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03.悪法の勇者①


──── 悪法の勇者 ────




「ケンジ様はすでに旅立たれました」

「は?え?」


どうも言い方的に、あの傭兵がどうのって言ってた人でなしのことらしい。


「なんだよそれ!旅立ったってか逃げたんじゃん!」


長髪の勇者は思わず叫んだ。

文句言わずにいられない。


武具の間では惨状が広がっていた。

斬られたお姫様と爺さん。どうやら爺さんはこの国の国王だったらしい。

遺体は運ばれたが、初めての血なまぐさい臭いに鼻がもげそうだ。


人でなし少年勇者が錯乱して周りに斬りかかったと思ったら、

今度はお城の障壁が壊れて街に魔物が来ると言われた。


本当に許せない。

みんな、人の命をなんだと思ってるんだろう。


これは綺麗ごとなんかじゃなくて、日本人として当たり前の常識以前のことだ。

誰も大して動揺してないのが信じられなかった。


「こんなの普通の異世界転生じゃない。絶対におかしいから!」


長髪を振り乱して俺は叫んだ。


「うるさいな。おぼっちゃん。俺たちのやる事は変わらない」


中性的な冷たい瞳がこちらを睨みつけている。


「う、ぐ…」


思わずその迫力に身を引きそうになって睨み返す。


「ねえ、アンタらもおかしいと思うだろ。あの小さな勇者、絶対に、魔王のスパイだったんだって」

「お前さっきから声でかい」

「だとしたらなんだ。俺は今回のことも糧にする」


なんだこの人でなし共は。

ここにはまともな常識の人間がいないのか。

殺人が起きたんだ。それも目の前で。


「そ、そこの女の子はさ!立ち位置的に、王様とか守れそうな位置にいたよね!

