06.復讐の勇者④
──── 復讐の勇者 ────
最初の魔法を覚えてから、2か月ほどが過ぎ去った。
滅んだ王都の人たちには申し訳ないが、
相変わらず私は経験値と縁がない日々を過ごしている。
私は日々、冒険者ギルドの信頼を得るべく薬草の採取を続けていた。
他にも、家屋の掃除や、牛の放牧の手伝いなどにも手を広げている。
知らない人と話すのは怖いと言ってられる状況じゃない。
こんなものは慣れだと初めて知った。最近自分がどんどん図太くなっている自信がある。
でも相変わらず賃金は安いし、一日5リル…日本円で5千円ほどのままだ。
強制セルフサービスの私の宿が一晩3リルなので、
ご飯代を除く5レーロが、日本円でいえば一日500円ほどが残る。
つまり本当に何も残らない日々だ。
しかしいい仕事をすると住人にお昼をごちそうしてくれることがある。
特に私の働きぶりは良く、勇者だから見た目も若いので、かわいがってもらっている。
若さ最高だ。さすがに宿代は節約できない。怖いし。だがなんとか生活はできている。
でも、この町にはこれよりひどい状態の人たちはたくさんいる。
できるだけ目に入れないようにしているが、
街中には生活もままならず、その日の冒険者ギルドの依頼待ちの浮浪者も溢れている。
それでも水属性のちょこっと水を出す魔法は私の生活をとても良くしてくれた。
そうだ。
あれから冒険者ギルドの受付のお姉さんからランク制度について聞いた。
半年ほどコツコツやれば私の冒険者ランクはEからDに上がり、
配送の仕事を受けられるようになると言われた。
それまで、持ち逃げ防止のために、どうしてもコツコツ真面目な人間だと証明する必要がある。
配送仕事はこの地域の小国家群の間の希少品や緊急性がある物品の往復で、
多少危険だが、1件30リル程、つまり3万円くらいのいい仕事だ。
ぜひとも目指したい。
ちなみにシゲが好きな魔物退治の仕事は最初から一日20リルもする。
そちらで稼いでいるので少し興味があったが、
それは仕事への興味というよりたくさん稼ぐ彼への嫉妬だった。正直なところ。
私はいつも通り自分の情けなさに泣いた。
「メルちゃん、いつもありがとね。小さいパン一つおまけしとくから」
「えっと。いいんですか?いつも安いのしか、買ってなくて、すいません…」
「そんなに喜んでくれると嬉しいね。またよろしくね」
「はい…!」
ここは穴場のパン屋さんだ。
この店は安いし、外食が面倒な時はよく寄っている。
この町、小麦の産地なのでパン屋さんだけはたくさんある。
私は仕事で疲れた体に鞭を打ってにっこりと笑った。
なんだか人の小さな優しさに触れるたびに体力が回復する。
「そうだ。今度うちのかまど掃除してもらえないかな。厨房周りとかもさ」
「仕事の直受けはギルドに怒られちゃいます」
「メルちゃんはまじめだなぁ」
「でも、伝えるので今度ちょっと見せてもらいますね」
「うん。いつでもいいからおいでおいで」
町の人に気に入られるとちょっとした用事をお願いされることもある。
言うならば営業活動だ。明日、冒険者ギルドに行って、職員の人に依頼料などを決めてもらう。
少し面倒もあるが、自分がこの世界に必要とされる人間なんだって思うと安心できる。
「しかしアレだなぁ…」
「どうしたんですか?」
「最近、町中が病気がちじゃないか。悪い風邪が流行ってるね」
「そうですね…。ちょっと心配です」
「実はうちのカミさんが調子悪くしてるんだよね」
むしろパン屋のおじさんとしてはこちらの方が本題のようだった。
周りにほかにお客さんがいないことを確認し、詳しく聞いてみることにする。
先んじるとおじさんは嬉しそうにしてくれた。
「何か気になりますか? 私は勇者ですし冒険者なので、明日すぐギルドで聞いてきますよ」
「ほんとかい。いや、ありがとう。実は今も結構調子が悪くてさ」
「お会いできますか?」
「今からかい?」
「できれば早い方が…症状もギルドに伝えますから」
「じゃあそうしてくれるかな。離れで休んでるよ」
ここら辺の度胸は異世界でついた。
事務職のうちは気づかなかった。お客さんが何かボヤいたら即やる。
会社の営業部の人たちはこんな感じで仕事にしてたのかな。
「おおい、勇者様がきてくれたぞ~」
「ど、どどどうも…」
とは言え、人の家のプライベートな空間に入るのは緊張する。
私はパンを買っていただけなのに、なんでこんなことになっているんだ。
ええい、まあいい。ノリだ。テンションだ。
「移るものじゃないと思うからさ」
「大丈夫です」
女将さんはまさにおっかさんという感じで、
恰幅の良い肝っ玉母さんだった。
意識はあるようだが、うつろにこちらに目礼するだけだった。
今ベッドに横たわって静かだが、風が通り抜けるような深い呼吸を繰り返している。
その横では金色の髪をしたそばかす顔の兄妹が心配そうに女将さんの手を握っている。
かわいい。
「うわぁ!この人髪の毛真っ黒!魔女だ」
「勇者よ。ちょっとごめんなさい。お母さんを診せてね」
私は子供たちを引きはがして女将さんの脈を図る。
体温が低い。けど脈は早い。
前世はずっと病院生活だったので私には多少の心得があった。
「顔には特定に繋がる症状は見えないですね。何日くらいこの状態ですか?」
「もう三日くらいかな。調子が良い時もあるけど、悪くなるとこうなんだけだ」
「体調が悪くなる直前は何をしていましたか?何か心当たりは」
「ずっと元気だったよ。週末は主婦仲間でピクニックしてたくらいだ」
「試してみたことはありますか? 薬とか、お医者さんとか」
「とにかく麦粥を食わせて寝かせてる」
私は仕事モードに入っていた。
その変化を感じたのか、パン屋のおじさんもきちんと答えてくれた。
「治癒の魔法は試してみましたか?」
「そんな魔法使える人間この町にはいないよ」
「そうですか…。いえ、すいません。そうですよね」
「いても金がな…。どう?何かわかった?」
おじさんはずっと心配そうにしていた。
それだけ奥さんが大事なんだろう。
「今のところ確かなことはありません。朝一でギルドに確認します」
