第1話 決意
「セバスチャンとシリルに、お願いがあるんだけど……聞いてもらえるかな?」
日課が全て終わった、その日の午後。
二人に向かって、私は話を切り出した。
「ほ? これはまた改まって……。どうなさったのです、姫様?」
「お……お願い……。姫様の、お願い……。ぼ、僕――っ、いえ、私なんかで、よっ、よろしければ、なんなりと、お申し付けくださいっ」
きょとんとするセバスチャンと、何故か、緊張しまくってるシリルに、慌てて言い添える。
「あっ、えっと。内容自体は大したことないっ……とは、思うんだけど……。それでも一応……何が起こるかわからないから、嫌なら嫌って、言ってくれても構わないんだけど……ね?」
二人に迷惑掛けたくないし。
ホントは、一人で行きたいんだけど。
……たぶん、許してくれないだろうしなぁ……。
「水臭いことをおっしゃいますな。姫様のお願い事でしたら、全力で叶えて差し上げるのが、我ら従者の役目。そのようなご遠慮は無用ですぞ?」
「ぼっ、僕もっ!――あ、いえ……わ、私もそう思います!」
「……あー……。えっと、だから……そんな力むようなことじゃないんだってば。ただね、神様のところに行きたいなーって、思ってるんだけどね? もし、よければ……二人について来てもらえないかなぁ、なんて……」
「ほほ? 神様ですと?」
「うん。どーしても行きたいの。――ううん、行かなきゃいけないの。だから……」
セバスチャンは不思議そうに私を見つめて、
「姫様が外出なさるのでしたら、私共が付き従うのは、当然のことでございますのに。何故、そのような改まったおっしゃり方を?」
「え? あー……うん。だから……そこで、絶対何かが起こる――って、決まってるワケじゃないんだけど。やっぱり心配だし……」
「心配? 心配とは?」
「う……、ええと……だから……」
うぅ~~~ん……。
どー言えばいーんだろ?
『神様のいる場所で、未来が二つに分かれるっぽいんだけど、どちらを選んでも、必ず、私の身近な人が危険な目に遭っちゃうんだって。その身近な人ってゆーのが、もし、二人のうちのどっちかだったり、どっちも……だったりしたら、怖いじゃない? だからね、嫌なら嫌って、断ってくれてもいーんだよ?』
……なんて言ってもなぁ……。
ますます、きょとんとさせちゃうだけだろーしなぁ……。
「……姫様?」
顔を傾けるセバスチャンに、私は頑張って笑顔を作った。
「と、とにかく! 神様のところに、明日、一緒に行ってもらえると助かるなー……とか、そんな感じ? あはははっ、は……」
……あぅ。
笑顔がひきつるよー……。
「そのようなこと、お安い御用でございますとも。無論、同行させていただきますぞ。――のう、シリル?」
「はいっ! もちろんですっ!」
「う……うん……。ありがとー……」
……どーか二人に、何事も起こりませんよーにっ!
心の中で、何度もそう祈りながら。
私は明日を『選択の日』と定め、臨むことを決意した。
次の日。
私は神様の立派な姿(もちろん桜の木の方)を見上げ、大きく息を吸い込むと、声を張り上げた。
「神様っ!! 今日は話があって来たの!! お願いだから、また――私の話を聞ーてくれないっ!?」
「……姫様?」
神様の本体も知らず、事情ものみ込めてないシリルは、ぽかーんとした顔で私を見上げる。
……うん。
そんな顔になっちゃうのも、無理ないよね。
でも、今は詳しく説明してる余裕はないから、スルーさせてもらっちゃうね。……ごめん、シリル。
「神様!!……聞こえてるんでしょ、神様っ!? この前のことは謝るからっ!!……だからお願いっ、私の話を聞いてっ!?」
……耳を澄ませても、何も聞こえない。
やっぱり、まだ怒ってるのかな?
私には、もう……会ってくれないつもりなのかも……。
「神様っ!! ホントのホントにお願いっ!!……あと一回!! 一回だけでいいから、私の話を聞いてーーーっ!?」
……ダメだ。
うんともすんとも言ってくれない。
どーしよー……。
ここでこーして、時間だけ過ぎてくのもなぁ……。
う~ん……。
神様に関係したとこで選択を迫られる……ってことだったから、神様に会いに来れば、すぐ、何らかの動きがあるのかと思ってたんだけど……。
そーゆー、単純な話でもなかったのかな?
「姫様……。神様の元へ行きたいとおっしゃっていたのは……神様と、再びお話なさりたかったから、なのですか?」
途方に暮れる私に、セバスチャンがおずおずと訊ねて来た。
「……うん。そーなんだけど……。やっぱり、思ったようには行かないね。……神様にだって、神様の都合ってものがあるんだろうから……いきなり来て、『会ってください』ってゆーのも、考えてみれば、失礼な話だったのかも」
私は深々とため息をつき、
「しょーがない。無駄足になっちゃったけど、戻ろっか。神様に会ってくれる意思がないんじゃ、ここでいくら頑張ってても、どーにもならないもんね」
諦めて立ち去ろうとした瞬間。
私の頭に、
(待てよ!……だ、誰も会わないとは言ってないだろ?)
聞き覚えのある、生意気な声が響いて……。
「神様!?……あー、よかったぁ~。じゃあ、会ってくれるんだ?」
(……べ、べつに……おまえになんか会いたくないっ……けど、どーしてもって……ゆーなら――)
「うん! どーしてもっ! どーしても会いたいの!!」
(――っ!…………)
……ん?
どーしたんだろ? 急に黙っちゃった。
「……神様? どーしたの?――ねえっ! 神様ってば!」
(うるさいなっ、ちゃんと聞こえてるよ!……会ってやるから、さっさと俺に触れろっ!)
「うん、わかった!……これでいい?」
そっと神様(木の幹)に触れると、ぶるぶるという振動が伝わって来た。
「姫様っ?……また、先日のように、神様にお会いしに行くのですな?」
「うん。行って来る! ちょっとここで待ってて、セバスチャン。シリルも――って言いたいとこだけど、長くなるようだったら、先に戻ってていいからね? シリルにはシリルの、大切な日課があるだろうし」
「えっ?……あ、いえっ、僕も――っ、……私も、ここで待ってます!」
これから、何が起こるのか。そして、私がどこに行くのか。
よくわかってないだろうに、健気にうなずいてくれるシリルに、私はにこりと笑ってお礼を言った。
「じゃあ、またね!」
二人に告げた瞬間。
ぶわわわっと、桜の花が乱れ咲く。
見惚れる間もないままに、一気に散った無数の花びらは、花吹雪となって私の体を隙間なく包み込み……。
花吹雪がひとひら残らず消滅した時には、私の姿も、二人の前から消えていた。