 なんで剣とかで防がなかったの?」

「ん~、なに~?今度はわたしのせい?」


地味なおかっぱ頭の女勇者はのんびりと答えた。

それがまた心をささくれ立たせる。


「いや、突然のことで反応がさ~」

「人の命が大切じゃないのかよ!」

「……」


おかっぱの女勇者は黙り込んだ。

そしてぶっきらぼうな口調を返してきた。


「見過ごしたらさ、大切じゃないってのかよ」

「そんなのは当たり前だろ…!」


そういうと、女勇者はそれきり辛そうな顔で黙ってしまった。

それを見ると、少し気持ちが萎えてきた。


「うっ、ごめん。じゃなくて申し訳ないです。

 目の前で人が斬られたのに、さすがに今のは言いすぎた」

「…ううん、いいよ。君も不安なんだよね」


一通り声を出して気づいたが、確かにずいぶん自分は冷静じゃなかった。

皆にも八つ当たりしてしまった。謝りたいが、今更素直に頭は下げられない。


しかし、この件に関しては譲れない。

目の前で仲間のはずの勇者が裏切ったのに、

動揺してないなんて、周りのやつらは絶対変だ。


「…そうだよね~。皆、事情とかあるはずっしょ」


それだけ言うとおかっぱの女勇者は再び黙り込んでしまった。

その間も、怯えがちな勇者は、ただ部屋の隅で震えているだけだった。


それすらも苛立たしい。

なんだこれは。異世界転生で活躍してお姫様に感謝されるストーリーじゃないのか。


護衛兵のリーダーと思しき男は、

諍いが終わると先ほどの話の続きを始めた。


どうやら、魔物の追跡を逃れるために、ある程度勇者たちを分散して時間差で周囲の町に送るらしい。

もちろん護衛はつく。夜は魔物の時間なので、日のあるうちに出発になる。


ほんとの理想は勇者3人ずつらしい。

しかし、あの傭兵の勇者野郎はもういないし。

髪の長いほうの女勇者は完全に気絶中。この城で唯一の障壁の魔法が残る一室で休んでる。

他にも1名ほど朝まで城内に隠す予定だ。複数の逃走手段にした方が安全だそうだ。


ここで誰とパーティを組めるかは大事だろう。

特に怯えっぱなしの勇者と、さっきの態度がきつい冷たい勇者とは組みたくない。


「俺は残って戦う」


そう言ったのは先ほどの惨状にも動じてなかった男勇者だ。

特に記憶に残らなさそうな、特徴の無い顔をしている。

これは悪口でも文句でもなく、不思議とそう感じる。


人の死を糧なんて言うあたり、分からないが、少し彼を見直した。


「どの道、魔物とは戦うことになるんだから、一度見ておく」


男勇者はそう言い切った。

なんて勇敢なやつだろう。俺も立候補しないと。


「おいアンタ、名前は?」

尚重なおしげだ。シゲと呼んでくれ」

「そうか、俺はサカイだ。アンタとはうまくやれそうだ」


俺は決心した。

このシゲっていう勇者には男気がある。

勇者としてパーティを組むならコイツがいい。


「俺も残る。城の人たちを見捨てたくないし」


それを聞いた護衛のリーダーらしい男は難しい顔をした。


「危険ですが…。せっかくの初陣に水を差すわけにもいきませんね。

 途中で脱出することを前提でお考え下さい。

 ですが、お二人までです。他の勇者様には速やかに避難して頂きます」

「ああ、それで俺はかまわない」


シゲはそう言った。

そしてこちらに目線をやる。


「おお。俺だって大丈夫だよ」


シゲは普通の短髪の高校生みたいなやつだった。

印象に残らない顔をしているがなかなか度胸はあるみたいだ。

まだ完全に信用するかは分からないけど。


他の勇者たちを思わず見渡してやったが、大して望む反応はなかった。





「では、こちらへ」


あの場を解散した俺たちは、この城と町を囲む城壁を結ぶ見晴らしのいい連絡通路に案内された。

高い石壁の内側には町が、暗くてよく見えないが、反対側には外の草原や森が広がっている。

