのがおまえの仕事だろう。持ち場に戻れ」
そのときニコルが叫んだ。
「おい、後ろだ!」
ノアは上体をひねって背後を顧みた。馬に乗った敵のひとりが、剣を手に斬りかかってくるところだった。ノアは咄嗟に馬上で身を伏せ、あやうく攻撃をかいくぐる。相手の男は外套をなびかせて、一気にノアの馬を追い抜いていった。そのとき、ちらりとだったが顔が見えた。ノアは目を瞠った。見覚えのある顔だったからだ。
まちがいない。いつだったか、マグナスレーベン帝国の宿場で話をしたダシルバだ。向こうもこちらに気づいたようだ。彼は前方で馬の速度を緩めると、ノアのほうを振り向いてにやりと笑って見せた。
ノアは馬の手綱を操り荷馬車から離れた。そして自分も腰の剣を抜いた。細身の長剣、ブリスカヴィカを。
ブリスカヴィカを携えたノアはダシルバを追った。ふたりが交差する前に、荷馬車のニコルが石弓を持ち出し、ダシルバへ向けて矢を射た。狙いは悪くなかった。しかし、ダシルバは手にする剣で飛来した矢をあっさり切り払った。その隙に乗じてノアが接近する。
見知った顔で恨みもなかったが、こちらに剣を向けてきたのならば、敵だ。ノアは後方からダシルバの胴をブリスカヴィカで水平に薙いだ。ダシルバの剣がそれを受け流した。金属が打ち合う澄んだ音が鳴り響き、いなされたブリスカヴィカの剣先が跳ねあがる。
ノアの背後から蹄が地を蹴る音が聞こえた。ミゲルだ。ダシルバを追いかけてきた彼が加われば、二対一。ふたりを相手にするのを嫌ったダシルバは、馬首をめぐらせてノアから離れていった。ミゲルがそれを追う。ノアもつづこうして、彼はふと思いとどまる。深追いはするべきではない。
魔術協会のダークエルフが気になる。奴はどこだ。
ノアは輸送隊の荷馬車を探した。いた。街道から外れたノアより少し先行していた。ノアはそちらへ向かった。そして途中、街道の脇に誰かが倒れているのに気づいた。紫紺のマントだ。しばらく進むと、またひとり倒れていた。シャノンでもニコルでもなかった。
敵は側面と後方から襲ってきた。いまは味方もそのあたりに固まっている。では倒れていたのは斥候の神聖騎士だろうか。彼らはずっと先行していたはずだ。ということは、荷馬車を襲ってきた者らのほかに、まだ別働隊がいる。斥候のふたりはそいつらにやられたのだ。この先で待ちかまえていると考えて、まちがいない。
ノアは馬を加速させた。荷馬車を追い抜くとき、遠くからシャノンがなにか言っていたが、よく聞こえなかった。オーミを出発する前に見た地図によれば、たしかこの先には川がある。ノアは前方に目を凝らした。緩い坂を越えたあたりで、行く手に橋の欄干らしきものが見えた。両側には抽水植物のヒメガマが密生している。川岸だ。ヒメガマの草むらから、人が出てきた。ふたり。黒ずくめのほうはナジムとかいうダークエルフだろう。もう片方はゆったりとしたローブを着た魔術師。こちらの真正面。
魔術師に先手をとられるのは最悪の展開といってよい。向こうは強力な攻撃呪文があれば、一撃でこちらを壊滅させられる。ふたりはすでに手の指を組み合わせて印契を結び、呪文の詠唱に入っていた。ノアとの距離は、およそ一五メートルほど。
ノアはそのまま突き進んだ。なにを仕掛けてくるのかわからなかったが、もし相手が呪文の詠唱に手間取ったなら、勝機はある。
前方の魔術師が諸手を頭上に持ちあげた。その手のあいだに、忽然と燃えさかる炎の塊が現れる。〝火球〟の呪文だ。
ノアは間に合わなかった。魔術協会のシリルが、まるで炎の塊を投げつけるように両手を胸の前に突き出した。すると大きなスイカほどの火球が、まっすぐノアのほうへ向けて飛来してくる。ノアは馬の手綱を引いて停止させた。そして馬の向きを左に変えた。そのあいだにも火球はどんどん近づいてくる。馬を降りる間はなかった。鞍から身を乗り出したノアは、火球が自分に届く寸前、高く掲げたブリスカヴィカをまっすぐ下に振りおろした。
目の前がオレンジに染まり、おびただしい高熱がノアを襲った。顔面がじりじりと炙られ、目を開けていられない。〝火球〟は標的にぶつかったあと、炸裂してあたりにも被害を及ぼす。が、そうはならなかった。
信じられないことが起きた。ノアが振りおろしたブリスカヴィカによって、火球は真っ二つに断たれたのだ。少なくともそう見えた。ノアを避けるように左右に分かれた炎の塊は、それぞれがいちどぱっと燃えあがって地面を黒々と焦がした。炎はすぐに勢いが弱まり、舞い散る火の粉となって、やがて消滅した。
驚いたノアの馬が竿立ちとなった。ノアがそれを鎮めているところへ、ナジムの放った〝力場の矢〟が襲いくる。白く輝く光の楔が、五本。
〝力場の矢〟は絶対に狙いを外さない。しかし、まただ。また奇妙なことが起こった。滑空するツバメのようにノアへ向かう光る楔が、ことごとく彼に届く前に消滅させられた。
ナジムとシリルには、なにが起こったのかわからなかったろう。自分たちの放った攻撃呪文が、いずれも理解不能な手段によって無に帰されたのだ。
ノアのすぐ横を輸送隊の荷馬車が駆け抜けていった。馬に鞭を入れるシャノンの隣で、ニコルが呼子を吹いた。速度に乗った荷馬車は、木造の橋の手前にいたナジムとシリルめがけて突っ込んでゆく。彼らは荷馬車に轢かれる寸前、ヒメガマの草むらに跳び込んで難を逃れた。
荷馬車が橋を渡りきった。ノアと、さらに遅れて、呼子の合図を聞いたほかの神聖騎士たちも一目散に橋を渡った。そのなかにはカルロとミゲルもいた。
ノアが振り返ると自分たちを追ってくる者の姿はなかった。輸送隊は、なんとか虎口を脱したのだ。
つづきです。
ゆっくりとしたペースで書いています。
ご感想やご指摘などがあれば、お気軽にどうぞ。
作者がとてもよろこびます。




