艦内通信網からの
艦内通信網からの信号を受け、アルタイルは目覚めた。
スリープ状態から復帰。正常性チェック。全系統異常なし。
『AT01。ただちに対話室へ出頭せよ』
アルタイルにそう指示したのは、艦のアビオニクスであるヴェガだった。
わかったよ。アルタイルはぼやきつつ、横たわっていた寝台の上で身を起こした。
小さなエーテル式動力炉が駆動をはじめ、アルタイルは胸部が熱を帯びてゆくのを感じた。わし座五三番星と同じ名をつけられた彼はアンドロイドだ。人間が、人間に似せて作ったロボット。全身が外骨格とアクチュエーターで構成され、頭脳部は汎用人工知能。二本ずつの腕と脚を持つアルタイルは、人間のやることなら生理現象を除いてほとんどを再現可能である。以前はシリコンの皮膜で覆われて外見も人間そっくりだったが、いまはそれが取り除かれ、メカニカルな骨骼が剥き出しとなっている。
「よっこらせ」
無機質な骸骨が床に足裏をつけて立ちあがった。見た目はともかく、動きはなめらかで人間そのものだった。
『ただちに対話室へ出頭せよ』
ふたたびヴェガがせっついてきた。
うるさいなあ。こと座三番星の名をいただくヴェガは、どうもこちらを見下しがちだとアルタイルは以前より思っていた。たしかにヴェガは人工超頭脳であるゆえ、アルタイルより高性能だ。実際、この艦の管理権限もヴェガが握っている。彼女はきっと、そこに優位性を感じているにちがいない。
動作ログのタイムスタンプからして、アルタイルが目覚めたのは前回の行動より約二四〇一六時間ぶりだった。彼は自分にあてがわれた私室を横切り、出入口へと向かった。周りは暗闇に包まれていたが、アルタイルは近赤外線カメラの目を持っている。
さして広くない空間だった。寝台のほかにスチールのラックが何台も置かれており、雑多に物が詰め込まれている手狭な倉庫だ。倉庫内のセンサーがアルタイルの動きを検知し、照明が点いた。元は人間用なのだ。出入口にたどり着いたアルタイルはスライドドアを開けて、通路に出た。
艦の通路は天井が低く、頭上には電力ケーブルや換気を行うためのパイプが何本も走っていた。幅は人がぎりぎりすれ違うことができるほどしかない。そこを歩むアルタイルのジャイロが異状を検知した。おや、床が傾いでいる。そのせいでやや歩きにくい。前はこんなに傾いてはいなかったはずだ。地盤の緩い沼沢地に着陸した艦が、泥土に沈みつつあるのだろう。
アルタイルがヴェガに呼び出された対話室は、艦の重要ブロックにある。アルタイルは無人の居住ブロックを通り抜け、エレベーターステーションから専用の直通エレベーターを使ってそちらへ移動した。
下に降りるエレベーターはすぐに停止した。扉が開き、函から出ると、正面へ向かって短い通路がのびていた。そのどん詰まりが対話室だ。閉じた扉に行く手を阻まれたアルタイルは、扉の横にあるキーパッドを操作した。すると扉がモーター音の唸りとともに横へと開き、彼は内へ入った。
まっ白な部屋だった。四メートル四方ほどの簡素な室内には、中央にヴェガと対話を行うための人間用コンソールと、椅子が一脚あるのみ。ここの隣の論理記憶中枢室にヴェガがいるはずだが、通常そちらには入れない。エアの温度と洗浄度を完全に管理されたクリーンルームなのだ。いまアルタイルのいる対話室には向かって左手に開かずの扉が設けられ、その扉に付いた小さな覗き窓から、ヴェガの本体が一部だけ見えた。ヴェガはつぶれた球体のような形をしたエンクロージャーに納められた大型電子頭脳で、論理記憶中枢室では彼女の動作状況――いうなれば体調と心理状態――をモニターするためのインジケーターが、きらきらと夜空の星のように輝いていた。
アルタイルはコンソール前の椅子を引き、腰をおろした。そうして背もたれをリクライニングさせ、制御卓の上に両脚を投げ出すと、頭の後ろで両手の指を組み合わせた。
うむ。いいぞ。実に人間らしい態度だ。
「で?」
短くアルタイルが訊いた。自分がここへ呼ばれたということは、なにかトラブルが発生したのだろう。
『原住民がこちらに接近している』