町の中では慌ただしく人や明かりが行きかっていた。


今回ほどの規模の勇者召喚は過去に例を見ないらしく、

このお城も一昼夜もつか怪しい魔物の大軍勢が来るようだ。


「すっげー景色だな。なあシゲ。アンタ怖くないのか?」

「いや、普通に怖いよ。どんどん緊張してきてる。お前は?」

「でも言ってられないかなって。まだ町の人たち、普通に生活してるみたいだし」

「そうだな…」


シゲは俺に言われて気が付いたように、城壁の上から町を見た。


「なあシゲ。魔物ってやっぱ怖いのかな」

「怖いんじゃないか?野生の猛獣みたいな感じで。動物園のしか見たことないが」

「うへぇ…まじかよ」

「想像もできないから、とりあえず見とこうぜ」

「シゲは度胸あんなぁ。俺なんて生物を殺すのすら無理なんだけど」

「気にするなサカイ、それが普通だ」


けれど、せめて住民が別の町に避難するまでは時間稼ぎを助けたい。

そう思っていると、シゲは自分の頭をガシガシと掻いた。


「サカイ、俺はある程度観察したら本当に町から逃げようと思ってる」

「…本気で言ってんの?」

「お姫様の言う通りなら、俺たち勇者はなんとしても生き残らないと」

「そうだけどお城の人たち見殺しには…」


シゲの決意は分かる。斬り殺されたお姫様を思い出すと胸が痛む。

俺はあの少年の勇者を許さないだろう。


「だからこそ、強くなるために今は逃げてレベルを上げるつもりだ」


シゲは強く言い切った。


「そっか。それもシゲの自由だもんな。でも俺はできるだけ長く残るつもりだよ」

「そうか…。サカイは立派だな。絶対に生き残ってくれよ」

「あ、ああ。ま、魔物も思ったより怖くないかもしれないしさ!」


足を震わせながら俺は言い切った。

それを見たシゲはふっと吹き出して笑った。


それを見た俺はシゲを責めるように見たあと、二人してクツクツと笑ってしまった。


「まあ確かに、それもそうだな。俺だって怖い」

「だ、だよな。まだこの世界にきて数時間だよ?展開早すぎない?」

「確かにそうだな」

「まだ俺、足元がふわっふわしてるんだけど」


シゲはそんな俺を見て一息ついた。

こいつを見ていると不思議と落ち着く。


「サカイ。もし良ければお互いのステータスを教え合わないか。

 戦闘でなにかの参考になるかもしれん」

「えっと、シゲの事は信じてるけど、それは…」

「なんだ、ダメな理由でもあるのか?」

「悪い。ちょっと極秘ってことで」


俺は手を合わせて謝った。

それを聞いたサカイは幸いそんなに気にした風ではなかった。


もし先ほどの説明通り、勇者スキルが性格の反映なら、

スキルを見られると俺を信用してくれなくなるかもしれない。


その説を俺は信じてないが、周りはどうだか分からない。


「俺の方は教えておこう」

「え、いいのかよ。そんな!」

「かまわない。サカイには」


そういうとシゲは空中に手をかざした。

多少うかつだが、俺はその信頼をうれしく思った。


「ステータス、開示」


シゲの手元に白い煙を吐く壺が現れた。

そしてその中にステータスが表示されている。


それは俺にも見えた。


─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─


名前:重松 尚重

職業:勇者

レベル:1(0/12000)

攻撃:1 防御:0 速度:1

体力:1 魔力:1


[勇者の勝手口]

自身の功績に対する称賛と名誉を他者から忘却する事で、

多量の経験値を得る。


・勇者スキル

[在庫整理剣]

自分が繰り出す斬撃を保留できる。

保留した際の疲労と共に斬撃を開放する。


斬撃貯蓄数 0/∞発


[信心の残高不足]

貴方の周囲では任意の属性の魔法を無効化される。


[臍金による再誕]