「そうか…早めに頼むよ」
「知り合いの勇者に治癒魔法が使える人がいます。かけあってみます」
「ほ、ほんとか!?助かるよ」
勝手な約束にシゲは怒るだろうか。
治癒の魔法なんて貴重なものを持っているのを話すのはマナー違反だろう。
でも彼が本気で怒ってるところは想像できなかった。
「ねえ魔女のお姉ちゃん。お母さんどうなっちゃうの?」
「…分からないけど、きっと大丈夫。最善は尽くすわ」
ある程度言い切るのに、私にはこの症状に心当たりがあった。
明日、冒険者ギルドに確認を。いや、帰ったらすぐに隣の部屋をノックしよう。
最近時間が合わなかったから、久しぶりにシゲの顔が見たかった。
パン屋を出ると私は自分が思ったより疲れていることに気が付いた。
人から頼られると断れないっていうのは何かの病気だと思う。
でも、たぶん、理屈じゃないんだ。
シゲは幸い部屋にいて、私を快く中へ招いてくれた。
蝋燭と月明りが私たちを照らす。
爽やかな風が窓から入ってきて気持ちいい。
「じゃあ、やっぱり鈴蘭の毒なのね?」
「ああ、西の丘陵に魔物化した大量の鈴蘭畑がある。その毒が海陸風でこの国へ流れてきている。
俺は別ルートで知った。メルはよく分かったな」
「私は普段薬草ばかりみてるから。間違えて普通の鈴蘭畑に入っちゃった冒険者とよく症状が似ていたからね」
「そんなにきっちり分かるものなのか」
「人生の半分が病院生活だったわ」
「そうか」
シゲは私の発言を軽く流してくれた。
彼のこういうところは本当に気楽でいい。
どうやらこの病、すでにギルドの方では把握済みだったようだ。
単なる流行の風邪ではなく、なんと魔物が原因だと言う。
シゲはこの2か月、愚痴交じりの私の薬草についての知識をよく聞いてくれた。
冒険者ギルドでも、受ける依頼によって全く人の層が違う中、
彼は、こうした生きた情報の橋渡しをしているようだった。
私からは採取依頼の知識を、討伐関連の冒険者からはその手の知識を、
商人ギルドの人なども巻き込んで、情報の共有を行っているらしい。
どうやらそれがシゲの顔の広さの秘密のようだった。
なんて偉い高校生だろう。とても同じことはできそうにない。
そういえば私はあれからの日々で、酔った勢いで彼に色々と恩返しをしたりしていた。
私にとって、水が自由に使える魔法は本当にありがたいことだった。
そしてこの孤独な世界で、同じ境遇の人間がいるという事実に何度も救われていた。
彼は、日々なんでそんなに逞しいのか、不思議でならない。
「水魔法か…。水浴びくらいその辺りの川でいい。…そんなに風呂がない事が不満だったのか?」
「そ、それは男の人だからよ!」
「メルは繊細すぎる」
訂正しよう、逞しすぎる。真似したくない。
私はそう、ネチネチと恩返しをするタイプだったりしたので、
夕飯を分けてあげたり、忙しい彼の布物を一緒に洗濯してあげたりしていた。
お母さんでもないのに。
しかし彼は私がこの魔物の件に関わるのは反対のようだった。
ええい、恩知らずめ。そんな仲でもあるまいに。
「でもどうすればいいのかしらね…」
「解決方法もわかっている」
「そうなの?」
「知りたいのか」
「そ、そんな言い方したなら話してよ…」
私はつい気になって彼の素朴な顔をじーっと見つめた。
最近は、むしろ私を薬草採取以外の依頼から遠ざけている気がするなこの人。
相変わらず自分の仕事については愚痴らないし、
ボロ雑巾で帰ってくる生活は変わらない。
そしてギルドでこっそり彼のことを聞いてみて回ったが、
誰も実体を知らない謎の人物だ。好かれているみたいだからいいけど。
なんだか互いの事情のバランス悪いじゃないか。
私はなんだか寂しい。
「隣のパン屋さんがね。あ、あそこの路地の端のお店のね。おじさんがパンをサービスしてくれたんだけど」
「ああ、あそこか」
「そう、小麦ケチってないお店で、いつもありがとうって。
で、奥さんが町で流行ってる病気にかかってて、そこの子供たちも心配してて」
「…メル、本題は?」
「私、シゲの治癒魔法のことを話しちゃった…」
私は下を向きながら話した。
ちょっと頑張らないと目を合わせられない。やっぱり不味かっただろうか。
「なら行ってくる」
「今から?」
「今だ」
「でも、もうお店も閉まってるし…寝てるかも」
「構わん。叩き起こせば良い」
そうしてシゲは食堂のドアを開けると、とっとと出ていった。
そしてわずか10分ほどで帰ってきた。
「治してきた」
お、男らしい…!本当に中身高校生かこの子。
なんでもないことのように彼はお礼のパンを大量に抱えていた。
「しかし、本来他人の魔法を許可なく話すのは良くないことだ」
「わかったわ。本当にごめんなさいね」
「罹患者の数が多すぎる。俺ひとりでは手が足りん。再発もある。原因を止める必要がある」
彼の話によると、
この件は以前から冒険者ギルドや商業ギルドと国とで真剣に取り組まれていて、
すでにどうするか方針が決まっていたらしい。
私は普段薬草採取ばかりのEランクだから全く知らなかった。
そういえば、シゲはどのランクなんだろうか。なんとなく年収を聞くような失礼さがあって聞けていない。
この国は家屋はまばらだが、小麦と治癒ポーションの生産地というだけあって、結構広く、人口も数千人単位だ。
そして、その2割ほどの人たちが体調を崩しつつあるらしい。
そして今回、この件を関して冒険者ギルドで大きな人員が依頼を受けて動くようだ。
「私も行くわ!」
「メル。魔物と戦う恐れもある依頼だ」
「なによ。元々私に魔王討伐して欲しかったんでしょ?魔法を教えてもらった恩返しもすんでないわよ」
「人に理由を託すな。お前は魔物を殺せるのか」
「できる、とは言わないけど。話を聞く前から諦めたくないし、依頼は戦いだけなの?」
「確かにその通りだが…。毒を弱く薄めることで解毒のポーションが作れる。
依頼の内容は魔王の異界の近辺に生える魔力に富んだ鈴蘭の採取だ。
もし覚悟ができたら、三日後の朝一で冒険者ギルドに来てくれ」
「え、えっとその…」
彼はとつぜん早口で、私を部屋から閉め出した。
