あの日の箒
早めの梅雨に入り、ジメジメとした陽気が更に私を鬱屈した気分にさせる。
私は大きく溜息をついた。周りには聞こえにくいように音は抑えたつもりだったが、他の2人は聞き逃さなかった。
「どうしたの?」私の隣に座る藍葉紫が心配そうな顔で言った。
「何かねぇ、最近、溜息が多くて」
私は力のない返事をした。何かと最近は、生徒会の業務が忙しく、部活動では今年最後の大会で悔いの残らないように一生懸命部活に打ち込んでいる。家に帰ってからは受験勉強。そんな毎日を過ごしていれば、大きい溜め息が出てしまうわけである。
「生徒会長の仕事しながら、受験、部活動の最後の大会。色々と大変だねぇ」私の正面に座っている一青瑠璃が意地悪な笑みを浮かべている。私の心を完全に読んでいる。そんなに顔に出ていたか。
私が瑠璃にムッとした表情で見ていると、紫が「まぁまぁ。1つずつ頑張ろう。大変なときは私達も手伝うし」
「そうだよ。いつだって頼りにしていいんだから。怒らせちゃったお詫びに、気分転換する話題を1つ」瑠璃は誇らしげな笑顔で言った。
「あれは……4月頃の掃除の時間に起きた出来事。私は廊下の端から端をモップ掛けする掃除をしてた。
1組の教室前を通る時にちょうど教室から山内君が出てきて、彼はそのまま隣の2組に入ったの。
私はそれを横目で見ながら、廊下の端、4組の教室前まで来てUターンして、また2組の教室前まで来たところで山内君が丁度、2組の教室から出ていく所だった。
私が最初に山内君を見かけて、それから彼が教室を出て行くまで正確に計ってないけど、一分にも満たない、数十秒だったと思う。
ここで問題。山内君はなぜ隣のクラスの教室から箒を借りに行ったんでしょう?」
「問題なんだ」紫は困惑した声で言った。
「勉強の時とは違う頭の使い方するから、気分転換になるかなって」
「確かにそうだけどさ……分からないよ」私は全く頭が働かなかった。(良いじゃん、箒借りたって。)
「まぁ、考えてみてよ。そこにいる後輩ちゃんも考えて良いんだからね」
私達が勉強している机は、折りたたみ式の会議用テーブルでそれを2つ合体させてクロスを敷いている。
瑠璃は、私達が座る反対の端に座る赤佐雅寛に声を掛ける。
「……はい」赤佐君は、私が終わりきらなかった生徒会の業務を居残って、手伝ってくれていた。
「あの……山内……先輩ってどういう人なんですか?」
「何でそんな事気になるの?」私は赤佐君の方を見て言った。赤佐君はいつも予想外の返事をしてくるから私は驚きっぱなしだ。
「だって……例えばですよ、山内先輩が怖い人で、雑巾がけが嫌だからって隣の教室から箒を強引に取りに行くような先輩だったら嫌じゃないですか」
「山内君はそんな人じゃないよ」紫がすかさずフォローする。「山内君は凄く大人しい性格で、感情を表に出さないタイプと言うか」
「何考えてるのか分からないタイプだよね〜」瑠璃が横から入る。
「愛梛と紫は山内君と同じクラスだから分かるよね?」
「うーん。分からない……教室の箒が一本足らなかったから、他の教室から借りたのかな?」私は考える。
「違うね〜。じゃあヒント」瑠璃はキビキビと言った。
「山内君は教室から出ていく時、緊張して顔が強張ってた」
「何のヒントにもならないよ~」紫が困り果てる。
私も困り果てていると、端の方から助け舟が来る。
「一青先輩は、山内先輩に箒を貸していた先輩を見ましたか?」
(そこなのか、聞くところ。)私は心の中でツッコミを入れていると瑠璃が「見たよ」と言った。
「どんな人でした?山内先輩が緊張してたってことは貸してた先輩が怖いパターンなのかなって」
(貴方の中の先輩って皆怖い人なのかな?)と再び、ツッコミを入れながら聞いていると瑠璃がとても困った表情をしている。
(えっ何?赤佐君の質問が的を得てる?)
「……ノーコメントで」瑠璃が元気のない声で言った。
「後もう一つあるんですが、山内先輩が箒を借りた日は、箒が極端に多い教室があったり、少ない教室があったりしたんですか?」
「いいや。なかったと思うよ。箒が多かったり、少なかったりしたら生徒から先生に報告するし。“箒がない”って軽い騒ぎになってた筈。山内君が借りた日はそんな騒動無かった」瑠璃はキッパリと言った。
瑠璃の中で山内君が箒を借りたことが余程気になっていたんだろう。だから記憶に残っていて、自信を持って答えている。となると山内君は箒が1組と2組の教室どちらにも箒はあったのに借りに行ったことになる。何故だ。
「一青先輩がこの問題の答えを知ったのは、最近ですか?」
「うん。割と最近かな。何で?」
赤佐君は、小さく頷くと「何でもありません」と言い、生徒会の業務に戻った。
きっと今の質問で全てが分かったのだ。だが、私は分からないままでいた。隣の紫も考え込んだ表情をしている。
しばらく時間が経ち、気分転換というより難題を出されたという苦行になってきたので、私と紫はギブアップした。
「それでは、答え合わせ。赤佐君、どうぞ!」
瑠璃の突然の振りに赤佐君はとても驚いた表情で、私達を見る。少し間を開けた後、彼は切り出した。
「おそらくですが……山内先輩は、片思いの相手に話しかける口実で箒を借りに行ったんだと思います」赤佐君は自信のない声で言った。「根拠はいくつかあります。
1つ目は、一青先輩がモップ掛け中に山内先輩を見たという場面。山内先輩と箒を貸していた人物は数十秒、会話をした後箒を貸した。数十秒の会話しか無かった、さほど親しくない人との会話だったから数十秒だった。雑談が無かったということです。
2つ目は、表情にでない山内先輩が緊張して強張った顔で教室から出てきた事です。余程の理由があったに違いありません。好きな人だから緊張して雑談をする余裕も無かった。
3つ目が、一青先輩が最近、問題の答えを知った事。一青先輩は最初言いました。“あれは、4月頃”と。今は梅雨入りした6月です。一青先輩は最近、休日に偶然、山内先輩と箒を貸していた人物の仲良く2人で歩いている所を見たんじゃないかと。怖い先輩が箒を貸していたなら、その場で分かった筈です」
「はぁ~分かっちゃったか。参った」瑠璃は両手を上げて降参した。
「やっぱり凄いね。赤佐君の推理。それじゃあ次は私が話すね」紫が誇らしげな笑顔だ。
瑠璃は「えっ?」と驚いた表情で紫を見た。私も隣にいる紫を見た。
こんにちは、aoiです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
連載なので続き書きます。