このスキルは貴方が死亡した際に発動するか確認される。

周囲の貴方に関する全ての記憶と引き換えに、

貴方はその場で蘇生される。


─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─


俺はまじまじとステータス画面を見つめた。


「えぇ~!すげえいいじゃん!」

「そうなのか?」

「ああ!特にこの縛りなんて、誰にも知られない英雄って感じでめっちゃかっこいいよ!」

「…そうか。まあ人にとってはそうなのかもしれないな」


しかも最後の勇者スキルなんて復活系じゃないか。

最高だ。無敵じゃないか。俺もこっちが良かった。


「いやぁー、かっこいいなぁ。伝説の勇者、って感じ!」

「そ、そうか…」


シゲは微妙にテレていた。


「勇者スキルの名前はダサいけど」

「サカイよ。それは言うな、正直俺も思った事だ」


シゲは首を横に振って落ち込んだ。

この縛りとスキル構成で仏頂面できる意味が分からない。


「でも、ま。俺はシゲのこと覚えておくよ」

「…」

「誰からも忘れられても、俺だけはシゲの活躍をさ」

「…そうか。ありがとうよ」


顔を上げたシゲはやはり少しテレていた。


「まあもし活躍できたらの話なんだけど…。あと、お前の名前の重松尚重って、略すとシゲシゲになるんだな」

「さっきからやかましいぞサカイ」


そう言って二人してちょっと笑った


「じゃあ俺もスキル以外の、ステータスくらいは教えておいて…」

「勇者様。お時間でございます」


そう言って護衛のおっさんが割り込んできた。

結構年配で、顔を見るとかなりの歴戦のツワモノって感じだ。

さっきの武具の間で色々説明してくれた護衛のリーダーだ。


「お二人にはそれぞれ護衛が付きます。サカイ様は西側、シゲマツ様は南側の外壁へどうぞ」

「え、あ、俺たち別れるの?」

「ご安心ください。退避したあとはお二人には近くの町で合流して頂く予定です」


護衛のおじさんはそう言って数名の人員を俺たちにつけた。


「でもなんで?一緒の方が安全じゃない?」

「万が一の事態への備えでございます」


俺は微妙に納得がいかなかった。


「俺はそれで構わない」


しかしシゲは堂々とそう言い切った。

俺も勇気が出てくる。


「じゃあ分かった。シゲ、俺もそうするよ」

「じゃあサカイ。また会おう」

「そうだね。また合流したら一緒にパーティ組もうぜ」

「ああ。約束だ。無事でいろよ」

「分かったって」


俺は振り切るように案内の護衛兵たちについていった。

シゲは心配そうな顔でそんな俺を見ていた。



あれから2時間ほど経った。

城壁の外側から次第に何かが攻めてきている音がしている。

もう完全に夜になっている。時計がないから分からないが夜の8時とかは過ぎてそうな空気だ。

周囲の護衛のおっさんたちは何十人もいたが、みんな緊張している様子だ。


俺はそれにつられて落ち着かなかった。

本当に、これから戦いが始まるんだろうか。

数時間前まで日本にいて、誰かと喧嘩することすらなかった。


町の外周部では何かの生物と、護衛兵のおっさんたちが戦いを始めているようだ。

しかし、遠すぎてまだ詳細が分からない。


俺は口喧嘩くらいはしたかもしれないが、人を殴ったりなんてまるで経験がない。

でもこれは正しい事のためなんだ。そう思うとなけなしの勇気が湧いてきた。

もう当初のゲーム気分なんてすっかりなくなっていた。


俺もそろそろ行かないといけないかな、なんて思っていると、

さっきの護衛役のリーダーらしいおっさんが焦った顔をして走ってきた。


「え、な、なに…?」


城壁の向こう側からすごく嫌なものがきていた。


遠くから青い球形のものが少しずつ迫っている。

独特の周期で白い電を放ちながら青い球体が脈動している。


「あれって、なに?」

「勇者様、魔物退治は中止です!」


無意識に武具の間の魔剣を引き抜いた。あれは何か怖いものだと直感した。


「最悪に近い…。今来たのは空の魔王メルンボルンです。

 まさか、ここまでの大物が異界を飛び越えて来るとは…」


護衛の屈強なリーダーは厳しい顔でこちらを見た。