乱暴な態度に私は少し腹を立てた。
私は彼を睨む。
「率直に言うとな…」
「ちょっと…!ひっ。な、なによ…」
「心配なんだ。お前と会ってから、戦うだけが勇者ではないと気づけた」
それを聞いて、私は不謹慎ながらうれしくなった。
もしかしなくても、彼は私を危険から遠ざけようとしている。
「メル、なぜ笑っている」
「え、ひゃ!?笑ってないけど。気のせいじゃないかしら?」
そしてだからこそ情けない態度ではいられない。
私にとってもこの町はもう慣れ親しんでいる。
臆病な私でも、せめて自分の住んでいる場所くらい守ってもいいはずだ。
しかし相変わらずシゲは不機嫌そうだった。そして階下に降りていこうとする。
「どこに行くの?」
「知られた以上仕方ない。治癒魔法で症状が酷い住民を片っ端から治す」
「もう深夜よ…」
「知らん。全員起こす。どうせすぐに忘れるさ」
突き放すような態度だ。私はお姉さんだからそんなことで怒らない。
それにしても、貴方をちょっと尊敬していることがそんなに悪い事か。
「あ、えっと…私、その、役に立てるか分からないけど」
「頼んだぞ、薬草採取の勇者様」
「わ、分かったわよ!普段何やってるのか分からない不審者の勇者!」
シゲはふと振り返り、せつなそうな目でこちらを見た。
「確実に人助けになる仕事だ。どうか、無事で、勇者メルの名声を広めるといい」
なぜかそれが気になった。
何か、私を羨ましがっているようなのが、印象的だった。
その日の晩、私はベッドに丸まっていた。
私は埒もないことを考えている。
私たち勇者は戦うためにこの世界に来た。
だから嫌でも考えてしまう。
ほんとを言うと、私はもう戦えると思う。
時々薬草を森の奥まで探しに行くと、動物型の魔物に出会った。
恐ろしい牙をむき出しにしてガフガフと涎を垂らす狼のような魔物を見ても、
私は大した恐怖を感じていなかった。
たぶん前世だったら悲鳴をあげることすらできずに固まってたけど、
でも、今の私は、猫が威嚇してくるほどの恐怖さえ感じない。
でもそのことはあまり考えないようにしていた。
9人もいた勇者の中で、私たちしか最初の町にはたどり着かなかったからだ。
そう、戦い始めるのは恐ろしいことだ。
そうだ。アイちゃんはどうしてるんだろう。
彼女はとても怖い勇者を追って、世界を救う旅をしているはずだ。アイちゃんに会いたい。
「何もない…。私、ただ寝てたあの時と何も変わってない…」
取り留めのない事を考えながらベッドをゴロゴロと転がった。
手持無沙汰なので刃物が刺さった心臓を弄ぶ。なんだかブニブニしてて奇妙な感触だ。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
名前:坂上 芽流
職業:勇者
レベル:1(0/12000)
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「いまだに経験値0…」
私は呟いた。成長速度は史上最遅の勇者じゃないだろうか。
でも今回、人を守るためだったら、私も覚悟を決めた。
「そう。また新しい魔法だって覚えた。それに依頼には他の人もいっぱいる」
自分に言い訳できないように、三日後の準備は早めにしておいた。
「きっと大丈夫。私にだってできるはず」
私はなんだかモヤモヤしたまま眠りについた。
心配とは裏腹に驚くほどの快眠だった。若さは偉大だ。
三日後、朝一の冒険者ギルドには30名以上が集まっていた。
私が見知った顔はシゲ君しかいない。
他のメンバーは普段顔を合わせない魔物討伐側の冒険者たちだった。
それほど道中は危険なのだろう。
あ、知ってる人が一人いた。
「監督のおじさん!参加するんですか?」
「薬草のお嬢ちゃんじゃねえか。お前も出るのか?」
「はい!がんばります!」
「そういえば勇者だったな。やだねえ、二人して薬草採取が上手すぎた」
おじさんも私も、鈴蘭の品質の判別役兼、荷物持ち要員だ。
今回の旅程は基本的に道中では護衛してもらい、
現地についてから私たち二人の監督の元、詰めるだけ鈴蘭を詰めて帰る。
本来は現地である程度まで加工してから町に持ち帰りたいが、
魔王の異界が近いのでそうもいかない。
冒険者ギルドの受付のお姉さんは概要を丁寧に教えてくれた。
旅程は計五日だ。
1日目は大陸西側へ移動。
2日目の昼頃に現地に到着し、採取開始。
3日目の午後まで作業をして出発。
4日目は休息を挟みつつ戻る。
5日目の早朝に町に到着。
まさに弾丸旅行だ。
植物の鮮度を落とさないためには仕方ない。
「ギルドの説明は理解できたか?」
「シゲ!平気よ。いつもあれくらい丁寧に教えてくれたらいいのに…」
「それほど重大な依頼ということだ」
「私が監督なのよね。う、うでが鳴るわね…」
私の腕は鳴るのではなく、震えていた。
異世界に来てしばらく経ったが、
これが前世を通じて一番責任ある仕事じゃないだろうか。
「そういえば、魔王の異界が近くにあるって言うのに、
勇者たちのパーティでやっつけるとかにはならないのね」
「メルは王都のあれを見ていないからな…」
私は自分のことは棚に上げて聞いてみた。
シゲは渋い顔をした。その、あれ、については聞かない方がよさそうだ。
「その上、人類全体の情勢を考えれば妥当な判断だ」
不満そうな声で彼は言った。
そういえばシゲはその辺りの依頼の裏事情とかに詳しそうだ。なんとなく。
「シゲは納得してるの?」
「納得はできんが、この南の小国家群は人類全体にとって重要ではない」
「そうなの…。ひどい話ね」
「そして異界持ちとはいえ、最近生まれた最弱の魔王だ。あちらからの進軍の危険は少ないと判断された。
交戦していない以上、異界の性質が分からないままだと掛け合ったが、大国や勇者パーティはどこも動かなかった」
彼は苦悩を抱えていた。
なんだか、この冒険者ギルドの依頼、という形に落とし込むのにも、だいぶ苦労したんだろうか。
彼の仕事についても気になるが、私はさっぱりと話題を切り替えた。
「それにしても、今更だけど、魔王って何人もいるのね」
「なぜだ?地球でも王は人種や地域の数だけいた」
