第3話 会いたいから、会いに行く
「会いに行く?……桜さんに?」
「そうだ。桜に」
「会いに行くって……え、どーゆーこと?」
「……前にも言ったろ? オレの力は、すっかり弱まっちまってて……桜をここに呼び寄せるとか、たぶん、もう無理なんだ。けど――オレがあっちに行くくらいなら、もしかしたら……なんとかなるかもしれない。だから、行くんだ」
「そんな……。力が弱まってるってわかってて、それでも行くの? そんなに、桜さんに会いたかったの?」
私の問いに、神様は見たこともないくらい素直な――ちょっと照れたような顔で、ぽつぽつと語り出した。
「オレさ、あいつが恋だのなんだのって、ワケわかんないこと言って出て行っちまった時……すっごく腹が立ったんだ。腹が立って、悔しくて……『何が恋だ、バカバカしい』くらいに思ってた。人間の女なんかに入れ込んで、何考えてんだ、ってさ……。けど、桜がオレの前からいなくなって……もう二度と、会えないのかもしれないって思った時に、なんかこう……。その……うまく言えないんだけど、さ……」
「え?……そ、それって……。じゃ、じゃあもしかして、神様……桜さんに恋……を?」
頬を真っ赤に染め、恥ずかしそうに視線を逸らせると、神様はこくりとうなずく。
「そっ……か……。神様、桜さんに恋――してるんだ?」
……そっか。
だからあんなに、桜さんのことばっか気にして……。
なんだ、そっか。
そーだったんだ……。
「桜が、あっちでちゃんとやれてるかも……気になるし、さ。だから……行こうと思うんだ。――いや。もう行くって決めたんだから、絶対行く! 何が何でも行く!」
「……神様……」
真剣な顔の神様は――どこか、嬉しそうでもあった。
人を好きになれた喜びで、すっごく輝いて見えた。
――でも――。
「神様……。会いたい気持ちはわかるけど、そんなに弱ってて、大丈夫なの? 呼び寄せるのと、直接向こうに行くのとでは、どれくらい力の消耗具合が違うのかとか、よくわからないけど……。ちゃんと、向こうまで辿り着けるの?」
寿命がどーのって話を、聞いちゃった後だから……。
どーしても、心配になって来ちゃうよ……。
「そんなの、オレにだってわからない。けど、もう決めたんだ」
「きっ、……決めたんだ、って……」
「いいんだ。たとえ辿り着けなくても。途中で力尽きて、消滅することになったとしても。オレはやっぱり……桜が好きだから。ここで、ただウジウジしてるだけなんて耐えられない。結果なんて二の次だ。行きたいから行く。それでいいんだ」
神様は、すっかり覚悟を決めているみたいだった。
『あとは実行するのみ』。……そう顔に書いてあった。
……すごいな。さすが神様。
思い立ったら即実行、か……。
「カッコイイね、神様。私なんて、ウジウジしてばっかりなのに……」
「――ん? ウジウジって……おまえがか?」
「……うん。ずーっとね、ウジウジってゆーか、モヤモヤってゆーか……してるんだ。本当に好きな人がわからなくて――」
「好きな人がわからない?」
神様は、すごくビックリした顔で、私をじーっと見つめ、
「……ふぅ~ん……。そーゆーの、オレにはよくわかんないけど……。じゃあさ、オレが確かめてやろうか?」
急に、すごくいいことを思いついたかのように、キラリと瞳を輝かせた。
「へ?……確かめる?」
「うん。おまえが本当に好きな人――ってヤツのこと。おまえの心に、直接訊いてやるよ」
……へ?
……え……え?
私の心に直接、訊く……?
意味がよくのみ込めなくて、ボーっとしてると、
「人間ってさ、余計なこと考え過ぎるから、答え見つけんのヘタなんだよな。でもさ、そーゆーのって、ホントはとっくに決まってたりするんだよ。他のゴチャゴチャしたもんに邪魔されて、見えなくなってるだけでさ」
「他の……ゴチャゴチャしたもん……?」
「そう! だからさ、オレが、おまえの心に直接訊いてやる! おまえにも……まあ、いろいろ迷惑掛けちゃったしさ。お詫び――ってゆーか、さ……」
「お詫び……」
……私の心に……直接訊く、か……。
なんだか、怖いような気もするけど……。
「どーする? おまえが嫌なら、無理にとは言わないが」
「う、ううんっ、嫌じゃない! 嫌じゃないからっ、その……お願い……します」
神様は、いたずらっぽくニヤッと笑い、
「よしっ! 引き受けた!」
一声上げると、私の胸の前に両手をかざして目を閉じた。
……こんなことで、ホントに、私の気持ちがわかっちゃったりするのかな?
だとしたら……私は、ホントは誰を……?
ドクンドクンと、大きく鳴り響く鼓動の音を聞きながら……静かに、神様が答えを告げる瞬間を待つ。
「――うん、やっぱりな!」
しばらくしてから、パチっと目を開けた神様は、満足げに笑ってうなずいた。
「やっぱり、オレの思ったとーりだった。おまえ、とっくに答えを出してたぞ」
「えっ!?……答え、って……ほ……ホントに?」
「ああ。ちゃーんと決まってた。おまえが一番好きなヤツ」
「そ……そーなんだ……。あ、それで? 私はいったい誰を――」
「まあ、待てって。直接口で言ったんじゃ、面白くないだろ? ちょっとした仕掛け、用意してやるよ」
「仕掛け?……それって、どーゆー……?」
「おまえが、ここから外に出るための、二つの扉を用意してやる。おまえはオレと別れた後、どっちかの扉を選ぶ。選んだ方が、おまえの未来に続いてる――って寸法だ」
「二つの、扉?……ちょっ、ちょっと待ってよ! それじゃ、結局こっちで選ばされるってことじゃない!」
「大丈夫だって。――言ったろ? おまえはもう、答えを出してるんだ。どっちの扉を開ければいいかなんて、自然にわかるんだよ」
「え……? そ、そーなの?……ホントに? 迷ったりしないで、ちゃんと選べる?」
「……おまえなぁ……。自分のことだろ? もっと自信持てって!」
「う――。……そりゃ、自信は持ちたいけど……」
「大丈夫だ、オレを信じろ!――で、自分も信じろ! おまえは絶対、迷わずに、正しい方の扉を開く!」
「……神様……」
……不思議だな。
見た目は、こんなに小さな男の子なのに……。
やっぱり、長年生きて来ただけのことはあるのかも。なんだか、すごく頼もしく見える。
「うん、わかった! 私、神様も自分も信じるよ!」
私の返事を耳にして、神様は、とても嬉しそうに笑う。
それは、今まで見た中でも一番可愛らしく――胸が温かくなるような笑顔だった。