「魔王って、え?あの魔王?」

「はい、その魔王です」


なんでもない事のように言われた。


「申し訳ありませんが魔物退治は中止してお逃げください。

 天井のあるところに移動しましょう。柱に強く捕まってください」

「おい待てよ、ちょっとどういうこと?」

「勇者様、早くこちらへ!」


リーダーが焦って俺を城内に引き入れる。

無理に腕を引かれたので若干イラっとしたが、なんだか不味い事態みたいなので

黙って口をつぐんでおく。


「あの青い球体の中にいるのは魔王の内の一体です」

「ま、魔王って、え、じゃあ敵なの?」

「間違っても戦わないようにお願い致します。夜明けまで粘れば一度消えますので。

 今から必要なすべてをお伝えします。申し訳ありませんが後をお頼みします」


この人死ぬ気なのか。驚きすぎて声が出ない。

いきなり魔王が乗り込んでくるなんて。そんな反則ありなのか。

だって自分たちは、まだ全員レベル1だ。


そんなのはズルじゃないのか。


「この異界では上下が逆転します。

 魔物からもっとも影響を受けにくい生物、すなわち人間を除いて」


何が起きるのかというと。

口早に護衛のリーダーが言いかけたところで、遠くの青い球体が音を立てて割れた。

その中から薄い四枚羽と四肢が結合した気色の悪い人型が現れた。


青と黒の不気味な生物は、遥かな距離があるにも関わらず、

人の顔をして笑っているように見える。


「いっ!なんだ、あいつ気持ち悪…!」


いきなり真っ青な空が足元に広がった。

不意に訪れる浮遊感。


「う、うおああぁぁ!」


一気に体が持っていかれる。

頭は真っ白のままだ。


「捕まって!」


柱に捕まる護衛のリーダーが強引にこちらを引き上げる。

一瞬で世界が塗り替わり、まさに異界のど真ん中にいた。


「なんだこれ…!なんなんだ!くそ…!」


呼吸が荒い。酸素が足りない。


真上には先ほどまで立っていた城の床面だ。

そして真下には雲と太陽と空。


もはや見上げるようになった城下町では外を歩く何万もの人たちが一瞬で空の彼方に落ちていった。

それは遠すぎてもはや叫び声さえ聞こえなかったが、次第に小さくなっていき、

最期は黒い粒となって消えていった。


「この魔王の異界では永久の青空が広がり、天地の逆転が行われます」


ゾクりと、体中を虫が這いまわった。

一瞬で体温が下がった。今、落ちていった人たちは、全員死んだのか。

こんなにあっさり、間違いなく。


「建築物や道具類、魔物等は同時に逆転しますが…。生きた人間だけは例外なのです」


見れば市街地に突入しようとしている蛸のような巨大な魔物は、

なんでもなく地面を逆さに歩いていた。


護衛リーダーのおっさんの顔は真っ青だった。

その顔から滴った汗が、顎から顔を離れる瞬間に、上へと向かって浮かびあがっていった。


「空を飛べるか、体を天井である地面に固定する方法がない者は残念ながら即死…。

 これがこの魔王の持つ異界です。そして人類の軍勢が役に立たない理由にもなります」

「なんだよこれ…。ほんとにこんなことがあるのか…」


今まで自分たちがいた城は、今や完全に上下逆に聳え立っている。

遠くの山並みも、近くの森の木々も、すべてが上から下に伸びていた。


吐き気と汗を噴き出しながら護衛に目をやった。

全く呼吸の粗さが収まらない。


「なんだよこれ。これでどう戦えばいいんだよ…」


喉がカラカラに乾いている。


「その性質から、空の魔王は最も多く人間を殺しています。

 勇者様であれば対応できる可能性がありますが…。

 魔法を使えないただの人間には進軍されるだけで太刀打ちできません。

 ですが、これがあちら側の中で最も厄介な異界というわけではありません」


よく見れば、城下町から出て少し行った避難民たちのいる場所は、

通常の向きの大地と夜の空が広がっているようだ。


その境目の断層のような部分では奇妙な感覚があり、

魔力のせめぎあいが起きている。


そこの境界線は、なんだかうまく感じることができない。


「いや、いやさ、おかしいでしょ?そんなに魔王がいきなり来て命が狙われるほどの存在なの?