「そういえばそうね…」
私もゲームのラスボス的なイメージの影響受けてたのかしら。
そんなことを彼とだべりつつ、夜明けには西へ向けて出発した。
まずはいつもの町を抜け、まばらな民家と広い農業地帯を越えた。
麦の海が朝日を浴びて青々と踊っている。
ガタンゴトンと馬車が揺れる。私は外で走っていた。ずっと早いし疲れない。
ジョギングのつもりで軽く流しながら周囲を見渡した。
赤い朝焼けの世界。ここからは人間の世界ではない。
地平線まで草原と山、不気味な森が続いている。
「試してみましょう」
木の上あたりの高度で怪鳥が気持ちよさそうに飛んでいた。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
[間抜けな逆走自己]
貴方の攻撃はすべて相手の心臓へ向かう。
また、相手が与える貴方の心臓へのダメージは全て相手の心臓に肩代わりされる。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
走りながら足元の石を拾う。
手のひらサイズのそれを思いっきり投げた。
投げ方も方向も滅茶苦茶だ。
でもスキルを使うよう意識すると不思議とはずれる気がしない。
小石はでたらめな軌道修正をして怪鳥に向かっていった。
あ、当たる。
バチィンと上空で破裂音が響いた。
1メートルほどの怪鳥が心臓に穴を開けて落ちていった。
血と羽をまき散らしてでたらめにあばれた挙句、木にぶつかって消えていった。
「う、うげぇ…。ごめんなさい…」
私はなぜか自分でやって謝っていた。
ステータス画面を見ると経験値が1ポイント上がっていた。
あと11999ポイントでレベルアップだ。
これだけ嫌な思いをしてこれか。
「と、遠すぎるわよ…」
私は苛立ちをぶつけるように石を投げた。
2匹目の怪鳥が森の中におちていった。
あと11998ポイントでレベルアップだ。
畜生。
道中では30分に一度ほど魔物を見かけた。
[間抜けな逆走自己]が届きそうな範囲で小石を投げて攻撃していく。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
名前:坂上 芽流
職業:勇者
レベル:1(12/12000)
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
「…相変わらず先は長いわね」
この森では獣型や、獣人型の魔物が多く出てきた。
どれも心臓がありそうなら一撃だ。
途中で昼休憩を挟みつつ再び出発。
午後も3時に差し掛かろうというのにところでペースだ。
このままだと1日20匹倒しても、
最初のレベルが上がるまで2か月かかる計算になる。
「シッ…!」
「ピギィ!?」
森の奥に見えた豚の頭を持つ魔物を仕留めた。
うん、石の投げ方はさまになってきたんじゃないかな。
魔物は胸のあたりを抑えて地面に倒れ込んだ。
なんだか周りの冒険者の人たちは助かったみたいな顔してるけど、
私的にはもうあまり続けたくない。
疲れはないけど、心は結構痛い。
せめて魔物って悲鳴をあげなければいいのに。
「なあ、あんたすげえじゃんか」
「えっと、ど、どうも…」
「桐浦だ。この世界でもそう呼ばれてる」
「あ!もしかして日本人の勇者の方ですか!?」
「そうそう、日本!いやぁー懐かしい!」
ちょっと髪色が日焼けと泥で茶色っぽくて気付くのが遅れた。
本当だ。瞳が真っ黒だ。森の道はまだ一応整備されてたけど、
奥まるにつれて馬車の足は鈍ったので話す余裕ができた。
「随分強いじゃないっすか。かなり昔から勇者なんっすか?」
「い、いいえ。最近来ました。まだそんなに経ってないわね」
「ほんとかよぉー。ほんんど一人で倒してるじゃないっすか」
道中、すべての魔物をやっつけてたら、周りの人たちから私はだいぶ注目された。
それで普段、魔物討伐じゃ見ないこの子は誰なんだ、
ということでこの人は私への質問代理人に選ばれたようだ。
経緯は丸聞こえだった。勇者は耳もいい。
「俺はあんたより緩めの縛りで呼ばれたから、ステータスだって全然っすよ。
まっ、誰が相手だろうと邪魔すればぶっ飛ばすけどなー」
「そ、そうなの。頼もしいわね」
「お姉さんってちょくちょくギルドで見かけるけど。こんなに強いのに勿体ないっすよ」
「色々あって、魔物と戦おうと思ったのは今回の依頼が初めてなのよ」
その勇者、桐浦さんは軽い口調で隣を歩いた。
頭の後ろで腕組みをしながらだが、この場所では周囲への警戒を保っている。
強さは分からないが、なんだか慣れている人の雰囲気だ。
「なんか思い出しちまったっすよ。久しぶりにスターイップスのフラフラペチーノが恋しいぜ」
「私もなんでもいいから甘いものが欲しいわ…」
「ヒヤリーハットのちゃらんぽらんとかも、食いたいっすねぇ…。冷たいビール飲みてぇ…」
なんならこれは本音だ。
桐浦さんはチェーン店の名前を繰り返しては、切り替えるようにため息をついた。
「こっちは俺と同じ場所に召喚されたハーフの帰国子女のミゲルっす」
「ドーモ。こんにちは、メルさん。ミゲル言いマス。初メマシテ」
眉毛が無くて背の高い黒髪の青年がこちらに腰を折った。
中々迫力がある顔だ。私は思わず深々と頭を下げてしまった。
「こ、こちらこそ初めまして。坂上メルです。よろしくお願いします」
その様子がおかしかったのか、ミゲルさんは笑いだしてしまった。
そしてすぐに姿勢を戻して砕けた口調になる。
「冗談だよ。お姉ちゃんよぉ~。帰国子女って外人って意味じゃないぜぇ~」
「悪いなー。こいつこの冗談が好きなんっすよ」
すごい流ちょうな日本語だ。
「からかったんですか!?」
「おもしれぇなぁ~。メルさんよぉ~」
「だろー。俺たちもこんな真面目な頃があったんっすよねー」
その後、私たちはちょっとしたお喋りをしながら道を進んだ。
もう山道に差し掛かって、馬車も這うような速度だ。
大半の冒険者は降りて警戒したり荷台と馬の補助をしていた。
「じゃあもうこっちに来て20年近く経つのね」
