04.復讐の勇者②
──── 復讐の勇者 ────
あれから、あの、のほほんと見えて、鋼の心の持ち主のアイちゃんと別れた私は、
ひたすら不潔な集団に混ざっていた。
正直なところ、気もそぞろで、どこを目指しているのかもわからず歩いていた。
そうだ、私、坂上メルはひどく疲れている。
いきなり異世界転生だとかに巻き込まれ、
しかも呼んだ人たちがみんな亡くなってしまって、そのまま放り出された。
いくらなんでもひどすぎる。
さっきから思うのは、ひどい臭い、汚い、なんで私が。
ああ、とにかく綺麗なベッドでぐっすりと寝たい。
口惜しい。あの社員寮に置いた5万円のマットレス。
まだ半年しか使ってないのに。まだ無償返品もできるのに。
「ご、ごめんなさい~。ちょっと通して、とおし、ごめんなさい!!」
私は半分泣きながら人を押しのけた。
どうやらやっと、一番近い町についたみたいだ。
「この宿に勇者様がいらっしゃいます。中でお会い下さい」
「えっ!ついて来てくれないんですか?」
「申し訳ございませんが他に仕事がありますので」
「そ、そんな…」
私は難民たちの列からそっと抜け出し、町の城門をチェックする怖そうなお兄さんに話しかけた。
私が勇者だと説明して名前を伝えると、一応話は伝わってるらしく、面倒そうに町の中へ案内してくれた。
町中はごった返して恐ろしく忙しそうだ。
「…ありがとうございました」
「はい、それでは」
私は憂鬱な気分で地面を見た。
地面のタイル汚い…。
「勇者ってこんな扱いなんだ…。もっと、歓迎されると思ってた」
人の列にいた時は仕方ないと思っていた。
けど町に入れば、ちゃんとした人なり何なりがいて、
綺麗な建物に案内されるとばかり。
「具体的に何か期待してたわけじゃないけど…」
他の勇者とは召喚の部屋で会って以来だ。
ずっと寝てたから怒られそうで会いたくない。
ああ、アイちゃんが恋しい。
「せめて怖い人でありませんように…せめてぇ…」
「お前は何をやってるんだ」
「ひえっ」
振り向くと、若い男の子が立っていた。
黒髪で黒目。間違いない。日本人だ。この世界は白人系だらけなので非常に目立つ。
「お前、ずっとオドオドしてた女勇者だな」
「あれはその、ごめんなさい」
「別に怒ってる訳じゃない。碌に挨拶もしなかったな。俺はシゲだ」
「は、はい。私はメルです。よろしくお願いします!」
「じゃあ宿に入ろうか。部屋も抑えてある」
私はこのシゲ君の案内で宿の一室に入った。
全てが木造で、かなり古く、お世辞にも綺麗とは言えない部屋だ。
しかし避難してからずっと、野宿と歩きの繰り返しだ。
プライベートな空間にいるのは久しぶりなのでありがたい。
この町は最初の王都よりだいぶ狭いようだったが、それでも外の難民キャンプで野宿よりずっと良い。
「ノミがいるからベッドには座らない方がいい。椅子に腰かけてくれ」
「はい。お邪魔します…」
ぞっとすることを聞いた。
シゲ君は私の前に椅子を引いてくれた。
この子、見た目は高校生くらいなんだが、やけに落ち着いている印象がある。
「それじゃあ先に話しておくが、俺はあのあと護衛に連れられてこの町についた。
他の勇者を待っているが、誰も来ない。9人もいたのに、今のところ俺とメルさんだけだ」
「ええと、あのあとって…。えと…」
「分からないなら、分からないと言ってくれ。どうも俺は、人の感情の機微に疎いらしい」
ちょっと困った顔でシゲ君は言う。
「すまん。説明不足だったな。メルさんは武具の間に行かなかったんだった」
「そ、そうですね…。大体のことはアイちゃんっていうもう一人の女の子に聞いたんだけど」
「その間、そちらでは何をしていたんだ」
「休んでました」
「寝てたのか?」
「えっと、はい、そうよ…」
「意外に大物かもしれんな」
シゲ君は何か感心した風だった。
やめて、私にいいところなんて何もない。
「サカイという勇者がいて、中々正義感が強いヤツだったんだ。この宿で待ってるが、来る気配はない」
「それって…その…」
アイちゃんと最後に見た王都の惨状が目に浮かんだ。
「まあ、そういうことだろうな」
「あっ…。う…」
「勇者は9人もいた。しかし、この町にたどり着いたのはたった2人だ」
私は言葉に詰まった。
でも可哀そうという気持ちより、この危険な世界への恐怖が上回った。
「死んだとも限らん」
「そ、そうですよね!」
そういうと、イガグリ頭のシゲ君は少し表情を明るくしてくれた。
よかった、多少は元気が出たようだ。
どうしよう、なんだか、この子いい子っぽい。
たとえるなら、硬派な甲子園球児って感じだ。見た目も素朴で緊張しないで私も話せる。
突然、男の子と1対1だけど、私でもなんとかなりそうな感じがする。
しばらく話してる内に、いつしか私も敬語をやめていた。
