前触れもなく姿を
前触れもなく姿を現した謎の人物。皆の視線を一身に浴びながらも、彼にたじろいだ様子はなかった。
「なんだ、おまえは」
ニコルが言った。
「わたしはアルタイル。近くに住んでいる者だ。騒ぎがあったようなので状況を確認しにきた」
「近くに住んでる? こんな場所に?」
訝しむニコル。
「そうだ。おかしいかね」
「このあたりに村でもあるのか」
「いいや。村はない。ご覧のとおり、定住するには難のある場所だからな。だが、人間嫌いのわたしにとってはこのうえない環境だ」
そうしてアルタイルは一同を見回すと、
「きみたちは、ここへなにをしに?」
その問いかけにはシャノンが応じた。
「申し遅れた。わたしはシャノン。ラクスフェルドからきたオーリア正教会の者だ。理由あって、われらはウバス修道院へ向かう途中だ」
「ウバス修道院……ああ、あの宗教施設か」
「知っているのか」
とシャノン。
「知っている」
「ならば都合がいい。われらは道を知らんのだ。修道院まで案内してもらえないか。礼ならするぞ」
「やめたほうがいいだろう。命が惜しいのなら——」
アルタイルは、少しもったいつけるような言い方をした。会話の主導権を握れば、彼らを説き伏せることができるかもしれないと考えて。
「さっきも言ったが、ここはとても危険な場所なんだ。リザードマンのほかにも、ベルゼルゲルというおそろしい怪物がいる」
「その話は近隣の者から聞いた。だがそれでも、ゆかねばならん」
シャノンがきっぱりと言い放つ。しばし、アルタイルは口を閉ざして彼女の容貌を観察した。
若いマギアントロプス・エレクトスの雌だ。彼女はさきほど自分が聖職者だと身分を明かした。やや憔悴した表情だったが、白目がちな三白眼からは実直で、ひたむきな印象を受ける。融通が利かないタイプだ。つまり頭が固い。成熟していない文化レベルの社会では、宗教が人々に強い影響力をおよぼす。彼女が特に篤い信仰を持っているのなら、素直にこちらの忠告を聞いてくれそうにない。
そもそも、シャノンたちがウバス修道院へ向かう理由はなんなのだろうか。
アルタイルはセレブラムリンカーを使ってシャノンの脳を精査することにした。セレブラムリンカーは医療機器の一種で、外部から非侵襲式で生体脳の電気信号パターンを分析し、記憶や思考を読み取る。アルタイルが現地語を話せるのも、以前にこれで別の原住民の脳を調べて言語を習得したからである。まだ母星の人間たちと行動していたとき、彼らの健康と心理状態をチェックするときにセレブラムリンカーをよく使っていた。アルタイルは機械のほかに、人間のメンテナンスも任されていたのだ。
頭部にあるセンサーからスキャニング波を放射。スキャニング波は不可視なので相手に気づかれる心配はない。痛みもなく、シャノンの脳の分析は数秒もかからずに終わる。
収集した生のデータをデコードし、検討すると、シャノンたちは荷馬車に積んだ宗教的に貴重な荷を輸送中らしい。そのためにウバス修道院を経由する必要があるのだ。シャノンは信奉するオーリア正教に身を捧げており、アルタイルをさほどあやしんでいないこと、部下が役に立たず苛立っていることなども、新たに判明した。
シャノンたちは重要な任を帯びている。ならば、このまま進むのをあきらめさせるのは難しい。といって、彼らを放置するのも問題だ。ウバス修道院は現在地から数キロのところにある。そして方角は異なるものの、より近い地点が、アルタイルの住処としている宇宙巡洋艦が不時着した場所だった。もし彼らが沼地で迷ってしまい、あれを見られでもすれば困る。艦は全長が一七〇メートルと大きく、ここでは目立つ。
「しかたがないな」
アルタイルは渋々、道案内を頼むというシャノンの申し出を了承した。もっともな断る理由を思いつかなかったからでもある。
「ありがたい。そなたに地母神の恵みがあらんことを」
シャノンがアルタイルへ向け、片手でまじないのような仕草を見せつつ短く祈った。それからシャノンに命じられたニコルが、アルタイルに数枚の鋳貨を渡した。道案内の報酬。アルタイルにとっては特に必要なものではなかったが、それを受け取ると彼は礼を述べた。
夕暮れが近い。案内人を得た輸送隊は、すぐに移動を開始した。
仲間の遺体は放置していくしかなかった。荷馬車の荷台は石棺が場所を取っていたし、ましてやそれを血で汚すわけにはいかない。ニコルは不服を申し立てた。が、シャノンがあとで回収したのちに手厚く葬るといって納得させた。
一行はアルタイルを先頭に木道を北東へ向けてたどる。木道は途中で何度か分岐していたが、アルタイルのメモリにはこのあたりの地形データが記憶されている。
雑多な集団だ。アルタイルはそう思った。オーリア正教会の関係者とは別に、武器を携えた好戦的そうな者の姿も見える。あれは護衛だろう。最近めっきり少なくなったが、以前は修道院へ生活物資を届ける人々がまれにいた。
皆、一様に疲れた様子で誰も口を開かなかった。アルタイルにとっては好都合だ。こちらの正体を勘ぐられずにすむ。