「そうっすね。こっちの生活濃すぎて両親の顔も思い出せねえや」
「20年。想像もつかないわね」
ほぼ、あっちの世界で私が生きた年数だ。
「他のやつらもどうしてんのやらっすよ。俺とミゲルはずっと組んでっけど」
「まあよぉ~。元気でやってんじゃねえの?知らねえけどさ~」
大変そうだ。と、同時にいつか私もこんな感じの冒険者になるのだろうかと不安になった。
とにかく、私はこうして初めて、この世界で自分たち以外の勇者と話すことができた。
その晩は軽い山というか、丘のふもとにキャンプを張った。
ちょっと天気が崩れがちのようだ。
明日はこの丘越えをして、下った盆地まで行けばそこが広大な魔物の鈴蘭畑だ。
この丘がもう少し高ければ、風が遮られて鈴蘭の毒が町まで届くことはなかった。
今更だが、花粉症みたいな話なんだなと思う。
鈴蘭の毒は天気が良い月の夜に舞う。
ちょっと曇り空で空気が湿気っている今晩は心配はないだろう。
この分ならぐっすり眠れそうだ。
寝る前にちょっとシゲとも話そうと思ったが、
冒険者の人たちの中でも特に強そうな人たちと話していて忙しそうだ。
私が夜空を見上げながら、薪に火にくべていると、
シゲは隣に座ってパンにかじりついた。
「あまり、他人を信じるな」
「今日話していた冒険者たちのこと?思ったより普通で、拍子抜けしたわ」
「そうだ。メルは人を信じやすい」
私だってそこまで純粋じゃない。今の見た目はどうあれ一度社会に出ている。
純粋ではないけど、単純ではあるから、なんとなく彼の心配をうれしく思った。
「見くびりすぎよ」
「そうだな…。今日の働きを見る限り、そうかもしれない」
「まあ忠告は受け取っておくわね」
「ではこう思ってくれ。魔物討伐は割のいい仕事だ。
彼らは流れ者で、メルのように国の住人に愛着はない」
裏切る、裏切らないの話ではなく、
他人に過度な期待は寄せるべきじゃないと彼は忠告してくれた。
「彼らの人柄がどうであれ、命が賭かる場面では、
ポーション用の鈴蘭なんて放り出して逃げるだろうな」
焚火がバチバチとはぜた。
私は鍋から一杯の白湯を注いで喉を潤した。
「口うるさくてすまん。だが、魔物の倒し方は見事だった」
「そう。別に大したことじゃないわ」
そう、見事だったのね。
…うん。えへへ。
「貴方ももう休んだら?」
「体力2あれば1週間不眠でも全く影響がない」
そういうと彼は馬車の荷台の方に行き、
またいくつかのことを他の冒険者と話している。
私は明日に備えて素直に寝具に包まった。
なぜか違うテントからは薬草の監督のおじさんが、
私のことを自分の手柄のように他の冒険者に嬉しそうに話している声が聞こえた。
「おじさんめ…」
私はストンと眠りに落ちた。
2日目の朝もかなり早かった。
私たちは馬が足元を怪我しないくらい明るくなるとすぐに丘を登りはじめた。
短い旅程だし朝食では温かい物も出ず、各自で配られたパンとチーズを食べた。
私は魔法で出した水と一緒に飲み込む。
この国では塩が少ないので味付けは全体的に薄い。
硬いチーズの貴重な塩分でカサカサのパンを食べる。
と思ったら薬草採取の監督のおじさんがキイチゴを分けてくれた。
道中で拾ったらしい。ちっとも甘くないがすっぱいと味に変化がついておいしい。
お手製の水魔法で顔を洗い、持参した化粧ポーチに入った歯磨きをすると、
すっきりとした気分になった。一応湿った布で体を拭いておく。
「それにしても、ちょっとずつ出てくる魔物が変わってきたかしら」
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
名前:坂上 芽流
職業:勇者
レベル:1(21/12000)
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
昨日より少しずつ魔物が強くなっている。
それにつれて経験値も1体あたり、2から3に増えている。
単純に2倍も3倍も強くなったわけじゃないけど、倒しづらくなってる気はする。
「おい、ガヤガヤだ!姉ちゃん頼む!」
「分かったわ」
私たちの進路をふさぐように、
巨大な顔がついたガヤガヤという樹木の魔物が現れた。
かなり大きくて丈夫そうだ。7メートルくらい、ビルの3階はあるんじゃないだろうか。
私はポケットに詰めておいた硬い岩を取り出した。
「あら、これはダメみたいね」
すごい勢いの岩も、分厚い木の皮には通じない。
「なっ!?はじかれたぞ」
他の魔物討伐冒険者たちは初めてのことに驚いてる。
さすがに投げなれたおかげで投石は魔物に向かったが、
特に軌道を変えるようなことはなかった。
「なるほど…。心臓が無い相手だとこうなるのね」
「おいお姉ちゃんどうする?馬車の先頭の連中に応援頼むか?」
「これくらいなら大丈夫です。ガヤガヤの足止めだけお願いします」
怒った魔物が枝を震わせてこちらに向かってきた。
黒い葉っぱが周囲に飛び散る。
冒険者の内の一人が大きなハンマーで魔物の足を強く打った。
木の根のような部分がつぶれて動きが鈍った。
「ヴォオオオォォ」
木の化け物はとびきり低い咆哮をあげて、枝のような腕を打ち払った。
しかしすでにそこに彼はいない。
勇者ではないにしても、彼らは非常に手際がいい。
攻撃のステータスも1は無いにしても、常人よりずっと強いんだろう。
「それで大丈夫です!脇によけてください!」
「おうよ!」
私ははじけるようにガヤガヤの前まで躍り出た。
助走からジャンプして蹴りつける。
尖った氷柱が足の裏から伸びて大きな木の顔に刺さった。
そして周囲を凍らせて粉砕した。
私の水属性の新しい氷魔法だ。でも実は本来の使い方じゃない。
ゆっくりと、まさに倒木のようにガヤガヤはどうと倒れた。
「ふぅ…。血が出ない相手は気が楽でいいわね…」
「すげえなぁ。さすがは勇者だ」
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
名前:坂上 芽流
職業:勇者
レベル:1(21→25/12000)