 まだ俺たちレベル1なんだよ?」

「ですが最も重い制約にして、最後の勇者様です。魔王軍も最大の警戒をしたのでしょう」

「いやそういうんじゃなくって、さ。順番とか」

「現実なのです。勇者様。誠に残念ながら」


ひっと喉が鳴った。

あの空の魔王メルンボルンは踊るように優雅に飛んでいた。


その軌跡から奇妙な色をした羽根を持つ魔物たちが次々に生まれ、

こちらに向かって続々と空を泳いでくる。


一瞬ひどい考えが頭をよぎる。

あの避難している人たちに、まぎれて、連れ出してくれていってもよかったんじゃないかとか。

誰もこんな別ゲーレベルのものが来ると思うかよと。自分で残ると言ったくせに。


「ご安心下さい。あの難民は囮です」

「え、あ、は?」

「我々ができるだけここで引き付けます。勇者さ…」

「ちょ、ちょっとちょっと!待ってよ!あの人たちまるごと見殺しなの?」

「はい。城内と城下町の家々を皆殺しにしたあと、空の魔王はあちらを追うでしょう。

 魔王側には正確に勇者様を追跡する手段がありませんから」


護衛のおっさんは何人かの部下を呼び集めた。

ロープのような道具を器用に使いこなして、逆さになった城内を移動してきている。


「この者たちが西側からご案内致します」


そう言って護衛役は覚悟を決めた顔をしている。

その表情は沈痛な面持ちを保っていた。


だんだんとこの場で起ころうとすることが分かってきた。

つまり、全員が自分を逃がすために、犠牲になるつもりなんだ。


とてもそんなこと許されるはずがない。


「勇者様!」

「だって、待ってよ!こんなん何も聞いてないって」

「勇者様!どうかお聞き訳下さい!私たちにとって、貴方こそが、

 最後の、そして唯一の希望なのです!」


嫌だ。訳が分からない。

なんでこんなことになってるんだ。

だいたい魔王がこうして来たっていうのもお姫様の障壁が消えたせいじゃないか。

そうだ。全部あの小さな勇者のせいだ。


それに、とてもこんなたくさんの命を背負いきれない。


相当な力で暴れていたので、血が流れている。

俺からじゃない、傷つけないように抑えつけてくれていた護衛役からだ。


「やめて、本当に、俺にそんな価値なんて無い…レベルもステータスもいらないから、家に帰してよ…」

「勇者様…」


分厚い腕が優しく背中に回される。

護衛役は優しい顔をしていた。まるで息子をあやす父のように。


「過酷な運命を背負わせることをお許し下さい。

 未来の重責を負わせる事をお恨み頂いて構いません。しかし、それもまずは生き残ることです」


気が付けばボロボロに泣いていた。

そんな光景を周りの護衛のおじさんたちも無言で見守っていた。


城内からの悲鳴が上がるまでそんなに時間がかからなかった。

もう魔物がこちらに来たに違いない。


しばらく、護衛の人たちは、誰も、何も言わずに俺が立ち上がるのを待っていてくれた。

城壁がやぶられ、石壁が崩れる音が鈍い振動と共に座り込んでいる間に、どんどん被害が増えていく。


そう思うと、涙が止まった。

心のどこかで、本音の自分が聞いてきた。

なけなしの勇気を出す時間を待つために、この人たちが何人死んだんだろうと。


俺はなんとか立ち上がって言った。


「俺、絶対におっさんたちのこと忘れないから。絶対に逃げ切ってみせる。

 そのあと、どうなるかとかは、まだ分からないけど」

「どうぞ貴方様の進む道に、勝利と栄光がありますように」


そう言って護衛役のリーダーは優しく笑った。

頭を乱暴に撫でてもらい、泣きながら走りだした。




「お急ぎください勇者様!城の裏手から出た西側はまだ異界化の影響が薄いです!」

「…あぁ!」


今や城内はすべて逆さまだ。


しかし、天井だった場所を地面にして走るのにも慣れてきた。

俺についた護衛役の二名のおっさんは適応の良さに目を見開いているようだ。


床の無い部分は思い切りジャンプする。

速度と体力が1あるお蔭で、飛ぶように城内が駆けていく。


初めての経験だが、怒りが足の震えを止めた。

城内の遺体を見るたびに、ふつふつとわいてくるものがある。


急に大きな蝙蝠が降ってきた。


「…邪魔ぁ!」


俺は剣で弾き飛ばした。


通路を進む内に、魔物の密度は増えていき、

最後は3メートルはあろうかという巨人が打ちかかってきた。


俺は石柱を横に蹴って回避する。

そのまま流れるような動きで首を長剣で斬り飛ばした。


「これは…。すさまじいですね、勇者様」

「これが最後の勇者様の力…!」


最初は先導してた護衛役のおっさんたちは、

すでに後からついてくるようになっていた。


「なあ、おっさん。普通、勇者ってこんなに強いの…?」

「いいえ。訓練を経なければ、これほどまではとても…」

「そっか、俺ってすごい強いんだ…」


俺自身も自分の力に驚く。

これが勇者の力なのか。


まるで映画のヒーローだ。体にも、心にも、何の恐れもない。


「初めて生物を殺したのに、何も怖くない…」

「勇者様…?」

「ううん、なんでもない。先に進もっか。案内よろしく」


そして俺たちはしばらく進んだ。


通路の終点には、脱出路をふさぐように最後に巨大な蜘蛛の魔物が現れた。

足を広げれば学校のプールほどにもなるんじゃないだろうか。


腹部についた緑色の単眼がこちらを睨んでいる。

絡めた糸には、城の女の人たちや、護衛の兵たちの残骸がへばりついている。

それも何人じゃない。何十人だ。


蜘蛛の魔物は単眼をギョロりと動かすと、巨大な腕同士を打ち付けて威嚇してきた。

でも怒りが恐怖を凌駕した。


「ゆる…せない!」


これまでと違い、魔法の長剣を横に深く構える。


踏み込みで足元が爆裂した。

巨大な空気抵抗で破裂音が鳴る。


俺はそのまま全身が弾丸となって突っ込んだ。


「死ね…!」


直撃前に手首を返して剣を横にする。

剣が赤く光った。空気と鉄が塊となって襲い掛かる。


鋭い刃では殺さない。鉄塊で中身ごとぶっ潰してやる…!