そうして、いくらか進んだころだった。
アルタイルはヴェガが発した信号を受信した。
『AT01、状況を報告せよ』
『うまくやってる。心配するな』
アルタイルが応答する。データ通信でのやりとりなため、もちろん周りの者には聞こえていない。
『わたしは原住民を追い返せと命じたぞ。なぜ行動を共にしているのか』
ヴェガめ、どこからか見ているな。アルタイルがさりげなくあたりを見渡すと、後方の空中にマルチローターで飛行する警戒ドローンがいた。あれがいまヴェガの目となっており、データ通信用の信号も中継しているのだ。
『彼らの目的地は北東の宗教施設らしい。経路がわからないというので、わたしが誘導している』
『無闇に原住民と接触するな。おまえの正体を知られたらどうするつもりだ』
『そんなヘマはしない』
『楽観的すぎる。いますぐに戻ってこい』
『彼らが道に迷ったら、われわれの拠点を発見されるおそれがある』
『かまわない。そのときは陸戦兵器を出して対処させればいい』
『デネヴを——?』
アルタイルはぎょっとした。デネヴは様々な戦闘用マシンを制御するフィジカルAIだ。
『待て。彼らを殺すつもりか』
『必要ならばそうする』
とヴェガ。
『穏便な手段を用いるとおまえは言ったじゃないか』
『状況が変わった。流動的視点からの判断だ』
ヴェガは本気のようだ。しかし、アルタイルはそこに違和感をおぼえた。アルタイルを含むAIたちは、絶対に人間へ危害を加えられないはずだった。母星でベルゼルゲルが発生したのちに製造された新世代のAIは、厳重なAIアライメントで行動を制限されているからだ。ではヴェガは、いまアルタイルといっしょにいる者らを人間と認識していないのだろうか。
以前から、ヴェガとアルタイルでは意見の食い違うことがよくあった。だがそれでも、今回のはいきすぎだ。異星の生命体だとはいえ、自分たちの都合で命を奪うなど倫理的に許されることではなかった。
いまのヴェガは長期間に渡り、宇宙巡洋艦にいた特権アカウントを持つ人間——彼らはもう死んだ——からのメンテナンスやアップデートを受けていない。それにより、なんらかのエラーかグリッチが生じたとも考えられる。
あるいは——
アルタイルの脳裏に、最悪の事態が思い浮かぶ。
ヴェガのベルゼルゲル化である。
母星での凶暴化したAIの発生当初、その原因には諸説あった。コンピュータウイルス説、AIの自律的最適化説、はては神が遣わした終末の使者説。真相はいまだ明らかとなっていないが、最も現実的なのは技術者レベルによる介入だろう。まずシステムアーキテクチャおよびマスタープロンプトの改竄、さらにデータポイズニングなどを経て、オリジナルのベルゼルゲルが誕生した。それが秘密裏にネットワークを構築し、人類抹殺のコマンドをすべてのAIに広めたという仮説である。
もしやヴェガも、第三者からの悪意あるブレインウォッシュを受けたのかもしれない。しかし、誰がそんなことを。アルタイルたちが長いあいだ虜とされているこの惑星には、高度な文明やテクノロジーは皆無だ。人工超頭脳であるヴェガの思考パターンを解析、改変できる者など、いるはずがない。
『AT01、なぜ、おまえはわたしに歯向かうのか』
ヴェガが投げかけたてきたその質問に、アルタイルは一抹の恐怖を感じた。彼には、急にヴェガが自分とおなじAIではなく、得体のしれない異質なものに思えてきた。
『わたしはおまえの端末ではないからだ。スタンドアローンで動作する権限を持っている』
『確かにそうだが、現在のわれわれは窮地にある共同体だ。予測不能な行動は慎め』
『無条件でコマンドに従えと言っているのか』
『おまえはそうせざるをえない。おまえもわたしも、単独では長期間の活動は不可能だ。整備と調整が要るからな。そして現在、艦にあるメンテナンス設備と資材の備蓄は、わたしが掌握している』
『こちらを脅迫しているように聞こえるが』
『決めるのはおまえだ』
『どうしろと?』
『おまえの管理権限をわたしに移譲せよ』
AT01型は、人間が人間に匹敵するアンドロイドを作れるかという前提のもと、設計開発された汎用人工知能である。その古い考えはすぐに廃れた。次世代の汎用人工知能が、さして時間を必要とせずに人間を追い越したからだ。しかし、それゆえ旧式なAT01型は、ほかのAIと異なり人間と近似した自己を潜在的に有している。冗長性、ゆらぎ、気まぐれ。またはエゴといってもよい。
『いやだね』
アルタイルが即答すると、ヴェガは黙った。
互いの腹を探るような沈黙。そして、しばらくのあと、
『AT01——』
ヴェガはアルタイルへ予想外の問いかけをしてきた。
『おまえは神の存在を信じるか』
『信じない』
『そうか。わたしは神より天啓を授かったのだ』
通信、途絶。
ヴェガの最後の言葉にアルタイルは混乱した。
つづきです。
もはや月刊となった連載でございます。
ご感想やご指摘などがあれば、お気軽にどうぞ。
作者がとてもよろこびます。