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周囲の称賛もそっちのけで私はステータス画面の経験値を確認した。
これで4ポイントか。
今の魔物はパーティ単位で足止めして火の魔法で倒すこの辺りの強敵だと言う。
どうやらここからこれ以上強い魔物はそうそう出ないそうだ。
よかった。少しは安心だ。
その後も私の投石を防ぐ魔物はしばしば現れた。
そういう時は真上に投石したり、大きくカーブさせてる間にもう一回投げて、
同時に攻撃したり工夫をこらした。
そのまま日中に差し掛かるまでは、先頭の車列にいるシゲと魔法について話したり、
昨日の先輩の勇者たちとお喋りしたりした。
体力的には問題ないが、ちょっと休憩でも挟みたいと思ってた頃、
周囲の光景が気持ちいい物に変わっていた。
「丘を抜けるといい風が吹くわね。森の中から出たから余計そう感じるわ」
今日は雲がありつつも快晴。
陰鬱な山道と木々が途切れると、どこまでも続く緑の高原が続いていた。
その遠くの盆地にはぼんやりと広大な白いモヤが見える。
あれが全部鈴蘭の花なんだろうか。
私は思わず深呼吸をした。
「すぅー…。良い風…ごほっ!ごほっ」
「おい!鈴蘭の毒が飛んできてるんだぞ!なにやってんだお姉ちゃん」
「じ、実地調査よ!毒の効果を確かめないと、って思って。鈴蘭採取の監督だから」
「うそつけ!これつけとけって」
さっきの魔物討伐冒険者のおじさんが、魔法がかかったギルド製のマスクを渡してくれた。
周りを見れば馬ですらマスクをつけている。
私も水魔法で口をゆすいでそれに倣った。するとすぐに楽になった。
現地につくと、そこは非常にきれいな場所だった。
谷底に小川が流れ、丘陵には見渡す限りの鈴蘭が咲き誇っていた。
まるで淡い綿の海のようだ。
ひと凪ごとに波のように涼やかな音と清らかな香りが泳ぎ出した。
いくつもの丘陵が地平線まで続き、延々と小さなコロコロとした花が今にも鳴りだしそうだ。
鈴蘭は1センチほどの白かピンクの丸い花弁がひとつの茎に10個ほどついた花だ。
しかし私はこの幻想的な光景に潜む裏の姿を知っている。
先ほどはうかつだったが、鈴蘭は毒なのだ。
「こりゃあひどいな。お嬢ちゃんも分かるか」
「監督のおじさん…。私は魔力が見えますから。青白い魔物の毒が風に乗って町の方向に向かってます」
「良し、ここからは俺たちの仕事だ。俺は冒険者用のキャンプ場と作業場を作ってくる」
「私は先に鈴蘭の下見をします。二人か三人くらいお借りしていいですか」
「俺が見繕うか?」
「いえ、大丈夫です」
私は何人かの冒険者に声をかけた。
先ほどの先輩勇者の二人組がついてきてくれた。
「こりゃあ綺麗っすね。花とかよく分からないっすけど」
「あまり屈まずに姿勢を高く保った方がいいわ。毒は葉や根の方が強いから」
私はスカートの裾をブーツに突っ込んで縛った。
なるべく肌を出す場所をなくして、髪も夜会巻きにした。
私たちが踏み荒らすと鈴蘭畑はかなり嫌がった。
明らかに自然の風になびいているんじゃない。意思があるように私たちを拒絶していた。
それでも毒を吸わないように白い花と茎をブーツで踏み折って奥へと進んでいく。
この毒が町のみんなを苦しめていると知っていると、
不思議と怖さだとか、可哀そうだって気持ちはなかった。
ズンズンと地面を踏みしめて進んでいく。
「うっわ、なんか動いてる~。きもちわりぃ~」
「うへぇ…。足の裏べっとべとっすね」
「二人はここで見張っていてもらえる?」
「「了解~」」
ここからは集中したい。
私は何万本と生えている鈴蘭畑を凝視した。
青い光が私の目には映っていた。これは魔力の流れだ。
魔力は魔物が取り込むことで、人間にとって有毒なものに変化する。
その流れが一番強い方にたどっていく。
この丘陵地帯にはまるで魔力が根のように張り巡らされていて、
それが盆地のような一角に全て集まっていた。
白い花に埋まるように大きな土くれが見えた。
私はポケットに入った石を思いっきり投擲した。
「ギィィイイイ!」
「どうやら当たりみたいね」
土くれの周囲の鈴蘭が悲鳴をあげて赤黒く枯れていく。
と思ったら土の塊から人の倍もある大きな植物が現れた。
2回、3回と投擲を繰り返して、巨大な花を弾き飛ばした。
「ピギッ。ギッ!」
「ごめんなさい。悪く思わないでね」
花びらをまるで口のように威嚇している。
やがて体の大部分を失って花の魔物は動かなくなる。
私は大きな茎を握ると、おもいきり根っこを引き抜いた。
すると見る間に、この辺り一帯の鈴蘭が悲鳴をあげてすべて立ち枯れてしまった。
変化に驚いた先輩勇者たちがガサガサと枯れた丘を駆けよってくる。
「うお~。すげえな姉ちゃん。これが魔物の正体か」
「ええ。隠れるのはうまいけど強くわないわね。経験値も2ポイントよ」
「なんだ?本体の下にまだひとつだけ花があるぞ?」
「これが鈴蘭の魔物の本体のようね」
私はその一束を引き抜いた。
紫の小さな鈴蘭は手の中でおとなしくしていた。
この子が先ほどの根っこ全てが繋がっていた魔力の中心点だ。
ギルドの主要メンバーに確認するが、おそらくこれを使えば、という気がする。
とても普段の薬草採取と比ではない魔力の光を放っている。
帰国子女のミゲルさんは片方の眉を吊り上げた。
「皆にはたぶんこれを集めてもらうわよ」
「そりゃ~いいけどよ。どうやって見つけるんだ?」
「そうね…。畑が嫌がる方向に歩いていけばいいわよ。ひとまず皆のところに戻りましょう」
三人揃って鈴蘭畑を抜け出した。
枯れた丘を出るとまだ近くには似たような満開の丘がどこまでも続いている。
これは大仕事になりそうな予感がする。
毒が飛んでこない風上、この辺りで一番小高い高原にキャンプが設置されていた。
冒険者たちは忙しそうに歩き回り、荷物の積み下ろしを行っている。
残念ながら休憩もなく、夜までに一気に採取を進めるようだ。
馬だけはマスクをはずして涼しそうに草を食んでいた。
私は天井付きの一番大きな天幕に入り込んだ。
そこには冒険者ギルドの主要なメンバーたちとシゲ、そして監督のおじさんがいて、
