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「カルロ、待て」

「カルロ、待て」


 前を走っている人影に向け、ミゲルが言った。

 がむしゃらに駆けていたカルロは勢い余って、数歩たたらを踏んだ。彼は周囲の暗い森を見回して、ミゲルの姿を見つけるとそこまで少し戻った。


「ノアは?」


 ミゲルが訊く。

 カルロは息が乱れていた。呼吸を整えて返答するまで、少し間があった。


「……知らねえ。いっしょにきてたはずだろ」

「だと思ったが、姿が見えない」


 ミゲルは背後を振り返った。もはや遠くなった木々の合間に、ぽつんと焚火の光が見える。さきほどまで自分たちがいた場所だ。ミゲルとカルロは、たったいまそこから逃れてきたのだ。

 近くで下生えの草を踏む音が鳴った。ふたりはさっとそちらに首を回した。


「シャノンもいない」


 発せられた声は神聖騎士であるニコルのものだった。暗くてよくわからなかったが、彼の後ろにも何人かいるようだ。ほのかな月明かりに照らされて複数の人の輪郭が見えた。


「我々が森へ逃げ込む間際、あいつとデイモンが荷馬車のほうへ走ってゆくのを見た」


 とニコル。


「まさか、荷馬車に乗って逃げようとしたのか」


 ミゲルは眉をひそめた。魔術協会に包囲され一刻を争う最中、鈍重な荷馬車を使うなどとは考えられなかった。


「じゃあもう捕まったか、やられたな」


 カルロがいまいましそうに言って地面に唾を吐く。たしかに状況を考えれば、その可能性が高い。


「だが、向こうはやけに静かだぞ――」


 ニコルが首をのばし、自分たちが天幕を張っていた場所を見る。彼の言う通り、そちらから人の争う声などはいっさい聞こえてこなかった。


「どうする、戻ってみるか?」


 ニコルの提案にカルロは顔をしかめた。


「ばか言え。おれはごめんだ」

「石棺が奪われたなら報酬もなしだぞ」

「それでけっこう。おれはカネより命が惜しい」

「おまえは傭兵だろうに。契約金を上乗せしよう。様子を見てこい」

「わかった。じゃあ一億オリオンだ。この場で払え。それでもおれの命を買うには足りない額だが」


 無茶な要求をしてくるカルロにニコルはあきれた。


「足下を見おって。やはり傭兵など地金は野盗と変わらんな」

「なんだと」


 カルロの目がぎらつき、場が険悪になりかけた。するとそれを見かねたミゲルがニコルに、


「こういう事態になった場合、なにか取り決めはしていなかったのか」

「いちおう、緊急時にはウバス修道院へ避難することになっていた」

「場所はどこだ」

「森を北東に抜けて、さらに進めば湿地がある。その奥だ」


 修道院はもれなく僻地にあるものだ。

 ミゲルは握り拳を口元にあてると下に目を落とした。彼はそうやってしばらく考え込んだ。


「よし、とにかくウバス修道院とやらへ向かおう」


 ミゲルが言う。しかしニコルは難色を示した。


「勝手に決めるな。石棺はどうなる?」

「いまから取り戻しにゆくというのなら、あんたらだけでやってくれ。おれたち傭兵が請け負ったのは石棺の護衛であって、奪還じゃなかったからな。だが修道院へゆくのなら、おれとカルロも付き合う。いいよな、カルロ?」

「おう」


 ふたりのやりとりを黙って聞いていたカルロは、仏頂面で肯いた。


「なあニコル、今回の失敗はあんたのせいじゃない。準備が泥縄式だったんだ。それを認めずに命を捨てるのは愚かだぞ。石棺はあきらめるしかなかろう。この件、あとは魔術協会とオーリア正教会で政治的に解決するしかない。おれたちの出番は終わったんだ」