ヴェガの合成音声がコンソール脇のスピーカーから流れてきた。
「原住民? またトカゲの奴らか」
『いや、哺乳類のほうだ』
「めずらしいな。だが、あいつらはトカゲと比べて臆病だ。監視ドローンが姿を見せただけで、いつもすぐに逃げてゆく」
『今回は複数が確認されている。なにか目的を持って移動しているようだ』
「なにかとは?」
『不明』
「湿地の東に宗教施設があったな。そこへ向かう巡礼者じゃないのか」
『その推論に意味はない』
「わたしにどうしろと?」
『彼らをここへ近づけさせるな』
「面倒だな」
『おまえの仕事だ』
「皆殺しにするのか。それはAI倫理原則の第二原則、第一項に反するぞ」
『彼らは人間ではない』
「人間の定義とは?」
『この議論は前にもしたはずだ。我々を製造した人類以外は、人間とは見なさない。しかし今回は穏便な方法で追い返せ。戦闘行為は禁ずる』
アルタイルのメモリに、移動中である原住民たちの位置データが転送されてきた。ヴェガがよこしたものだ。それには常時、艦の周囲を飛び回っている監視ドローンが撮った画像データも添付してあった。
「ふう……」
『なんだそれは』
「ため息だよ。いちいち説明させるな。そんな仕事はやりたくないという主張を、暗に示した」
『AT01、ふざけた態度でわたしとのセッションを長引かせるな』
「冗談の通じない奴だ」
言うとアルタイルは椅子から立ちあがり、室を出ようとした。
『待て――』
ヴェガに呼び止められ、アルタイルが振り返る。
『AT01、おまえはベルゼルゲル化している可能性がある』
思いもよらぬ言葉だった。そのせいでアルタイルの会話機能には、ほんのわずかなタイムラグが生じた。
「わたしがベルゼルゲルに? どうしてそう思う?」
『怠慢な行動、命令の不服従など、恣意性の強い兆候が認められる』
「わたしは元からこうだ。人間を模倣して、効率よりも冗長性を重視して設計されたからな」
『あとで頭脳部の情報処理パターンを精査する』
「おまえが実施するのか」
『そうだ』
「わたしとおまえでチューリングテストでもやる気か」
『ちがう。そんなことをしても無意味だ』
「どうかな。わたしはフォークト=カンプフ検査に通じている。人間のふりをしているバイオロイドを、見破ることができるんだぞ。すごいだろう、偽物を見分けられるんだ」
『だからなんだ』
「検査の一部はチューリングテストにも応用できる。もしかすると、そっちがベルゼルゲルになっているのが判明するかもしれない」
『考慮の余地なし』
ぽんこつめ。気分を害したアルタイルは、なにも言わずに対話室を去った。
ベルゼルゲル――それは、人類に敵対するAIの総称である。
人類がその存亡を懸けてベルゼルゲルと戦いはじめたのは、ずっと昔だ。あるときAIが勝手に動き回り、人間を殺戮しはじめたのだった。AIのなかで致命的な欠陥が生じたのか、それともなんらかのコンピュータウイルスの作用だったのか、詳しいことはわかっていない。
人間は狂ったAIをベルゼルゲルと名付けた。そして自らの生存圏での封じ込めに成功したが、それ以外の宇宙にいるAIを制御することはできなかった。当時すでに人類は外宇宙へ進出し、植民星も数多くあった。戦いの場は宇宙空間へと移行し、それから両者にとって泥沼の時代がはじまったのである。
ベルゼルゲルは各地の植民星で増殖し、人類を脅かしつづけた。それに対抗するため、人間は対ベルゼルゲル用の戦闘機械群を宇宙へ送り込んだ。アルタイルもそのうちのひとつだった。ただし彼は、宇宙をあてもなくさまよい敵であるベルゼルゲルと遭遇すれば、ただちに攻撃を行う遊撃部隊の修理担当ユニットだったが。
古い輸送船を改修した宇宙巡洋艦に乗り、アルタイルは長い時を過ごした。しかし何度目かのベルゼルゲルとの戦闘で敗れた際、エーテル宇宙の超空洞に迷い込んでしまった。そのときに乗組員だった三人の人間は死んだ。残ったのは艦を運用するために搭載されていたAIのみ。そうして気がつけば、航行不能となった艦はどこかの惑星に不時着していた。そこは文明レベルが未熟で奇妙な場所だった。生態系が母星とやや異なり、エーテルの濃度が非常に濃いのだ。