蜘蛛は八本腕をまるで鋼鉄の檻のように一瞬で体の前にもってきて剣を打ち払った。

鼓膜の破れそうな音が響く。


「とっとと死ね…!」


上から生えている城の彫像を思い切り踏み込んだ。

彫像が力に耐えきれず爆散した。


「関係ない…死ね!」


もう一度、振り下ろして直剣を打ち込む。

脚部から再び轟音。またも打ち払われる。


蜘蛛の胴体の目が光る。

気付けば口から鮮血が零れ落ちた。


「ぐっ…!だから何だ、死ね」


何度も違う地点から、跳ね回っては剣を打ち付けていく。


ようやく追いついた護衛役の二人が視界の端に見えた。


「アンタらは下がってて!こいつは俺がやる」


護衛の二人は目を見開いて体を硬直させていた。

その間にも一度跳躍。石柱を剣で砕き、弾丸として蜘蛛に打ち付けた。


石は蜘蛛の腕よりずっと多い。

どれかがあの目に当たればいい。


「なんだこれは…まるで空を駆けているようだ…」

「勇者様、デモンアイは防御力2です!高すぎるのです!勇者スキルを使って下さい!」


その言葉と共に石柱の後ろに隠れて息を整えた。

もう慣れたので、握力で壁に捕まっていれば、砕けた眼下の天井から空に落ちる心配もない。

建物の亀裂からは綺麗な青空が見えて、爽やかな風が吹き込んでいる。


体力1というのは相当な効力のようで、すぐに息が整った。

そして、自分のうかつさを呪いそうになる。


「そう、か。そうだね。あーあ、勇者スキル忘れてた」


蜘蛛の方はここさえ守れればいいのか、巣の張り直しをしている。

しょせん虫だから知能とかって無いらしい。


「ステージ1のボスにしては強すぎでしょ。負けるつもりないけどさ…。あーくそ、くそくそ」


呼吸が落ち着くと頭にいろいろ浮かびそうになる。

護衛のリーダーの笑顔、死んだ人の声、青い空飛ぶ魔王の恐怖。


深く一度深呼吸した。

大丈夫、俺はやれる。俺なら。


逆さ向きに吊るされた王様の玩具に、

ステータスの項目が表示される。


─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─


名前:坂井 直人

職業:勇者

レベル:1(45/12000)

攻撃:1 防御:1 速度:1

体力:1 魔力:1


[勇者の勝手口]

貴方が国家に対し何らかの法律を制定した際に発動する。

不特定多数の対象がその法律によって不当に損害を受ける毎に、

経験値を取得する。


・勇者スキル

[攻勢な裁き]

対象の生物に直接触れることで任意に発動できる。

貴方から対象への好意と害意は周囲に伝染する。

接触した時間が長いほど周囲の賛同も強くなる。


[無形の定点カメラ]

手元に魔法のカメラを召喚し任意の場所に設置できる。

この装置は召喚者以外に見ることも感じることもできない。

撮影した映像は目を閉じることで視聴できる。


30/30


[無償の貸与]

任意の相手に一定量までの自身のステータスを貸与できる。

相手の生死に関わらず相手の自由意思によってのみ返却が行われる。


─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─



本当に、ひどい縛りと勇者スキル。神様があの少年の勇者と取り違えたんだ。

強制的な同調と監視のスキル。人の信頼をなんだと思っているんだ。

人を信じたい俺は、ずっとこの縛りも勇者スキルも使う気はない。


亡くなった人を悪く言う気もないが、

勇者スキルが当人の性格を反映するなんて、国王様もそこだけは勘違いだと思う。

自分がこの中で唯一積極的に使いたいと思えるは3番目の[無償の貸与]だけだ。


では使うか?