ところで、とシゲ君は話題を変えた。
「ここで数日過ごして分かったが、どうやらこの世界での勇者の扱いはそこまでいいモノではないらしい」
「そ、それは確かに感じたわ」
「何度も勇者召喚をした結果、野盗のような勇者が世界中にゴロゴロしているようだ」
「それって一体どういう人たちなの…?」
「もらった力を使って、強盗や金儲けだな」
私は息をのんだ。
そんなに悪いことをしている人たちがいるのか。
元々日本人だと言うのに。とても信じられない。
「まあ悔しいがそれはこの際おいておこう。俺たちの早急な問題は…」
「今後の生活のことよね!」
「魔王討伐の…。まあそうか。そっちが先だな」
「確か勇者は支援金が出るのよね。アイちゃんが言ってたわ」
「メルさん、この世界の生活水準は恐ろしく低いぞ。まず風呂がない。
水洗トイレも、インターネットも携帯も無い。
たとえ金があっても、あちらの生活ができるとは思わない方がいい」
「そうよね…。覚悟してたけど厳しい事実だわ」
頭がフラフラする。
とにかくいくつかのことを聞き終えた私は、
シゲ君が取ってくれた別室のベッドに倒れ込んだ。
「疲れてるだろう。本格的な活動は明日からにしよう。それじゃあ」
「えぇ、おやすみなさい…」
「鍵はかけた方がいい」
扉を閉める彼の気の毒そうに見つめる目がやたらと印象に残っている。
今はとにかく寝たい。
板張りのオンボロ天井を見ながら私はすぐに意識を落とした。
「えっ!支援金は出ないんですか!」
「騒がないで。今は休止中なのよ。どこも現金がないから」
次の日、私は役所の窓口で思わず叫んでいた。
「いつから再開するんですか?」
「いいから帰ってくれるかしら?」
受付のおばさんは心底迷惑そうだ。
なんてことだ。
ここは町で唯一の役所。町といってもひとつの国に近いから、相応の大きさの石造りの建物だ。
前世で言うローマギリシャのメトロポリスに近いようだ。
城壁で囲ったひとつの都市に市長がいて、その都市内で市民権や税金のやり取りをする。
この世界ではこれを国家と呼んでいるらしい。つまり役所もしっかりしている。
そこの総合窓口を朝から散々たらい回しにされたあげく、担当者のおばさんににべもなく断られた。
丸一日待ったあげく3分ほどであっさり切り捨てられた。
思わずアイちゃんに持たされた荷物の書類を床に落とした。
私は正規の手続きをし、自分の立場を証明し、そして全く相手にされてない。
「え、偉い人出してください!」
「フン、勇者様だからってだけで金がもらえるなんていい身分ね」
おばさんはこちらを見下していた。
そして金はもらえず嫌みは言われた。
違い。欲しいのはそれじゃない。
しかし文句を言わないと人は動かない。私の短い社会人経験で学んだことでもある。
今後の生活がかかってる。
「私はきちんと手続きしました!職務怠慢じゃないですか!」
「支援金は血税なの。アンタ勇者としてちゃんとしたことに使うの?」
「生活費です…」
おばさんに、えぇ素直に言うのかこいつみたいな顔をされた。
「まあこっちだってアンタみたいな若いヤツをいじめる趣味はないよ。
正直言って、どの担当者でも同じ事を言うよ。金は無い。気の毒だけどね」
「ぎひぃぃ…」
「な、泣くんじゃないわよ、アンタ…」
私は完全な負け犬だった。
そして宿への帰り道でもかわいい子供たちに財布を狙われる。
幸いステータスが高いので全部かわすことができた。
「こ、コラ!悪い事したらダメじゃない!」
外人の子ってかわいいな。くりくりお目目で子犬みたいだ。
せめてもの目の保養だ。
「うっせーブス!」
「次は取ってやるからな!」
やっぱりかわいくない。
とぼとぼと帰り着いた宿の自室では明らかにベッドメイキングのついでに
自分の荷物が荒らされていた。宿の受付のお姉さんはもちろん知らん顔。
もう嫌だ。こんな世界。
私はひとしきり意味の無い涙を流して、二日ほどふて寝した。
「そうか…。それは大変だったな」
「シゲ君、そうなのよ…」
ある夜、宿の狭いロビーで彼と話し合った。
私はひとしきり文句と愚痴を言った。彼は辛抱強く私の話を聞いてくれた。
「受付のおばさんがその、ひどくて。どれだけ待たせるのって…」
「しかし俺たち勇者は無限に時間があるのだから、多少待たされても…」
「うぐぇぇ。そ、そうよね」
「なぜ、泣きそうな、顔をするんだ」
本当に私は心が狭い。
私は脳みそと口がつながってるかのように文句を垂れ流していた。
建設的な話がしたそうなシゲ君には悪い事をしたと思う。
ちなみに彼は前世でも生粋の高校生だった。
のほほん鋼鉄アイちゃんといい、しっかり球児のシゲ君といい、
最近の高校生はどうなってるんだ。
「しかし、そうなるとメルさんも金をかせぐ必要があるな」