 とミゲル。

 シャノンが不在のいま、輸送隊の指揮はニコルの役目である。しかしどうやら、彼は冷静に現状を見ることができないようだ。ミゲルのはニコルを合理的に諭し、かつ全員の安全を慮った申し出だった。

 ニコルは最初、迷っていた。が、やがて軽く項垂れると、全身の力を抜いてため息を吐いた。


「仕方あるまい」

「よし、決まりだな。任務は果たせなかったが、代わりにおれたちも引きつづき修道院まで護衛として同行する。まだ安全が確立されたわけじゃないし、そのほうがいい。ただし報酬はいただくぞ。もちろん元の契約からは、いくらか割り引く」


 それからミゲルはほかの一同に異存はないなと訊ねた。反対意見は出なかった。皆、不安なのだ。そんななかでミゲルが音頭を取って、話を手早くまとめた形となった。

 魔術協会のやったことは、あきらかに不法な強奪である。大陸では魔術協会が標榜する典則によって、魔術を非生産的な行為に使うことが固く禁じられている。しかし今回は、魔術協会自らがその禁を破ったのだ。となれば表沙汰にならぬよう、関係者全員の口を封じるとも十分に考えられる。魔術協会とはそういう組織なのだ。

 ミゲルとカルロに加え、残っていた神聖騎士は五名。彼らはすぐに森の北東へと急いだ。今夜は朝まで歩き通しとなるだろう。神聖騎士団の輸送隊にとってはみじめな敗走だった。重要な石棺を奪われたばかりか、隊長であるシャノンの行方も知れない。


「シャノンめ。全部あいつのせいだ……」


 皆が移動をはじめてからも、少しのあいだその場に残っていたニコルは、苦々しくつぶやいた。

 ウバス修道院までは馬なら半日。歩けば一日という距離だった。明け方、森の端までたどりついた一行は薮に隠れて休憩を取った。陽が昇ってふたたび出発した彼らは、レッドセラー平原の北を東西に走る細い道に出た。

 たまにしか人が通らないような荒れた間道。誰もが口を閉ざし、踏み固められた道を北東へ目指して進んでいた。と、いきなり脇の木立から一頭の馬が飛び出してきて、彼らの行く手を阻んだ。馬の手綱を握っているのは裾の長いローブを着た男だった。ひと目で魔術協会の手勢だとわかった。

 つぎつぎに後続が現れ、ミゲルとカルロ、そして神聖騎士たちは前後から挟まれた。

 相手は全部で六騎。前と後ろに三騎ずつ。その後方にいたなかから、一頭の青毛馬が進み出てきた。乗っているのはダークエルフのナジムだ。そこで彼は思わぬ言葉を口にした。


「石棺をどこへやった?」


 輸送隊の一同は、そろって戸惑いを露わにした。


「なんのことだ」


 ニコルが困惑顔でナジムに言う。

 すると馬を降りたナジムは黒い外套の前を開くと、腰帯の左に吊った剣の柄に手をかけた。手下の魔術師らも馬上から地に降り立ち、神聖騎士たちは取り囲まれる。


「しらを切るか。素直に吐けば命だけは助けてやる」


 とナジム。

 ニコルが助けを求めるように、横にいるミゲルを見やった。しかし状況がわからないのはミゲルも同じである。

 ミゲルはゆっくりと両の掌をナジムに向け、反抗の意がないのを示すと、


「待てよ。石棺だと? あれは、おまえたちが手に入れたんじゃないのか」

「そうする前に消えた」

「消えた?」

「そうだ。言葉の通りにな。おまえたちの仲間にひとり、女がいたな。それと妙な剣を持つ男。あいつらはどこへいった?」

「わからない。逃げる途中ではぐれた」

「ちがうな。あいつらは、石棺ごとあの場所から消えた。〝瞬間転移〟を使ったのはわかっている。どこかで落ち合う算段だ」


 瞬間転移だと。これにはミゲルも驚いた。隣のニコルへ目で問うたが、彼は小さく首を横に振った。ニコルにとっても予想外の出来事だったようだ。

 おそらくナジムは勘違いをしている。彼の言う瞬間転移は、輸送隊のうちでシャノンだけが知る緊急の逃亡手段だったのだろう。あっさり自分が斬り捨てられたことにミゲルは怒りを感じた。だが、それよりもいまはこの急場をどうしのぐかが先決である。