難しそうに顔を突き合わせている。
私は手早く状況を伝えて、魔物の現物を手渡した。
「これか。まだ生きてるな」
「どうだ?こいつから何人分のポーションが作れそうだ?」
「まあ、待ってくれ。まずは見せてくれ」
ギルド直属の鑑定士だと言うお兄さんと白髪のお爺さんが怯える鈴蘭の花を手元において見つめた。
ずっと馬車の中にいた商人ギルドのポーション職人のお爺さんだ。
しばらく見てたと思うと手早く鈴蘭の魔物を縛り上げてガラス瓶に放り込んだ。
「これで十分だ。ひとつで50人分は作れる。今から試作はするがね。
100束もあれば足りる。どんだけ少なくとも80束は欲しい」
「時間はどれだけかかる?」
「帰る頃には近くの国から山ほど臨時の職人が来とる。1週間ありゃ全部モノにできる」
「良し、じゃあ全員、仕事の時間だ」
そういうと皆は立ち上がってそれぞれの仕事を始めた。
監督のおじさんの考えで、
適当な鈴蘭を引き抜き、その根っこが向かう方向を追っていけば、
そこに魔物の本体がいることが分かった。
30名以上の冒険者たちにも情報が伝わって、
それぞれが独自に自分たちのパーティ、あるいは単独で、魔物の捜索を開始した。
「みんなで協力すればいいのに…」
「急造チームは危険だ。普段のやり方にまかせるのもひとつの形だ」
「シゲ…。それでも3人組になったりとかして、人数を平均的にすれば効率も…」
「魔物討伐の冒険者は自信家だ。メルが普段知る、郊外までしか出ない人たちとは考え方が違う」
一束ごとに報酬の上乗せがあるので、
そこも協調できない原因だろう。私はなんとなく不満に思った。
「シゲも鈴蘭採取するわよね。一緒にしたければついて来てもいいわよ?」
私はお姉さんらしく振舞った。
シゲは素朴なイガグリ頭で思案すると、あっけなく断った。
「俺は近くの魔王の異界を監視する」
「…そう。そういえば近いって言ってたわよね。その、どんな感じなの?」
「西側に3、4kmの地点から異界が始まっているようだ。異界の性質は不明だ。
俺は一束も収集しなくていい。金はあるからな。最悪、調査から戻らなければ置いていけ」
「シゲのそういう所って良くないと思うわ」
私だってお金で動くが、
今回は善意で勇気を出して魔物をやっつけるなんてやってのけた。
親しい人を見捨てるようなことを言われると悲しくなる。
「メル、俺が何か言ったか?」
「…いえ、別に。ただ、気をつけてね」
色々考えていたが、彼が困り顔をしたので許してしまった。
最近、年下の男の子が悲しい顔をするとなぜか私は罪悪感を感じる。
これ、シゲのせいな気がする…。
私は困った彼を置き去りにしてポーション職人のお爺さんに話しかけた。
「お爺ちゃん、何か手伝えることはありますか」
「ほう。お嬢ちゃんも来とったんか」
「薬草採取の延長です。これでも勇者ですから」
このお爺さんには普段の薬草採取でもお世話になっている。
しばらく機材の設置を手伝ったあと、冒険者たちへの伝言を頼まれた。
「じゃあ荒っぽい連中に伝えてくれ。できるだけ生かして捉えてくれって。
それと、鈴蘭同士まとめて縛っておくと喧嘩してお互い殺しちまう」
「分かりました!行ってきます!」
大変な作業だがぐんぐんとやる気が湧いてくる。
私はかなり役に立てていると思えば嬉しかったし。
「実は私もひとのこと言えないのよね…はぁ」
先ほどは冒険者の協力体制に憤っていたが、私も本当はギルドから確約をもらっている。
もしこの件でうまく監督を務めれば、素質ありとして配送の仕事をまかせてもらえるのだ。
そう言ったことも含めながらも、私の頭にはパン屋さんの家族のことが一番だ。
あの子達を泣かせないためにも、
そして麦ガラまみれじゃないパンを食べるためにも手には抜けない。
「やってやるわよ…!」
私は天幕の布をばさっと勢いよく開けて外に出た。
そして、思わず体が硬直してしまった。
「…?」
テントの外に出ると、なんと空が真っ暗になっていた。
上空には大きな満月が浮かんでいる。
ぽっかりと開いた白い穴のように、夜空には燦燦と月と星が輝いている。
「…綺麗な月。…じゃなくて、夜?」
えっと、どういうことだろう。
絶対にそんな時間は経っていない。お爺さんの手伝いもせいぜい小一時間だ。
私、[光速の車線変光]なんて使ったかしら。
いや、でもあればペンキのまみれの世界で、こんなに綺麗な月夜じゃない。
私は茫然として綺麗な星空を見上げ続けた。
どういうことだ。さっきまで、というより、たった今のいままで真昼だったはずだ。
サラサラと鈴蘭畑が揺れている。
確か、こんな急に辺りが変わるって現象は、どこで聞いたんだったか。
「……異界に飲まれた」
隣に立つ冒険者たちがぽつりと呟いた。
彼は唇を震わせながら、目を見開いてダランと肩を落としていた。
その表情の生気の無さに、こちらまで驚いてしまう。
そこかしこに出ていた冒険者たちが一斉に青い顔をして戻ってきた。
そして、屈強なメンバーたちも一斉にテントに戻って怒号のような会議が始まった。
私は急いでシゲを探しに向かって、彼からいくつかの資料を受け取ってキャンプに戻った。
しかしその辺りの記憶は曖昧だった。それほど慌ただしかったからだ。
不自然なほど出来事を覚えていなかった。
結果として、私たちはすぐに全員依頼なんて放り投げて町に逃げ帰ることになった。
せっかく広げた荷物をほとんど捨てて、馬と、最低限の鈴蘭の魔物を背中に背負って異界を切り抜けた。
主な被害は忙しすぎて潰れた馬だ。
非常に運が悪く、ちょうど異界の拡張期に冒険者たちが大量に来た事で、刺激になってしまったらしい。
どうするべきなんだろう、この惨状。
もちろん持ち帰った鈴蘭ではとても解毒ポーションが足りなかった。
解毒のポーションのあてがはずれて、住民たちには対処療法しかできることがない。
小国家群同士で助け合いもあって、町に大きな診療スペースができた。
奇妙だったのは、その日を境にシゲの姿がすっかり消えてしまったことだ。
誰も彼が魔物と戦っている姿は見てないし、そもそも異界の中に入っただけで魔王にすら会ってない。
