第9話 後悔の念と慈愛の微笑み
「神様、寂しそうでした。強がってたけど、お父様に会いたいみたいだった。でも、それって……お父様の中に、片割れさんがまだいるって、信じてるからなんですね?」
「ああ……。幾度言おうが聞かないものだから、私も疲れてしまってな。昔は、頻繁に会いに行っていたのだが、しばらく近付かないようにしていたのだ。すると、ある日――あやつの元で遊んでいた娘が……リア、おまえが――別人となって戻って来た」
「えっ!?……お父様、それって……。私が小さい頃に入れ替わってたって、気付いてたんですか?」
「当然だ。愛する娘が別人に入れ替わっていて、気付かぬ親がいると思うか?」
……そんな……。
じゃあ、お父様が桜さんに冷たかったのは……自分の子じゃないって、わかってたから……?
「それまでは、あやつの戯れにも、寂しいがゆえのことと思い、目をつむっていたが……。さすがに、これだけは許せなかった。だから言ったのだ。我が娘を、無事にここへ戻すまでは、二度とおまえには関わらんと」
「……お父……様……」
お父様は、私をじっと見つめると、両手で私の頬を包み込み、
「長かった。……長い時は掛かったが……おまえはまた、こうして……私の元に戻って来てくれた。これほどに優しく――温かな光を纏う、美しい娘となって。……別の世界で、おまえを慈しんでくれていた者達に、感謝せねばならんな」
目に涙を浮かべながら、優しく語り掛ける姿に、私は胸を熱くした。
全部、知ってたんだ……。
お父様は、最初から全部わかってて……それでも諦めず、私を待っててくれたんだ。
いつ戻るか定かじゃない、どんな風に成長してるかも――ううん。生きてるかどうかもわからない娘を、ずっと……ずっと待っててくれたんだ。
そのことに心の底から感動し、感謝する一方で……私はどうしても、桜さんのことが気に掛かって仕方なかった。
私は向こうの世界でも、こっちの世界でも……周りの人達に、すごく優しくしてもらって、幸せで……楽しい日々を送ってて……。
でも、桜さんは私と違って……記憶を失くすこともなく、ずっと一人で孤独を抱えて、ここで生きてたんだって思うと……堪らなかった。
今更、私がいくら謝ったって、どうにか出来ることじゃないけど……。
それでも、どうしても――謝らずにはいられない気持ちになった。
ごめんなさい、桜さん……。
あなたが本来いるべきだった場所で、普通に幸せに暮らしてて……。
あなたに向けられるはずだった、ご両親の愛情を、全部横取りして……。
……ごめんなさい。
本当にごめんなさい……。
いつしか、私の目には涙が溢れ……ぽろぽろと頬を伝っては、こぼれ落ちて行った。
「リア?……どうした?」
お父様が心配そうに、私の顔を覗き込み、優しく頭を撫でてくれる。
その温かさが嬉しくて――でも切なくて、私は子供のように泣きじゃくった。
「ごめ……なさ――っ、い……。私……私、なんだか幸せで……。幸せ、過ぎて……桜さんに、申し訳ないって、思っ……て……」
「サクラ?……もしや……おまえと入れ替わっていた、あの娘の名か?」
無言でうなずくと、お父様は『そうか……』とつぶやき、私を抱き締めながら、何度も何度も、頭を撫でてくれた。
「あの娘には、悪いことをした……。実の娘のように接すれば、後に――おまえが戻って来た時に、別れが辛くなろうと思い、あまり近付かぬようにしていたのだ。優しい言葉ひとつ、掛けてやったことはない。セバスやメイド達に、なるべく側にいてやってくれと……その程度のことしか、してやれなかった。その時は、それでいいと思っていた。だが……戻って来たおまえを見て、それは間違いだったと気付いた」
「私……を?」
お父様は私の肩に両手を置き、体を離すと――寂しげに微笑んだ。
「ああ、そうだ。……リア。おまえと再会した時――おまえは、とてもはつらつとしていて、内側から輝いて見えた。一目で、あの娘ではないと……私の本当の娘だとわかった。それほどまでに、おまえとあの娘では、纏うものが――内側からかもし出されるものが違っていた。見た目は同じようでいて、全てが異なっていた。……それでわかったのだ。私は間違っていたと」
「お父様……」
「あの娘は、体の成長とは逆に、目にするたびに小さくなって行くようでな……。いつも、縮こまるようにして――今にも消え入りそうに見えた。まるで、わざと目立たぬよう下を向き……私の目を避けるため、うつむいているようだった。……あの娘を、そのようにしてしまったのは私だ。他ならぬ私なのだと、対照的なおまえを見た時、嫌というほど思い知った。後悔した。何故にもっと、優しくしてやれなかったのだろうと――。もっと頻繁に会いに来て、話を聞いてやらなかったのだろうと」
深いため息をつき、お父様は私に背を向けた。
また窓の外に目を向けて――しばらく、静かに眺めていた。
「……でも、あのっ。桜さんは、きっと、向こうの世界では、幸せになれるはずです! 私がずっと、幸せでいられたように……。だからお父様、そんなにご自分を責めないでください。お父様は、お父様のお考えがあって……それが正しいと思って、したことなんでしょう? だからっ」
ゆっくりと振り向いたお父様は、まだ少し、寂しそうだった。
それでも、笑顔を絶やさないようにして、私に気を遣ってくれてる……みたいに見えた。
「ありがとう、リア。……これから先も、私の後悔は消えぬだろうが……おまえの優しさを、嬉しく思う。本当におまえは……良い娘に育ってくれた」
「そ――っ、そんな、こと……。私、いい子なんかじゃ……」
「いいや。おまえは良い娘だ。育ての親に、私は一生――感謝し続けることだろう」
そう言った時のお父様の顔を……私はきっと、これから先も忘れないだろう。
少し切なげで――でも、どこまでも慈しみに満ちた、穏やかな笑顔。
こんなに素敵に微笑むことが出来る人が、私のお父さんでよかった。
――心から、そう思った。