 考えをめぐらせたものの、そう簡単によい案は出てこない。いまのミゲルには、正直にこちらの立場を明らかにするしかなかった。


「……だとしたら、おれたちは見捨てられたんだ」

「それを信じろと?」


 自分が向こうの立場でも同じことを言ったろう。ミゲルは唇を硬く結んだ。


「おまえは傭兵か」

「そうだ」

「雇い主をまちがえて、つまらん騒動に巻き込まれたな。だが、おれたちは容赦しない」


 ナジムが一歩、前に進み出た。

 どうやら覚悟を決めるしかない。しかし人数的にも不利な状況である。さらに相手は全員が魔術を使う。先手を取らなければ、あっさり全滅するだろう。そう思いつつ、ミゲルは腰の得物にじりじりと手をのばした。


 場の空気が張り詰めてゆく。そして、ぴんと張った緊迫の糸が断ち切られる寸前――


「待て、ナジム」


 言ったのはダシルバだった。

 ナジムの後ろにいたダシルバは、なにを思ったか睨み合う神聖騎士と魔術師のあいだに進み出て、その身をさらした。飄々とした足取りで。


「どうした。なんのつもりだ」


 ナジムがダシルバへ怪訝に言う。


「おまえたちが求めている石棺とやらは、なかなか重要なもののようだな」

「いまさらなにを。あれを手に入れるために、おれたちはこんな苦労をしているんだぞ」

「フム。だがな、おれにとってはどうでもいいことだ――」


 ダシルバは言うと、くるりと踵を回してナジムへ相対した。


「そこで少し考えたんだが、おれはこっちにつくことにした」

「なに……?」


 ナジムの目がすっと細くなる。ダシルバの背後にいる輸送隊の面々もわけがわからず、互いに顔を見合わせた。


「わからんか。おれはおまえと勝負がしたかっただけなんだ」


 とダシルバ。

 ナジムの目が据わり、その肩が小刻みに震えている。彼が静かに怒りを燃やしているのは一目瞭然だった。


「このイカレ野郎があ……」

「すまんな。だが、こうするのがいちばん手っ取り早いだろう」


 ダシルバの顔に不敵な笑みが浮かぶ。そして彼は自分の鼓動に集中した。


 ドクン、ドクン、ドクン――


 平時の脈拍が、徐々に早まってゆく。すぐにダシルバの心臓は早鐘のように打ちはじめる。


 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ――


 全身が熱い。ダシルバの顔は上気し、その目が充血して真っ赤に染まる。体中に血流がめぐり、細い血管が破れた。しかし、心拍の上昇はまだ止まらないのだ。ついに脈動はひとつの連なりとなり、ダシルバには自分の心臓の鼓動が低い耳鳴りのようになって聞こえた。常人であればとっくに気を失っているか、ショック死に至るほどの興奮状態。

 ひゅっと風が疾った。

 ダシルバが突っ立っているナジムの脇を駆け抜けた。彼はそれと同時に剣を抜いた。

 狙われたのは馬の横にいる魔術協会のバトルメイジだった。彼はなにもできなかった。気づけばダシルバの剣によって喉笛を裂かれていた。

 ひと呼吸遅れてナジムが後ろを振り返ると、仲間のひとりが絶命して地面に頽れるところだ。その傍らにいるダシルバが、血に濡れた剣先をナジムへ突きつけた。


「抜け、ナジム。おまえの剣技を見せてみろ」


 ナジムは理解に苦しんだ。説明のつかないことが目の前で起きている。

 ダシルバのはおそろしいほどの早業だった。目で追うことができないほどの疾走。ふつうの人間がどう鍛えても、あそこまでの速度は得られない。〝加速〟の呪文――行動速度を一時的に高める魔術――を使ったのだろうか。あの呪文は肉体に相当な負担がかかる。しかもそれによって得られるのは、せいぜい通常の二倍の速度だ。ダシルバの動きは、もっと速かった。なによりナジムは彼が呪文を唱えたり、指で印契を結んだところを見ていない。ではダシルバは魔術による肉体強化を必要とせず、生身のままあの速度で動けるということだ。