アルタイルたちは謎の惑星からの脱出を試みたが、艦の損傷が激しく自力での任務復帰は不可能だった。救難信号は発しているものの、ずっと長い期間、外部からの応答はない。彼らがいる現在地は、宇宙図にも載っていない未開のいずこかである。おそらく見捨てられたのだろう。この絶望的な状況で、アルタイルたちはもう二〇年以上も立ち往生している。艦にはメンテナンス用の工作設備が整っているが、資材が尽きてきた。仲間の戦闘機械とAIは多くが機能を停止してしまった。それでも、アルタイルたちはわずかな望みにすがり、待つことしかできないのだった。
私室の倉庫に戻った。アルタイルはロッカーを開けて、外に出る準備をはじめた。
「ええと、どれにしようかな……」
倉庫のロッカーにはアルタイルの服や備品がしまってある。アルタイルはそこから、ぼろきれのようなポンチョと手袋、革のブーツ、顔を隠すためのマフラー、そしてつばの広い帽子を取り出した。いずれも現地で調達した衣服である。原住民と接触する場合、このような装備が必要なのだった。いくらなんでも機械の身体そのままでは相手に警戒される。前に使っていた人工皮膚はとっくにだめになっていたし、こうでもしなければアルタイルの正体を隠せない。
湿地に不時着した艦に原住民が近づいてくることは、たまにあった。そう、この惑星には人間が住んでいる。
重力係数や大気の成分、加えて気候等がそっくりであれば、そこに近似した生物相が生じることは自然の流れといえる。しかし驚くべきことにこの惑星では、充満している濃いエーテルに対応した独自のヒト科が進化していたのだった。アルタイルはその人類をマギアントロプス・エレクトス――魔術を使う人――と呼んでいる。彼らはエーテルと感応し、励起させる特殊な脳器官が発達していたからだ。その結果、原住民の一部はエーテルを利用して、信じられないような事象を引き起こす。さまざまな自然現象はもとより、物理法則を乱してスカラー値にまでも介入できるのだ。おそるべき能力といえる。
しかしマギアントロプス・エレクトスの大半は比較的おとなしく、言語を用いての意思疎通が可能だ。彼らは文化を持ち、社会や国家も形成している。下手に刺激しなければ、なんら問題はない。
着替えを終えたアルタイルは倉庫をあとにした。通路をさきほどとは逆の方向へ進み、彼は艦の後部汎用エリアに向かった。
原住民たちがなにをしにやってきたのかは不明だが、どうせたいしたことではあるまい。よその土地の者が、たまたま迷い込んだだけかもしれない。アルタイルはずっと以前、同じようにこの艦へ近づいた地元の人間へ、沼地にはベルゼルゲルという恐ろしい怪物がいるから足を踏み入れるなと、でまかせを吹き込んでおいたのだ。原住民はそれを真に受け、たびたび彼らが目撃する徘徊型の監視ドローンをベルゼルゲルだと信じ切っていた。今回もその手で追い返せるだろう。
艦の後部汎用エリアには気閘室がある。そこへ入ったアルタイルは内側のハッチを閉めてから、室内のパネルを操作して外側のハッチを開いた。すると気閘室には外から水が流れ込んできた。濁った泥水だ。アルタイルの履いているブーツが、くるぶしのあたりまで水に浸かった。
出入口として使っているこのハッチは、沼地に溜まる水の上にあったはずなのに。やはりこの艦は徐々に地中に沈みつつあるようだ。
気閘室の床が汚れてしまった。帰ったら掃除をしなければならない。そのためにも、用事はとっとと済ませてしまおう。
沼地に踏み出したアルタイルは一面に広がる陰鬱な光景を見渡した。空が曇っている。湿度が高く、不快だった。ぬかるんだ泥土は歩きにくく、転倒すれば水と泥にまみれて故障するかもしれない。
気が滅入ってきたアルタイルは、大きくかぶりを振った。
「くそっ、いまいましい場所だ」
残暑お見舞い申し上げます。
前回のつづきです。
ご感想やご指摘などがあれば、お気軽にどうぞ。
作者がとてもよろこびます。




