第7話 本領発揮?
笑いが治まらない私を、しばらく無言のまま抱き締めていた王子は、
「笑われついでに白状するが、私にはもうひとつ……カイルに、強く嫉妬していることがある」
唐突に、そんなことを言い出した。
顔は見えないから、彼が今、どんな気持ちでいるか、ハッキリとはわからないけど……。声から受ける印象では、まだ少し、拗ねているようだった。
ようやく気持ちを落ち着かせ、笑いがぶり返しそうなのを必死に堪えつつ、私は彼を見上げて訊ねる。
「もうひとつって?……え、と……嫉妬してるって、何に対して……ですか?」
「…………」
王子は押し黙ったまま、なかなか話し出そうとしない。
「王子……?」
先を促そうかと思った瞬間。王子はハァ、とため息をついた。
私の背中から両手を放し、そのまま両肩へ移動させ、体を離すと、私を真剣な顔で見つめる。
「……リア。私の名はギルフォード。ギルフォードというんだ」
今頃になって、自己紹介っぽいことを言い出した。
「……はい?」
私は王子の意をくむことが出来ず、頭に幾つも幾つも、クエスチョンマーク浮かんでしまった。
「え……えと……。それは、もちろん知ってます……けど?」
「ならば何故――!? どうして君は、私を『王子』と呼ぶんだ?」
「――へ?……いや……どーしてって言われても……」
……だって、王子は王子だし……。
「言っておくが、私の弟のフレデリックも『王子』だ。君はフレディのことも、同じように『王子』と呼ぶつもりかい?」
「え……?……いえ、そんなことは……えぇ――っと……考えたこともなかった、ってゆーか……」
「……考えたことも……ない……」
傷付いたように、王子は僅かに顔を歪めた。
「あの……王子? いったい、なん――」
「ギルフォード。ギルフォードだよ、リア。……私としては、ギルと呼んでもらった方が、尚いいが」
「え?……あ、あの……」
……えー……っと……。
それはつまり、その――……。
『名前で呼べ』――ってこと?
「ぷ――っ!」
堪え切れなくなり、私は思いきり吹き出した。
「リア!」
ショックを受けたかのように目を見開いた後、王子は私を軽く睨んだ。
頬が少し赤らんでいる。――やっぱり、拗ねた子供のようだ。
「ごっ、ごめんなさ……っ。……っふ。……ふふっ。――だ、だって――だって王子ってば、なんかかわ――っ、かわい……ってゆーか……。ふふっ――……あはははっ」
……あー、ダメ……。
どーしよ……。
笑いが――笑いが止まらな……っ。
ひたすら笑い転げる私を見て、王子は決まりが悪そうに目を伏せる。
「笑いごとではないよ。呼びにくいのであれば、『王子』のままで我慢しようとしていた私に……焦りを抱かせたのは、君の方なのだからね?……わかっているのかい?」
「あはははっ、あはっ――………は?……『焦り』?」
きょとんとする私に、王子は恨めしそうな視線を向けた。
「君は初め、カイルのことを『カイルさん』と呼んでいたはずだ。……それなのに、気絶した彼を部屋に運び、私がセバスを迎えに行っていた、その僅かな間に、『カイル』と呼ぶようになっていたね?……そんなものを見せつけられたら、誰だって勘ぐりたくなるだろう? 二人の距離を縮めるような何かが、私のいない間に起こったのではないか、と」
「……あー……、そのこと、ですか……」
……意外。
王子でも、そーゆー小さいこと、気にしたりするんだ……?
「でも、あれは……。カイルが、そう呼んで欲しいってゆーから、呼ぶようになっただけで……」
正直に告げたとたん、彼の眉と口角が、微かに上がった。
「……なるほど。では、私も『ギルと呼んで欲しい』と、君に頼みさえすれば、すぐに呼んでもらえるんだね?」
う――っ。
「……そ、それは……その……」
「『呼べない』とは言わせないよ? カイルの願いは受け入れられて、私の願いは受け入れられない。そんな不公平な理屈が、この私に通用するなどとは……よもや思ってはいないだろう?」
……う……、うぅ……。
「――ほら、ためしに呼んでごらん?……『ギル』だよ、リア。ギ・ル――」
王子は私の頬を両手で挟み込み、強引に上向かせると、そう言って迫って来た。
「そ、そんな……。そんなこと、急に言われても……」
「急? カイルは、それほど時間を掛けて、君にお願いをしていたのかい?――違うだろう? 君達が、部屋で二人きりになっていた、あの僅かな時間に――それを求められたのだろう?」
王子の瞳が妖しく煌めき、私を追い込む。
……マズイ。
王子が、一度こんな風になっちゃったら……もう逃げられない。
「ほら、呼んでごらん? 簡単なことだろう? 『ギル』――と。ただそれだけ、声に出せばいいだけだ。一瞬で済む」
「……い、一瞬って、そんな……。そんなの、あの……」
だいたい、そーゆー問題じゃあ……ないと思うんですけどっ?
「……ふふっ。顔が真っ赤だね。そんなに恥ずかしがることでもないと思うが――?」
王子はさも楽しそうに、うろたえる私を観察している。
憎らしいほど、余裕たっぷりの表情で。
……恥ずかしがることじゃない、って……。
頬を両手で挟まれた、身動き出来ない状態で……どんどん顔を近付けられてるってだけでも、ジューブン恥ずかしーんですけどっ!?
「王子、あの……手を離――」
「ギ・ル。――ギルだよ、リア」
……う……うぅ~~~……。
……メンドクサイ。
メンドクサイよ王子っ!
「あーもうっ、わかりましたっ! わかりましたから、手っ――手を離してくださいっ!」
「ギルと呼んだら離してあげる。……ね? ほら……呼んで、リア――」
更に顔を近付け、迫ることをやめようとしない王子に、私は閉口した。




