第9話 忠誠の誓い
「カイルさんはこれから先も……護衛を続けてくれるのかな?」
「え――?」
「だって、カイルさんが守りたかったのは桜さんで、私じゃないんだもん。……なのに、このまま側にいてくれるなんて……思ってちゃいけないよね?」
「……姫様……」
カイルさんは驚いたように目を見開き、しばらく私を見つめてから、穏やかな口調で告げた。
「姫様は……私がこんなに早く戻って来た理由を、ご存じないですよね? どうしてだと思いますか?」
「……え? どうしてって……えっと……」
そー言えば、どーしてなんだろ?
カイルさんは、桜さんを捜しに行ったんだから、たった一日で戻って来るなんて、考えてみれば変……だよね?
「理由なんてわからないよ。桜さんを捜しに行ったカイルさんが、私が神様から聞いた話を、そんなに早く知るはずもないし……。万が一、どういった方法でかはわからないけど、その事実を知ったとしても……戻って来るのが早過ぎるよね?」
私が神様を怒らせて放り出されてから、王子とセバスチャンに事情を説明したり、セバスチャンに泣かれたり、王子が小さい頃の私に会ったって話を聞いたり……え~っと、王子にプロポーズされたりはしてたけど、昨夜出掛けたカイルさんが、ここまで戻って来られるほどの時間があったとは思えない。
……じゃあ、どーして――?
「昨日、エレンが言っていたという話を、覚えていらっしゃいますか? 神様のいらっしゃる方角が、一瞬白く光ったと」
「――え?……あ、うん。もちろん覚えてるよ。あの後、エレンさんからも直接聞いたし」
「そうですか。……それを私も見たんです。今日の朝方に」
「えっ、カイルさんも!?」
……そっか。じゃあ、やっぱりあれは……。
エレンさんが見たってゆーのも、神様が力を使った瞬間――花を咲かせた時、だったんだ……。
「あの光を見た瞬間、何故か胸騒ぎがしました。姫様の身に、何か起きたのではないかと……。私のいない間に、姫様に危険が及んでいるのでは、と」
「カイルさん……」
「そう思ったら、走り出していました。ルドウィンへと続く道ではなく、ザックスへと戻る道を」
カイルさんはそう言うと、自嘲するように薄く笑った。
「おかしいですよね。何の根拠があるわけでもないのに……。ただ胸騒ぎがしたというだけで、私はあのお方の捜索よりも、姫様の元へと戻ることを優先させた。――いえ。実際は、考える余裕なんてなかった。どちらを取るかなんて選択肢は、浮かんでも来ませんでした。その瞬間は、『戻らなければ』という感情だけが、私の心を占めていたんです」
まっすぐに私へと向けられる、カイルさんの真剣な眼差し。
その瞳に魅入られたように、私はしばらく、身動き一つ出来なかった。
「姫様。あのお方がご自分のいるべき世界へ、無事にお戻りになられたのならば……私のあのお方に対する役目は、既に完了しています。これ以上、姫様のお側にいることは……許されないのかもしれません」
……え?
側にいることは許されないって、そんな……!
『辞めないで!』
――思わずそう言いそうになったところを、ぐっと堪えた。
辞める辞めないは、カイルさんの自由。私が口出し出来ることじゃない。
それはわかってる。わかってるけど……。
「姫様は、あのお方とは違う。お姿はこんなにも似ていらっしゃるのに……中身は全然違う。それなのに――」
カイルさんの手が、ゆっくりと私の顔に近付く。私は戸惑って、カイルさんを見つめることしか出来なかったんだけど……その手が頬に触れそうになった手前で、ぴたりと止まった。
「……カイル、さん?」
私が呼び掛けると、カイルさんはハッとしたように手を引っ込め、僅かに赤く染まった顔を横に向けた。
「申し訳ございません。……俺は何をやってるんだ――?」
最初の言葉は私に。後の言葉は、自分に対して言ってるみたいだった。
「カイルさん、どうしたの? 具合でも悪いの?」
「いえ!……いえ、そうではございません。私は……」
「……えっ!? ちょっと、カイルさんっ?」
カイルさんはいきなり身を屈め、片膝をつくと、手の甲を上にした状態の右手を、私の前へと差し出した。
「……へ?……えっと……。この手って、何?」
「騎士は主君に忠誠を誓う時、両手を組んで主君の前へと差し出します。そして主君は、両手でその手を握り締める。――これが主従関係を結ぶための儀式です」
「……忠誠? 儀式……?」
「そうです。忠誠を誓う儀式です。……しかし、私はまだ、見習いの身。正式な主従関係を結ぶことは、許されておりません。ですが――」
カイルさんはまた、私をまっすぐに見つめた。
「私は、今、この場で――姫様に一生お仕えする、お許しをいただきたいのです。もしも、姫様が、私を受け入れてくださるのなら……どうか、この手にお触れください。見習いの私は、片手を取っていただくことで、姫様のご了承を得たという証としたく存じます」
「……一生仕える……って、それ……」
――本気なの?
……ううん。
それより、そんな大切なこと……簡単に決めちゃっていいの?
私は、桜さんじゃないんだよ?
カイルさんだって、さっき言ってたじゃない。『姿は似てても、中身は全然違う』って。
……なのに、いいの?
私なんかに忠誠誓うって……ホントにそれでいいの?