 剣を交えるとすれば、圧倒的に不利といえる。しかし、どんな勝負もやってみなければわからない。剣術の対決において、先に自分の手の内を見せるのは下策。ダシルバはそれをやってしまった。


 防御に徹して持久戦に持ち込めば、あるいは――


 仕掛けは不明だが、あの超高速のカラクリは長くはつづくまい。意を決してナジムは剣を抜いた。

 が、戦いはあっさり終わる。

 二刀使いのナジムは防御と攻撃が渾然一体となる戦法が身上だ。それを防御一辺倒に切り替えてなお、ダシルバの前ではまるで歯が立たなかった。ダシルバから見れば、予備動作からナジムがなにをするかが手に取るようにわかるのだ。いまのダシルバは肉体の強化だけでなく、知覚が鋭敏化し、反応速度までもが増加している。彼は終始、薄ら笑いを浮かべて剣を振るった。ナジムがひとつの行動を取るうちに三回は斬りつけた。弱者をいたぶるように。両腕をずたずたに切り裂かれ、おまけに左耳の先端を削がれて、ナジムは無様に地に膝を着いた。

 負傷でしびれた指が得物を保持できず、ナジムの諸手から二刀がするりと抜け落ちる。腕の傷から流れ出た血が指先より滴った。

 ナジムは屈辱と怒りがない交ぜになった目をして、勝ち誇っているダシルバを見あげた。


「なんだ、思ったほどじゃなかったな」


 ダシルバの嘲笑が聞こえた。そして、とどめの一撃が。

 ナジムは目を閉じなかった。彼は歯を食いしばり、そうやってじっと見つめれば相手を殺せるとでもいうように、ダシルバへ射貫くような視線を送った。

 そのときナジムの命を救ったのは、手斧だ。どこからか投じられた小ぶりな片手斧が、ダシルバの足下に突き立って彼の気を引いた。


「よせ。もう勝負はついた」


 カルロだった。ダシルバたちと少し離れた場所にいる彼が、手斧を投げたのだ。

 金銭で闘争を請け負う傭兵でありながら、カルロには尚武の気風があった。敗れたとはいえ、武器を手放した者が討たれるのを見過ごせなかったのだろう。

 ダシルバが輸送隊の皆がいるほうへ首を回した。彼がカルロに向けた目はもう充血しておらず、顔色も通常に戻っている。憑き物が落ちたようなその様子は、ついさっきまでとは似ても似つかない。

 ダシルバは剣を鞘に収めた。そうして彼は自分の前で跪いているナジムへ、


「命を拾ったな、ナジム。消えろ、どこへでも」


 ナジムは言われた通りにした。己の武器を拾いあげ、黒い馬に跨がると最後にダシルバへ一瞥をくれて、その場を去った。彼の配下の魔術師も同じく。

 残った者らは無論のこと当惑した。魔術協会に追い詰められたかと思えば、いきなり仲間割れをはじめて異様な剣士に救われたのだ。

 だが、当のダシルバは平然としたものだった。彼は淡々とミゲル、カルロ、神聖騎士たち全員が寄り集まっているところへ近づいた。そして、こう言った。


「さて、デイモンはどこだ。おれはあいつに用がある」


つづきです。

冷たい麦茶がおいしい季節となりました。

ご感想やご指摘などがあれば、お気軽にどうぞ。

作者が泣いてよろこびます。

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