自分の中の何かがそう聞いてきた気がするが無視する。

今はまだいい。


「戦闘に使えそうなスキルは殆ど無いな…」


いや。そう思ってもう一度勇者スキルを見直した。


─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─



[攻勢な裁き]

対象の生物に直接触れることで任意に発動できる。

貴方から対象への好意と害意は周囲に伝染する。

接触した時間が長いほど周囲の賛同も強くなる。



─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─



「この[攻勢な裁き]だけは使えそうだな。対象が人だけだと書いてないわけだし…」


少し通路を戻って、小さな蝙蝠の魔物を捕まえて翼を切り飛ばす。

魔物はキィキィとわめいて本当に嫌な生物だ。


そして頭の中で念じながら魔物の首をしめつける。


「あ、使えたじゃん。ずっと触ってんの嫌なんだけどなぁ…」


その間、護衛の二人のところまで駆けていって、声をかけた。


「勇者様、ここは私が囮になります。そのままここを突破すれば階下から城を出られますので。

 護衛は一人きりで十分でしょう」

「アンタら…」


なんだか涙が出てきそうだ。魔物と剣を握った袖で鼻をぐしぐしとやった。

血なまぐさいが今は気にならない。


「なあ、この魔物ってどう思う」

「どう、とは、これは…普段よりずっと嫌な感じがします。勇者様、早く始末しましょう」


二人の護衛のおっさんはあからさまに顔をしかめた。


「よしよし」


魔物に使えた以上、効果の方も魔物自体に効いてもおかしくない。


目論み通り、今まで遠くで巣作りをしていた蜘蛛の魔物に見せつけると、

こちらに向かってゆっくりと近寄ってきた。

知能が無い虫の魔物にはよほど効くみたいだ。


「デモンアイが巣から離れた…。これは一体…」

「よし、おっさんたち。この隙に横を抜けちゃおう」


少しカッコ悪いけど、あいつの経験値は諦めることにする。

これは思ったより、応用の効く勇者スキルだ。


人に対しては使わないのは前提として、他にもやれることがないか今後試してみよう。




そこから狭い通路を抜ける間は、1匹も魔物に出会わなかった。

逆にあの蜘蛛が他の魔物もふさいでいたみたいだ。


ついに西側の1階、つまり今の状態だと最上階部にたどり着いた。

逆になったおかげで、螺旋階段が上にあり、ただの斜面を登っていく奇妙な道だった。

裏手口を開けると、目の前には未だに上下反転した世界が広がっていた。


「なんで…?え?」

「お待ちください勇者様」


護衛の一人、やや小太りの方のおっさんが声を出した。


「え、大丈夫、なんだよな?」


思わず強めの語気で護衛の二人に声をかけた。


「はい、これから我々の兵士と魔法使いが一挙に魔王軍へ攻勢を仕掛けます。その時に

 一時的に魔王の力が弱まれば、ここは通れるようになるはずです」

「はず?はずって、どれくらいなの…?」


もう一人の護衛が革袋の水を差しだしてくれた。

ここで自分がひどく喉がかわいていることに気付いた。


しばらく休息していると、不意に上下が反転して普通の世界に戻った。


「ごめん、ちょっと焦っちゃった」

「いえ。初めての実践では無理もありません」


長身の方のおっさんが短く返事をした。


「それでは勇者様、このまま西に向かって地図の合流地点の馬車へ向かってください。

 そこの者たちに背嚢の書類をお見せください。必要物と軽食なども中に。手筈は整えています」

「なぁ…アンタらも来ないのか?」

「ありがとうございます。ですが、他の勇者様たちの保護や護衛の者がおります。

 応援に向かわねばなりません」


背の高いおっさんと、ちょっと太めのひげ面のおっさんだ。

時間は短いが、自分に命を賭けてくれた二人だ。


俺はなんとか声を絞り出した。


「あの、えっと、その…。俺、魔王をやっつけられるかは分からないけどさ。

 とにかく頑張るから、おっさんたちも、元気でね…」

「はい。カッコよかったですよ、勇者様」


そういうと二人は微笑んだ。


視線に耐えきれず、涙をこらえて背中を向けて走っていった。

走りながらも、不思議な感覚だった。


振り返えりそうになって躓く。


今こそ[無償の貸与]でステータスを一つくらい貸したらどうだろう。

この人たちが生き残るのに役立つんじゃないだろうか。

確かに二人が死んでしまえば、こちらにステータスは返って来ないかもしれない。

でも、それでも、この人たちは勇者を逃がすのに命をかけてくれたし、護衛の人たちはたくさん亡くなっている。


いや、まだその時じゃない。心の声が囁いた。


俺は勇者だ。善良な人たちを守るためにいる。

だが何か、ずっと嫌な感覚が離れない。

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