「そ、そうよね…。何かいい仕事があるといいんだけど」
「冒険者なんてどうだ?」
シゲ君はこちらの様子を見て言った。
「なんか異世界転生みたい…!」
「サカイも同じようなことを言ってたな」
サカイっていうのは彼と一緒に王都に最後まで残ったらしい長髪の怖い男の子だろう。
私は家族に自分のオタク趣味を見られた気分になってとっさに取り繕った。
こういう時は逆に堂々と言い切るのがコツだと知っている。
「そういうジャンルの娯楽作品があるのよ」
「そうなのか。メルさんは博識だな」
シゲ君がそこに何かヒントが…みたいな顔をし始めたので私は慌てて遮った。
「そ、それはどんな職種なのかな!」
幸い、彼はすぐに私の言葉に意識を移してくれた。
まじめな青年だ。大変助かる。
「冒険者は簡単に言えば、町のなんでも屋だな」
「万屋…」
「住人や役人が報酬を出して依頼する」
「それってどんなことするのかしら」
「依頼があればなんでもやる。しかし主要な仕事は魔物退治だ。
ギルドから仕事は提示されるが、基本的に受けるかは個人の裁量だ。
俺はすでに冒険者に登録して3件依頼をこなした。どれも、俺たちの身体能力なら問題なかった」
前世で言えばフリーの個人事業主だろうか。
話を聞くと、半官半民の中間職のような仕事のようだった。
安い報酬だと煙突掃除なんかもあるそうだ。
「俺はここで稼ぐつもりはない。強力な魔王の異界が近すぎる。
もっと安全な場所の国のギルドで、魔物を狩って力をつけるつもりだ」
「どこか別の町に移動するの?」
「南の小国家群に移動する。そこは魔王の進軍も緩やかだ。この世界に慣れるのにはちょうどいいだろう」
「なら、一緒に行ってもいいかしら?」
私には是非もなかった。
「もちろんだ。来ないつもりだったのか?」
当然のように言い切る言葉に安心する。
しかし、ここで年下の男の子に一方的に寄っかかっちゃダメだ。
一緒に行くとしても、あくまで立場は同等、って姿勢じゃないと。
私は頼りになる大人を演じて、彼の言葉を否定した。
「それなら、私たちは勇者のパーティってことなのよね」
「俺はそのつもりだ。たった二人だけだが」
「私は別にかまわないわ」
私はなんとか言い切った。
私が不安だと、彼も不安になるだろう。
シゲ君はふっと優しい顔で返事をくれた。
「ああ。そうだな。そういう事になる。よろしく、メルさん」
「こ、こちらこそねシゲ君」
「…なぜ少し泣きそうになっているんだ?」
さっそく私のバケの皮がはがれて来た。
彼の優しい笑顔に心が折れそうになったのを握手でごまかす。
畜生、アイちゃんしかり、最近の年下は言動は立派すぎる。
やはり人の気持ちなんて分からないだとかブツブツ言い始めた彼を放っておいて、
私の頭の中は安心と自己嫌悪が同居していた。
「分からない…。人の気持ちが分からない…」
「私は最低…。寝てばかりで頼りにならない年上…。でも病みたくない…」
握手しながら、宿の一室では謎の闇空間が生まれていた。
なんだか全然、健全じゃないパーティ結成の瞬間だ。
私達はがんばってお互い取り繕った。
「俺は今から、王都の護衛の人たちに今後の俺たちの予定を伝えてくる」
「あら、一応そこはまだ繋がってるのね」
「ああ。定期的に魔王の情報を伝えてくれる尊敬できる人たちだ」
「私は尊敬できない大人よ…」
「ど、どうした急に…?」
シゲ君はいくつかの準備を終えると、定期の馬車で一緒に南に向かった。
私は部屋にこもっていた分、ついた先では頑張ろうと決意を固めた。
「サカイはこれ以上待っても来ないようだしな…」
「残念、よね…」
「仕方ないことだ」
もう何の言い訳もできない。
魔王討伐とか魔物退治とかは置いておくとして、
この世界は現実で、私が根を張らないといけない場所だ。
きちんと向き合っていこうと思う。
ご飯はまずい。シーツはノミだらけだし、トイレはむしろ道を歩くと上から御不浄が降ってくる。
そんな世界でも私は生きていくんだ。負けてたまるか。
他の人たちと一緒に放り込まれた荷馬車の中で私たちは延々揺られている。
まわりの人たちは暗い顔ばかりだ。
あまり緊張しないのは私たちのステータスが高いおかげだろう。
これが前世の私だったら、知らない外人に囲まれて少しも落ち着けないはずだ。
残酷だがそれも世界の真実の一端だった。
長い間馬車に揺られていると、ふと隣に座るシゲ君が呟いた。
「俺は勇者っていうと、もっと、ステータスだとか、レベルだとか、
強くなることを強制される、殺伐とした世界に放り込まれるのかと思ってた」
「えっと…」
「貴方のおかげだ。貴方がいて救われている。ありがとうメルさん」
私は汚い馬車と迷惑そうにしている人たちの中でぽろぽろと泣いた。
私こそ救われている。