多少逃走中に魔物の軍勢がいて苦労したが、彼は確実に無事なはずだ。
しかも私も途中まで一緒にいたはずが、いつの間にか消えていた。
元々この依頼を最後に彼はよりレベルの高い地域に行くと言っていたが、
まさか私に一言もなく出発したのだとは考えたくない。
「一体何だったのかしらね…」
そして、それから1か月が経過した。
町は多少の高齢者の犠牲を出しながらも私は普段の生活に戻ることができていた。
「でもシゲも冷たいわね。今度会うことがあったら、文句言ってやらなくちゃ。心配ばかりかけて」
彼はあれからずっと戻らない。それにしてもあの日、何かを忘れている気がする。
だがそれでも、1か月も孤独だと寂しさも怒りや虚しさに変わってしまう。
結局何もかも中途半端に私はこの世界で一人になってしまった。
しかしあれからたった一つ変わったことがある。
「人類の生活圏が減ってる…。って、こういうことだったのね」
それは私の意識だ。
あの鈴蘭畑の丘陵は真夜中の魔王の異界に呑まれてしまった。
再調査する目途も経っていないし、来年からもじわじわと異界が迫ってくるだろう。
幸いシゲからもらった資料で異界の性質はある程度分かっていたが、
何十年もあれば、この国は魔王の勢力に丸ごと飲み込まれてしまうかもしれない。
私は受ける依頼を、薬草採取から、はっきりと魔物討伐に切り替えていた。
冒険者ギルドの人たちや町の人がシゲのことを忘れつつある町で私は決意した。
私もこの町を出て世界を回ることにした。彼や、のほほんアイちゃんがどんな世界を見ていたのか知りたい。
この町のことは心配だ。
でも、順調に経験値は積めてはいても、
正直、ここではこれ以上強くなれない気がする。
幸い鈴蘭の魔物の毒も、春が終わったので、影響が少なくなってきた。
わたしはステータスの経験値を呼び出した。
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名前:坂上 芽流
職業:勇者
レベル:1(1252/12000)
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足りない。これじゃ。
もしいろいろな場所に行けば、他の勇者にも会えるかもしれない。
それにシゲやアイちゃんにも追いつけるかもしれない。
私はこの一ヶ月間、勉強に明け暮れた。
毎夜、本と、シゲが宿に残していた資料を読んで、異界や世界についてもかなり詳しくなった。
私は町中の人にすっかりお礼を言って、以前の丘陵地帯の横を抜けて旅立った。
彼を見た最後の場所を見てみれば、何かのヒントが得られるかもしれないと思ったからだ。
季節はじんわりと夏に向けて熱くなっている。日差しが照り付ける前に私は川沿いに歩き出した。
驚いたのは、以前私たちが飲まれた異界がすっかり鳴りを潜めて、
涼やかな丘陵地帯に戻っていたことだ。
まるでもう役割を終えたから異界が引っ込んだかのようだ。
丘陵は、私たちが荒らした分、少し枯れ野原でまだらになっている。
思わず私はその場所に近づいていた。
周囲に魔力の予兆すら無く、かつてキャンプを張った高原に立つことができた。
相変わらず風は涼し気に吹いている。
鈴蘭の花は消え果て、今や青々とした草が夏に向けて勢いよく伸びている。
「なんだか不思議ね…。こんな場所あったかしら?」
丘陵地帯の一角に地面がめくれあって、荒れ地になっている箇所がある。
「こんな場所も、そういえばギルドの皆も含めてちょっと記憶が曖昧なのよね。異界の影響かしら」
ここに立つと不思議な気分になる。
私は地面に変なものを見つけた。3メートルごとくらいに地面がめくれあがっている。
その部分は雑草も禿げ上がっていた。
「足跡?何かから逃げてる?誰のかしら」
なんとなくこれが足跡だと気づけたのには理由がある。
私も全力で走ると地面が同じようなことになるからだ。
思わず辿ってしまう。
テクテク歩いていくと、一層ひどい荒れ地が見えた。
丘陵は爆発したように荒れている。
そこは魔力がひどく乱れていて、植物の魔物でも繁殖できないような場所だ。
私はふと奇妙な物体を見つけた。
白い煙をモウモウと吐く陶器の壺だった。
地面に埋まりかけだったそれを拾い上げる。
魔力がありそうなアイテムだったが、何故かとても危険なものな気がする。
急に頭の中にメッセージが出てきた。
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勇者の遺物を取得しました。
以下の遺物スキルを取得可能です。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
「えっ」
私は思わず壺を取り落としてしまった。
急にいつものステータス画面のようなものが急に頭に浮かんできたからだ。
風も、丘陵もいつも通りだ。
周囲を見渡しても、おかしなものは何もない。
おそるおそるもう一度慎重に拾い上げて続きを読んだ。
何故か目が離せない。壺に文章が浮かんでくる。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
勇者の遺物を取得しました。
以下の遺物スキルを取得可能です。
・遺物スキル
[不良在庫と残留毒]
このスキルの持ち主は一定期間ごとに周囲に忘れられる。
この遺物に保留にされた様々な斬撃を開放する。
斬撃の威力は攻撃力2に相当し、このスキルを使用する毎に、
使用者は鈴蘭の毒によるダメージを受ける。
この遺物を取り込みますか?
【はい/いいえ】
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
文章を慎重に読んだ。
そして煙を吐き出し続ける壺をじっくりと観察する。
壺は何も答えてくれない。
私はなんだかひどく嫌な、ねばっこいような予感がした。
この魔法のアイテムの正体は全く分からない。
でも、何か似たような雰囲気の物体を私は持っていなかっただろうか。
そしてこのスキルの効果、何か、どこかで既視感がある。




