第5話 唐突なプロポーズ
「……はつ……こい……?」
あまりにも意外な言葉に、私はあんぐりと口を開けてしまった。
「そうだ。君が私の、初恋の相手だよ。……リア」
王子は優しく微笑み、私の頬へと、そっと手を伸ばす。
だけど、私は反射的に片足を後ろへ引き、逃れるように顎を引いてしまった。
「……リア……」
私の反応にショックを受けたように、一瞬手を震わせ、王子は力なく腕を下ろした。
「あ、あの……それで、それからどうしたんですか? すぐ自分の国に戻ったんですか?」
気まずくて、王子の顔をまともに見られなかった私は、目を逸らしたまま、話の先を促した。
「え? あ、ああ――……うん。婚約者がどんな子か、自分の目で確認出来たからね。すぐに戻ったよ。そしてその足で、父上にお願いしに行った。『リナリア姫との婚姻のお話を、正式に進めていただきたいのですが』――とね」
「えっ?……それじゃ、婚約は……王子の意思で進められたんですか?」
「そうだよ。断ることも出来る話だったが、私は一目で君を気に入ってしまったのだからね。話を進めたいと望むのは、当然のことだろう?」
「でも……なのに、今度は自分の方から、婚約を破棄したんでしょう?」
思わず、非難めいた視線を向けてしまった。
王子は私を辛そうに見返して……軽く目をつむり、ため息を漏らした。
「勝手は承知している。……だが、ああするしかなかったんだ。私は、自分の気持ちを偽ってまで、リア――……いや、あの子と共に生きることは出来なかった」
「……『あの子』……」
「そう、『あの子』だ。……私が、次にリナリア姫に会えたのは、それから一年後のことだった。……前日は、また姫に会えるという喜びで、一日中落ち着かなかったよ。夜もろくに眠れなかった。……しかし、私の前に現れた少女は……既に、別人になっていた」
「えっ!? 別人だってわかったんですか!? 見てすぐに!?」
興奮して、つい話に割り込んでしまった。
王子は私を流し目で見てから、微かに苦笑した。
「いや。さすがに、目の前にいるのは、リナリア姫とは別人だなんてことは、思いもしなかったよ。……ただ、一年前目にしたあの子とは……外見以外、全てが変わってしまったようにしか、私には思えなかった。あの子の面影は、リア――……いや、サクラには、少しも感じられなかったからね」
「でも……初恋って言ったって、子供の頃の話なんでしょう? しかも、たった一回、ちらっと顔を見たってだけのことじゃないですか。ほんの一瞬、気になったってだけの女の子のことを……まさか、十年間も思い続けてたワケじゃないんでしょう? だったら、たとえ性格が変わっちゃったとしても、桜さんには、桜さんのいいところが、たくさんあったはずなんだし……。十年もあれば、そのぅ……」
「『十年もあれば』? ……『十年もあれば』、生まれて初めて心奪われた人を忘れ――目の前にいる少女を、好きになることが出来たのではないか。……君は、そう言いたいのかい?」
「えっ?……え、ええ……」
王子の瞳が冷たく光り、私を見据える。
その視線はあまりにも鋭くて、激しくて……。
目を逸らしたいと思っても、何故か、逸らすことが出来なかった。
私は王子の瞳にとらわれたまま、胸の中心辺りに置いていた手を、ギュッと握った。
「私だって、出来ることならそうしたかった。目の前にいる少女を……いつ頃からか、私を慕うようになり……まるで、私だけが救いだとでも言うような、すがるような目で見上げて来る彼女を――……一生、守ってあげることが出来たらと……そうしなければいけないと、ずっと己に言い聞かせて来た」
視線の激しさは、次第に弱まって行って……。
王子は、私からそっと視線を外すと、辛そうに眉根を寄せ、うつむいた。
「……だが、やはり無理だった。私は、一生自分を――彼女を――そして、周囲の者達を騙し、己の心をごまかして生きて行くことなど……出来はしなかったんだ」
「……王子……」
「昨夜、君に出会って――……いや、再会することが出来て、私はつくづく思い知った。……恋とは、しようと思ってするものではない。したいと思えば、叶えられるものでもない。恋とは……恋とは、気付かぬうちに始まって、追い求めずにはいられないもの。……常に、対象に向けて駆けてゆく心なのだと。……リア」
「――は、はいっ?」
「私は、君が好きだ。初めて出会った時から……。君がリアだとわかる前から、ずっと……ずっと君に、惹かれ続けている」
「……そ、そんな……」
「リア。改めてお願いするよ。……今すぐにとは言わない。だが、近い将来……数年先でもいい。私の伴侶となって……一生、側にいてくれないか?」
「……ふぇ――っ!?」
……っとぉ――。……変な声出ちゃった。
……って、いやいやっ、そんなことはどーでもよくてッ!
今、この人……何て言った?
たしか、『伴侶』だとか、『一生、側にいてくれ』……なんてことを、言ってた気がする……けど……。
「……え。……え……え、えぇええええーーーーーーッ!?」
私は心底びっくりして、ずささささっと後ずさってしまった。
……なっ、なな、な――っ!
何言ってんのいきなりっ!?
……こ、これって……これって、つまり……つまり、早い話が……。
ぷ――っ、ぷろぽおず……ってヤツぅううッ!?




